第40話 協会との打ち合わせ
ユズキがアポイントをとったのはなんと探索者協会会長であった。
一介の探索者が会長に直接連絡をするなんて前代未聞ではあるし、ユズキも最初は比較的相談のしやすい札幌支部長に連絡を取った。しかし彼は当然
柚子缶と光の螺旋はそれぞれの車に乗り込んで、有楽町にあるホテルから品川の探索者協会本部へと向かった。
協会本部の受付で名前を出すとそのまま奥の会議室に通される。そこには会長をはじめとした探索者協会の重役たちが集まって居た。この未曾有の事態に対応するため召集されたのだろう。会議室の中央には100インチはありそうなモニターがつながっており、全国各拠点とのウェブ会議をしている様子が映し出されていた。
「彼らは?」
入り口付近にいた者が首を傾げつつ会場を見ると、中央に座っていた会長が手を挙げる。
「私が呼んだんだ。この件について相談があると言われてな」
こんな事態に探索者が何を? それも会長に直訴してそれが受け入れられた?多くの参加者が困惑する中、手招きされたユズキ達は部屋の中央に立たされる。
まるで偉い人達の前でプレゼンするみたいな形になったのだが、社会人経験のないカンナの感想は「学級会の司会になったみたいで苦手だなあ」だった。
「それで、相談というのは?」
リュウキが一歩進み出た。
「都心に出現したドラゴンは私達が討伐します。なので周囲に配置されている自衛隊の方を引き下げて欲しいのと、ついでに空から撮影している報道の方も居なくなって欲しいなあと。あとは皇居の地下にある今回溢れたダンジョンの攻略と消失の許可も頂きたいです」
はぁ? という声がその場にいた大人達全員から出た。
「……つまり、自衛隊の持つ武力ではドラゴンの討伐は不可能だから下手に刺激を与えるなということか。そこまでは分かった。実際にドラゴンを討伐した事のあるものの意見として参考にさせて貰おう」
リュウキが続けた詳しい説明を聞いて会長は頷いてみせる。
「しかし君達なら倒せるというのはまた別の話だ。そもそもどうやって戦おうと言うのかね? まさかドラゴンを元々のダンジョンに追い返す方法があるとでもいうのか?」
「いいえ。今ドラゴンが居座っている東京ドームと日本武道館、その場で倒します」
「どうやって?」
会長はおそらく気づいているんだろう。だがそれを敢えて聞いてくるのはこの場にいる者達の納得を引き出すためだろうなとユズキは思った。そしてこの流れは先の打ち合わせで予想した通りである。
リュウキは黙って手を前に翳すと壁に向かって雷を放った。バシッと小気味の良い音がすると、壁の一部が電撃で黒く焼け焦げる。
「……私達はダンジョンの外でも問題なくスキルが使えるので、この力でドラゴンを討伐します」
この事実を予想していた会長はやはりそうかと納得したという様子で頷いたが、多くの者達は目の前で起こった出来事に騒然となった。
協会にこちらの要求を伝えるためには自分たちがダンジョン外でスキルを使える事を明かさなければならない。それはアリスとリュウキにとって親子3代にわたって隠してきた秘密を公にするという意味であった。「でも仕方ないじゃない。いつか秘密を明かさざる得な場面が来るとしたらこういう事態かなって漠然と考えてたし、その時が来たってだけよ」……事前の打ち合わせでそう言ったアリスの顔には覚悟が滲んでいた。
「ここにいる全員がダンジョン外でスキルが使えるということか!?」
「光の螺旋は代々その能力を持っていたというわけか!」
「何故これまで黙っていたんだ!」
「静かにしろ! 今はそんな話をするときではないだろう!」
にわかに色めき立つ会議室。今すぐにでも詳細を聞き出そうとする職員たちを会長がドンと机を叩き一喝する。一転して静寂が訪れると、会長はリュウキに向き直る。
「……君たちはダンジョンの外でも中と同じようにスキルを使うことができる。その力を使えばドラゴンを討伐可能だと言いたいわけだな」
「はい。私達は他のダンジョンでドラゴンを倒した経験もありますので」
リュウキの答えを聞いてフム……と考え込む会長。
「そちらの、柚子缶の4人も同じかね?」
「私達は光の螺旋のサポートをします。まだドラゴンを討伐した経験は無いので」
「スキルは使えるのかい?」
ユズキは頷く。会長は「そうか」と言うとまた少し考え込む。
「済まないが一度別室で待機していて貰えるか? 今の情報を元に協会としての方針を決めたい」
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通されたのは応接室であった。柚子缶の4人と光の螺旋の5人が入ってもまだ余裕のある大きなものだ。
「いやー、全部ぶちまけちゃったね!」
アリスはゆったりとしたイスに腰掛けると、いっそ清々しいといった様子で笑う。
「まだ私達が秘密裏に
「そうだけどそれは別に
「柚子缶さんも巻き込んじゃってごめんなさい」
「覚悟はしていたので大丈夫です」
「それにしてもいつのまにかカンナさんだけじゃなくて全員スキル覚醒していたんですね! 全然気付きませんでした」
アリスに言われるとユズキは曖昧に笑って誤魔化した。
実は
「でもユズキ達はダンジョンの中じゃないとスキルが使えないじゃない!」
「使えるようになればいいんでしょ、今ここで」
「ここで!?」
「前に話した『広域化』の匙加減ひとつで対象を覚醒出来るかもっていうやつ、ここで私達にやって頂戴」
「前に、カンナさんがやろうと思えばできるけどバレた時のリスクが高いからってことで一旦保留したじゃない?」
「確かにそうだけど、みんなまで危険な目に合わせたくは……」
「気持ちは嬉しいんだけど、私達も同じ気持ちだよ。カンナちゃん1人を危ない場所に送り出したくない。光の螺旋に同行しないっていうならそれでいい。だけどそれもしたくないんでしょ? だったらカンナちゃんだけを行かせるって選択肢は私達にもないんだよ」
「前に話したときは「いつかそうせざるを得ない時が来たら」って保留したけど、今がその時だと思うでしょ?」
ユズキは会議室でのアリスの言葉を引用してみせた。
「みんな……本当にいいの?」
「オッケーオッケー。これでやっとカンナさんとお揃いになれるね!」
笑顔で頷く3人に、カンナは嬉しくて泣きそうになる。自然と滲んでくる涙をこらえ、スキル覚醒を『広域化』する。この他人のスキル覚醒についてはいつか必要となった時のため、また逆に間違って使う事がないようにするため、事前にやり方をイメージしていた。
「うん、多分みんな覚醒できたと思う」
「早っ!? しかも特にこう「パワーが漲ってきたー」みたいな感覚もないんだね」
「でも本当に出来てるみたいだよ、ほら」
マフユが手元に氷を作り出した。このとりあえずやってみようからの行動の早さはさすがである。うまくできた事が分かりカンナも胸を撫で下ろした。
「カンナさんが『広域化』でスキル覚醒出来るって事は流石に黙っておこうか。みんなでコアペロしたことにしよう」
「イヨ、そのまま
イヨはバレたか、と舌を出した。イヨペロ。
そんな裏話は光の螺旋にも内緒である。そもそもこの応接間での会話は協会に聞かれている可能性もあるので下手なことは話すべきでもない。ユズキは聞かれても問題ない話に話題を変える。
「ドラゴンってどうやって倒すんですか?」
「基本は私やリュウキのスキルでドラゴンの動きを阻害してヨイチさんの
「アリスちゃん達のスキルは攻撃には使わないの?」
「逆鱗みたいな小さな弱点を狙うのに向いてないのよね。どうしても拡散しちゃうの。さっきリュウキの電撃を壁に撃ったときも結構広い範囲が黒焦げになってたでしょ? 精一杯範囲を絞ってもあれぐらいが限界だから、ヨイチさんの方が適任ってわけ」
そのまま以前光の螺旋がドラゴンを倒した時の状況についての話を聞いたりしていると、気付けば小一時間が経過していた。先程この応接室に案内してくれた女性職員が改めて迎えに来る。
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「結論から言うと、先ほどの3つの要求についていずれも承認できない」
「なっ!?」
毅然とした態度で告げる会長に、思わず突っ掛からんとする光の螺旋。そんな彼らを会長は手を挙げて制する。
「まあ聞きたまえ。君たちが先陣を切ってドラゴンと戦うことは認めよう……むしろ是非そうして欲しい。自衛隊としても未知のモンスターに隊員を特攻させるより何かひとつでも情報が欲しいから、討伐経験のある君たちの戦いを参考にさせて貰いたいとの事だ。だが彼らを引き下がらせるのは許可出来ない。万が一君たちが負ける事があった場合、速やかに自衛隊の突入が必要になるからだ」
光の螺旋は自分たちの勝利を疑っていなかったが、協会の立場からすれば確かに当然の判断であるとユズキは思った。むしろ一番槍を務める事を認められただけかなりこちらの意を汲んでくれている。
「次に報道をやめてくれという話について、これは協会の立場上難しい。今回の
なるほど、スキルを使っているところが映されるのはよろしくないが、昼からここまでテレビのニュースが貴重な情報源となっていたことも事実だ。都合がいい時だけ利用して自分勝手に撮るなというのは確かに筋が通らないかもしれない。彼らには国民の安全のために真実を伝える使命があるのだ。
(なんて言いつつ、やっぱり全国ネットでスキル覚醒が公になるのはなぁ……イヨは何か良い案を思いついてたりしないかしら)
ユズキは無意識に頼りになる
(あれ、何か悪巧みしてる顔だわっ……)
ユズキもいい加減イヨのことがわかってきていた。
「最後の皇居地下のダンジョンについてだが、宮内庁からの回答は「皇居の地下にそんなダンジョンはない」というものだった。ダンジョンが存在するという理由が君達のスキルに頼った感覚でそれ以上の根拠を示せない以上、あちらが無いと言えばこれ以上強くいうことは出来ない……少なくとも今のところはな。
しかし君達がスキルを使ってドラゴンを討伐すれば、スキルによって皇居地下にダンジョンがあることが分かったという主張しやすくなる。従ってこの件については一旦保留し、まずは目の前の脅威を取り除く事を優先したい。
これが協会として回答だ。期待に添えない部分も多く申し訳ないが、我々としてもドラゴンを……この未曾有の事態を乗り切りたいという想いは君たちと一緒だ。どうか力を貸して欲しい」
そういうと会長は深く頭を下げた。それに続いてその場の協会職員達、そしてウェブ会議で繋がった全国の拠点長達も頭を下げる。
光の螺旋と柚子缶は、大きく頷いた。
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周辺の避難が一通り済んだと連絡が来たのは夜中、日付が変わろうかという時間であった。当初の報道では数日はかかりそうな言い方だったので、実質半日で避難が完了したというのは関係各所の努力と優秀さが伺える。
武器を持ち、戦闘服に身を包み、探索者スタイルとなった一同。東京ドームのど真ん中で眠るドラゴンを遠目に確認する。
「でかいな」
「うん、前に倒したのの2倍くらいのサイズかな?」
以前光の螺旋が討伐したドラゴンは立ち上がった時の高さが精々3m強、体長も12〜13m程だったが、東京ドームに陣取っている個体は――身体を丸めて眠っているため凡その想定だが――体長20m以上、立ち上がれば5m以上はありそうだ。
「でも武道館の方はもっと大きいし、このくらいの大きさに弱音を吐くわけには行かないよね」
アリスはグッと伸びをして気合を入れた。
「柚子缶さんも準備はいい?」
「うん、大丈夫。イヨは?」
「オッケー、配信開始した。ダンジョンと違って回線安定してるからありがたいわ」
イヨがカメラを構える。
「本当に配信するんですか?」
ハルカが怪訝な顔で訊ねるが、イヨは意に介さずに頷いた。
「どっちみち報道ヘリで撮られるんですからだったらこっちから堂々と配信しちゃいましょうよ。別に後ろめたい事なんかないんだし。会長さんも配信するなとは言わなかったじゃないですか」
まさか配信するとは思っていなかっただけだろうとその場の全員が思ったが、イヨとしては配信者と交渉をする以上はこちらは当然討伐動画を配信するつもりと考えるべきで、配信NGなら向こうから言ってくるべきだという考えだった。
「まあドラゴンに踏み潰されたグロ配信にならないように、頑張りましょう!」
縁起でもない気合の入れ方をするイヨであった。
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