第7話 ファーストコンタクト②● 改訂2024/06/15
男は髪を引っ張って、強引に少女を立たせた。爪先立ちになり泣きじゃくっている少女を、砦側の人々に見せつけ、そして喉笛を切り裂いた。まだ息のある少女を蹴り飛ばし、大声をあげる。
言語解析は終了していないが、笑っているのだけはわかった。
もう我慢の限界だ。
~~~~~~
「フェムト、あの黒い鎧の連中を攻撃するぞ」
――宇宙軍法に違反します――
「じゃあどうすればいいんだ! 無抵抗な人たちが殺されているんだぞ!」
――帝国法に照らし合わせると〈
「なに言ってんだ。俺は連邦の軍属だぞ!」
――今回の惑星調査は連邦・帝国の共同作業です。ですから、連邦に所属しているラスティにも帝国法が適応されます――
「だとしても無理だ。俺は貴族じゃない」
――帝国貴族、たとえばエレナ事務官のような帝族に連なる者や貴族を救助すれば問題ありません――
「あの帝国娘を?」
俺はあまり帝国貴族が好きじゃない。ウィラー提督のような分け隔てなく帝国軍人・連邦軍人に接してくれる貴族は別として、プライドだけ高い貴族は嫌いだ。特に帝室の連中は、貴族以外を下に見る傾向が強い。それもあからさまに。
多分に漏れず、エレナ事務官もそういった帝室貴族だった。いつも周りに貴族の士官を
そんな高飛車女を助けろだって? 冗談も大概にしてくれ。
――帝国法に基づくと、貴族は救助された場合、褒美を与える義務が発生します――
「その話は聞いたことがある。でも助けたやつは一年分のサラリーだったって、もっぱらの噂だぞ」
――それは準男爵を救出したときの褒美でしょう。下級貴族に爵位を授ける権限はありません。上級貴族になれば形だけの騎士爵を授ける権限があります――
「それを狙えと」
――はい、エレナ事務官は帝国公爵。それも帝室ゆかりの大貴族です。救助すれば男爵くらいには、最悪でも騎士爵は確実でしょう――
「それで〈貴族の努め〉が可能だと……。そもそもあの帝国娘、生きてるのか?」
――生存は確認済みです。エレナ事務官もこの惑星に降りたようです。この惑星に着陸する前に母艦のメインシステムにアクセスできましたから――
「そういうことはもっとはやく教えてくれよ…………で、見つけだせる可能性は」
――九二%――
「やけに高いな」
――近くにライバルがいませんので――
「だったらなぜ一〇〇%じゃないんだ」
――何事にもイレギュラーが存在します。それを加味しての数値です――
「無理だったらどうするんだ?」
――その時は別の方法を考えましょう。記録をねつ造するというのも手ですね――
「…………」
AIが記録のねつ造か……。こいつ自我を獲得しているんじゃないだろうな?
――あくまでもIFの話です――
「わかった」
未知の惑星のいざこざに関わるのはどうかと思っていたが、俺は黒い鎧の一団を倒すことに決めた。
レーザー式狙撃銃を構える。
この距離ならばスコープ無しでも狙える。
「フェムト、射撃アプリを立ち上げろ」
俺にだけ見える照準が視界に映し出された。
ちいさな赤い十字を男の頭に重ねる。
引き金をひく。
男の頭にまっ赤な華が咲いた。それを皮切りに乱戦が再開される。
俺もサポートに加わり、黒い鎧の一団を追い詰める。あと一歩というところで、敵の援軍があらわれた。
新手は訓練された兵士ではない。さっきまでの黒い鎧の一団とちがって動きに無駄が多い。砦内にぞろそろ侵入してくるが、互いにぶつかったり、転げたりが目立つ。かき集めの徴募兵――武装しただけの集団だろう。その証拠に武器も鎧も統一されていない。
練度の低い兵とはいえ、数の暴力は残酷だ。
またしても砦側は窮地に立たされた。
砦の兵士は円陣を組むと、女性指揮官を馬に乗せ砦の外へと逃がした。
女性指揮官を追うか、一瞬迷ったが、砦の連中を助けることにした。
しかし新手の数は多く、またたく間に砦の兵士は倒されていき、遂には女性指揮官への追撃が始まる。
「多勢に無勢か……せめてあの女性だけも助けるぞ。フェムト脚力強化!」
女性指揮官の姿を探す。
運のいいことに、俺が寝起きしている拠点に向かってくれている。
急いで、女性指揮官を追った。
脚力を強化しているが、全力で走っている馬に追いつくのは大変だ。
なんとか拠点から逸れる前に合流できた。
光学迷彩マントの機能をオフにして、女性指揮官の前に立ちはだかる。
「kvysf」
女性指揮官は慌てて馬をとめた。
突然のことに、馬が前脚をあげてばたつかせている。
手綱を引き、馬を御する女性指揮官と目が合った。
月に照らされた彼女は恐ろしく美人だった。
整った目鼻立ち、すっきりとした輪郭、まさに黄金比。美人以外の形容が見つからない。背中で結った青みを帯びた銀髪は銀河のように煌めき、闇を穿つ赤い瞳が印象的だ。
こういうのを芸術というのだろう。まさに美の体現者だ。
もう少し、彼女の美しさに見とれていたかったが、今夜は無粋なギャラリーが大勢いる。まずはそちらにご退場願おう。
「自律型セントリーガン。殲滅モード。俺とこの女性以外を皆殺しにしろ!」
命令を出すと、自立型セントリーガンは喜ぶように銃弾をばらまいた。
直前にまで迫った騎馬を薙ぎ払い、後続の兵士たちを容赦なく屍に変える。
銃声は十分近く続いた。
自立型セントリーガンが沈黙したので確認する。
「全員か?」
――敵の殲滅を確認――
「あの黒い鎧の連中、生きてるとかないよな。しらべに戻ってブスリは嫌だぞ」
――問題ありません。殲滅モードを解除しますか?――
「殲滅モード解除。残弾数は?」
――殲滅モード解除。残弾数三八。撃ち漏らしが二五発。着弾にズレが生じています、銃身を交換してください――
さて、ここからはこの惑星の住民と交渉だ。お願いだから、さっきの連中みたいな野蛮な真似はしないでくれよ。
まずは女性指揮官に敵意がないことを、両手をあげて伝える。
「敵ではありません。味方です」
しかし女性指揮官は抜き身の剣を鞘に戻す様子はない。それどころか、
「ldxzcwfjzs」
と、なんだか好戦的なご様子。
言葉の通じない男があらわれたのだ。そりゅあ、混乱するよな。
通じるかわからないが、この惑星の言葉がわからないので身振り手振りで示す。
それから何度か言葉をかけられたが、やっと俺がしゃべられないことを知ると、女性指揮官は馬を降りた。
そして深々と頭を下げて、卵ほどもあるガラス玉を俺に握らせる。
――天然のルビーです。これ一つでDD級の戦艦が購入できます――
【マジか!】
――マジです。地球でもっとも稀少とされるルビー、帝国博物館に展示されている【緋色の涙】よりも大きく、質も高いです――
思いもよらぬ高額な謝礼に驚いていると、女性指揮官は馬に跨がり、砦へと戻っていった。
このまま別れてもいいが、もう少しこの美人を眺めていたい。
気がつくと女性指揮官のあとを追っていた。
砦のなかは血と臓物の匂いで満ちあふれていた。
女性は焚き火から火のついた薪を拾い、大声をあげる。
凜とした声だったが、語尾が震えていた。不安でたまらないのだろう。
勇気づけようと手を伸ばすも、俺の手から逃げるように走りだした。
あとを追う。
女性の足がとまると、そこには血まみれの兵士たちがいた。
無防備な彼女の背を守ろうと、少し離れた位置でとまる。そのとき、フェムトから連絡が届いた。
――簡易ですが、言語データベースが完成しました――
【翻訳しろ】
――精度は低いですがよろしいですか?――
【俺の言葉も翻訳されるんだろうな】
――片言になりますが、意思の疎通は可能です。ですが、かなりのリソースを割きます。ナノマシン制御の優先度が低くなり、問題が生じるかもしれません。それでもよろしいですか?――
【構わない、やってくれ。足りない部分は判明次第、そのつどアップデートしよう】
――了解しました。これより翻訳に移行します――
これでやっと、この惑星の住民と会話ができる。大きな一歩だ。
盗み聞きをするようで気が
「##、ノルテ##。しっかりなさい。##はすべて倒しました!」
彼女は、剣を杖代わりにしている白髪混じりの男の肩を揺さぶった。
「……これはティーレ##。あまりにもお美しいので、あの世に旅立ってしまったかと思いましたぞ」
「軽口を言える元気はあるのですね。それよりも#####があります。飲みなさい!」
【フェムト、翻訳できていない##ってなんだ?】
――データベースにない単語です――
想像していたよりも翻訳のレベルは高かったのよしとしよう。内容から察するに最初の未翻訳部分は肩書きだろう。上下関係さえわかればいい。でも何を飲ませようとしているんだろう? 多分、薬だと思うが……。
「おお、##直々に#####を頂けるとは、ありがたき幸せ。ですが、もう手遅れです」
「そんなことはありません。いまならまだ間に合います。はやくッ!」
「自分の身体です、誰よりも知っております。それよりも##がご無事でよかった。ほかに生き残りは?」
「ノルテ##だけです」
「あの者は?」
ノルテ……と呼ばれた男が、俺を指さす。ティーレと呼ばれた女性指揮官がこちらに振り向く。
「なっ…………いつの間に。やはり魔術師だったのですか!」
どうやら俺のことなど眼中になかったようだ。ちょっぴり悲しい。しかし魔術師か……そんなメルヘンな姿をしていただろうか? もしかすると翻訳ミスかもしれない。
自身の出で立ちを確かめる。
宇宙軍支給のぴったりとした白を基調としたボディースーツ、オフにしている光学迷彩のマント、それに狙撃銃。うん、見方によったら魔術師に見えなくも……いや、無理があると思う。
でもまあ、さっきみたいに剣を抜いたままで警戒されないだけマシかな。
「ノルテ##、この御仁は命の恩人です。追っ手を倒してくれました」
「なるほど、なるほど……そこの御仁、ここに」
ノルテが手招きする。
敵意は感じられないので、素直に近付いた。
杖代わりの剣に手が届きそうな距離まで近付く。
すると突然、ノルテは血を吐いた。
「ゴフッ、グフッ…………ハァハァ……。このとおり、ワシはもう助からん」
腹に置いていた手をのける。内臓がはみ出ていた。
「ノルテ##ッ!」
ティーレが張り裂けんばかりの声をあげる。
ノルテは穏やかな顔を、ティーレに向けた。
「ティーレ##、このとおりワシはここでおさらばです。さて、旅の御仁。このジジイの最後の頼み、聞いてくれぬか? なぁに、タダとは言わん。それなりの報酬は出す」
ノルテはそう言うと、杖代わりの剣を地面に倒した。
「###剣だ。売ればちょっとした財産になる。これで、ティーレ##をある場所まで護衛してもらいたい」
いつ死んでもおかしくないノルテが、睨んでくる。純然たる殺意の乗った視線。背筋に悪寒が走った。死を待つばかりの人間なのに、斬られるビジョンが脳裏に浮かぶ。
「見込んだとおり、逃げも隠れもせんな。どうれ……追加だ」
剣の横に、ずっしりと中身の詰まった革袋を投げ捨てる。
どうやらノルテは、頼みを断られることを危惧しているようだ。
「そんなにいらない。しばらく食うに困らない程度もらえればいい。それでこの女性――ティーレをどこまで護衛すればいいんだ」
「呼び捨てか……まあいい。東のガンダラクシャ城まで送り届けてほしい」
「土地勘がない。どうやって行けばいいか教えてくれ」
力なく鼻を鳴らすと、ノルテは眠そうに瞼を擦った。
「ゴホッ、ゴホッ……世話のかかる小僧だ。いいか……まずは南へ行け。街道が見えたら、道なりに東へ。ひと月ほどで……ガンダラクシャ…………見えてくる。門番にワシの名を出して…………」
「ノルテ……あなたの名前を出して、それから?」
「…………」
地面を見つめるようにぐったりとしたノルテ。すでに息はなく、双眸に鋭かった光はない。
ティーレは亡骸となったノルテの前で膝をつくと、
「許せ」と、開いたままの目を閉じてやる。
こうして、俺はティーレの護衛を引き受けることになった。
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