第34話 柚子缶の年越し

 12月31日。事務所で年越し蕎麦を食べる柚子缶の4人。普段あまりテレビを見ない4人だが今は毎年恒例の歌番組をなんとなく流している。


「あ、この歌聞いたことある」


「今年流行ったから街中とかでもよく聞いたもんね」


 流行りの歌などには比較的疎い柚子缶だけれどもこの番組に出るような有名な歌は聞き覚えがある。


「これって年越しまでやるんだっけ?」


「そのちょっと前に終わるはず」


「カンナは今年は年越しの瞬間に空を飛んでなくていいの?」


「飛ぶ飛ぶ!」


「え、何それ?」


 カンナはイヨとマフユに年越しの儀式を説明する。日出家では年が変わるカウントダウンに合わせてゼロになった瞬間にジャンプをして「年が変わった瞬間は空を飛んでいたんだよ」と言うのが毎年の恒例になっていた。


 ユズキと出会って3回目の年越しだけど、去年も一昨年も一緒に年越しをして――その時はカンナママも一緒だったが――カンナはピョンと飛び跳ねていたのだ。


「それって飛んでるっていうより跳んでるだけじゃ……」


「イヨさんがどの漢字をあてたか分かるけど、これは日出家の恒例行事だから!」


「じゃあユズキちゃんもやらないとね。カンナちゃんと結婚するなら伝統は引き継がないと」


「えー? でもそれも一理ある、かなぁ?」


「せっかくだからみんなで飛ばない?」


「「えっ!?」」


 まさかのカンナのゴリ押しで4人で年越しジャンプすることになる。じゃあせっかくだし写真撮ってSNSに載せようよというイヨの提案で、時計が映る位置にカメラを置いて年が変わる瞬間に全員でジャンプする姿を撮影した。


「よし、上手く撮れてる」


「見せて見せて!」


「もうSNSにあげたからそっちで見られるよ」


「早っ」


 柚子缶のアカウントを確認すると、「あけおめことよろ」という簡潔な文章と共に年越しジャンプする4人の写真が添えられていた。あえてジャンプの意図は説明せずに写真だけとしていたが早速「年跨ぎのジャンプですね!」やら「今年は更なる飛躍の年にするという決意の表れか」といったコメントが付いていく。


 別にそんな深い意図はないのにねと4人は楽しく笑った。


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「ほらみんな起きて、初日の出を見に行くんでしょ?」


 まだ真っ暗なうちからユズキに起こされるカンナ達。


「私は……ここ布団を守る事にする……っ!」


「バカなこと言ってないで起きな。本当に置いて行ったらあとで「仲間外れにされた」って文句言うのが目に見えてるよ」


 布団にしがみつくイヨと起こすマフユの夫婦漫才を横目に顔を洗って化粧をするカンナとユズキ。結局イヨはギリギリまで寝ていたためすっぴんで初詣に繰り出す事になる。


「フユちゃん先輩はちゃっかりメイク完了してる! 裏切り者っ!」


「起きない高原が悪い」


「私以外寝起き良すぎじゃない!? まあ外は暗いし誰かに会うわけでもないし別にすっぴんで構わないけど」


 そう言って笑うイヨを見てカンナは感心する。ほんの2年前、ユズキからメイクを教わる前はカンナだってノーメイクで外に出ていたしなんなら一人で配信していた時もすっぴんだった。いま思うと信じられないというか、もはやメイク無しで人前に出るのは恥ずかしいと思うし、学校にだってほんのりナチュラルメイクをして行っている。


「やっぱりイヨさんみたいに元が美人だとメイク無しでも平気なのかな?」


「なになに? 私を褒めてる感じ?」


「カンナちゃん、高原はだらしないだけだから」


「貶された!」


 そうはいいながらも楽しそうに笑うイヨとマフユは本当に仲がいい。カンナとユズキみたいに恋人同士というわけでは無いけれど、お互いに信頼しあって遠慮なくずばずばと本音を言い合える関係。こういうのも素敵だなぁと思った。


 そうこうする内に神社に到着。ちょうどお詣りを終えたタイミングで初日の出の光が差し込んできた。


「あ、そうだ。みんな、あけましておめでとう」


「そういえば言い忘れてたね。あけましておめでとー」


「あけおめことよろー」


「それはさっき柚子缶のSNSで見たセリフだなぁ」


 朝日を浴びながら事務所に戻る4人。


「みんなはお詣りする時に何をお願いしたの?」


 カンナが訊ねる。


「無病息災」


「私も同じような感じかな。大きな怪我や病気が一番怖いからね」

 

「私は「幸せになりたい」だね」


「イヨのそれはざっくりし過ぎじゃない?」


「ユズキさん、甘いね。これは「健康で居たい」やら「お金持ちになりたい」やら「素敵な恋がしたい」やら、そういった全ての欲求をひとつにまとめた万能の願い事なんだよ。流れ星が見えた時も幸せ幸せ幸せ! って3回叫べばいいという最強の願い事なんだわ。事実、私はこの願い事を20年以上し続けていて今は幸せだから叶ってると言えるわけだしね」


「そこまで自信満々に言い切られるとそのお願い事はアリな気がするわね……」


「でしょ? なのにフユちゃん先輩はなかなか認めてくれなくて」


 恨みがましい目線を向けられたマフユは肩をすくめる。実はマフユもイヨの理論は便利だしありだと思っており、ここ数年は彼女に倣って「幸せになる」を願掛けしている。だけど今さらその事実を認めてイヨが調子に乗るのを見るのも悔しいのでこっそりと心の中に留めているのである。マユフかイヨ、どちらかの今際の際に立ち会う事があれば最後の最後でネタバラシしてやろうかなぐらいに考えているのでギリギリ「墓まで持っていく秘密」ではないと考えていたりする。


「カンナは何をお願いしたの?」


「私は……私はね、「来年もまた柚子缶のみんなでこうやって初詣に来れますように」って」


 カンナは決意を込めた瞳で語る。


「そっか。それがカンナの答えってことね」


「……うん。私はみんなと居るこの場所が好き。だからそれを失いたくない。だから……」


「分かってる。私たち全員、カンナの選択を尊重するわ。ね?」


 ユズキが訊ねるとイヨとマフユは当然! といった表情で頷いた。


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 12月30日、探索者協会釧路支部に遡る。


「国から協会に対して「スキル習得」について詳細を開示するように圧力がかかった。年末年始を挟む事を利用して協会としての解答は1週間程度遅らせるつもりだけれど、その前に柚子缶の意向を聞いておきたい」


 札幌支部長の言葉に息を呑んだ4人。聞きたい事は山ほどあるが、代表してユズキが質問をしていく。


「国からってどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だ。日本政府から探索者協会宛に正式な開示請求が届いた」


「カンナのスキル『広域化』だって分かって言ってきてるんですかね?」


 札幌支部長は首を振った。


「誓って言うが協会としては情報を漏らしていない。まあ夏の襲撃事件の音声データ(※)は渡っているだろうし数ヶ月前にはマスコミも大きく報じて君達を取材しようとしていた。状況を並べてみれば九分九厘想像はついているだろう。ネット上でも同じ予想をしている者は多いだろう?」

(※第3章 33話)


「だったら暗黙の了解から残りの1分を確定させようとしてくる狙いってなんなんでしょう」


「スキルの任意取得が成功したのは恐らく世界初だ。まあアメリカやロシア、中国といった大国はもしかしたら何らかの方法で実現しているかもしれないが……少なくともほぼノーリスクで確実に、かつ短期間でスキルを習得出来るという意味では『広域化』に勝る者は無いだろう。

 当然諸外国からはスキル習得の技術については探りが入っているだろうし国防の観点からもこれ以上放置は出来ないと判断したんだろうな」

 

「国が確証を持ったらどうなりますかね?」


「こればかりは分からないとしか言えない。まあ国の最重要人物として手厚く保護はされるから悪いようにはならないだろう。ただ、柚子缶としての活動は制限されると思われる。好き勝手に探索されて万が一カンナ君を失う事になればそれは国家的損失だからな。事実これまでの探索で何度か死にかけているし、あまつさえそれを配信してきているだろう? 「これからは安全に配慮して探索します」なんて言われても信用できないからな」


「このタイミングで協会に圧力をかけてきたのはやっぱり一度に2000人も募集したからでしょうか?」


「正直に言うと夏のスキル習得の段階から開示の要求は来ていたんだ。あくまでもお願いベースではあったがね。こちらとしてはまだ検証中の技術なのででのらりくらりと躱してきたのだけれど、やはり例の襲撃に関連してカンナ君の存在がバレてしまったのは痛手だったと言わざるを得ない。それがなければ今回の要求も「装置が壊れました」で押し切ることも考えたんだが……」


「さすがに嘘はつけないという事ですか?」


「というよりも嘘をつく意味が無い。政府側がカンナ君をターゲットしている以上、協会がこれ以上しらを切ろうとすれば今度は直接君達に接触するだろう。逆に此処で知らぬ存ぜぬを貫くと教会が君達を庇う理由が無くなってしまう。

 だから今回の強制的な開示要求はある意味で最終的な宣告だろうと思われる」


 つまり協会としては正直に答えざるを得ないということだ。こういう事態を危惧してカンナ『広域化』の事が漏れないように立ち回ってきたが、D3の暗殺依頼による襲撃のせいでそれが台無しになってしまった。

 D3がカンナの事に気付いたのは柚子缶の動画がヒントとなっていた事からも、結局のところ柚子缶の脇が甘かったと言わざるを得ない。十分注意してきたつもりだったが結果的にこういう事態になっているという事は警戒が足りなかったのだろう。


 だからユズキ達は協会側の対応を責めるつもりは無かった。むしろこうやって事前に話をしてくれるだけ誠実だといえる。


「では協会はスキル習得はカンナのスキル『広域化』によるものだと日本政府に回答するんですね」


 札幌支部長は頷き、指を立てた。


「協会としては素直に答えるしか無い。ただ、君たちはここで取れる選択がいくつかあるだろう。それによって我々の答え方も若干変わると思っている」


「私達の選択ですか?」


「ああ、まずはこのまま特に何もしないという選択だな。おそらくカンナ君は国から保護対象とされるだろうがユズキ君達3人はこれまで通り探索者としての活動を継続する事は出来るだろう」


「カンナはどうなりますか?」


「さっき言った通り、国が守ってくれるだろうから悪いようにはならないだろう。スキル習得が国の事業となってその度に協力を求められる可能性は高いが、常識的な範囲内での労働になるはずだし報酬も期待はできるだろう。

 ただ、危険に晒せないから探索者業は続けさせてはもらえないだろうな」


「そんな……」


「次の選択肢は、逃げてしまう事だな」


「逃げる?」


「現時点で君たちに渡航制限が出ているわけでは無い。日本で活動できないなら海外に行けば日本政府が出来る事は大幅に制限される。但しそれは海外で自分達だけで生きていく力を求められるわけだが。例えばアメリカの探索者ユニオンなどは移民からの魔石買取も比較的柔軟に対応してくれるのでやる気さえあるのなら海外で活躍する事は出来るだろう。

 この選択肢を取る場合、協会としては君たちが海外に行くための準備をするぐらいの時間は稼ごう。とはいえせいぜい回答を半月遅らせるぐらいだ」


 いきなり日本を捨てて海外に……中々にハードルが高い話だ。


「最後は日本政府と真っ向から対決する案だな。何を言われてもこれまで通り活動を続けるという姿勢を崩さずに毅然とした対応をする。相手が政府と言えど此処は日本だからそうそう強硬な手段を取るとは考えづらい」


「敵対するってことですか?」


 札幌支部長は首を振る。


「言いなりになるのではなく、対等な取引相手になれるように交渉するという方が正しいかな。これまで通り探索者は続ける事を前提に日本政府側の要求には最低限応えていくスタンスを取る。まあ向こうも必死だろうからそう簡単では無いだろうが、柚子缶としてこれまで通り探索者を続けたいならこれしか無いだろう」


「日本政府を相手に……出来るでしょうか?」


 不安げに呟くユズキ。


「簡単では無いだろう。いま挙げた選択肢は簡単に言えば静観、逃亡、抗戦だ。どれを選ぶかは君たち次第だし他にもやり方はあるかもしれないが如何せん時間も無い。正月三が日の間ぐらいまでに柚子缶としてはどうしたいかを決めてほしい」


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 帰りの道中、いろいろ話し合った柚子缶の4人であったが結局一番の当事者であるカンナの意思を尊重しようということになった。そしてカンナが「自分はどうしたいか」と考えて出した結論、それが先ほど口にした願いだった。


「みんなには苦労をかけちゃうと思うんだけど……」


「大丈夫。私も高原もカンナちゃんの事が大好きだから。一緒にいたいって言ってくれて嬉しいよ」


「そうそう。むしろ自分1人が我慢するなんて言ったらぶん殴って絶交しようと思ってた」


 マフユとイヨの言葉に思わず涙ぐむカンナ。


「うん、2人ともありがとう……私も大好き!」

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