第33話 1000人のスキル習得
「本当に1000人でスキル習得をする事になるとは思わなかったよ」
「私も。前回は一般探索者が40人だっけ? 精々100人かそこらで募集すると思ってた」
「二人とも見通しが甘すぎる。多分1万人って言ったらなんとしてもそれを実現したと思うよ」
「そうそう、私達って感覚マヒしてるけど任意のスキルを覚えられるなんて本来あり得ない事なんだから機会があるなら最大限活かそうとするのは当然の流れだよ」
今のカンナなら最大で一度に1000人まで広域化可能だと回答したところ、協会側から本当にその人数にスキルを『広域化』可能なのかと確認があった。大丈夫だと答えると即日協会は『剣術』スキル1000人、『槍術』スキル1000人の合わせて2000人を募集した。
「場所も今回は札幌じゃなくて釧路だしね。1000人を視認できるようなロケーションが札幌ダンジョンには無いから仕方ないらしいけど」
「とはいえ窓口には札幌支部長さんが来てくれるらしいからひと安心」
1000人に一度に『広域化』しようとするとそれこそカンナの高校の体育館のように十分な収容がありかつ全体を見通せるようなロケーションでなければならず、さらにいえば探索者達からは
そんな都合の良い場所があるかといえば流石にそうそう見つからない。結局協会は釧路の湿原ダンジョンなら見通しが良さそうだと判断し、そこに急遽二階建てのプレハブ住宅を建てた。
「これってもう立派な家みたいな感じだよね」
「今回は安全のためにスキル習得期間の10日間ずっと中に閉じこもりっぱなしだし、前みたいな簡易なプレハブ小屋だと辛いと思ってたから助かるわ」
プレハブ住宅といいつつ中はまるで普通の家のようでリビングや台所、シャワールームまである。さらに外から中は見えないように加工されている。2階にひとつだけある覗き窓から広場全体が見通せるようになっているが、外からは一見して窓と分からないうえ念のためマジックミラー加工までしてある徹底ぶりだ。この窓越しに外の広場にいる相手に『広域化』で武器スキルを適用できる事も確認済みである。
前回は札幌市内のホテルから毎日プレハブ小屋に通ったが、今回はスキル習得の期間ずっとここに籠って過ごす事になっていた。見通しが良すぎるために柚子缶がこのプレハブ住宅に出入りするところを一般探索者達に見られないようにするための措置だった。
こんな何も無い平原の広場にプレハブ住宅が建っていれば当然探索者達は怪しいと思う。「ここに柚子缶がいて『広域化』してるんだろ」と思う者もいるわけだが協会側はあくまで「新技術を用いたスキル習得装置」でありプレハブにはその装置が置いてあると説明した。柚子缶のために物資を運び込む職員も装置のメンテナンスのための要員だとしている。
流石にこの説明では無理があるのでは? と訊ねると札幌支部長は苦笑いしていた。
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そんな流れで始まった一般探索者1000人に対する『剣術』のスキル習得だが、問題は初日に発覚した。
「……あれ?」
「カンナ、どうしたの?」
「えっとね。5人くらいかな、『剣術』が『広域化』出来なくて」
「広域化出来ない?」
頷くカンナ。いつぞやのスランプの時のようにスキルがうまく使えなくなったというわけでも無い。特定の15人にだけ『剣術』が『広域化』されていないのが感覚的に伝わってくるのだ。
しかしその5人は他の参加者と同様に『剣術』スキルによる素振りをしている。
「初日だから下の階に札幌支部長さんも居てくれるし相談してみましょうか」
ユズキが待機していた札幌支部長を呼んでくる。
「何か問題があったかね?」
「は、はい。えっと『剣術』が『広域化』出来ない人が居るんですけど……」
カンナが状況を説明すると札幌支部長は手を顎に当てて考え込む。
「『広域化』出来ないのが誰かは分かるかい?」
「はい。あそこの青いジャージの人と、あっちのロン毛の人、あっち側の女の人に……」
「流石にここから指差しで指摘されても分からないな。そのまま『広域化』は続けつつ待っててくれ」
札幌支部長は一度引っ込むと今度は書類の束とカメラを持って戻って来た。
「まず一人目……この辺りかい?」
カメラを窓際に寄せてぐぐっとズームする。モニターに映った人物から『広域化』されていない対象をカンナが指す。
「なるほど。この調子で残りも教えてもらっていいかな?」
カンナがおおよその位置を指差しで札幌支部長がそちらにカメラを向けてズーム、モニターに映った対象を指定するという流れで、15分ほどかけて5人の対象を特定した。
「これで全員だと思います」
「フム……5人全員が企業所属、それも同一の企業か」
対象となった5人は「
「カンナ君、試しにこの5人に『短剣術』か『格闘術』あたりを『広域化』出来ないか試せないかな?」
「はい。……あれ? 『短剣術』は全員に『広域化』出来ました」
「なるほど。つまりこの5人は『広域化』が効かない特異体質というわけでも無いと。ちなみに柚子缶の4人は全員『剣術』スキルが使えると思うが、そこに『剣術』スキルを『広域化』しようとするとどうなるんだい?」
「それはやった事ないですね」
「恐らくだが、N.C.Dの5人と同じ事になると思うのだが」
カンナは試しにユズキに対して『剣術』を『広域化』を試みるが、札幌支部長の予想通りユズキに対しても『剣術』は『広域化』出来なかった。
「わざわざ出来ることを『広域化』しようなんて考えた事もなかったから新しい発見ね」
「つまりこの5人はもともと『剣術』スキルが使えるのに『剣術』のスキル習得に応募したってこと? 一体何のために?」
「たまたま応募後にボスを倒してスキルを得たとか。当選後に辞退すると心象が悪くなると思って黙って参加したって可能性は無いかな?」
「スキルを習得する可能性の低さを考えれば天文学的な確立だね」
「もともとスキルを持っていれば訓練に参加する振りをしてカンナちゃんの秘密とか、色々と探れるんじゃ無い? 初めからそういう意図で参加したとかじゃないかな」
「……だろうな。彼らに限らずN.C.Dの探索者はこのプレハブ住宅に興味津々のようだ。いずれにせよ、不誠実な事をした者達には御退場願おう」
そう言うと札幌支部長は書類を持って出て行った。そのままN.C.D所属の探索者達――『剣術』スキルが使える5人以外にも3人、合わせて8人――に声をかけ、この場から立ち去るように促す。当然彼らは事実無根だと反発するが、最終的には訴訟と損害賠償をチラつかせて退散させた。
N.C.Dが彼らを送り込んだ理由は想像するしか無いがやはりスキル習得の秘密を暴こうとしていた可能性が高いと言うのが札幌支部長をはじめとした探索者協会の意見であった。
N.C.Dの探索者は信用出来ないとして、後半の『槍術』スキルの習得に参加予定だった5名も急遽対象外とした。並行して協会は会見を開く。N.C.Dの探索者に『剣術』スキルを所持しているものが居たため連帯責任でN.C.Dの探索者を今回のスキル習得の対象外とした事にはやりすぎだと言う声もあがったが、毅然とした対応は概ね世間に受け入れられた。
そもそも、探索者協会しかスキル習得する技術を持たない現状では協会こそが法であるという側面もある。
結果的に前後半合わせて13人が今回のスキル習得から追放されたわけだが、世間のバッシングはこんな事態を引き起こしたN.C.Dに向いた。彼らが不義理を働かせたせいで抽選から漏れた探索者も少なからず存在したという事実もあり、会社そのものが大きく社会的信用を損なう事となった。
「私のせいなのかな?」
N.C.Dが叩かれている記事を見てカンナが呟く。
「カンナは悪く無いでしょ。
「それはそうなんだけどさ、ほらこの書き込み見てよ。「一部の馬鹿が勝手なことしたせいでN.C.Dで働いてる姉が婚約破棄になりそう」って書き込みがあって、それに対して「そんな会社に入ってるのが悪い」とか「自業自得だ」なんて反応まであるじゃない」
「まあD3の時もそうだったけど、大きい会社だからこそ無茶なことをしでかすけれどほとんどの社員は関与していないどころか何も知らなかったりするモノなんだろうね」
「そう。この書き込みも本当かどうかは分からないけど、D3もN.C.Dも真面目にお仕事してるほとんどの人は悪く無いのに、その会社で働いているってだけで悪い評判がたって不幸になっちゃう人がいるのかもしれないなって思って」
「まあ企業の看板を背負うってそういうことだからね。それが嫌で私達はフリーランスをやってきてたわけだし。逆に
「柚子缶が非難されるようなことってあるかしら?」
ユズキが言うとイヨは苦笑する。
「あるどころじゃないでしょ。カンナさんの『広域化』の恩恵を受けて武器スキルを習得し放題ってだけで叩かれる理由は十分すぎるし」
ほら、と言ってカンナが先ほど見せた掲示板を少し検索すると「もしも本当に柚子缶が『広域化』でスキル習得出来るのならそれを公表して希望者全員にスキルを習得させるべき」なんて書き込みがある。
「匿名の掲示板だからより過激な意見が出てるって可能性もあるけど、大なり小なり同じようなことを考えている人はいるだろうね」
「カンナちゃんが他人のために『広域化』でスキルを習得させろって? でもそれってまさに今やってるじゃん。今回は2000人も」
「それじゃガス抜きにもならないって意見なんでしょ、そういう人は。そもそも今のスキル習得だって協会に筋を通すためにやってることであって別に義務では無いんだけどね」
「……別に私が頑張ることでたくさんの探索者が助かるならある程度はこうやってスキル習得の機会を作るのはいいんだけど、そのせいでD3やN.C.Dの中にいる真面目に働いてるのに悪者扱いされて不幸になる人が出ちゃうのはなんか嫌だなって思うんだよね」
カンナは悲しそうに話す。もちろんこれまでの成り行きや協会との契約があってのスキル習得ではあるが、やるからには参加する人が満足のいくモノであって欲しいと思うし、これによって誰かが不幸になるというのは望むことではなかった。
そんなカンナにユズキは優しく声をかける。
「カンナのおかげで多くの人がスキルを習得できているわ。きっとそのおかげで探索で命を救われる人もいるはず。あなたのやってる事は十分誰かを幸せにしているわよ」
「そうかもだけど……」
「まあ、一部変なことをしている人がいるせいで巻き込まれて不幸になっちゃってる人がいるのも事実かもしれないけど、それはもう仕方のないことね。誰かを幸せにしようとすればどうしても一定数の不幸は生まれてしまうものなのかなって思うし」
「うん……」
「まあ、カンナが辛いって言うなら協会とのスキル習得の開催はこれっきりにしてもいいけどね」
「えっ!? いいの?」
思いもよらぬユズキの言葉に驚くカンナ。ユズキは頷く。
「とりあえず「まずは春、夏、冬の3回開催」って当初の約束は今回で果たしたからね。春は10人、夏は50人、それで今回は2000人でしょ。お互いに当初想定していただろう人数の何十倍もの人数にスキルを習得させることが出来ただろうし、成果としては十分だと思う。武器の扱いに長ければその技術がスキルに昇華するって事は示せてるんだから、今後の事を考えてカンナの『広域化』無しで効率的にスキルを習得できる訓練メニューぐらいは協会も作ってるんじゃないかしら」
「なるほど、それはやってるだろうね。いつまでもカンナさんありきで続けていくわけにもいかないだろうし。そういえば今回は夏の時みたいに協会所属の探索者に対するスキル習得は無かったわけだし、独自の訓練でスキル習得出来るように試行錯誤中ってところか」
「だとしたらそういう話はちゃんと共有してほしいけどね」
「さすがフユちゃん先輩、相変わらず協会には手厳しい」
アハハと笑い合う柚子缶一行。ユズキは改めてカンナに微笑み言葉をかける。
「そういう事だから、カンナも変な義務感や責任感を負わないで。もちろんカンナがやりたいって言うなら応援するけど、辛いならいつだって辞めてやるぐらいの心持ちでいいんだから」
「……ユズキ、みんな、ありがとう。私、自分がどうしたいのかもう一度ちゃんと考えてみるね」
ユズキ達の言葉に元気付けられたカンナは小さく笑った。
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その後は結果的に大きな問題も無く、およそ2000人の参加者は全員が無事にスキルを習得した。
柚子缶にとって嬉しい誤算だったのは、『剣術』と『槍術』も当初5日間を想定していたスキル習得がそれぞれ4日で終了したことである。10日間休みなしでやる予定だったところ、真ん中で丸一日休みが取れた上で後半も1日早く切り上げることが出来たのはカンナの負担を考えれば喜ばしい事態だった。
今回のスキル習得はカンナの冬休みの開始に合わせて12月20日から29日までの10日間のスケジュールだった。最後の1日は思いがけずオフになったため、柚子缶は釧路の町を観光する。
十分に羽を伸ばしてリフレッシュした一行であったが、翌日東京に帰ろうとする前に札幌支部長に呼び出された。
「なんだろう? 年末の挨拶かな?」
「わざわざそんな事のためにこの土壇場で呼び出したりしないでしょうね」
「なーんかイヤな予感するね」
「同感」
一行は探索者協会釧路支部の会議室に入る。そこに居たのは札幌支部長と、さらに探索者協会の会長であった。
まさかの会長の同席に思わず背筋が伸びる柚子缶。そんな彼女達に着席を促した札幌支部長はさっそく本題に入る。
「わざわざご足労ありがとう。さて、飛行機の時間もあるだろうし、長く引き留めるつもりは無いし、この場では結論も求めない」
そう前置きをして札幌支部長はカンナの方を見る。
「国から協会に対して「スキル習得」について詳細を開示するように圧力がかかった。年末年始を挟む事を利用して協会としての解答は1週間程度遅らせるつもりだけれど、その前に柚子缶の意向を聞いておきたい」
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