第30話 妖精譚との再会

 11月下旬。カンナのたった1日のスランプから1ヶ月が経とうとしていた。


 今日、柚子缶はある地方都市に来ていた。探索では無く元妖精譚フェアリーテイルのメンバーであったアキの結婚式(※)に出席するためである。

(第3章 13話)


 純白のウェディングドレスに身を包んだアキを見て、憧れるような目線を目線を向けるカンナ。


「アキさん、綺麗だねえ」


「本当、綺麗。考えてみればあんなに綺麗な子と6年間も一緒にいたのよねぇ」


「ナッちゃん、それは「今さらもう遅い」ってやつだよ。幼馴染のかわいさに気付いた時には……的な展開だね」


「いやいや、アキって加入当初から新郎さんと付き合ってたじゃない。出会った順番で言えば高校の同級生の彼の方が先だったわけだし、ずっと順調だったわけだから私が入り込む余地なんて無かったじゃ無い!?」


「そもそもナツキさんはアキさんのことが好きだったんですか?」


「いや、別に。イヨが変なこと言うから乗ってみた」


「久しぶりにあったらお姉のバカが進行してた」


「だってさぁ、アキはあんなに綺麗で幸せそうで……かたや私は引退後はなんかダラダラしちゃって婚活も上手くいかなくて……」


「はいはい、おめでたい場で辛気臭い話しないの。愚痴なら後で聞いてあげるからアキちゃんの晴れ舞台を祝ってあげようよ」


 雰囲気が悪くなる前にさっさと話を遮るあたり、さすがマフユはナツキの扱いが上手であった。


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「お久しぶりー、今日はアキのためにありがとー」


 無事に披露宴も終わり、ホテルのレストランを貸し切って立食パーティーの二次会会場。柚子缶4人で固まって話しているところに寄ってきたのは、披露宴では話す機会がなかったハルヒ新婦の姉であった。


「ハルヒさん! お久しぶりです!」


 ユズキが嬉しそうに頭を下げるとハルヒはそんな改まらなくて良いよと手を振った。


「そういえば柚子缶のチャンネル登録者数、50万人突破おめでとう! 折り返し地点まできたね。登録者数ランキングでもついにTOP5に入ったし、いよいよ目標まであとちょっとって感じ?」


「まだまだやっと半分です。最近はチャンネル登録者数自体は順調に伸びてきてくれているんですけど、なかなか新しい企画みたいなのは考えられてないので不思議ではあるんですよね」


 思えば妖精譚フェアリーテイルとコラボをする事になったきっかけは配信内容のマンネリ化による登録者数の伸び悩みからであった。だからこそコラボをきっかけにその後も常に新しいことをやり続けようという姿勢でやってきた柚子缶であるが、ぶっちゃけ最近の配信ではあまり新しい事は出来ていない。にも関わらず登録者数はじわりじわりと増え続けている事がユズキには不思議であった。

 

「そうなの?」


「うーん、まあここ最近はあったからね」


 イヨの言葉にハルヒはああそうかと頷いた。彼女も夏の襲撃やその後の報道合戦の騒動は知っており、その事で未だにゴタゴタしているのだろうと納得した。勿論当初は心配したしニュースを見てすぐにイヨとマフユには連絡をして簡単に状況は聞いていたが、すでに部外者となった自分が口を挟むのもかえって気を遣わせるだろうと深入りはしていない。


「……やっぱり視聴者が増えると苦労も増えるのね」


「まあウチは少し事情が特殊だから。その色々のおかげで柚子缶に興味を持ってくれる人が居てチャンネル登録者数がじわじわ増えてるのもある気がするから一概に悪いことばっかりじゃ無いんだけどね」


「そっかー。ところで元探索者の事務員とか募集してない?」


「それお姉も同じようなこと言ってたけど、今のところ間に合ってるかな。ハルちゃんも再就職上手くいってないの?」


「うまくいってないどころか何もしてない」


「ニートかよ」


「最終学歴高卒の無資格アラサーだから高望みは出来ないとはいえ、今さら月収18万円の仕事は出来ないよ……」


「それ引退した探索者の典型的なやつじゃん」


「もうこの場で王子様を捕まえるしかないってね」


 そう言って獲物を探すように辺りを見回すふりをするハルヒと、あははと笑い合う一同。そんな中イヨだけは真剣に何か考えているようであった。



「カンナ、グラスが空だけど何か飲む?」


「さっき飲んだグレープジュースが美味しかったからそれがいいな」


「了解、取ってくるわね」


「私も行くよ。あっち行くついでにアキさんともお話ししようよ」


 それもそうね、とカンナとユズキは連れ立って主役の元へ向かった。丁度他の友人達との話がひと段落した新郎新婦がカンナ達に気が付く。


「ユズキちゃん、カンナちゃん。忙しいところ二次会も参加してくれてありがとう」


「アキさん、そのドレスも似合っててとっても綺麗です!」


「ふふ、ありがとう」


 二次会用の少し落ち着いたドレスに着替えたアキはふんわりと笑った。アキは近くで見るとより綺麗で、カンナはドキリとしてしまう。そんなカンナの視線に気付いたアキはこっそりカンナに耳打ちする。


「次はカンナちゃん達の番かな?」


「ふぇっ……!?」


 慌てるカンナを見てアキは「楽しみにしてるね」と笑った。


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 二次会も終わり、今日泊まる部屋にチェックインしたカンナとユズキ。イヨとマフユはこんな時ぐらい帰省しないと叱られるとの事で実家に泊まる事になっているので、今日は二人きりだ。


 ふーっと息を吐いてストールを脱いだユズキ。


「あっ」


「ん?」


「ストール、脱いじゃうんだと思って」


「そりゃ着替えるなら脱がないと」


「もうちょっと、そのままで居ない?」


「ドレスのまま? 良いけどなんで?」


「……」


「カンナ?」


「……そのドレス姿、似合ってる」


 顔を赤くしながら呟くカンナ。勿論アキのウェディングドレス姿はとても素敵だったけど、カンナとしてはずっと隣にいたユズキのドレス姿にずっとドキドキしていた。髪も綺麗に結い上げていて、普段は見せないうなじが露わになっておりそこもセクシーだと思う。やっと二人きりになれたので、そんなドレス姿を思う存分堪能したいと伝えるとユズキは「何よそれ」と笑いながらストールを羽織り直した。


「どう?」


 カンナの前でくるりと一回転、ニコリと笑ってポーズまで付けてくれる。


「うん、かわいい! 写真撮っていい?」


「えー、恥ずかしいなぁ」


 そうは言いつつもポーズを崩さずに待っていてくれるユズキ。カンナはスマホを取り出しパシャパシャと写真に収める。やっぱりユズキは美人だしスタイルも良いし、モデルさんみたいだなぁなんて思いつつ心置きなくその姿を堪能した。


「ふー、たくさん撮れた! ユズキ、ありがとう」


「どういたしまして。じゃあ選手交代ね?」


「え?」


「え、じゃないわよ。カンナもすごくかわいい格好しているんだから私だって隅々まで堪能したいわ」


「す、隅々って!?」


「またすぐエッチなこと考える。ほらここに立ってポーズして」


 ユズキの隣に立たされてポーズを取らされるカンナ。ユズキも自分のスマホを取り出すとカンナの写真を撮る。


「は、恥ずかしいよっ……」


「私しかいないから大丈夫だって」


 カンナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんなところもかわいいなぁと構わず写真を撮るユズキだが、やはり笑顔のショットも欲しい。


「ほらほら、笑って?」


「えっと、こう?」


 頑張ってぎこちない笑顔を見せるカンナ。それもかわいいんだけどもっと自然な笑顔が欲しいなあ……そう考えたユズキはカンナのワキをくすぐってみせる。


「ひゃぁっ!?」


「隙ありっ!」


 弱点ワキを攻撃されたカンナのビクッとした表情を写真に収めたユズキは満足げに笑う。


「もうっ、ユズキ! 怒るよ!?」


「怒ったカンナもかわいいー」


「もぉーっ!」


 カンナはお返しとばかりにユズキに飛びかかりワキを攻める。そんな風にきゃいきゃいはしゃいでいると、ふいに二人の目が至近距離で合う。


「「あっ……」」


 二つの影はそのまま重なり、ベッドに倒れ込んだ。


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 夜中、ふと目が覚めたカンナ。喉が渇いたので水を飲もうかと備え付けの冷蔵庫を開ける。


「こ、これは……っ」


 高そうなラベル、さらにビンに入ったタイプの水を手に取ったカンナはこれは無料だろうかと疑問に思う。遠征でホテルに泊まった時などは「冷蔵庫にある水は大抵サービスだから好きに飲んでいいよ」と言われているが、こういった高級なホテルの場合はその限りでもないと聞いた事がある。どうせお金がかかるならジュースの方がお得かな? そんな風悩んでいるとベッドからユズキがもそもそと起きてきた。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「ううん、大丈夫。喉乾いたから私にもお水取ってくれる?」


 カンナは手に持っていたビンをユズキにハイと渡す。ユズキは口を開けると腰に手を当てて水をグビグビと飲む。カンナも結局同じビンを冷蔵庫から取り出して飲む事にした。


「これって有料かな?」


「んー、どうだろう。確かにこういうホテルだと水もタダじゃない事あるね」


 ユズキはビンをクルクル回してラベルを観察したが、「わかんないや」と言ってはにかんだ。


 なんとなく目が覚めてしまった二人は月明かりが照らす窓際のテーブルに向かい合いになって腰掛ける。


「ユズキ、お腹空かない?」


「実はちょっと空いてる。でもこの時間に食べたら太るよ」


「だよねぇ。やっぱり我慢しないと。アキさんみたいにウェディングドレスの似合う体を目指さなきゃ」


 グッと腹筋に力を入れるカンナ。決して太っているわけではないのだが、中々筋肉が付きづらいのでどうしてもぷよぷよのお腹が気になるお年頃ではある。


「カンナはウェディングドレス、着たいの?」


「え?」


「似合う体を目指すって言うから」


「あー……そうだね。いつかは、かなぁ」


 そういいつつ、昼間アキに言われたセリフを思い出す。


― 次はカンナちゃん達の番かな?


 ユズキはどう思っているんだろう? 前に「いつかは」って言っていたけれど、今も同じ気持ちでいてくれているのだろうか。カンナとしてはすぐにだってユズキと結婚したいけど、あまりそういう態度を前面に出して重たい女と思われるのも怖くってつい「いつかは」なんて言葉を口にしてしまう。


「そっか……じゃあしようか、結婚」


「えっ!?」


 ユズキの突然の提案プロポーズにびっくりして思わず聞き返してしまう。


「えっ……嫌だった?」


「嫌じゃないよ! 嬉しいよ!」


 思わず食いつくようにユズキの手を握っていたカンナ。ユズキは笑いながらその手を握り返す。


「幸せそうなアキさんを見て、私もそうなりたいって思っちゃったのかも。指輪も用意してないし、ロマンチックなシチュエーションじゃなくて申し訳ないんだけど……」


 そう言ってユズキはピンと背筋を伸ばすと、改めてカンナをまっすぐに見つめる。


「こんな私で良ければ、一生側に居てください」


「……はいっ! こちらこそっ!」


 カンナは満面の笑みで頷いた。

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