第48話 それからの柚子缶の日常
「はああぁぁぁぁっ!!」
カンナの一閃が
「せいっ!!」
ほとんど同じタイミングでユズキの一撃も届く。
グォォォォオンッ!
胸についた深い×印の傷が致命傷となり、ミノタウロスはその場に倒れた。
「……討伐完了、かな?」
「そうだといいんだけど。ボスだけあって、かなりタフだったわね」
「とりあえず氷で床に固定するから念のため首も落としちゃおうよ」
マフユが『氷魔法』で仰向けに倒れたミノタウロスの体ごと周辺の地面を凍らせる。もしも死んだふりで奇襲を狙っていたとしてもこれでは動きようがない。
「わかった。イヨさん、カメラあっちに向けて貰っていい?」
「了解。だけどこれは生配信じゃ無いからそこまで気にしなくても後で編集できるからね」
「ああそっか、最近は生配信が多くてうっかりしてたよ。じゃあトドメをさすね……せーのっ!」
気合いと共にカンナが剣を振り下ろし、首を切り落とす。モンスター相手とはいえ倒れている相手の首を落とす絵面は気持ちの良いものでは無いので、カメラに映らないよう一応配慮を忘れない。
そのまま胸にナイフを突き立て心臓の横にある魔石を取り出すと大事そうにカバンにしまった。
「これでよしと。……じゃあ今日のボス討伐配信はこれでおしまいです! みんなありがとー」
カンナがカメラに向かって手を振る。ちなみに胸に手を突っ込んで魔石を抜いたので手は真っ赤に染まっているがそれはカンナ的にはカメラに写しても良しと考えているラインである。
「はいオッケー、撮影終わり!」
イヨがカメラを止めると今度はミノタウロスの解体作業だ。人型の魔物なので素材として使える部位は多く無いが、ボスだけあって大きな牛の頭部には立派なツノが二本も生えている。これが地上ではそこそこの価格で――といっても一本百万円ほど、今の柚子缶からすれば経費程度の額なのだが――取引されるため、それを持ち帰る事になる。
あとはボスが持っていた戦鎚もダンジョン産の武器としてはそこそこ貴重なものになる。とはいえ体長三メートルもあったミノタウロスが振り回していた武器をそのまま使える探索者などいないので鋳熔かしてミスリルを抽出するのが目的だ。
「この角って何に使うの?」
「加工してナイフにするらしいわよ。ダンジョン内でモンスター相手に使うには強度が心許ないけど、料理とかで使う分には問題ないし、キャンプなんかで使うとワイルドさがあるってことで愛好家がいるとか」
「なるほど」
「うちで使う用に売らずに加工してみる? 素材持ち込みなら加工費のみでナイフにしてくれるところもあるし、好きなデザインを彫り込んでもらったりも出来るわよ」
「別にミノタウロスナイフはいらないなぁ」
「同感ね。イヨとマフユは? いる?」
「私もいらないな。ナイフには困ってないし」
「いっそカンナちゃんがその角を削ってナイフを作る過程を動画にして公開したら? そういうDIY動画も地味に人気あるじゃん」
「どれだけ時間がかかるのよ」
「楽しそうだけど今は忙しいから無理かなぁ。素直に協会に売っちゃっていいよね」
そう言って解体を切り上げる。一通り作業を終わらせた四人のもとに、安全な通路に待機していた協会所属の探索者達がやってきた。
「終わりましたか?」
「あ、はい。お待たせしました。コアルームの扉は開いたと思うのでどうぞ行ってください」
「ありがとうございます!」
そう言うと数人の探索者はコアルームに消えていく。
「じゃあ私たちはこれで。お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様です! 地上までお気を付けて!」
探索者達に声を掛け、地上を目指す柚子缶。コアルームに残った探索者達はこれからコアペロタイムとなる。
スキルが覚醒する条件を探るため、複数人でコアルームに入り口に含む時間などに変化を付けるなどして検証をするのだ。
スキルを得た場合はその場で「今スキルを得たな」と自覚できるのだが、覚醒はダンジョン内では自覚出来ない。今はある程度の人数で回し嘗めをしたあとにダンジョンの外にでてスキルを使ってみるという確認方法しかなかった。
スキル覚醒の情報が世界中に開示されてから一ヶ月ほど、既に多くの覚醒者が世に生まれており、確実に覚醒するならどんなコアでも丸一日口に入れておけば良さそうという事は分かっている。
今はより詳しい条件――コアの大きさやダンジョンボスの強さ、口に含む時間や探索者の年齢性別スキルを覚えてからの期間など出来るだけ多くのファクター――をもとにスキル覚醒の条件式を導く段階に入っている。
そのためのサンプルを稼ぐためにはできるだけ多くのダンジョンでコアルームを開放したいが、協会所属の探索者にはボス討伐の経験が無いものがほとんどだ。無理をさせて犠牲者が出たら元も子もない。そこで柚子缶に白羽の矢が立ったという流れである。ボスさえ倒してしまえば、しばらくの期間は安全にコアルームに出入りできる。安全にボスを倒せる実力を持つ柚子缶が協会に協力して、各地のダンジョンのボスを倒して回っているというわけである。
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「さすがに疲れたねー」
「いくら近場とはいえ、ダンジョン三つハシゴはしんどかったわね」
サンプルは多いほど良い。その考えのもと、様々な地域の支社と連携して多くのダンジョンを回っているカンナ達。この日は京都市内の三つのダンジョンをハシゴした。
「今日頑張った分、明日は久しぶりのオフだね」
「そうは言っても明後日からのスキル習得のために東京への移動で半日潰れるわけだけど」
覚醒条件の詳細は検証が必要だが、それを悠長に待ち続けるわけにもいかないのが治安維持である。自衛隊や公安など国家を守る組織は、協会が所有しているいくつかの超小規模ダンジョン内で丸一日コアペロをさせることで一日に数人ずつではあるが覚醒者を増やしている。しかし覚醒した彼等の全員が有用なスキルを持っているわけでは無い。覚醒はしたものの宝の持ち腐れになってしまっている者達にまとめて『格闘術』と『投擲術』を覚えさせるため、スキル習得訓練が二日後から開始するスケジュールとなっていた。
今回は対象が覚醒者であるため試験的に都立体育館での訓練となる。これが上手くいけばスキル習得訓練をダンジョン内で行う必要が無くなり――覚醒者に限ってだが――『広域化』をするカンナの負担もかなり軽くなる。
ちなみに今回習得するスキルとして『格闘術』と『投擲術』が選ばれたのは、武器を選ばないからだ。悪意のあるスキル覚醒者を取り締まる際にたまたま得意武器を持っていなかったでは困る。そこで治安維持を担う覚醒者は、徒手空拳で性能を発揮できる『格闘術』と、投げる物さえあればとりあえず何であっても武器とすることが出来る『投擲術』を覚えることを標準の仕様とする事になった。
『投擲術』はこれまで微妙扱いされていた武器スキルだが、ドラゴンとの戦いでイヨが剣を逆鱗に投げ刺した事で使い手次第ではかなり有効な戦術が取れると認識を改められ、一転して当たりスキル扱いになった経緯がある。年末のスキル習得訓練の報酬として『投擲術』を覚えさせてもらった柚子缶一同であったが、これがなければドラゴンを倒せなかった可能性が高いことを思えばこのスキルを覚えようと言ったイヨの先見性はまさにファインプレーだった。
「そういえばカンナちゃんはこれだけ毎日ボス討伐だのスキル習得だのやってるけど、学校は平気なんだっけ?」
「三年生の三学期は基本的に自由登校期間だから、行かなくても卒業はできるんだ。もともと登校はそこそこにして運転免許を取ろうと思ってたぐらいだし」
「教習所も申し込んでたのよね」
カンナの高校の校則では卒業前に自動車免許を取得して良い事になっていた。夏休みは暗殺者の襲撃でゴタゴタしていたし冬休みは短いしで、この三学期に集中して教習所に通おうと思っていたのだが……
「こんな事態になっちゃったから、実はまだ一度も行けてないんだよね」
「あらら。このまま退校? 返金とかしなくていいの?」
「うーん、状況が状況だしお願いすればいくらか返って来るかもだけど、そうしたら結局ズルズルと免許を取らないままになりそうで。退校になるまで半年くらいは猶予があるから、それまでに今の忙しさがひと段落すればなんとかなるかなとも思って」
「そっか。いずれにしても、カンナちゃんが運転手になれる日はもうちょっと先になりそうだね」
「ところでカンナさん、運転免許は教習所を卒業してなくても免許センターで技能試験に受かれば一日で取れるんだよ」
「イヨの言ってるやつってもともと運転に慣れてる人が何かの理由で失効した時の救済措置でしょ?」
「私はそれでとったよ? まあハルちゃんの車で練習はしてたけど」
「……聞かなかった事にしておくわ」
「私有地で練習してたんデスヨー。ね、フユちゃん先輩!」
「まあそういうことにしておこうか」
「わ、私は素直に教習所に通うよ!」
「それが良いと思う」
そんな会話を交わしながら一行は探索者協会京都支部へ向かう。探索者をコアルームへ引率するためボス討伐を請け負っている柚子缶だが、その報酬に加えてボスから得られた魔石や素材は柚子缶のものにして良い事になっていた。手際良く今日の魔石と素材を換金する。
適当に夕飯を食べてホテルに戻った頃にはもう深夜と言っても差し支えのない時間だ。
「それじゃあ明日は朝9時にロビーに集合で」
「はい、おやすみー」
「また明日ね」
協会が取ってくれたホテルはシングルルームのビジネスホテルだった。明日の移動に備えてそれぞれの部屋に引っ込む一同。
「狭っ」
部屋に入ったユズキは思わず呟いた。今日の探索も急に決まったものだったので協会側も慌てて部屋を確保してくれたという事情はわかるが、それにしても狭い部屋である。小さなベッドの横にはテーブルが備え付けられているが、チェアを引くのも難しそうなぐらい窮屈だ。
「まあシャワー浴びて寝るだけだし、別にいいか」
寝る前に少し事務仕事でもしようかと考えていたけれど、この狭さではやる気も起きない。明日事務所に帰ってからやろうと気持ちを切り替えたところでスマホが着信を告げた。
「もしもしカンナ?」
「ユズキ、もう寝ちゃった?」
「これからシャワーに入るところだったけど」
「あのさ、いまからユズキの部屋に行っていいかな?」
「……いいよ」
「やった! すぐ行くね」
声を弾ませて電話を切るカンナ。パーティとして言わないといけないことがあるなら四人でいる時に言うはずなので、単純に二人きりになりたいという事だろう。そういえば最近はあちこちに遠征ばかりで二人きりになる時間が殆どなかった。
いつも協会が用意してくれる部屋は、しっかりしたホテルであるのだけれど大抵四人部屋である。イヨとマフユがお邪魔とは言わないけれど、やはりカンナと二人きりになりたい時はある。
恐らくカンナも同じことを考えて、シングルルームに通された今夜をチャンスだと考えだろだろう。
(相変わらずかわいいやつ)
部屋のドアがトントンとノックされる。ユズキはニヤけるているのがバレないように、極力澄ました顔を作りながらカンナを部屋に招き入れた。
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翌朝。しっかりと元気をチャージしたカンナとユズキはイヨ達と合流して復路に着く。京都から東京に向かって車を走らせる中で、カンナは思い出したことを仲間に報告した。
「そういえば私、昨日の探索でついに新しいスキルを覚えたんだよ」
「ええっ!? 凄いじゃん!」
「ボスを倒したその場では協会の人もいたし、地上に出て落ち着いたら言おうと思っててうっかりしてたんだ」
「そんな重要なことをうっかり忘れるなよ……」
「えへ、ごめんなさい」
「私たち、結構な数のボスを倒してきたからそろそろ誰かしら新しいスキルをゲットできないかなって思ってたけど、カンナちゃんが最初だったか」
「それでそれで!? 何のスキル!?」
助手席に座るカンナに喰らいつくように問いかけるイヨの目は期待に満ちている。
「ふふ、実践してみるね」
「ここで? 大丈夫なの?」
「うん。……えい!」
そう言って魔力を操作したカンナの掌に小さな氷が産まれる。
「これは……『氷魔法』?」
「そう! マフユさんとお揃い!」
「なーんだ、被りかぁ」
「ええ!? そんな反応!?」
「だって『氷魔法』はフユちゃん先輩が使ってるのを何年も見てきてるもん。もっと凄いやつ期待しちゃった」
「こら高原、そういう事は言わない。私はカンナちゃんとお揃いで嬉しいよ」
「マフユさん、ありがとう!」
「ふふ、魔法スキルはまた使い方にコツがあるから今度一緒に練習だね」
「うん! よろしくね!」
カンナの覚えたスキルはマフユと同じ『氷魔法』で、何年もの経験を積んだベテラン氷魔法使いのマフユのスキルを『広域化』できる柚子缶としては特に戦術の幅を広げるものではなかったが、それでも鍛えておけばいざという時に役に立つ事はある。
スキル覚醒していてもボスを討伐して新しいスキルを得ることが出来るというのが実証された事もひとつの成果だし、何よりマフユは『氷魔法』の後輩が出来て嬉しそうだ。
和気藹々と『氷魔法』の訓練について話すカンナとマフユ。イヨはそんな二人を見つつユズキにちょっかいをかける。
「ユズキさん、カンナさんとフユちゃん先輩がペアスキルになって嫉妬しちゃってるんじゃないの?」
「はあ? 別にしないわよ、そんなの」
「でもこれから二人は『氷魔法』を鍛えるのに仲良く訓練するわけじゃん? 寂しくならないかなーって」
「……イヨ、ここで降りてもらってもいいのよ?」
赤信号で車を停めたユズキは後ろに座るイヨに振り返りニッコリと微笑む。しかしその目は笑って居なかった。
「じ、冗談ですって! イヤだなぁ、ははは……」
「そう? なら良いわ。次に変なこと言ったら本当に降ろすからね」
そう言って前を向くユズキ。イヨはお口にチャックをして小さくなる。
(ユズキが怖い!)
(カンナちゃんの訓練はユズキちゃんにも立ち会ってもらおう……)
そんなユズキ達のやりとりをみてこっそり震える『氷魔法』使いの二人であった。
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