第37話 日出家と天蔵家
一月中旬。ユズキの家族との顔合わせがついに明日に迫り、カンナは既に緊張していた。
「明日大丈夫かな?」
「大丈夫って何?」
「ユズキのお父さんって厳しい人らしいし、反対されたりしないかなって」
「反対するつもりがあるなら初めから顔合わせの機会を作ってくれないわよ。安心しなさい。ところで準備は大丈夫なの?」
「うん。ワンピースもサイズは問題なかったよ」
「なら良かった。準備が出来たならもう寝なさい。寝不足で隈が出来たら印象悪くなっちゃうわよ」
「へ、変なプレッシャーかけないで!」
カンナはホットミルクを飲み、布団に入る。ユズキのご家族、どんな人たちなんだろう。明日はお父さんとお母さん、それと年の離れたお兄さんが来るって言っていたな。結婚を認めてもらえるといいな……。
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翌日、ユズキが予約したホテルのレストランに着く。ちなみにユズキは先に来て家族達と合流しているため、カンナは母と二人でホテルに訪れた。
「ここでいいのかな?」
「そうね、もう来てると思うし入りましょうか」
「お母さん、ガンガン進むけど緊張してないの?」
「娘の結婚の顔合わせよ、緊張してないわけ無いじゃない。緊張してるからこそアレコレ考えずにガンガン進んだ方がいいのよ」
「ユズキもそういうタイプだって言ってた。大人になるってそういう事なのかな?」
「どっちかっていうと性格じゃないかな。ユズキちゃんはお母さんと同じタイプかぁ。だからカンナは柚木ちゃんのことを好きになったのかもね」
「なにそれ」
約束のレストランに到着すると迷いなく中に入っていくカンナママ。こういう時に店の前で「本当にこのお店でいいんだよね?」と必ず手元のメモを確認するカンナとは、やはり根本から違うんだよなあと感想を抱きつつその後についていった。
席に案内されると既にユズキとそのご家族は席に着いていた。
「初めまして」
「こちらこそ、本日はよろしくお願いします」
お互いに礼をして、席に着く。やや大きめの円卓で、ユズキから時計回りにお父さん、お兄さん、お母さんと並びその横にカンナママ、カンナと座る。
位置的にカンナの正面に座っているのがユズキのお兄さんだろう、切長の目がユズキに似ている。そんな風に考えているとファーストドリンクが届き、ユズキが挨拶をする。
「本日は日出家、天蔵家の顔合わせという事で両家の皆様にはご足労頂きありがとうございます。今後の両家にとってこの場が良いものとなる事を祈念して乾杯の言葉とさせて頂きます」
乾杯、と声を揃えてグラスを上げる。凛としているユズキもカッコイイなとカンナは思う。
「ユズキから聞いていたけれど、可愛いお嬢さんじゃないか」
「あげないわよ」
「はは、妹の婚約者に手を出すほど見境無くはないよ」
「急に婚約するなんて聞いてビックリしたのよ。もっと早く連れてきてくれれば良かったのに」
「……それは、ごめんなさい」
「失礼だが、日出さんのご家族については調べさせて貰ったよ。失礼だが、お母様はお一人でカンナさんを育てていらっしゃるようで」
「お恥ずかしい話ですが5年ほど前に離婚しまして、それ以来カンナと二人でやってきています」
「いやいや、女手一つでご立派です。誇ることこそあれど、恥じることなどございませんよ」
「カンナさんはユズキの何処をいいと思ってくれているのかしら?」
「え、えっと……優しくて頼りになって、一緒にいると安心できて、自分もユズキさんみたいにカッコよくなりたいって思えるところとかですかね」
「あらあら。ユズキ、ベタ褒めされちゃってるじゃない」
ユズキは澄ました顔をしているが耳が赤くなっているので照れているのが分かる。隣にいるカンナは勿論、幼い頃からユズキを見てきた家族達もそれが分かるのだからユズキとしては気まずい事この上ない。このまま揶揄われ続けるのも堪らないのでそろそろ本題に入ることにする。
「それで、私達の結婚は認めていただけますか?」
「そんな他人行儀な言い方をするのは止めなさい。そもそも仮に反対したところで諦めるつもりは無いのだろう?」
「そんな事はないけれど、理由もなく反対される謂れはない無いとは思っているわ」
「お父さん、そんな意地悪言わないの。反対するつもりなんて無いでしょう?」
「そうそう、いまお父さんが心配してるのは結婚式に呼んでもらえるかどうかって事なんだから」
ユズキの母と兄が面白そうに話すと、父は口をへの字に曲げる。
「お前達は家長を立てようとは思わないのか」
「今どき頑固オヤジなんて流行らないだろ。変な意地を張ってないで認めてやりなよ」
「別に意地を張ってるわけじゃ無いんだが……」
「というわけだ、ユズキ。父さんが許すってさ」
「待て待て、勝手に話を進めるんじゃ無い」
なんだか楽しそうに会話をするご家族を見てユズキから聞いていた印象と違うなとカンナは思った。実はそれはユズキも同じで、こんな風に冗談を言い合うような家族では無いと思っていた。
母親がトイレに立ったタイミングでユズキも席を立つ。手を洗う母の隣に立ち、疑問をぶつけた。
「ねえ母さん。父さんや兄さんってあんな感じだったっけ? ……もっと厳格な感じというか、頭でっかちと言うか……」
「そうねえ。若い頃はあんな感じだったけどユズキが産まれたぐらいからは家でも会社でも厳しくなっちゃったからユズキはああいうお父さんはイメージと違うかもね」
「そうなの?」
「ええ。会社がだんだん大きくなって、責任もどんどん大きくなって……常に緊張感を持ってるって感じかしら、それが家でも抜けなくなっちゃってね。でもそれでユズキと上手くいかなくて、アナタ出て行っちゃったでしょ? お父さんは大分落ち込んでね。最近はお兄ちゃんも一人前になってきたし、社長は退いて今は会長っていう立場になったこともあってだいぶ昔のお父さんに戻ってきてるのよ。今回もユズキの結婚ってことであれで結構舞い上がってるんだから」
「そうだったの……」
ユズキが父の意外な一面を知り驚きと共に呟く。そんな様子をみて彼女がこれまでの父への態度を悔いているのかと思った母は優しく声をかけた。
「もともと人の上に立つ事が得意な人じゃないのよ。だけど家族を苦労させたくないって会社を立ち上げて大きくして……そのせいでユズキには優しく接する事ができなかったことを今さら後悔してるの。ユズキが気にすることじゃ無いけれど、出来ればアナタ達の結婚を機に少し歩み寄ってくれると嬉しいわ」
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「式はいつにするんだ?」
コース料理のデザートが届く頃、父親がユズキとカンナに問い掛ける。それは実質的な結婚の許可であった。
「まだ決めてないわ。カンナが卒業してからになるとは思うけど」
「そうか……1年ほど後になっても構わないか?」
「1年も?」
「妹と兄の結婚式があまりに短い期間で行われたら招待客も困るだろう」
「兄さん、結婚するの!?」
「そりゃ俺ももう32だからな」
言われてみれば兄はユズキより10歳も年上なので相手さえいればいつ結婚してもおかしくなかった。
「お相手は?」
「会社の後輩だ。両家の挨拶は済んでいて、こっちは春になったら式を上げる予定だ。ユズキは来てくれるよな?」
「もちろん。お祝いさせて貰うわ」
「カンナさんも一緒に出席してくれるかな?」
「え? 私も良いんですか?」
「ああ、ユズキの婚約者として席を用意させて貰うよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
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会食が終わり、ユズキは数年ぶりに父と二人きりで話をする。
「……今日はありがとう」
「こちらこそ。良い会食だった」
「お父さん、今までごめんなさい」
「……こっちも悪かった。良い人たちじゃないか、幸せになりなさい」
「うん」
「……本当に
「うん、あの子と二人でやっていきたいの」
「そうか、じゃあ頑張りなさい。だけど何かあったらいつでも頼ると良い」
「ありがとう」
父は
「カンナさん、ユズキをよろしくお願いします」
「こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします!」
「お父さん、ユズキと仲直りできて良かったわね」
「……ああ、そうだな」
「みんなは今日はどうするの?」
「今日はこのホテルに部屋をとってある。母さんがせっかくだから東京観光して行こうって言っててな」
「スカイツリーに登ってみたいのよ。ユズキとカンナさんも一緒に行く? お母様も良かったらご一緒しませんか?」
数時間の会食でいつのまにかカンナママと打ち解けていたユズキの母。親交を深める意味もあり、是非にと回答しようとした瞬間だった。
ドンッッッッッ!!!!
まるで大型トラックが壁にぶつかった可能ような音がホテルに響く。と、同時に床が大きく揺れた。
「な、何!?」
「地震!?」
思わず姿勢を低くして辺りを伺う。しかし揺れは最初の一回だけであった。
「地震……じゃなさそうね」
「じゃあ事故かな? ホテルに大型トラックに突っ込んだとか?」
その時全員のスマホが警報を鳴らす。緊急通知の不快なブザーだ。
「やっぱり地震?」
そういってスマホを取り出して画面を確認する。カンナ達の目に飛び込んできたのは信じられない通知であった。
「東京都心で
「モンスターには絶対に手を出さないで近くにいる人は速やかに避難するようにって書いてあるわね。場所は……水道橋と九段下!? ここから2キロもないじゃない! モンスターの種類は……ドラゴン!?」
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