第4章 エピローグ

 ダンジョン攻略とスキル習得訓練、合間には動画投稿という生活を続けてきた柚子缶。


 スキル覚醒という概念が生まれてから二ヶ月と少し経過して、しかし世間はそれほど大きく変わって居ないというのが社会全体の感覚である。大多数の人間はこれまで通りの生活を送っていた。


 それはまだまだ覚醒者の絶対数が少ない現状では致命的な事件が起こっていないだけともいえるが、一方で「これまで通り」を維持するために奔走している者たちがいる。


 自衛隊と公安警察この二ヶ月でそれぞれ100人超の『格闘術』と『投擲術』を持った覚醒者を産み出し、全国に配置する事が出来ていた。こういった地道な努力が人々に安心と安全を届けているというわけである。


 そんな安全の陰の立役者である柚子缶であるが、怒涛の二ヶ月間を経てようやく少しだけ余裕が出てきた。とにかく最低限の治安維持要員の確保に向けて協会と共に動いてきたが、先の通り全国に覚醒者を配置出来たことでなんとか最低限のセーフティネットが構築できたと判断したためである。もちろんこれでお終いとはならないが、月から木にボス討伐、金土日にスキル習得といったブラック企業も真っ青のスケジュールからは開放される事となった。それでも週に三、四日は稼働しているので探索者としてはかなりハードに働いている事には違いないのだが。


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 三月の終わり、今年も平年より少し早めに開花する桜を見て「毎年例年より早いって言ってるような気がするな」という感想を抱くカンナ。ユズキに言ったらきっと「地球温暖化の影響でしょ」と返ってくるだろうなとか考える。


 今日は高校の卒業式だ。正直式に出席できるかどうかかなり際どいところであったが、なんとかこの日までにスケジュールを空ける事ができた。


 教室に入り久しぶりに会う級友と挨拶をかわす。既にカンナは探索者の枠を超えた超有名人である。このまま登校する事なく卒業を迎えるかと思われていたカンナが教室に入ってきた事で教室内に驚きが走った。


 席についたカンナに普段と変わらぬ様子で声をかけてきたのは彼女の幼馴染のミサキであった。


「カンナ、おはよう。今日も来れないのかと思ったよ」


「おはよう。なんとか都合をつけられたよ」


「ふふ、一緒の学校に通えるのも今日でお終いだからね。最後に来てくれて良かった」


 嬉しそうに笑うミサキ。


「そうだ、第一志望の大学受かったんだよね。おめでとう」


「ありがとう。カンナは専業探索者をやるんだよね」


「そのつもりではあるんだけど、今はちょっと色々あってね」


「色々って……ああ、そういうことね」


 察したように頷くミサキ。いずれにせよカンナとミサキの進路はここで分かれる事になる。小学校からずっと一緒だった幼馴染の二人にとっても今日は節目であった。


 そして――


(この想いにも、もう区切りを付けないと)


「ねえカンナ、卒業式が終わったらちょっと時間もらっていい? 話したい事があるんだけど」


「ん? いいよ」


 何の話? と聞く前に担任が教室に入ってきた事で中断する。あとで聞けば良いかとカンナは気持ちを切り替えた。


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 卒業式自体、感慨深いものはあったが特に波乱や事件もなく終了した。強いて言うのであれば、卒業証書授与のタイミングで日出カンナ話題の有名人の名前が呼ばれた時に会場全体が少し騒めいたぐらいだ。


 式の後は教室に戻り最後のホームルーム、それが終われば本当に最後だ。教室に残った生徒達は連絡先を交換したり、卒アルにメッセージを書きあったりと中々帰ろうとしない。みんなこの場が名残惜しいんだなと思う。


 さてどうしようと思っているカンナのスマホに、ミサキからメッセージが届いた。


― 屋上、いい?


 中々みんなが帰らないから、場所を移そうと言う事らしい。


― オッケー


 簡潔に返信をして屋上に向かう。


 ………。


 屋上に着くとミサキは既に到着していた。ちなみに生徒は勝手に屋上に入ってはいけないので、立派な校則違反ではある。


「最後の最後に悪いことしちゃったね」


「んー、もう私達って卒業したから厳密にはここの生徒じゃないし、校則には従わなくても良いんじゃない?」


 それだと今度は不法侵入になるのでは無いか? まあ細かい事は気にしたら負けか。


 それにしてもこのシチュエーションは……。

 

「なんか卒業式のあとにこうやって呼び出されるなんて、告白とかされちゃうような雰囲気だね」


 軽いジョークのつもりで口にした言葉だった。しかしそれを受けてミサキは真剣な顔でカンナを見つめる。


「……ミサキ?」


「これから話す事は、私が自分の気持ちにケリをつけるためだから。カンナは気にしないでね」


 そう言うとミサキはグイと距離を詰めてきた。


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「私、ずっと前からカンナの事が好きだったの」


「私もミサキの事、好きだよ」


「うん、知ってる。だけど私の「好き」はカンナのそれとは違う。カンナがユズキさんに向ける「好き」と同じ感情」


「え……えっと……」


「言ったでしょ? カンナは気にしないで。ユズキさんとの仲に割り込むつもりは無いし、カンナには幸せになって欲しいっていうのも私の正直な気持ちだから。……その隣にいるのが私じゃ無いのが残念だけどね」


 戸惑うカンナにギュッと抱きつくミサキ。


「だからこの恋はもうお終い。不毛な恋心を引きずり続けても仕方ないし、春からは新しい環境で勉強に励むの」


「ミサキ……」


「でも、最後に、お願い。もうちょっとだけこうさせて……」


 声を震わせるミサキ。カンナはなんと声をかけて良いか分からない。ごめんなさいも違う気がするし、かといってユズキを愛しているカンナにはミサキの想いに応える事は出来ない。……だから黙ってミサキの背中を優しく撫で続けた。


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 校門を出て少し歩いたところで見慣れた車が停まっていた。


「卒業おめでとう」


「ユズキ、ありがとう」


「式はどうだった?」


「いい式だったよ。卒業証書も直接貰えたしね」


 筒形のケースを取り出し蓋を開くとポンっと小気味の良い音が響く。


「それは良かった。……カンナ、元気ない?」


「そ、そんな事はない、けど……やっぱり高校を卒業するのはちょっと寂しいかな」


 式がというより先ほどのミサキとのやりとりが原因なのだが、それをユズキに話すのはフェアじゃない気がしたので自分の中で消化する事にする。だけどそんなカンナの心の動揺を一瞬で察してしまうとは、さすがのユズキさんである。いつまでも引きずらないようにしないとと、カンナは気合いを入れた。


 ユズキの車に乗って事務所に向かう。今日は仕事は無いが、明日はまた地方でボス討伐があるので昼過ぎには移動を開始する予定のためだ。


「そういえばカンナの制服姿は今日で見納めね」


「ユズキが着て欲しいなら、これからも着てもいいよ?」


「別にコスプレが好きってわけじゃないんだけど……」


「じゃあ代わりにユズキが着る?」


 カンナが制服の端っこを軽く引っ張ってみせると、ユズキは吹き出した。


「フフ、なんでそうなるのよ」


「だってユズキは私の制服姿をずっと見てきたわけだけど、私は出会った時からユズキが大人だったから、ユズキの制服姿って見た事ないんだもん」


「あー、そういうこと……今度実家に行く機会があれば卒業アルバムとか見る?」


「ユズキはかわいいから、いま制服を着ても似合うと思うよ」


「いやよ、恥ずかしいもの」


「そっかー、残念……」


 ユズキの制服姿はまたの機会の楽しみにしておこう。



「そういえばさ、カンナは専業探索者になるって事でいいの?」


「なんで?」


「もう一生遊んで暮らせるぐらいのお金はあるし、最初に目指してたチャンネル登録者数100万人って目標を達成しちゃったから、もしかしてもう探索者は満足しちゃったかなって」


 ユズキは気になっていた事を訊ねる。パーティを組んだ時に口にした100万人という人数は、当時はまさか達成出来るとは考えていなかった。しかし様々な偶然……結果的に幸運だったと言っていいかは微妙ではあるのだが……によって本格的に柚子缶としての活動を始めてから2年ほどたった今、チャンネル登録者数は120万人を超えた。


 ついでにユズキがハルヒとした「日本一のパーティになる」という約束(※)も、先日のドラゴン討伐で達成したとも言える。

(第2章 29話)


 つまり、今は探索者を引退するにはある意味で良いタイミングであるわけだ。もしもカンナがこれで探索者は辞めると言ったら、ユズキはそれに同意するつもりでいた。しかしカンナは目を丸くして首を振った。


「私はみんなと探索を続けたいよ!? 100万人達成したなら次は1000万人だし、日本一になったなら次は世界一を目指せばいいじゃない! まだまだやる事は沢山あるよ!」


「1000万!? 大きく出たわねー、200、300と刻まないんだ」


「目標は大きくだよ。100万人だって最初は絶対無理だって思ってたのになんだかんだ達成出来たんだもん、1000万人もそれを目指して頑張っていけばきっといつか届くよ!」


 そう言ってガッツポーズするカンナであった。

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