第31話 結婚に向けて
翌日。
実家に泊まったイヨとマフユと合流したカンナとユズキ。東京まではいつものように4人で車に乗って帰るのだが、その道中カンナはずっとニヤニヤしていた。
そんな様子を見ればイヨとマフユはすぐに何があったかピンとくるわけで。
「アキちゃんの幸せそうな姿を見て当てられちゃったかー」
「私達の世代の結婚ラッシュでも良くあるやつだよね、友達の結婚式見たら自分もってなるやつ」
「ふぇっ!? ふ、二人とも一体何の話を……!?」
「わからいでか。ユズキさんはまだポーカーフェイスだけどさぁ」
「そうそう、カンナちゃんは幸せが顔に思いっきり出てるよ」
え? え? と手鏡を取り出して自分の顔を見るカンナ。そこにはやはりニヤけ顔が映っている。これは確かにイヨ達があきれてしまうかもなぁ……。
「幸せ娘はまあご自由にどうぞって感じなんだけど、ユズキちゃんは大丈夫なの?」
「私?」
「ご実家とあまり仲良く無いような感じだから」
結婚といえば当人同士で勝手に決めてはいヨロシクとなるものでもない……状況次第ではそうなる事もあるが、少なくともカンナとユズキが望んでいるのは家族を含めた周囲から、しっかりと祝福される形だろう。となれば次はお互いの親への挨拶やその後の両家の顔合わせなどのイベントをこなしていく事になるわけだが、ユズキは数ヶ月前に実家と喧嘩をしてきている(※)。
(※第4章 6〜7話)
「いつまでも意地を張っているわけにも行かないからね……」
きちんとカンナとの結婚を認めてもらうにはまず和解しなければならない。少しハードルは高いがいい加減家族と向き合う良い機会でもあるとユズキは思う。
「じゃあ今からユズキさんの実家に向かってご挨拶しようか!?」
「えっ!?」
唐突なイヨの提案に慌てるカンナ。
「気持ちはありがたいけど、流石についでで行く距離じゃないから」
「うーん、残念」
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東京に戻った一行。今週は流石に探索はお休みだ。
「ちょっと実家に電話してくるわね」
「わかった。ユズキ、頑張って」
グッとガッツポーズするカンナに手を振って隣室に移動するユズキ。まるで自分のことのようにハラハラしていると、そんな様子を見てイヨは笑う。
「カンナさんがそんなに緊張しなくても」
「そうなんだけどね、やっぱりどうしても……」
「じゃあ緊張をほぐすために……どんな感じでプロポーズされたの?」
ハイッとマイクをカンナに向ける仕草をするイヨ。
「内緒だよっ!」
「あら、残念」
「ふふふ、私とユズキだけの秘密」
そんな会話をしていると、ユズキがリビングに戻ってきた。ユズキは椅子に座るとふーっ、と大きく息を吐いた。
「えーっと、どうだった?」
「……とりあえず兄に電話して「カンナと結婚するつもりなんだけど」って相談してみたわ」
やはり両親、特に父親に直接連絡するのは気が引けたユズキ。先日帰省した際も兄が父親との間を取り持とうとしてくれたので、今回もまずは彼に相談する事にしたのである。
「それで?」
「まずはおめでとうだって。父には今日の夜にでも兄の方から伝えてくれるって。母は兄の隣に居たみたいでその場で電話を代わったから私の口から伝えたわ」
「お兄さんには賛成して貰えてるんだね」
「そういう事になるのかな。母からも「良かったわね」って言って貰えたけど……でも結局発言権が強い父が反対したら母も兄も表立って応援できないんじゃないかなって思うからまだ何とも言えないわね」
「私、「娘さんを下さい」って言った方がいいのかな!?」
「熱い展開来たね!」
「そういう悪ふざけが一番嫌いなタイプの人よ」
「あ、そうなんだ……」
別にふざけているつもりでは無いが、気難しい性格なのであれば下手なことは言わずにユズキのいう事に従った方が良いだろう。
「ちなみにカンナさんのお母様は?」
「私のお母さん? たぶんノリノリでOKしてくれると思うけど」
何の心配もしていなかったカンナだが、言われてみれば自分もきちんと報告しなければ。ちょっと席を外すねと言って部屋に引っ込むと電話をかける。
プルルル……
「もしもし、カンナ? どうしたの?」
「あ、お母さん。今電話しても平気?」
「良いよ。何かあった?」
「あったと言えばあったんだけど……。私、ユズキと、け、け、」
ちょっと恥ずかしくてつっかえてしまうカンナすると電話の向こうでカンナママがガタッと立ち上がる音が聞こえた。
「結婚するのねっ!? ついに来たかぁ! 向こうのご両親へのご挨拶はいつ!?」
「わわわ、まだユズキが調整してるところっ」
「そっかぁ……ついにユズキちゃんが娘になってくれるのね。嬉しいわぁ。あ、「娘さんを私に下さい」って言って貰いたいんだけどユズキちゃん言ってくれるかしら?」
「つ、伝えておくね……」
「うん、よろしく。じゃあ帰ってきたら詳細聞かせてねー」
思った以上にノリノリでOKだった。まあカンナママは元々ユズキの事大好きだし、絶対に反対はされないだろうとは思っていたけれど。リビングに戻りカンナママの言葉を伝えるとイヨとマフユはお腹を抱えて笑った。
「あははは! 私、カンナさんのお母様好きだわー」
「とりあえず私は「カンナさんを下さい」って言いに行けば良いのね?」
ユズキも笑いながら頷く。
「うん、おねがい」
別に本当に言わなくてもカンナママは許してくれそうだけど、それでも母親のささやかな夢を叶える事が出来るなら叶えてあげたいと思った。
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晩御飯を食べたあと、4人でまったりしているとユズキのスマホが着信を告げる。
「……兄さんから。ちょっと出てくる」
「行ってらっしゃい」
隣室に移動したユズキ。カンナはハラハラしながら扉を見つめる。
「カンナちゃんは一緒に聞かないの?」
「え、ユズキが席外したって事は私に聞かれたく無いのかなって思ったんだけど……」
「どちらかというと私達にじゃないかな? カンナちゃんは当事者なんだし、多分二人きりだったらここで電話に出てると思うけど」
「そうかな? 行っていいかな?」
そんな風にソワソワしているとユズキが扉を開けて戻ってきた。
「ユズキちゃん、早かったね」
「ああ、父さんと少し話しただけだから。……とりあえず一度東京に来るから両家できちんと話をしようって」
「それって認めて貰えたってこと?」
「反対はしてないってぐらいの立ち位置かしら。とりあえず今のところは、ね」
「良かったじゃん」
「ええ、頭ごなしに反対されたら駆け落ちルートしか無いところだものね」
とはいえまだ心から安心は出来ない。数年間まともに会話していない父が、両家顔合わせの場でどんな発言をするかはユズキにも想像がつかなかった。
「それで、運命の顔合わせはいつ?」
「ああ、えっとね……今から年内いっぱいは仕事が忙しくてまとまった時間が作りにくいから1月半ば過ぎあたりで調整するようにって言われたわ」
「2ヶ月近く先って事だね」
ユズキは頷く。
「とりあえず年末は私達も忙しいからちょうど良かったわ……もしかしたらそれが分かった上で1月を指定してきたのかも知れないけど」
「あー、もう年末のことを考えないといけないのか」
「カンナちゃん、いける?」
彼女達のいう「年末のあれこれ」とは、探索者協会札幌支部長との約束である武器スキル習得の開催についてである。
実は1週間ほど前に札幌支部長から連絡を受けている。夏の開催時には暗殺者の襲撃という予想外の事態があったわけだが、当初予定していた年末の武器スキル習得を実施できるかという打診であった。
協会のセキュリティの甘さが襲撃に繋がったとも言えるため協会側はカンナに無理強いは出来ないとしつつも、本音としては冬の武器スキル習得も開催しておきたいというなんとも微妙な立場からの相談だった。
カンナとしては、実際ある程度不可抗力とも言える状況だったし襲撃者達の実力や用意周到さを考えれば協会にそこまでの責任があったとは思っていない。
「一応私達が公にならないように配慮してくれればこれまで通りでいいんじゃないかな。冬休みってあまり長く無いから期間は10日くらい?」
「いいの?」
「元々そういう約束だしね。札幌支部長さんには恩もあるし、きちんと返していこうよ」
「じゃあそう返しておくわね。今回も「同時に何人まで『広域化』で武器スキルを適用できるか?」って訊かれてるけど、前回同様に50人ぐらい?」
「うーん……視認さえ出来れば学校の体育館ぐらいの広さならいける気はする」
「カンナの学校の体育館って広さがピンとこないんだけど」
「えっと、40人の8クラスの3学年が余裕を持って入れるくらい」
「広っ! というかそれって960人!?」
「そんなにいるのか。通ってると実感が湧かないけどそのくらい居るのかも。キリよく1000人って言っておこうか」
「1000人……そんなに人が集まれる場所があるかどうかは分からないけど、とりあえずそう答えておくわね」
流石に1000人同時にスキル習得する事にはならないだろう。前回が50人だったので同じ人数か、もしかしたら100人くらいになるんじゃないかな。
そんな風に軽く考えつつ、カンナの能力的には限界は1000人と答えておけば協会側もやりやすいだろうと思っての答えだった。
最近はスキル覚醒だのダンジョン外でのスキル利用だのと考える事が多くなりすぎていて、「任意にスキルを習得できる」ということが世の中に対してどれだけ影響が大きい事象であるのか、それをうっかり軽く考えてしまっていたのは柚子缶にしては大きなミスであった。
……カンナほど顔に出していたわけではないが、ユズキもまた婚約ということでしっかり浮かれていたのである。
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