第43話 死闘

 ドラゴンは戸惑っていた。自身に切り掛かってくるのはごくちっぽけな存在だ。多少なりとも魔力を扱っている事は分かるが、もう1体のドラゴンを討った強い魔力ではない。そもそも、脅威になり得る魔力の持ち主は先程の全力のブレスで焼き尽くしている。ブレスの大半は防がれてしまったが、それでも特に強い力を感じた『風』と『雷』の2体に対して炎が喰らい付いた事は間違いない。だから同じ方向からやってきたこの4体には自分を倒す力はないはずだ。


 だというのに。


 小バエは自身の周りをうっとおしく回ってはチクチクと斬りかかってくる。こんな攻撃ではダメージを受ける事は無いが、鬱陶しいことこの上ない。


 それでは先程自分を取り囲んでいた集団ごと焼き払ってやろうとブレスを吐いて見れば――


「『障壁』!」


 ――光の壁に阻まれて炎が届かない。大きくを作って『雷』と『風』を倒したぐらいの威力を出せればこんな壁ごと燃やし尽くせそうではあるが、そんな隙を晒すことは危険だと本能が告げる。


 仕方なく爪や牙による攻撃を繰り返すのだった。


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「信じられない……」


「隊長、彼女達は?」


「探索者だ。ダンジョン協会に自分達がドラゴンを倒すと直談判して来たらしい」


「それで待機命令が出たという事ですか。あり得ない話ですが、この光景を見ると納得せざるを得ませんね」


 少し離れたところから様子を伺う自衛隊。彼らは柚子缶の戦いに魅入っている。ダンジョンの外でスキルが使えているという事にまず驚くが、仮に自分達が各々持っているスキルをここで使えたとしてもあんな風には戦えないだろう。紙一重で爪や牙の強襲を躱して反撃を叩き込んでいる。あれだけのスピードで動く事もさることながら、なによりほんの少しずれたら間違いなく命が刈り取られるであろう攻撃をあんな風に避け続けることを考えるとそれだけで身震いする。


「弾薬の補充は終わったか?」


「急がせています」


 隊長の言葉に現実に引き戻される。そうだった、彼女達がこのままドラゴンを討伐してくれれば良いがもしも失敗……全滅したら、再び自分達がドラゴンあれと向き合うのだ。


 しかし目の前で繰り広げられる攻防を見たあとで、この場にいる多くの自衛官は既に自衛隊自分達がドラゴンを倒せるビジョンが描けなかった。彼らは祈る気持ちで柚子缶を見守りながら、次の攻勢の準備を進める。


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(あぶないっ! 今のはあぶなかった!)


 爪がカンナの前髪を散らす。柚子缶カンナ達の4人は紙一重の攻防を繰り広げていた。ギリギリのところでドラゴンの攻撃を見切って避けて反撃をする。これだけの動作であるが、常に死と隣り合わせである。


 2体目のドラゴンは1体目よりさらに大きく、体長は30m近くある。高さも7〜8mといったところだろうか。『広域化一点集中身体強化』で人間の限界を超えた動きが出来る柚子缶だが、この巨大なドラゴンと接近戦をするために4人は命懸けの綱渡りをし続けている。それだけやってようやく戦況の維持が出来ている状況だ。


「そこっ!」


 口を大きく広げて頭を噛み砕こうとしてくる牙を、身体を捻って交わしたカンナはそのままの流れで剣を振り回す。剣は逆鱗に吸い込まれる様な軌跡を描くが、ドラゴンも首を急激に震わせて逆鱗を守る。


「ちっ!」


 ドラゴンの回避によって、カンナの攻撃は惜しくも逆鱗に届かない。鱗に阻まれて剣が弾かれたカンナは空中でバランスを崩す。ドラゴンは身を翻しそんなカンナに爪を振るう。


「カンナッ!」


 ユズキが飛び出してドラゴンが振り下ろした腕を斬り付けると、カンナを真っ直ぐに狙った一撃が逸れる。カンナも迫る爪を冷静に見極めてると剣で攻撃を防いだ。


「『氷槍』っ!」


 攻撃後の隙を狙ってマフユがドラゴンの腹に氷の槍を撃ち込む。高い防御力を突破して腹に突き刺さるわけでは無いが、それでも鱗を斬り裂いて血を流される事はできる。


 ギャアアアアス!!


 ドラゴンはその場でジャンプしつつ尻尾をマフユに叩きつける。大技を使って咄嗟に動けないマフユを、横から飛び出したイヨが抱きかかえて攻撃を回避する。


 ズドンッ!


 物凄い音と振動が地面を揺らす。数トンはある巨大なジャンプしたためその着地の衝撃も桁違いだ。


「わわっ!」


 直前の攻防で地面に叩きつけられて居たカンナ。さらにこの着地による振動で丁度彼女が立っていた足元の瓦礫が揺れるという不運が重なり、大きくバランスを崩して隙を作ってしまう。


 ドラゴンはそんな好機を逃さない。先程叩きつけた尻尾をそのまま振り回してカンナを襲う。


「危ないっ!」


 完全に攻撃を喰らう運命だったカンナを救ったのはユズキだった。前のめりに倒れかかっていたカンナの手を取るとそのまま振り回し、遠心力で10mほど一気に後ろにカンナを放り投げた。


 ドンッ!


「グゥッ!」


 カンナを救ったまでは良かったが、ドラゴンの尻尾はそのままユズキにクリーンヒットした。……ブンッ! という音と共に尻尾を振り切るドラゴン。ユズキはその衝撃をモロに受けて100m以上の距離を吹っ飛ばされる。そのままドーンという音とともに瓦礫の山に突っ込んだ。


「ユズキっ!?」


「カンナちゃん、ダメ!」


 思わず瓦礫の方に駆け出そうとするカンナを、マフユが制する。


「でも!」


「『身体強化』が切れてないからユズキちゃんは死んで無いはず!」


「ここでカンナさんが抜けたら私達もヤバい!」


 イヨの叫びにハッと我に返る。気がつくと尻尾の追撃が目の前に迫っていた。


「くっ!」


 身体を反らして尻尾を避けるとそのまま体のバネを使って距離を取った。


「ユズキちゃんの『身体強化』が残ってるうちに倒し切るよ!」


 4人でギリギリだった戦況は、ユズキが抜けた事によって一気に不利になる。そう考えたマフユは魔力の消耗を度外視して『氷槍』を10本ほど展開、ドラゴンに連発する。


 ドラゴンは『氷槍』を冷静に見極めて避けていく。全ての『氷槍』を避けるとお返しとばかりにマフユにブレスを吐いた。ここまでは直接攻撃を主体としてきたが『障壁』を展開していたユズキが戦線離脱したことでブレスが有効であると気付いたのだ。


「『氷壁』っ!」


 咄嗟に氷の壁でブレスを防ぐマフユだが、ユズキの『一点集中』による補助が無いので壁はみるみる溶けていく。魔力を思い切り注ぎ込んで氷壁の強度を保ち、カンナも『広域化』で氷を拡大してフォローする。


「フユちゃん先輩! コイツ……喰らっええぇぇぇっ!!!」


 イヨが横からブレスを吐くドラゴンの顔を目掛けて剣を投げる。『投擲術』のスキルを乗せた全力の投擲、高速で回転しながら飛ぶミスリル製の剣はブーメランのようにカーブした軌道を描き、ドラゴンの口内に吸い込まれた。


 ギャオオオオンッ!


 逆鱗への攻撃とは違い一撃必殺とはならなかったが、高速で回転する剣はドラゴンの口内を深く傷つける。ドラゴンはたまらずブレスを止めて身体を丸めた。


「……はぁ、はぁ、はぁ!」


「マフユさん、大丈夫!?」


「なんとかね。……でも魔力はもうあんまり残ってないかも。カンナちゃんは?」


「私も。『広域化』を同時に色々なスキルに使いすぎてるから、このペースだと長くは保たないと思う」


 カンナはスキルが覚醒した事で一度に複数のスキルを『広域化』出来るようになった。しかし無条件で出来るわけではなく、いくつものスキルを同時に広域化すると消費する魔力が指数関数的に増えていくという弱点もあった。


 いまカンナが『広域化』しているのはユズキの『一点集中身体強化』とイヨの『毒耐性』、他にもいくつかのスキルを『広域化』で全員に適用している。さらに先程のように『氷魔法』のフォローをしている間などはその消費魔力は通常時の100倍以上にもなる。加えて戦闘中は精神的に負荷が大きくなり、魔力の消費はさらに数倍になるため、平時では丸一日以上平気で『広域化』を使えるカンナであっても数分でもう魔力の底が見えてきていた。


「フユちゃん先輩の剣、貸してもらって良い? あいつの口の中に入っちゃった」


「高原、ナイススロー。いいダメージ入ったんじゃない?」


 マフユは持っていた剣をイヨに渡すと自分は『氷魔法』で剣を作り出した。


「確かに痛そうにしてるけどね。でも倒すには程遠いし、やっぱり隙を作って逆鱗に全力の攻撃をするしか無いかな。私達で一番威力が出るだせるのはフユちゃん先輩の『氷槍』かな?」


「『一点集中』のフォロー無しなら、その剣を直接突き刺すのも威力は変わらないと思う。逆鱗を狙える人が狙う作戦でいこう」


「「了解」」


「さて、あいつも立ち直ったみたいだし……くるよ!」


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 ドラゴンの猛攻をギリギリで凌ぎつつ逆鱗を狙って攻撃を続ける3人。しかしユズキが抜けた事でどうしても攻撃が出来るタイミングが減り、有効な一撃を打ち込む事ができ無い。


 そうするうちについにタイムリミットが訪れる。


「次の1発で撃ち切り!」


 マフユが叫んだ。正直魔力はとっくに限界は迎えていたが、ここで弱音を吐くわけにはいかないと思い無理をして『氷魔法』を使い続けた。しかしそんな無茶をしても長くは続かない。おそらく次の一発を撃ったら魔力の枯渇で意識を失うブラックアウトするだろう。


「カンナさんっ! フユちゃん先輩! あいつを打ち上げられるかな!?」


 ドラゴンの攻撃を躱したイヨが叫ぶ。ここで決めるしか無い。


「やってみる! せーのっ!」


「『氷塊』っ!」


 イヨが残りの全魔力を注ぎ込んだ『氷魔法』で巨大な氷の塊を生み出す。カンナはそれを『広域化』するが、上手く調整してドラゴンの右足の下の地面から上に突き出す様に氷の範囲を広げる。


 グッ!?


 右足が跳ね上げられたドラゴン、しかしこれでは打ち上がるに至らない。


「まだまだっ!」


 カンナはさらに氷を広げて左足の下からさらに大きな氷を突き出した。


 グアッ!


 時間差で足の下から突き上げられたドラゴンはその場で数m跳ね上げられた。空中でバランスを崩したドラゴン。このまま倒れればっ……! そんな風に願うカンナを嘲笑う様に翼を広げて姿勢を制御したドラゴン。


 ここでマフユが意識を失い足元の氷も消滅する。ドラゴンはそんな様子を好機と感じたのか、空中でそのままブレスの構えを見せる。


 ザンッ!

 

 そんなドラゴンの喉にある逆鱗に、イヨの投げた剣が突き刺さった。


 グッ!?


「カンナさん、ナイス! 跳ね上げてくれればその辺りで空中静止ホバリングすると思ったよ」


「イヨさん! やった!」


 逆鱗を貫かれたドラゴンはそのまま絶命――しなかった。相当なダメージであることは間違いない。しかし遠距離からの剣の投擲では逆鱗に刺さるに留まり、倒し切るには至らなかった。ドラゴンは苦しげな顔をしながらも大きく翼を広げると尻尾をイヨに叩きつける。


「きゃあ!」


 直撃は避けたイヨだったが、尻尾を叩きつけた地面から瓦礫が飛び散り石飛礫となって彼女を襲う。武器を手放し無手となったイヨは飛礫を防ぎきる事が出来ず、大ダメージを受けてしまった。


 ドラゴンはそんなイヨを一瞥し戦闘不能になったと判断。最後に残ったカンナの方を見る。仲間を失い、魔力もほとんど尽きたカンナであったがそれでもその瞳に諦めの色は無い。最後の力を振り絞り、ドラゴンに向かって駆け出した。


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 諦めたか。最後の特攻を仕掛けてくる相手を前にドラゴンは悟った。ちっぽけな存在などと侮っていたがとんでもない、とても強き者達であった。


 死力を尽くして自身をここまで追い詰めた敵を、だからこそ敬意を持って葬ろう。そう思ったドラゴンは堂々と首を掲げ向かってくる相手と向き合った。


 ドンッ!


 そんな彼の逆鱗弱点を大きな衝撃が襲った。


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「――なんとか、命中……。カンナ……あとは任せた、わ……」


 ライフルのスコープから目を離したユズキはその場で膝をつく。先程攻撃を受けて吹っ飛ばされたユズキ。『身体強化』で致命傷は防いだが、ダメージは大きくまともに戦闘を継続する事は出来なかった。


 しかし不幸中の幸い、ドラゴンは今の攻撃でユズキを仕留めたと思っている。つまりここからなら相手の意識の外側から狙撃が可能だ。


 ユズキは背負っていた――ヨイチから借り受けた――ライフルを構える。ヨイチの『狙撃』スキルは、カンナがずっと『広域化』し続けてくれる。あとは奴が逆鱗を見せた瞬間に撃ち抜いてやる。


 ユズキは接近戦を続けるカンナ達のために『身体強化』を維持したまま、ライフルのスコープを覗いた。


 そして何度も飛び出して行きたい衝動を必死に抑え続け、今ついに逆鱗をライフルで撃ち抜いたのである。


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「きたっ! ユズキ!」


 信じていた。必ずユズキが助けてくれるって。ドラゴンの大きく悶えたのを見た瞬間、ユズキが逆鱗を『狙撃』したと確信した。

 

 カンナはそのままスピードを落とさずにドラゴンの元に駆ける。苦しそうに悶えつつも、まだその命を落とさないドラゴンの喉元に飛び込んだ。


「これで……終われぇぇっ!!」


 逆鱗に刺さっていた剣に思いきり殴りつける。その衝撃で剣は喉に深々と埋まっていく。


 グ……ギャアアアアアアアッッ!!!!


 おぞましいほどの断末魔をあげ、ドラゴンはついに動きを止める。


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 何が……何が起こった? 負けたのか? 自分が? 死ぬのか?


 死の間際、ドラゴンの頭を支配したのは疑問であった。何が起こったのかわからないまま弱点を撃たれ、さらに先程の剣を押し込まれた。


 何が起こったのか理解は出来ない。しかし自分が死ぬ事だけは間違い無いだろう。そんな事はありえない。しかし実際にそれが起こった事は認めざるを得ない。


 敵が何か卑怯な手段を使ったのだろう。ほんの一瞬前に好敵手として認めた途端に卑怯な攻撃を仕掛けてくるとは……この命はもう尽きる。しかし自分のプライドにかけて、せめてこの敵共を道連れにしなければ。

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