第36話 冬の探索者応援キャンペーン

 年が明けて1週間が経った。カンナを狙うであろう日本政府と正面から戦う事を決意した柚子缶の4人。向こうが強行な手段を取ってきたとしてもカンナを守るためならなんだってしてやると意気込んでいた彼女達の事務所にやってきたのは、探索者協会広報部の沼矛リコであった。


「リコさん、お久しぶりです」


「はい、みなさんお元気そうで良かったです。ユズキさんには電話で伝えましたが、今日は冬の探索者応援キャンペーンのお話をしにきました」


 上がっていいですか? というリコを事務所にあげてリビングに通す。


「お仕事の話をする前に、札幌支部長からのメッセージを伝えます。「まだ確定ではないが、どうやら日本政府はカンナ君の囲い込みをしない方針になりそうだからとりあえず安心していい」との事です」


 ニコリと笑うリコに、柚子缶は驚愕の表情を向ける。


「えっ!? えっと、それってつまりどういうこと?」


「政府はカンナさんを無理やり保護して探索者ライセンスをとりあげたり、スキル習得事業をやったり、票集めのための神輿にしたりと、そういう事をしないって事ですか?」


「みなさんがどんな想像をしていたか、今の発言で想像がつくけど……そうですね、支部長の言うことが本当なら今後も政府からは特に干渉は無いからこれまで通り自由に探索してくれて構わないって事になります」


「一体どうして……?」


「私からは何とも。支部長さんに電話してみては?」


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「私も朝イチで会長から伝えられただけだから詳しい話は分かっていないんだ。今日は沼矛君が君たちのところに行くと聞いていたからメッセンジャーを頼んで、こちらは裏取りをしていたんだが、どうやら本当に政府側はこの件に対して関与するつもりは無いらしい。それどころか先日の「スキル習得装置の詳細についての問い合わせ」自体を取り下げてきている」


 今さら取り下げられるのかと言われるが、文書での回答はギリギリで出していなかったのでそこは問題無いらしい。


「元々確認だけして、カンナを囲い込むつもりはなかったって事でしょうか?」


「そうだとすると動きが不自然だな。むしろ政府内で急に風向きが変わるような何かがあったように感じるな。下手にカンナ君を抑えるよりも知らぬ存ぜぬ何かあっても探索者協会が勝手にやった事だとした方が良いとする流れになっているのかもしれない」


「こっちとしては、それはそれでありがたいんですけど、「何かあったら」って何でしょう?」


「それこそ訓練中の事故や、万が一後遺症が出た時の補償、あとは抽選で選ばれなかった者やそれに乗っかって非難の声を上げる団体などかな?」


「あー、つまりカンナさんを取るメリットよりもそっちのリスク回避をとったと言うわけですか」


「確かに私たちは安全に配慮してやってるつもりだし後遺症なんて考えた事もなかったけど、事業として立ち上げるならそういったリスクも考えないといけないわけか」


「そういったものを天秤にかけてでも動くと想定していたのだが、今回は慎重だったということなのだろう」


 引き続き状況は確認していくと告げて札幌支部長は電話を切った。


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「ものすごく身構えていただけに拍子抜けな感じだね」


「まあ結果的には良かったってことで……」


 ユズキも肩の力が抜ける。


「とりあえず一安心かな? 真正面から戦う事になる覚悟はしてたけど、やっぱり怖かったから正直ホッとしたよ」


「せっかくパスポートを申請したのが無駄になっちゃったね」


「国外逃亡まで考えていたんですか?」


「正直現実的ではなかっけど一応選択肢としては考えていたって感じです」


 政府が本気になったら国外に逃しては貰えないだろうとは思いつつ、念のため先日パスポートを申請したのだった。


「まあせっかく作ったんだしカンナさんとユズキさんのハネムーンは海外旅行に行けばいいんじゃないの?」


「あら、お二人はそんな事になってたんですね。おめでとうございます!」


「あ、ありがとうございますっ」


 しれっとリコに情報を漏らすイヨだが、それはもちろん信用できる相手だからである。ユズキもリコになら話しても構わないと思ったから特に否定しない。


 その後しばらく談笑したのち、リコが今日の本題を切り出した。


「さて、そろそろ冬の探索者応援キャンペーンについてお話ししましょうか」


 探索者応援キャンペーン。忘れてはいけないのだが、柚子缶は探索者協会と向こう3年間このキャンペーンに協力するというパートナーシップ契約を結んでいる(※)ため半年に一度のこのキャンペーンには参加する義務がある。

(※第3章 24〜25話)


 建前上、『広域化』でできる事を調査検証するために協会にお願いして対象者を集めてもらっている……というあくまで柚子缶側がお願いして協会側が応じているスキル習得とは違い、こちらは拒否すれば色々と問題が発生するのである。


「とはいえ冬のキャンペーンは夏以上に予算がなくて、例年ポスターを1枚作って各支部に配布して終わりです」


「夏の動画は結構評判良かったって言ってましたけど、それを受けて予算はつかなかったんですか?」


「夏冬あわせて評価しようって流れですね。一応来年度の予算には組み込んでもらえるよう働きかけてはいます。上手くいけばそれこそ海外ロケとか出来るようになりますよ」


 先ほどのパスポートの話と絡めて冗談を言うリコにユズキは苦笑しつつ訊ねる。


「じゃあ今回も夏と同じようにイヨが動画を作ってお渡しすればいいですか?」


「それがですね、例年ポスターを作っているから今年も印刷所と契約しちゃってて。まあ最悪違約金払ってもいいんですが、せっかくだから柚子缶さんの写真で何種類かポスターを作りませんか?」


「えー、恥ずかしいなぁ」


「さんざん動画を公開しておいて今さら恥ずかしいかよ」


「だってポスターが支部に配布されるってことは協会に行った時に壁とかに自分たちの写真が貼られてる可能性があるって事でしょ? 想像しただけでちょっと嫌じゃない?」


 イヨの指摘にカンナは想像力を働かせる。……確かに魔石や素材の買取で、初めて行く支部の壁に自分が載っているポスターが貼ってあったらちょっと恥ずかしいかも。


「大丈夫ですよ、これまでは協会所属の探索者にモデルになってもらってたところが柚子缶さんに変わるだけです。皆さんだってポスターの実物を見た記憶なんてないでしょう?  壁のポスターに対する印象なんてそんなもんですよ」


「そういうことならまあ……」


「ちなみにポスターに使う写真ってどこかで撮影しますか?」


「柚子缶さんは探索で動画を回しているからそこから切り出してもいいと思ってるんですよね。いくつかデザインのイメージを作ってきたので、それに合いそうなショットがあればそれでも良いかなと思うんですが」


 そう言ってラフをテーブルに広げるリコ。みんなでそれを見ながらあれこれ話し合う。


「モンスターと戦う絵の場合はぴったりの構図がなかなか難しいなぁ」


「雰囲気のイメージなのでそこまで厳密じゃなくて良いですよ。でも4人が映ってるショットってなると結構難しいですかね」


「それを考えるとこの4分割してそれぞれ別のモンスターと対峙してるパターンの方が選びやすいかな?」


「イヨのソロショットが地味に少ないのよねぇ……今から撮りに行く?」


「それは最終手段でお願いしたい!」


「リコさん、この横断歩道を4人で歩いてる絵ってなんですか?」


「ああ、それはネタに走った方ですね。柚子缶さんは4人なのであの世界的アーティストの有名なアルバムジャケットをオマージュするのもありかなって」


「それ、SNSで散々擦られてるから私たちがやっても今さらかな……」


 白熱した議論……には全くならず、和気藹々と相談すること数時間。ようやくデザインとそこに使う探索中のシーンを選定し終わり、写真データをリコに預ける。


「おつかれさまです。それではこれで出来上がったらサンプルを送りますね。100枚くらいでいいですか?」


「1枚で大丈夫です!」


 自分達が写ったポスターを100枚も貰っても扱いに困る。リコはうふふと笑うと柚子缶の事務所をあとにした。


「ふう。バタバタしてたけど一気に色々と片付いた感じだね」


「そうね、何にせよカンナが政府に狙われることにならなくて良かったわ」


「それなんだけどユズキ先生、質問していい?」


「はいカンナ君、なんでしょう」


「政府が私を保護しない理由が、何かあった時に協会のせいにするためじゃないかって言ってたけど、そもそも探索者協会ってお役所だからどっちみち国の責任になるんじゃないの?」


「ああ、その質問は私の得意範囲ね。最初に結論を言うと探索者協会は民間組織よ。ただし設立当初はカンナの言う通り国の組織だったところ、後年民営化したんだけどね。

 旧国鉄とか電電公社、郵政公社と同じようなパターンって言えばわかる?」


 正直いずれもカンナが産まれる前の話だからピンとこない。ユズキはなんで分かるんだろうと不思議に思う。そんなカンナの様子をみてユズキは笑って補足してくれる。


「ダンジョン発生当初は法整備とかダンジョンの管理とかは国が旗を振って社会の仕組みを作ったの。そのための組織としてダンジョン協会っていう組織を作ったんだけど、十数年くらいして軌道に乗ったら民営化したの。理由は色々あるし表向きは先の3つと同じように民営化した方が経済的な成長を促せるっていう建前だけど、実際一番の理由は今回カンナを保護しない理由とあまり変わらないわね」


「リスクの回避?」


「そう。探索者は他の仕事に比べればダントツで怪我人や死者の割合が多いからね。当時は特に一攫千金を夢見て無茶する人が多かったっていう背景もあって、「自己責任」とはいいつつも人が死ぬわけで、その批判が政府に集中しないために探索者を管理統括するダンジョン協会を民営化したのよ。そしてダンジョン協会は探索者協会に名前を変えて今のカタチになったってわけ。だからカンナのスキル習得関連でもしも大きな事故が起きた場合でも政府は批判をある程度は躱すことができるって話」


 実際に何かがあったときに本当にノーダメージかと言われるとやや微妙なところだが、それでも積極的に介入していた場合に比べればその傷は遥かに浅い。


 あまりややこしい話をしても余計に混乱するだろうと協力簡潔に話してくれるユズキの気遣いにカンナは感謝した。


「なんとなくわかった。ユズキ先生、ありがとう!」


「どういたしまして」


 また政府の方針がガラリと変わる可能性が無いわけでもないのである程度の警戒を続ける必要はある。しかし当面の問題としては解決したとして良いだろう。


 翌週に控えたカンナとユズキ、それぞれの家族の顔合わせを前に懸念事項がひとつ減ったことは素直にありがたかった。


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 ちなみに探索者応援キャンペーンのポスター。リコは「やる気のないキャンペーンだしこれまでもポスターを積極的に貼っていた支部なんてほとんどない」と言っていたが、それは写っていたのが協会所属の言ってしまえば無名な探索者であったからだ。チャンネル登録者数50万人を超えたある意味で今もっとも勢いがある、さらに言えばかわいい女の子4人のポスターは端的に言って華がある。となれば普段は適当に壁に貼っておしまいとしている支部であっても、受付の目立つ位置にレイアウトする。


 こうして今後どの支部に行っても受付で自分達のポスターを目にすることになり「話が違う!」と赤面することになる柚子缶一行であった。

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