第42話 2体目のドラゴン
「構え! ……撃てっ!!」
ドラゴンのブレスが途切れた瞬間、周囲に控えていた自衛隊は一斉掃射を始める。今の
メイン火力となり得る爆弾では殆どダメージが無いという話だ。であればひたすら弾幕を張るしか無い。こちらの弾が尽きるまでに上手く逆鱗に当たってくれる事を願いつつ、隊員達は銃を乱射する。
---------------------------
そのドラゴン達は、元々皇居の地下にあるダンジョンに居た。二頭はさして仲が良かったというわけでも無いが、長い時間を同じ場所で共に過ごしてきた。
そんな二頭であったが、ふと気がつくと全く知らない場所に居た。煩く、空気も汚い。周りを見れば不自然なほどに形の整った大きな建造物が所狭しと並んでいるし、上を見れば見たことのない青い空が広がっている。
しかしこの場所には魔力が無い。それだけで酷く居心地の悪さを感じた。まずは体内の魔力をきちんと整えてから、居心地の良い場所を探そう。本能的にそう考えた二頭は、それぞれ目の前にあった建造物を破壊することにした。
一方は岩の上に飛び上がり、爪で叩き割る。するとどうだろう、なんと中には大きな空洞があった。身体を収めるにちょうど良いその場所で眠りにつく。
もう一方は正面からブレスを叩き込むと、その建物はガラガラと崩れた。崩れた瓦礫が重なりちょうど良い寝床になったのでこちらも眠ることにした。
彼らはさして仲が良かったわけではない。何もわからない、見たこともないこんな場所で、長い時間を共に過ごしてきた者の気配をしっかりと感じることが出来るというのは、存外心を落ち着かせた。
――そしてその気配が突然消えたという事実は、残ったもう一体を眠りから覚醒させるには十分な理由であった。
先程までよく知る気配があった場所に意識を向けると、大きな魔力がいくつも感じた。
時間にして十数秒、溜め込んだ魔力の殆どを費やした一撃で脅威を排除できただろうか? ドラゴンが再びそちらに意識を向ける前に、自衛隊による銃撃が襲いかかった。
硬い鱗に守られた身体にこんな攻撃はまるで意味がない。しかし攻撃を受けているという事実が、咄嗟にドラゴンの身を守らせた。先ほどのブレスで魔力も殆ど無くなっている。襲撃者達を爪で蹴散らす事は容易いが、万が一この攻撃が先ほど気配が消えたもう一体を屠った物だとすれば、一旦
そう考えたドラゴンは銃弾の雨の中身体を丸めた。魔力を回復させるために目を閉じる。
---------------------------
実に数分に及んだ自衛隊の銃撃は、持ち込んだ銃弾が尽きる事で終わりを告げる。
「やったか……?」
先ほどからドラゴンが微動だにしていない事は分かっていたが、それが絶命しているからなのがどうかは周りからは判断がつかない。だからこそ全弾撃ち尽くすまで射撃を止める事はできなかった。
頼む、これで終わっていてくれ。
祈るようにドラゴンの様子を見守る自衛隊の一同。しかしそんな彼らの祈りはすぐ、無慈悲に打ち砕かれる。ゆっくりとした動作で顔を上げたドラゴンは、ぐるりと周囲を見回すと全てを焼き払うため再びブレスを構えた。
「なっ!?」
周囲を取り囲む数十人の自衛隊員。彼らはほんの数瞬後、炎に包まれて命を落とすことになる――
「『障壁』っ!」
――この場に柚子缶の到着が間に合わなければ、の話であるが。
ユズキが放った『障壁』をカンナは咄嗟にドーム状にしてドラゴンをすっぽりと覆うように『広域化』する。その瞬間、ゴウっという音と共にドームの中は灼熱の炎で満たされる。
「君たちは……」
「下がって!」
「……承知した。いったん後退! 弾薬を補充してその後第二配置につけ!」
---------------------------
数分前、東京ドーム。
「みんな! 構えて!」
一体目を倒して弛緩した雰囲気の中、急な魔力の高まりを察知したサクヤが叫ぶ。
その声を受けたユズキが咄嗟に障壁を張り、カンナが広域化する。直後、凄まじい勢いで炎が彼女達に襲いかかる。
ドラゴンが魔力の殆どを注ぎ込んだそのブレス。ユズキが展開した障壁はほんの数秒で破られてしまう。
「そんなっ!?」
アリスはユズキの前に躍り出ると炎に向かって風を放つ。全力の『風神』によって一同に迫る炎はほんの少しだけ勢いを弱めた。そこにリュウキが寄り添い『雷神』で加勢する。
雷で炎を押し返す事は出来ないが、ドラゴンがブレスに込めた魔力を『雷神』で相殺する事でもう一瞬だけ時間を稼ぐ。
「『氷壁』!」
その一瞬の隙にマフユが氷で壁を作り、ユズキが『一点集中』、カンナが『広域化』することで守りを固めた。
「……熱っ!」
「きゃああっ!」
『氷壁』による防御が完成する寸前に炎はまるで意志を持つようにうねり、アリスとリュウキに襲いかかった。押し返す事に全力を注いでいた2人は蛇のように喰らいつく炎を躱しきることが出来ず、その身に炎を受けてしまった。
「アリス! リュウキ!」
ハルカがかけ寄り『水魔法』で消火する。尚も炎はその場の全員を燃やし尽くすべく、マフユの作った壁を壊そうとする。マフユは氷を維持するため、ユズキは壁を強化するため、カンナは物凄いスピードで溶けていく氷の壁を広げるために、それぞれ必死で魔力を込め続けた。
永遠に思える十数秒、やっとブレスが止まる。マフユ達が必死に維持した氷の壁であったけれど、既にほとんど溶かされておりあと数秒ブレスが続いたらこれも突破されて全滅していただろう。
「みんな大丈夫!?」
すぐにでも次のブレスが来るかもしれない。そんな不安の中、状況を確認する。幸い、柚子缶の4人には目立った怪我は無い。急激な魔力の消費による目眩がするくらいだ。
問題は光の螺旋。アリスとリュウキは先程の炎を受けて、辛うじて意識は保っているもののかなり重度の火傷でありすぐに治療が必要……少なくともこれ以上戦う事は出来ないだろう。ヨイチは意識を取り戻したが肩の骨が折れてしまっているため武器を持つことが出来ない、やはり戦闘不能だ。ハルカは五体満足ではあるが、すぐにアリスとリュウキの応急処置をしなければ2人の命が危ない。サクヤはもともと『魔物察知』しか出来ず、先ほどの警告はファインプレーではあったものの戦力としてはカウント出来ない。
「つまりもう一体は私達だけで倒さないといけないって事ね」
「逆境、重なるね」
「いまの
状況が絶望的すぎて逆に深刻にならず、いつもの調子でどうしようかと話しだす柚子缶。
ほんの1分前までは「このまま体勢を整えて、同じ要領でもう一体を倒せばOK」と思っていたのに相手のブレス1発でこの有様だ。
「わ……私達が治って、戦える、ようになって、から、出直すって……いうの、は?」
アリスが息も絶え絶えに提案するが、カンナは首を振った。
「無理しないで。ドラゴンは私達が倒すから、アリスちゃん達は安心して身体を治す事に専念して」
「カンナ……ちゃん……」
そもそもこれだけの重傷だと、回復魔法を使ったとしても数日はまともに動けないだろう。ドラゴンが動き出してしまったいま、それを待つ時間がないという現実的な問題もある。
「あとは私達に任せて! じゃあみんな、行こう!」
「盛り上がってるところ悪いけど、このまま向かっても死ぬだけだから」
マフユが飛び出そうとするカンナを掴んで引き留める。
「アリスさんの『風神』とマフユのスキル強化リングで強くした『氷牢』による拘束が無いっていうのも問題なんだけど……リュウキさんの『雷神』が無いと、そもそも私達だけじゃドラゴンにトドメをさせる手段が無いって言うのが最大のネックね。そこをなんとかする方法を持たずに飛び込んで行ってもジリ貧になるだけよ」
「だけどのんびりしていてまたブレスが来たらっ……」
「カンナ、落ち着きない。希望的観測ではあるけど第二波はしばらく来ないわ」
「へ?」
「さっきのブレス、明らかに一体目のそれより威力も強いし時間も長かった。……おそらく一体目を倒した私たちを脅威と見てドラゴンも全力を出してきたんじゃないかしら? つまり向こうの魔力はかなり目減りしてると思うわ」
「そうじゃない可能性もあるよね?」
「確かにまだ力を十分に温存している可能性はあるけれど、だったら尚更きちんと作戦を立ててから挑まないと。もしも今すぐにさっきの威力のブレスが来たら今度こそ防げないけど、それを考えても仕方ないわ。私達がするべきはそうなる前に勝ち筋を見つけること」
「……わかった」
柚子缶の4人にサクヤとヨイチを加えた4人は集まって作戦会議を始めた。
…………。
「……全て任せる事になって済まない」
数分後。今度こそドラゴンの元へ向かう柚子缶。そんな彼女達にヨイチは頭を下げた。
「必ず勝ってきます。じゃあよろしくお願いします!」
「ああ」
ドラゴンがいる日本武道館までの道のりは分かりやすい。先ほどのブレスで
カンナは最後に改めて振り返ると、アリス達に手を振った。
「それじゃあ行ってきます!」
---------------------------
日本武道館に駆けつけたユズキ達の目に入ったのはドラゴンを取り囲む自衛隊員と、そんな彼らに今まさに
(彼らがドラゴンの注意を引いていてくれたのね)
この数分間はユズキ達にとって値千金の時間であった。それを産み出してくれた自衛隊には感謝しか無い。そんな彼らが今まさにブレスの的になってしまっている。……ここでユズキがドラゴンに気付かれると早くも作戦変更を余儀なくされるが、それでも見捨てるという選択肢は無かった。
「カンナ!」
「うん!」
隣を走るカンナも同じ気持ちだ。ユズキが『障壁』を使うと同時にカンナがドーム状に『広域化』、ブレスごとドラゴンを閉じ込めた。
…………。
ユズキ達に礼を言った自衛隊が一旦後退すると同時にドーム内のブレスが消える。『障壁』を解除してドラゴンと向き合ったタイミングでイヨとマフユが追いついた。
「1kmも走ると結構差がついちゃったね、お待たせ」
「ちょうど今から戦うところよ」
「早速プランBだね」
「まあ想定内だし
グギャァァアアアアアッ!!
ドラゴンが柚子缶を見て咆える。
「じゃあラウンド2、始めましょう!」
4人は武器を構え、ドラゴンに向かって駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます