第39話 合流

「とりあえず合流しよう! 今どこにいるの?」


「えっと、都内のホテルで……」


 カンナが居場所を伝えるとアリスは3時間ほどで到着すると言って電話を切る。


「カンナ、どうしたの?」


「えっと、アリスちゃんがここに来るって。3時間くらいあとで。なんか自衛隊の武器じゃドラゴンには効かないって言ってた」


「そうなの?」


「うん、それでとりあえず合流しようって事になったの」


 ここで逃げろと言わないという事は、アリスは……「光の螺旋」は自分たちでドラゴンを倒すつもりなんだろうとユズキは気付く。そしてカンナを迎えに来るイコール協力をさせるつもりだろう。


 日本中……いや、おそらく世界中から注目されいる状況の中、秘密裏に事を運べるだろうか? 相手はゴブリンやウルフで無く、最強のモンスターと言われるドラゴンである。まともに戦って勝てるかどうかすら怪しい相手である。


(逃げるか……?)


 弱気になったわけではなく、東京を見捨てて逃げるというのはカンナを守るという一点においてはこれ以上無く有効な選択肢である。ただし肝心のカンナがそれを選ばないだろうという問題点があるのだが。強引に連れ去る事も出来ないわけではないが、カンナの協力が得られない事で友人であるアリスをはじめとした光の螺旋のメンバーが落命するような事態となったらと思うと実行する気にはなれなかった。


(とりあえず話を聞くしかないか……)


 ユズキはスマホを取り出し仲間達に連絡を入れた。


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 アリスとの電話からおよそ3時間。ホテルのロビーに人はまばらであった。ニュースは相変わらず天井に穴の空いた東京ドームと崩壊した日本武道館を映しているが、辺りはすでに暗くなっているため詳しい様子が分からない。


 報道を信じるのであれば、少なくともドラゴン達はまだ動く気配は無さそうだとのこと。


「お待たせ」


 ヤキモキしながら情報収集をしていたカンナのもとにやって来たのは、アリスではなかった。


「イヨさん、マフユさん! どうしてここに?」


「リーダーから召集がかかったんだよ。探索装備一式を持ってきてってね」


 そういってカンナにカバンを手渡すマフユ。中にはカンナの戦闘服が入っている。


「ユズキが?」


 そこに家族と話していたユズキが寄ってくる。


「イヨ、マフユ、ありがとう。道は混んでた?」


「激混み。渋谷の事務所からここまで3時間かかったってところから察してほしい。歩いた方が早いくらいだったよ」


「ごめんね。助かったわ」


 ユズキはマフユからキーと駐車券受け取ると踵を返して家族の元に戻る。先ほど話していた通り、ユズキの車を貸すのだろう。


「車を貸しちゃったら私達が帰れなくない?」


「だから高原の車も持って来てるよ。2台で並んで来たの」


「なるほど、そういうことか」


 ユズキはこの場に探索装備一式を持ってくるようにイヨとマフユに頼んだ。その際家族に貸すための自分の車と、柚子缶として動くためのイヨの車の2台でくるようにと伝えていたのだ。


 それはつまり、柚子缶としてこの事態に対応しようという決意の表れでもあった。



「あー、いたいた! カンナちゃーん!」


 カンナ達のもとに到着したアリスが駆け寄って来た。


「柚子缶の皆さんもお揃いで。ちょうど良かった」


「アリスちゃん、現場に向かうの?」


「夜の間は流石に戦えないし、準備もあるからね。とりあえず探索者協会の本部に向かおうかと思ってる」


「探索者協会本部?」


「うん。品川にあるらしくて、多分そこに偉い人たちもいると思うんだよね」


「光の螺旋って協会の偉い人たちにも顔が効くんだね」


 実力No.1なだけではなく、協会ともしっかり繋がっているなんて流石だなぁとカンナは感心する。しかしアリスはあっけらかんと答える。


「ううん、全然。私達って協会からすればアウトロー気味だし。だから柚子缶さんのコネを借りたくて」


「どういう意味?」


「えーっと……とりあえず場所を移しませんか? ここだと人の目もあるし」


 イヨが横から進言する。確かに柚子缶が4人集まった時点で、ロビーにはそれと気が付く人が居た。そこに光の螺旋のメンバーまで集まって来れば少し探索者の配信を見ているような人は殆ど気が付くし、嫌でも注目を集める。


 ユズキはそれもそうねと受付に向かう。大きなホテルには大抵貸会議室があるのでそれを予約しようと思ったのだ。


「一部屋とれたわ。ちょっと先に行ってて」


 手際良く部屋を予約したユズキは鍵をイヨに渡す。イヨとマフユ、それにアリスに続いてホテルに入って来た光の螺旋のメンバーは言われた通り会議室に向かった。


 ユズキの家族は荷物を車に運び入れるためにロビーを去っていたのでこの場に残されたのはユズキとカンナ、そしてカンナママである。


「お母さん、私達……」


「行くんでしょ?」


「うん」


「カンナ、約束は覚えてる?」


「うん」


「じゃあ良いわ、行ってらっしゃい。ユズキちゃん、カンナをよろしくね」


「お母様……。はい! 必ずカンナを守ります!」


「ユズキちゃんも無理しちゃダメよ?」


 カンナママは一瞬不安そうな顔を見せたが、すぐに笑顔を作り二人を送り出してくれた。


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 貸会議室。長机を向かい合わせて座る柚子缶と光の螺旋。柚子缶はユズキ、カンナ、イヨ、マフユ。光の螺旋はリュウキ、アリス、ハルカ、サクヤ、ヨイチの5人だ。アリスが前に立って司会進行をする形になる。


「最初に結論を言うと、あのドラゴンは私達で倒さないといけません」


「電話でも言ってたけど、自衛隊の人たちじゃあドラゴンは倒せないの? 銃火器が効かないんだっけ」


「厳密には倒す方法は2つあるわ。ひとつは現実的じゃ無くて、もうひとつは絶対に採っちゃいけない方法なんだねど」


「現実的じゃない方は?」


「ドラゴンの鱗は硬くて生半可な火力じゃ傷ひとつ付かないわ。そしてどうにか鱗を切り裂いても厚い皮下脂肪とその奥には引き締まった筋肉、さらにダイヤモンドより硬いと言われる骨が内臓を守っているからね。自衛隊が持っているような武器じゃまずまともなダメージを与えられないわ。だけどドラゴンには致命的な弱点があるの。一般的にドラゴンの弱点と言えばってくらい有名だから知ってるかも知れないけど」


「もしかして、逆鱗?」


「ピンポーン! さすがユズキさん」


 アリスが拍手する。


「逆鱗っていうのはドラゴンの喉元に1枚だけ逆さに生えている鱗の事ね。ダンジョンのドラゴンにもそれがあって、そこを的確に撃ち抜ければ大ダメージを与えられる。軍用のライフルとかなら上手く当たれば倒せるかもね」


「じゃあそこを狙撃すればいいんじゃないの?」


「当然ドラゴンだって自分の弱点は分かってるから、眠っている時は逆鱗を隠すような姿勢になるわ。つまり起きて臨戦体制の、それも弱点を自覚してそこを守りながら襲ってくるドラゴンの逆鱗を撃たないとならない。高速で動くドラゴンのこんな小さな逆鱗を正確に撃ち抜けるかって話」


 そういって親指と人差し指で小さく丸を作って見せるアリス。カンナは逆に光の螺旋のみんなはどうやってそんな小さな弱点を狙うのだろうかと思ったが、まあ勝算はあるんだろう。


「えっと、逆鱗を上手く撃てれば倒せる可能性はあるけどそれが難しすぎて現実的じゃないって事だね。もうひとつの採っちゃいけない手段っていうのは?」


「化学兵器による暗殺ね」


「毒?」


「それも良いんだけど、どんな毒ならドラゴンに効くか分からないじゃない。下手に刺激もできないってことを考えたら硬い鱗やその下の身体ごと吹き飛ばせる威力の爆弾を不意打ちで放り込むのが確実かなと」


「爆弾って効くの?」


 逆鱗以外に銃が効かないならいっそ身体ごと吹き飛ばせという案であるが、果たして爆弾で倒せるのだろうか。カンナの質問にアリスは肩をすくめた。


「さあ? アメリカ辺りに依頼して最新の核爆弾をいくつか放り込んでもらえればなんとかなるんじゃないかしら。というか、核でも消し飛ばせないなら地球の科学力じゃドラゴンを倒せない事になるからね」


「核爆弾っ……!?」


「流石に東京のど真ん中でそれは現実的じゃないでしょ? まあロケーションの問題じゃなくてそもそも核兵器の使用なんてやっちゃダメなんだけど」


「なるほど、だから絶対選んじゃいけない選択肢ってことなんだね」


「そういうこと。だから私達がやるしかないの」


 アリスは頷いた。


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「差し当たって柚子缶さんのコネで探索者協会とコンタクトを取りたくて。できますか?」


 アリスがユズキに訊ねる。


「ある程度の立場の人になら連絡は出来ますけど、当然理由は聞かれるかと」


「理由……。私達がドラゴンを倒すにあたって余計なことをして欲しくないからね。周辺で待機している自衛隊は邪魔になるだけだし、上空からカメラを回しているマスコミにもご退場願いたい。あとは皇居の地下にある今回溢れたダンジョンへの侵入と、そのまま消失させる許可も得ないと」


「皇居の地下にあるの?」


「ここに来る前にサクヤさんが確認してくれたの。皇居の地下あたりからドラゴンがいるところまでなんとなく気配が繋がっている感じなんだって」


 アリスの言葉にサクヤは頷いた。


「とにかく事態を収拾させるにも協会の協力が無いと色々動けないってわけ。ドラゴン達ももっとこっそり溢れてくれれば良かったのによりによって都心のど真ん中だもんね」


 ドラゴンがこっそり溢れるってどんな状況だろう。なんだか言い回しがおかしくてカンナは笑ってしまった。

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