第35話 会議は踊る

 正月3が日が明けた仕事初め。


 総理官邸にある会議室にて政府の重役達が集まって早速会議を白熱させていた。


「全国民に最低限のスキルを習得させるべきかと」


「しかし5日で1000人だろう? 365÷5で73クール、それに1000を掛けても7万3000人。年に7万人にしか対応できないのであれば流石に全国民を対象にするには無理がある」


「いわゆるハズレスキルの所持者に限れば対象は1割程度に限定される(※)のでは?」

(※第1章 1話)


「それでも全国民を対象にしたら1200万人だ。高齢者を除いてその役7割強、850万人。100年経っても終わらないとなるともう少し対象を減らしたいところだな」


「そもそもハズレスキル所持者のみを対象にするのは不公平なのでは? ハズレスキルの中にも武器スキルひとつ有れば有用なものがある。現に「柚子缶」は『毒耐性』と合わせてダンジョンを攻略して見せている」


「同じ理屈で『熱耐性』や『冷気耐性』などもそれ単体ではハズレ扱いだがそこに追加で武器スキルひとつ有れば他の探索者には行けないダンジョンを探索可能になるというわけだな」


「そうなるともともと当たりスキルを持っていた者よりも逆に有利になってしまうというわけだ」


「確かに公平性の観点で不満が生まれるか……」


「例えば高校生に限定するというのはどうだろうか? 現役の探索者達は自分のスキルと折り合いをつけてやっているがこれから進路を決める世代にハズレスキルで将来性が狭まらないように配慮していると言うことが出来る」


「いい案だが人数は大丈夫か?」


「今の高校生はたしか300万人程度か。1学年100万人中ハズレスキルは10万人。まだ少し多いな」


「このペースで少子化が進めば20年後には7万人まで減りそうだけどな」


 彼らが話しているのはもちろん、如何にカンナ『広域化』を有効活用するかである。


 探索者協会に突きつけた最終通告。その回答は「スキルを習得する装置というのは機械やコンピュータプログラムなどではなく、特定の探索者のユニークスキルによるものである。その効果と適用範囲などを検証するにあたって便宜的にという言い方をした」というものであった。つまり『広域化』がスキル習得のカギになっているという噂が真実であったということだ。


 柚子缶と探索者協会の関係を洗ったところ彼女達は6月に探索者協会とパートナーシップ契約を結んでおり、それが縛りとなって協会は柚子缶に対して『広域化』スキル習得を積極的に依頼出来ない。前回の夏、そして今回の冬のスキル習得もあくまで柚子缶の好意による開催であったことが判明している。


 経緯を見ると広報の暴走のようにも思えるが「夏の探索者応援キャンペーン」で一般の探索者と契約をした前例がこれまでなかったことを考えると、スキル習得の秘密が漏れることを恐れた柚子缶が協会相手に上手く立ち回ったのだろうと想像できる。それはそれで大した手腕ではあるが、既に種が割れている日本政府に対して同じ手段は使えない。


 つまり18歳の小娘一人ぐらいなら少々圧力をかけつつ適度な報酬を差し出せばいくらでも自分達の思い通りになる。そこにカンナの意思などは関係無いというのがこの場に集まった政治家達の共通認識であった。


 彼らの関心は如何にうまくカンナを使えば野党を出し抜きつつ国民に自分達の成果を示すことができるのかという事に集中している。


「そもそも一度に1000人というのは限界値なのか?」


「確かに1000というキリの良さの不自然さを思えばあと数十人はいけるのかも知れないな。そこも検証が必要か」


「それどころかまだ成長の余地があるとは考えられないか? 夏には40人だったものが今回25倍に増えている。例えばここから2000人まで人数が伸びれば先ほどの案である高校生のハズレスキル持ちには全員行き渡るし、3000人まで増えれば年間20万人にスキルを与えることもできる。半年足らずで40人から1000人に増えたことを思うとまずは人数の限界を知り、さらに増やすことに注力するべきだろう」


「確かにな。次の選挙まではまだ時間もある。時間をかけて準備をするのもありか」


 長い会議によってカンナの処遇についておおよその方向性が決まる……それは決して柚子缶の望むものではなかった。政府はカンナを保護という名目で管理して国益という名目で都合良く『広域化』によるスキル習得を自分達が主導しようと結論づける。


 最後に総理大臣がこの場を収めようとしたその時、会議室の扉が開いた。


「終わったのか?」


「御老公。ちょうど今終わるところです。」


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 総理大臣にすら遠慮無く声をかけた御老公と呼ばれた人物。年は既に80を越えており、顔には深い皺が刻まれている。しかし突き刺すような眼光としゃんと伸びた背筋、何より全身から発せられる威圧感がその場の空気を凍らせた。


 彼こそ長年日本を裏から操ってきたとされる日本経済界のドンと呼ばれる人物であった。圧倒的な資産によるマネーパワーと強引なやり口により政治家ですら頭の上がらない彼であるが、何よりも彼をドンたらしめたのはその先見の目であった。例えば世界中にダンジョンが現れた際、その翌日には彼は世界で最初のダンジョン利権を作り出した。世の中が未知のダンジョンに混乱する中で着々と地盤を固め、ダンジョンが有益だと皆が理解する頃には回り回って半永久的に自分に利益が流れてくる仕組みが出来上がっていた。


 表に出ることこそ多く無いが、間違いなく日本のダンジョン経済を牛耳っている人物である。


「どうなった?」


 そんな彼に総理大臣が先ほど会議で決まった内容を伝える。すると彼はその場に集まった政治家達を一瞥した。


「これだけ集まっておいて、目先の事しか考えられぬ餓鬼ばかりか」


「御老公?」


「貴様もだ。総理などと呼ばれて思い上がりよって。おおかた分かり易い手柄を立てて票を集めることばかり考えておったのだろう」


「それが全く無いとは言いませんが、お言葉ですが我々とて国益を第一に考えております」


「アメリカが娘を寄越せと言ってきたらなんと答える?」


「それは勿論断り……」


 そこまで言いかけて総理は、そしてその場にいた政治家達はあっという顔をした。


「それが周りが見えとらんということだ。かの国に正面から喧嘩を売ったところで得られるものはほんの一握りの者に対するスキルひとつ。それも結局多くのものは碌に活用しないことになるだろう。魔石の活用によるエネルギー革命以降、ただでさえ日本は諸外国から目をつけられているというのにこれ以上無駄な火種を増やすつもりか?」


 御老公は叱咤する。日本はダンジョンに対して世界で最も上手く順応した。魔物溢れオーバーフローの被害が諸外国より少ないことも幸いし、未だに世界で一番ダンジョンの恩恵を受けながら被害は最小という立ち位置にある。それは日本だけを見れば素晴らしきことこの上ないが、当然他国から見れば面白くはない。


「スキルの任意取得……たしかに言葉の持つ衝撃はこの半世紀でも随一だ。しかし冷静に考えれば国力を上げるには規模が小さく、そのくせ持たざる者達からは妬み嫉みを大いに買う。こんなもの、どう扱っても毒にしかならぬよ」


 つまり政府としてカンナを囲い込む事はイコール毒を飲み込む事になるというわけだ。


「では御老公、我々はどうしたら……」


「たわけが。何のために探索者協会があると思っておる。彼奴等がその娘と繋がっておるなら政府として口に出す事などあるまい。お友達アメリカが自分達にもと言ってきたらそれとなくスキル習得に外国枠を加えられないか、探索者協会にすれば良いだろう」


「つまり何もしないのが正解ということですか……」


「逆だ。何かあった時に日本政府は関与していない。あくまで本人達と探索者協会が勝手にやっている事だと言えるようにしておくのが現時点での最善手だ。全く、てっきり野党やらマスコミやらのお気楽な連中に詰め寄られた場合にどうやって知らぬ存ぜぬを貫き通すのかを話し合っていると思ってここに来たというのに、まさか貴様らまでお気楽な頭をしていたとは完全な無駄足だったようだな。今日は帰る事にしよう。……明日の朝一でまた来るぞ」


 そういうと御老公は踵を返して会議室を後にした。


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 カツカツと小気味の良い足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったころ一人の政治家が発言する。


「総理、御老公の意向を汲むのですか!?」


 総理大臣は乱れた髪をかきあげると大きく息を吐いた。


「あの方の言うことが……特にダンジョンに関して外れた事は一度もない。理屈を聞けば「そういう見方もあったな」という一意見に過ぎないが、あの方が言った以上それが正解だと考えて行動した方が良い。これまでもそうやって我々は成功してきたのだからな」


「ではスキル習得は今後も協会に一任すると言う事ですか?」


「話を聞いていなかったのか? 一任するのではなく、日本政府は探索者協会の活動に対して何もしないんだ。全て彼らが勝手にやった事だ」


 総理はそう言って全体を見回した。他の政治家からも同調する意見が挙がる。


「……確かに言葉の衝撃度合いに目が曇っていたかもな」


「政府が主導した場合、どうしたって不平不満が上がる。それを如何に小さくするかとばかり考えていたが、初めから関わらなければ不満はゼロというわけか」


「まあ上手く扱えれば良いがリスクの方が大きいとなれば触らないのも勇気というわけだな」


 中には納得のいかない顔をしているものも居たが、特に年長者ほど御老公の言葉を重要視するこの場においては既に反論は意味がないと分かっていた。であれば次の議題である「如何にして政府が関与していない事を貫き通すか」を考えた方が有意義だ。


 一流の政治家である彼らは頭の切り替えも早い。さっそくスキル習得に関与しないためにはどうするかべきかと活発に意見を交わし始めるのであった。


第35話 了


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※※作者より※※

日本政府との戦い!? と見せかけてまさかの彼らは何もしないという選択をするちゃぶ台返し。


カンナを囲い込もうという話の流れを誰にひっくり返してもらおうかなぁ……と悩んだのですが(総理大臣、防衛大臣、外務大臣、ダンジョン大臣←笑)、御老公様に登場してもらう事にしました。


そんなやつ現実にいねーよって?いや、いるかも知れないじゃないですかー笑


一応、諸外国の話を盛り込んだのは5章以降で外国の話をするための布石のつもりでもあります。


という事でいよいよ……というかやっと、4章もクライマックスに入っていくので御老公様の多少強引な展開は多めに見ていただきもう少しお付き合い頂けると幸いです笑

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