第45話 協会への報告

 カンナはスマホを取り出すと探索者協会に連絡をする。無事にドラゴンの討伐が完了した事を告げ、怪我の処置が済んだら詳細を報告に向かうと伝える。


「こちらも君達の配信やテレビ局のヘリによる中継で状況は確認していた。怪我は大丈夫かい?」


「重傷者は居ますが、命に別状は無いです。これから病院に行って処置してもらおうと思っています」


「それならこちらで救急と受け入れ先を手配しよう。『回復魔法』はあったほうがいいかな?」


「ありがとうございます、助かります」


 電話を切ると周辺で待機していた自衛隊が近づいて来た。上からの指示で、そのまま全員を近場の病院に乗せて行ってくれるとの事だった。さすが協会会長、仕事が早い。


 そのまま病院へ移動してユズキとイヨ、光の螺旋の怪我人も含め治療を受ける。さらに外傷のなかった者達についても念のためと精密検査をして貰うなどしているとあっという間に夜は明けていた。


 病院を出ると、今度は協会から迎えの車が到着していた。促されるまま乗り込み、品川の協会本部は送られる一行。あれよあれよという間に会議室に通されると昨日同様、協会の役員達が鎮座していた。


「疲れているところすまない。こちらも詳細を把握しておかないとならなくてね。ひと通り話を聞かせて貰えるかな」


「はい、分かりました」


 この場にいるのは怪我がほとんどなかったカンナとマフユ、光の螺旋はハルカとサクヤの合わせて四人……戦闘で大きな怪我をした残りのメンバーは治療を継続するため入院中だ。不在のユズキに代わり、カンナは一歩前に出る。


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「まずは、今回の事は改めて礼を言わせてほしい。一連の騒動で、怪我人はいても死者がいないと言うのは奇跡的な事だ。君達の活躍がなければこの奇跡は起こらなかった」


 会長が深く頭を下げる。


「こちらこそ、ご協力ありがとうございました。一般人に被害がなかったのは協会が派遣した自衛隊の方々の迅速な避難誘導があってのことですし、何よりドラゴンに立ち向かって足止めをしてくれた最前線の方々が居なければ私たちも全滅していました。彼らの勇気があったから、この結果があるんです」


「そう言ってもらえるとありがたい。何よりの勲章として、現場に居た者達に伝えさせてもらおう」


 会長は顔を上げると誇らしげに笑った。


「それで、電話でも伝えましたけど、ドラゴンは2体とも討伐完了。ついでにドラゴンが溢れて出て来たダンジョンも消滅しました」


「ああ、ドラゴンの討伐についてはこちらも把握している。しかしダンジョンも消滅したのか……。あの場であった事を当事者目線で、出来るだけ時系列に沿って説明してくれるとありがたい」


 カンナは会長の言葉に頷くと、ドラゴンとの戦いを振り返る。


 一体目は光の螺旋が主体となって討伐した。柚子缶もスキルによるフォローはしていたが、メインで攻略したのはやはり光の螺旋だろう。特に『風神』と『雷神』の威力は高く、かなりのダメージを与えていたしとどめの一撃も――『一点集中』での補助はあったとはいえ――『雷神』によるものだった。


「一体目を倒してほっとしていたら二体目が1km先の日本武道館からこちらにブレスを放ってきました」


 凄まじい威力のブレスで、なんとか凌いだがここで光の螺旋が戦線離脱、二体目は柚子缶が主体で討伐することになった。


 戦闘自体はまさに総力戦で、それこそ持てる力の全てを注ぎ込んでギリギリで掴んだ勝利だった。最後の最後にドラゴンがこちらを道連れにしようと自爆したがなんとか対処しつつ、ついでに件のダンジョンも消滅させたという流れである。


「基本的に配信された通りですね。裏でこっそり何かしていたという事は無いです」


「なるほど。大きな事件が起きて探索者に話を聞く事はあるが、今回は配信と放送でしっかりと状況が確認できている。特に問題のある行動は無いと言いたいところではあるのだが……いくつか確認させて貰っても?」


「はい、構いません」


「まずさらりとを「ついでにダンジョンを消滅させた」と言ったが、どうやってだい?」


ユズキリーダーのスキルでドラゴンの自爆の衝撃に指向性を持たせました。それを丸々ダンジョンの入り口に向けて撃ち込んだんです」


「『一点集中』か。それ単体では威力を出せないが他のスキルと合わせる事で最強の火力を生み出せるスキルというわけだな」


 結果的にユズキはスキル一つでドラゴンが蔓延るであろうダンジョンを消し飛ばしたわけである。


「これで次のドラゴンが溢れてくる事は無い筈です」


「それは重畳だな。今回消滅したダンジョンについては政府側はそんなもの無いと言っており、協会も管理していない。君達の行いが問題になることは無いだろう」


 無許可でダンジョンコアを破壊してダンジョンを消滅させることは探索者法で禁止されている。しかしそれは探索者協会が管理しているダンジョンの話であり、それ以外の……例えば個人が所有しているダンジョンの場合は持ち主が許可すれば問題無い。協会から管理されておらず、所有権を主張する者もいないダンジョンの場合はコアを壊しても基本的にお咎めなしだ。そもそもそんな野良ダンジョンは滅多に無いのだが、今回の場合は先に政府が「皇居の地下にはダンジョンは存在しない」と言ってきていたので柚子缶の行いはこの例外に該当するだろう。


 政府側が皇居の地下のダンジョンの存在を否定した理由はいくつか想像できる。本当に把握していなかった可能性もあるし、所有しているダンジョンを魔物溢れオーバーフローさせてしまったことによる批判を恐れたのかもしれないし、もしかするとそのダンジョンの存在を秘匿しておく理由があったのかもしれない。


(まあダンジョンが消滅した今となっては藪の中だな)


 それよりも今、優先して考えるべき事がある。昨日の打ち合わせでは目の前の脅威を取り除く事を優先したため敢えて言及を避けた、スキルのダンジョン外での使用についてだ。


 今回、柚子缶と光の螺旋は公にスキルを使った。隠せる様な状況では無かったし、どうせ中継ヘリに撮られるならと自ら配信をしてその事実を世界中に公開している。


 彼女達の配信動画は100万人近くが視聴しており、アーカイブは既に300万回再生、さらにものすごい数の切り抜き動画や考察動画も作られており、その再生数も鰻登りだ。そしてこの勢いはもはや日本に留まらず、世界中から注目されている。


 これだけ大事になると、適当な嘘で誤魔化すのは難しいだろう。


「それで、君達の力の事だが」


「本題ですね。私達もその相談をしたいのですが」


「相談か。どうやって隠すかという話かね?」


「あれだけ堂々と使って隠すのは難しいかなと。むしろ逆転の発想でみんながダンジョンの外でスキルを使えるようになれば私達を気にする人は居なくなるんじゃないかって思うんです」


「みんなが、だと? ……つまりそれを可能とする方法があり、君達はそれを知っていると言うことか」


「はい。ただ流石に私達の独断でそれを広めてしまうのはどうかと思いまして」


 ダンジョンの外でスキルが使えるのが柚子缶と光の螺旋しかいないから悪目立ちするのであれば、いっそスキル覚醒方法を公開して誰でもスキルが使える様にしてしまえば良いのではという考えである。


 しかしこれをすると日本中、どころか世界中に大混乱が起こる事は必至である。今の世の中はダンジョンの外ではスキルが使えない前提で仕組みが作られている。仮に悪意があるものがどこでも自由にスキルを使えるようになったとしたら、それに対抗する手段を世界中の国々は持っていないのだ。


 だからこそカンナは訊ねる。世界の仕組みを否応にも変えてしまう情報を公開しても構わないかと。


 会長は顔をしかめて考え込む。軽々しく了承できる相談では無い。


(だが彼女達がスキルを使った事実がある以上、方法があると多くの者は考えるか……となれば世界が変わるのは時間の問題とも言える。遅かれ早かれその時が訪れるのであれば、保身に走ろうとする政治家連中の横槍が入る前に情報を公開してしまった方が良いとも思えるな。日本政府に決定権を渡したら法整備だ犯罪抑止だと言い出して、下手すれば年単位で待ったがかかる。そんな事をしているうちに諸外国は独自にやり方を見つけ出して、何もかも先行されてしまうだろう。逆にここで情報を公開すれば条件はイーブン、上手くこの子達柚子缶と光の螺旋と付き合っていければより詳しい情報を得られる分アドバンテージを得られる。

 最悪自分が責任を取れば良いし、国の事を考えれば首を縦に振る以外の選択肢は無さそうだが……)


 眉間に深い皺を寄せてブツブツと呟く会長の様子をその場の全員が見守る。


 数分間、熟考を重ねた会長は顔を上げるとカンナに訊ねる。


「その方法は、だれでもに簡単にできるのかね?」


「まだかかる時間や必要な素材の量について、そこまで詳しい条件の検証が出来てません。だけどある程度実力のある探索者なら比較的容易に試すことができる方法です」


 会長は頷いた。今のカンナの答えからある程度予測がつく。「素材」「ある程度の実力」「探索者」というヒントからキーワードが導き出される。


「ダンジョンコアか」


「……っ!」


 声にこそ出さないが、カンナは目を丸くする。その表情から会長は自分の考えが当たっていた事を確信した。


「良いだろう、私の責任において情報公開する事を認めよう。ただし君達の配信ではなく、探索者協会側で発表の場を作らせて欲しい。それが条件だがどうだろう?」


「……その発表って私達のチャンネルでも同時に配信してもいいですか?」


「それで問題無い。これから関係各所と調整して、今日中には発表の場を設けよう」


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 ユズキはベッドから身体を起こすとテレビをつけた。


「――今回の一連の事件について、間も無く探索者協会の記者会見が開始されます。都心にドラゴンが現れた理由や、討伐に至った経緯、そして二体のドラゴンが倒された事で脅威は去ったのか? など皆さん興味は尽きないと思いますが、こちら生中継で会見の様子を伝えさせて頂きます!」


 アナウンサーが興奮気味に話す画面の端には「緊急記者会見! 都心に現れたドラゴンについて」と表示されている。いくつかチャンネルを変えてみたが、殆どの局がこの記者会見を放送するようだ。


「ユズキさんはテレビで見るの?」


 隣のベッドからイヨが声をかけてくる。彼女はノートパソコンを開き、柚子缶の配信チャンネルを表示している。


「私のパソコンは事務所だし、スマホだと画面が小さいからね」


「でもテレビって自称コメンテーターとかが好き勝手なこと言ってムカつかない?」


「それはあるけど、そういう意見があるって知っておく事も無駄にはならないかな」


「一理あるね。じゃあ私もユズキさんと一緒にテレビにしようかな」


「じゃあ画面そっちに向けるわね」


 ユズキはテレビをイヨのベッドからも見やすい向きに変え、少しボリュームを上げた。ここはユズキとイヨの二人部屋なので他の入院患者の迷惑になるという心配もない。


「それにしてもいきなり記者会見だって、びっくりしたね。カンナさん緊張してるんじゃ無い?」


「本人は大丈夫だって言ってたけどね。「ユズキの分まで頑張ってくるよ」って気合を入れてたわ」


「頼もしいね」


 協会への報告からの流れで記者会見に参加する事になったと言われた時はユズキもびっくりしたが、当のカンナは特に焦った様子もなく気合十分だった。以前のカンナなら焦って慌てていたと思うが、いつのまにかこういった部分でも強くなっていたんだと思うと嬉しいような、少し寂しいような複雑な気持ちになる。


「ところでユズキさん、柚子缶ウチのチャンネルの登録者数確認した?」


「おとといの夜に確認したのが最後かな。うちの家族とカンナのご家族との顔合わせの前に、今の登録者数を確認しておこうと思って。

 その時点で52万人にちょっと届かないくらいだったけど」


「この24時間で倍近くに増えてる。今は95万人」


「うそ!? なんで!?」


「そりゃドラゴン討伐の影響だと思うけど、それよりも海外からのアクセスとチャンネル登録がいまももの凄い勢いで増えてるんだよね。多分この記者会見を生で見たいって人が多いんだと思うけど」


 イヨがパソコンの画面をユズキにも向ける。確かにチャンネル登録者数はものすごい勢いで増えており、このまま100万人を突破しそうな勢いだ。


「そっか、海外の人は日本のテレビ中継がされないから配信こっちがメインになるのか」


「同時翻訳ソフトとかを使えばリアルタイムで情報を知れるからね。カンナさんもこれを狙って記者会見の配信を提案したのかな?」


「それは違う気がする。多分「あとで説明するね」って言った手前、視聴者の期待を裏切らないようにしないと、とか考えてたんじゃないかしら」


「あはは、カンナさんらしい……と、そろそろ始まるね」


 テレビ中継が記者会見会場を映す。それと同時に柚子缶のチャンネルでも配信が開始された。


(カンナ、頑張れ)


 ユズキは祈るように手を組み、テレビを見守る。

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