第44話 決着

 ギリギリの勝利だった。カンナ以外の3人は既に戦闘不能で、そのカンナだってもう魔力がすっからかんだ。倒れたドラゴンに背を向けてマフユとイヨの元に歩を進めた。


「イヨさん、平気?」


「生きてはいるよ。全身打撲で青アザだらけだけどね」


 そう言って倒れたまま笑ってみせるイヨ。瓦礫の飛礫をモロに受けてしまったので、アザ程度じゃ済まないはずだがカンナを心配させまいと強がって見せているのだろう。


「マフユさんは……良かった、息はしてる」


 魔力の使いすぎで意識を失ったマフユだが、外傷はなさそうだ。これなら暫くすれば目を覚ますだろう。


「ひとまず安心かな。次は救援要請しなくちゃ……あ、でもここはダンジョンじゃないから救急車119でいいのかな?」


「カンナ、お疲れさま」


「ユズキ! だ、大丈夫!?」


 ユズキの声に振り向いたカンナはビックリして駆け寄った。ユズキも見るからに満身創痍で、戦闘服はズタボロ、インナーもところどころ破れてユズキの白い肌から血が滲んでいる。何より1人で歩く事が出来ず、サクヤに肩を借りて立っている。


「見ての通りかな。サクヤさんが引っ張り上げてくれたお陰で瓦礫の山から脱出できたし、ここまで支えて貰って来たの」


「そっか……サクヤさん、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。ドラゴンを倒して頂いてありがとうございます。2体目の方は光の螺旋私達は何も出来なかったから……」


 カンナがお礼を言うと、逆にサクヤの方に深々と頭を下げられてしまった。


「光の螺旋の皆さんは無事なんですか?」


「リュウキとアリスは救急隊の人が来て運ばれて行きました。ヨイチさんは『狙撃』を『広域化』して貰うために、まだ東京ドームあっち側に残っています。ハルカさんもその隣で彼に付き添ってて、私だけあの場にいても出来ることが無いから少しでも柚子缶みなさんの助けになればと思ってこっちに来たんです。私なんかが来たところで戦闘ではお役には立てないですけど……」


「いやいや、お陰でユズキと再会できたわけだし! もしもサクヤさんが来てくれてなかったら、ユズキは瓦礫の中で力尽きちゃってたかもだから、私達の恩人です!」


 カンナは首を大きく振ってサクヤの言葉を否定した。先程のユズキの言葉通りだとしたら、サクヤはユズキの……カンナの大切な人の、命の恩人である。カンナは心から感謝を伝える。


「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」


 サクヤもそんなカンナの想いをうけて柔らかく微笑んだ。


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「このドラゴンはもう絶命してるって事で大丈夫かしら?」


「えーっと……こうして真横に立って『魔物察知』をするとほんの僅かに命を感じるぐらい。だけどそれすら徐々に小さくなってるから、死んだふりとかじゃなくて今まさに命が燃え尽きようとしているって感じです」


「そんなことまで分かるんですね」


「はい。ちなみに東京ドーム側の1体目も実は倒れた時点ではまだギリギリで命はあったんですよ。そのあとのブレスで身体ごと燃やし尽くされちゃいましたけど」


 なんと、2体目が放ってきた超遠距離のブレス……あれは光の螺旋に大ダメージを与えると同時に1体目のドラゴンにトドメを刺していたらしい。


「1体目はもう炭しか残ってないので素材は売れないです。こっちは身体も魔石も残ってるから柚子缶さんの総取りですね」


「ええ!? 当然光の螺旋と半分こでしょう、私達だけじゃコイツを倒せなかったわけですし」


「そうですよ。スキル『狙撃』武器ライフルも借りたし、そもそも皆さんが居なかったら1体目も倒せて無いんですから」


「そんな即答しちゃっていいんですか? ドラゴンの素材なんてどれだけ価値があるか分かりませんし、何千億円も損しちゃうかもですよ?」


「「いいんです!」」


「ふふ、じゃああとでリュウキに話しておきますね」


「大体、コイツらが溢れて来たダンジョンにはまだまだドラゴンが居るってことですよね? 勝てさえすれば狩りたい放題だし、この1体の素材であれこれ悩んでも仕方ないかなって」


「それもそうですね。皇居側はそんなダンジョンは無いって言ってるみたいですけど、近づいた分さらにハッキリと分かっちゃいます。こっちの数百m先、地下20mくらいのところにダンジョンの入り口があるんだよなぁ」


 サクヤが指した場所は、明確に皇居の地下に位置する辺りだった。


「使ってない地下室にダンジョンが出来たとかで、本当に気付いていないのかもしれないしね。まあ今回の結果を受けて、私達の話を信じてしっかりと探してくれるかも?」


「そうだといいんだけど。いずれにせよ探索はうちも柚子缶さんも怪我が治ってからですけどね」


 怪我が治って、ダンジョンを攻略する許可が下りたらまたドラゴンとの戦いか。ダンジョンの中には今回のよりさらに強いドラゴンのボスも居るんだろうなと考えてカンナ。目の前で倒れているドラゴンよりもさらに強い相手なんて想像するだけで恐ろしい。まだまだ強くならないとな、と人知れず気合を込める。


 その時。


 全身にぞくりと悪寒が走る。


 思わず振り返って死にゆくドラゴンを凝視した。

 

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「そんな……ドラゴンの魔力が急激に高まってます!」


 サクヤがドラゴンを見て慌てる。


「まだ起き上がるつもりなの!?」


「いえ、生命力はどんどん小さくなっていってるからあと1、2分で絶命するのは間違いありません! だけどその代わり魔力はどんどん高まっていて……どうして!? 生命力が無いのにこんな風に魔力だけ高めたところで、制御出来ずに暴発するだけなのに!」


 その叫びを聞いて、イヨはピンとくる。


「ユズキさん、こいつわざと魔力を暴発させて私たちを巻き添えにするつもりだと思う」


「なっ!?」


「サクヤさん、このままドラゴンの命が尽きるギリギリまで魔力が高まり続けて暴発させたら、どのくらいの威力が出ますかね?」


 イヨの質問を受けてサクヤは思案する。仮にこのままのペースであと1分間魔力が高まり続けたとすると……。


「おそらく東京ドームで受けたブレス……リュウキとアリスがやられたアレですけど、その5倍ぐらいまで魔力は増幅すると思います」


「あれの5倍も、ですか?」


「はい。消えゆく生命力をさらに削って魔力を高めていると思うので。さらにブレスに変換させずにただ暴発させるだけなら、単純な威力はその何倍にもなるかと思います」


 先のブレスは『一点集中』した『障壁』でも防げなかった。その5倍の魔力が注ぎ込まれさらに数倍の威力となった爆発ともなれば、ユズキの『障壁』ではとても防ぎきれないだろう。マフユの『氷壁』と併用すれば? しかしマフユは未だに気を失っている。ハルカを呼んで来れば? だめだ、間に合わない。


 当然爆発の範囲外に逃げる時間も無い。


「このまま爆発すれば半径数km……もしかしたら数十kmの範囲が消し飛ぶんじゃないかと思います」


 説明をしながらサクヤは絶望する。


 ここまで来たのに、やっとドラゴンを倒したと言うのに。


 ここで爆発すれば、自分たちはもちろん東京ドームにいるヨイチとハルカ、さらに病院に運ばれたアリスとリュウキだって巻き込まれるだろう。


 これだけ頑張って来たというのに、自分が本当に守りたい人たちが誰も守れない。


 突きつけられる絶望と、何も出来ない悔しさに涙が滲む。


「だってさ、ユズキ」


 だというのに。


「最後の最後に迷惑なドラゴンね」


「こいつもそれだけ必死だって事でしょうな」


 柚子缶の3人はいつもと変わらない。焦るでも絶望するでもなく、ドラゴンを眺めている。


「あ、あの! 怖く無いんですか!? もう数十秒で爆発するんですよ!?」


 サクヤが訊ねると、カンナはこくりと頷いた。


「私はユズキを信じてるから」


「それは嬉しいけど……私達、いま実はすごくピンチなのよ? 最後の最後に一発勝負を決めないといけないわけだし」


「今さらここでユズキさんがその一発勝負を外すなんて誰も思ってないからね。あ、良いこと思いついちゃったんだけど! カンナさん、サクヤさんの『魔物察知』は『広域化』できる?」


「多分、普通の『気配察知』ぐらいの精度になっちゃうと思うけど……」


「できるなら試してみよう! サクヤさん、『魔物察知』を切らないで下さいね」


「は、はい……何をするつもりですか?」


「カンナさんの『広域化』でユズキさんに『魔物察知』を使って貰います」


 イヨの指示を受け、カンナは目を閉じて集中した。ユニークスキルは『広域化』出来ないが、光の螺旋のメンバーのスキルは汎用スキルが覚醒によって強化されたものなので、汎用スキルとしての効果は『広域化』出来るということは分かっていた。ヨイチの『狙撃手』スナイパーはダメでも、『狙撃』スキルは『広域化』してユズキが逆鱗を撃ち抜いたと言った具合だ。


「うん、出来たよ」


 無事に『広域化』できた。つまりユズキは今、『気配察知』が使えていることになる。


「ユズキさん、そのスキルでダンジョンの正確な場所って特定出来る?」


「ああ、そういうことか。えーっと……サクヤさん、ドラゴンが溢れて来たダンジョンってここからだとどっちの方向ですか?」


「え? あ、あっちですね」


 わけもわからずサクヤが指差した方に意識を集中するユズキ。


「オーケー、特定した」


「じゃああとは一発勝負を決めちゃって!」


「もうあと十数秒で爆発します!」


 サクヤが叫ぶと、ユズキはドラゴンの身体に触れる。直接魔力を感じて爆発の瞬間を見極めるためだ。カンナはそんなユズキの隣に移動すると、後ろからぎゅっとユズキを抱きしめる。


「カンナ?」


「ユズキ、震えてる」


「そりゃあ、失敗したら全滅ですもの。震えもするわ」


 精一杯余裕のある態度をとっては見せているが、怖いものは怖い。だけどやるしかないのだ。決意を秘めたユズキに、カンナは不意打ちでキスをした。


「ん……っ!?」


「前にエルダートレントとの戦いで私が震えてたとき、こうして落ち着かせてくれたでしょ?」


 そう言ってニコリと笑うカンナ。


「うん、ありがとう。勇気出た」


 カンナのキスで震えが止まった手を、改めてドラゴンに押し当てるユズキ。その後ろから再びカンナが抱きついた。


「ユズキ……愛してる」


「うん、私も。カンナ、愛してるわ」


 手のひらからドラゴンの魔力の高まりが限界を超えたことを感じ取る。ついに訪れる爆発の瞬間、ユズキはドラゴンに『一点集中』を使う。


 カッとドラゴンの身体が紅くなり、その瞬間魔力が暴発した。


 その場にいた全員を……そして半径数十kmを消し飛ばすだけの爆発は、しかし周囲に広がる事はなく。


 代わりに一筋の赤い光が、ダンジョンに向かって走った。


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「ふぅ。成功したと思うわ」


 ユズキがドラゴンだったもの――その身体のほとんどが爆発で一瞬にして蒸発し、僅かに炭のみが残った、その残骸から手を離す。


「えっと、何をしたんですか?」


 目の前の信じられない光景に、サクヤが説明を求める。


「爆発の瞬間、ドラゴンに『一点集中』して魔力の暴発による爆発に指向性を持たせたんです。1体目を倒した時にリュウキさんの雷を集中させたのと同じ理屈ですね」


 サクヤからドラゴンが魔力を暴発させて自爆しようとしていると聞いた瞬間、ユズキ達はその爆発の衝撃を『一点集中』で特定の方向に向けることを考えた。最初は空に向かって打ち上げようと思ったが、イヨの機転により溢れたダンジョンに撃ち込む事にしたのだ。


 サクヤの『気配察知』により――さらにそれをユズキの『一点集中』で特定の方向のみ、詳細に察知できるようになっていたのだが――ダンジョンの場所がわかったユズキ。その入り口に爆発の全エネルギーを向ける事は難しくなかった。


 唯一の懸念点は、爆発の瞬間を見誤らないかどうかだけであった。『一点集中』の発動が遅ければ爆死だが、早過ぎても魔力の流れが乱れてタイミングがズレるリスクがある。ドラゴンの魔力が限界まで増幅され、爆発に移るその一瞬を見極める必要があった。


 正直に言ってその場から動かずにこれみよがしに魔力を溜めているだけの相手の発動の瞬間を見極める事は今のユズキにはさほど難しくない。決して失敗出来ないというプレッシャーにさえ打ち勝てれば良いという状況だった。そんなユズキの緊張を感じ取り、キスとハグで精神的に彼女を支えたのがカンナだったと言うわけだ。


「ダンジョンも消滅したと思うけど、サクヤさんも確認して貰えます?」


「……確かに、ダンジョンの気配を感じなくなってます」


「良かった、うまく行ったわね」


「満身創痍だけど、一件落着だね」


 嬉しそうに笑うカンナとユズキ。サクヤもそんな2人の仲睦まじい様子を見てほっと肩の力を抜いた。


「あ、そうだ」


 イヨが胸ポケットからカメラを取り出した。


「ちょっと締まらないけど、これにて今日の配信を終わりにしますね。視聴者の皆さんも色々と気になる事はあると思いますけど、また今度説明します。それではまたね!」


 配信を終了するイヨ。そんな彼女を見て慌てたのはユズキだった。


「ちょっとイヨ、ずっと配信してたの!?」


「そりゃしてたよ。配信終了するタイミングも無かったし」


「え? え? じゃあさっきのカンナとのあれって……」


「バッチリ配信されてたね」


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 ユズキは真っ赤になってその場にうずくまってしまった。

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