第29話 ダンジョン論(柚子缶調べ)

「そもそも、魔力って何だと思う?」


「スキルを使うためにの力でしょ? 体を動かすのに必要なのが体力だとすれば、スキルを使うために必要なのが魔力だって教わったよ」


 カンナが答えるとユズキは頷いた。


「うん。じゃあもうひとつ質問。ダンジョンに入った事が無い人には魔力が無いのか、それとも自覚出来ないだけで生まれつき魔力を持っているのか。どっちだと思う?」


「分かんないけど、たぶん生まれつきではないんじゃないかなぁ。初めてダンジョンに入った時に何かのスキルを覚えるから、その時に魔力も扱えるようになる感じ?」


「正解。これは魔力を察知できるスキルを持ってる人が観測した研究結果もあるんだけど、人生でダンジョンに初めて入った数秒間で最初のスキルに目覚めるでしょ? 研究結果に結果によるとその数秒間で魔力がゼロから増えていくらしいのよ」


 ちなみにその研究論文は協会と有名大学の合同調査によるものなので、実はきちんと検索すればインターネットで読む事ができるそうだ。


「カンナがさっき言ってた「ダンジョンに入ると空気が重たいように感じる」ってやつ、勿論私達も個人差はあれど同じ感覚は受けてるんだけど」


「うん。でも私は最近全然感じないんだよね」


「それは確かにスキル覚醒したから影響かもね。私達が覚醒したあとどう感じるかである程度検証可能かな?」


 ユズキの言葉にうんうんと頷くイヨとマフユ。彼女達の中では自分もスキル覚醒……つまり魔物化するのは決定事項なのだろうか。


「話を戻して、その重い空気っていうのがダンジョン内に充満している魔力だと思うのよね。重たく感じるのは地上には空気中に魔力が無いからそれが含まれている空気をなんとなく重く感じるって事じゃないのかなって」


「空気に魔力が含まれてるの?」


「さっき話した研究論文でも「ダンジョン内には人間に魔力を付与する何かしらの作用がある」って推測されてるけど、空気に魔力が含まれてるって部分は私達の想像ね。というかここからの説は全部、私達が「そういう事だとすれば辻褄が合うね」って考えた仮説であって、きちんとした証明はされてないことだと思ってくれていいわ」


「あ、そういう事か。うん、分かった」


「じゃあ続けるわね。地上の空気には魔力が含まれて居なくってダンジョン内の空気には魔力が含まれている。初めてダンジョンに入った人間は呼吸で魔力を体内に取り込む事になる。肺に送られた魔力は酸素と一緒に身体中を巡って、その過程で最初のスキルを獲得するんじゃないかしら」


「呼吸で魔力を取り込む……」


「研究論文によると2回目以降はダンジョンに入った瞬間に魔力が観測出来るらしいから、初めてダンジョンに入って魔力を体内に取り込んだ時に、身体に魔力を溜める機能が追加されるんだと思う。つまりこの時点でダンジョンに入る前と明確に身体の機能は変わっているのよ。カンナはスキル覚醒した状態を「魔物化」って言ったけど、その考え方をするなら初めてダンジョンに入ってスキルを獲得した時に「魔物化」しているって言えるんじゃないかなって」


「ああ、ユズキ達も魔物化しているってそういう意味なんだね。……でもそれだと『気配察知』で覚醒してる人だけ場所が分かるのってなんでかな?」


「それがさっき言った濃度の差になるのかな。覚醒、つまりコアを嘗めて体内にその成分を直接取り込んだことで身体がより効率的に魔力を生成・貯蔵しやすくなったって事じゃないかしら。そういう意味では覚醒前と比べれば一定の変化はあるだろうけど、それって覚醒前からの延長でしかないから変化の大きさで言えばやっぱり初めてダンジョンに入った時の方がずっと大きい気がするなぁ」


「そうなのかな?」


「スキル覚醒している事自体が圧倒的に稀だからこそちょっとした違いが際立ってるだけだと思うわよ。それこそ全ての探索者が覚醒したら「魔物化」なんて言い方はしない無いだろうし」


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 スラスラと話すユズキを見てイヨとマフユは舌を巻く。カンナが学校に行っている間、事務所に集まっている彼女達は他愛無い話をしたりしなかったりする。その中で「スキルって何だろう」みたいな話題から、先ほどユズキが引用した論文を読んで盛り上がったことも確かにある。


 しかし常にそんなことばかり話しているかといえば決してそういうわけでは無い。今の話だって何ヶ月か前に話したことだし、覚醒すると効率的に〜のくだりはユズキのアドリブだ。


(私も同じ話をしろって言われてもあんなスラスラとは出てこないよなぁ)


(やっぱりユズキちゃんってアタマいいよね)


 新たに放り込まれた「魔物化」というショッキングなワードに対してユズキだって少なからず思うところあるだろうが、そこに対してネガティブな反応を示せばカンナが傷付く可能性が高い。最悪、彼女の方からユズキ達を拒絶する可能性だってある。しかしさも当然ように淀みなく「大したことは無い」「自分たちと変わらない」と話す事で、カンナの不安が徐々に取り除かれていっているのがわかる。カンナは信頼するユズキの言葉ということもあり素直に心に染みているようだ。


(でも詐欺師の手口に近いよね)


(そこは恋人同士だからこそだという事にしておこうよ)


 イヨとマフユは、ユズキとカンナに聞こえないようにアイコンタクトで会話した。


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「ユズキがそう言ってくれるのは嬉しいけど、でもそれって仮説なんだよね?」


「まあそうね。持ってる情報を辻褄が合うように並べいるだけと言われればそうなっちゃうわ」


「うーん……」


「だけどカンナ、光の螺旋アリスママの話だって推測が混じってるって言ったんでしょ。そういう意味ではどちらの話も信憑性はイーブンじゃない? だったら自分に都合の良い話を信じた方がお得じゃない」


「それはそうだけど……」


 なんとなく煙に巻かれているような気持ちになるカンナ。そこでユズキは最後の仕上げをする。


「カンナは、私のこと信じてくれないの? 私はこんなにカンナの事が好きなのに……」


 後半はあえて少しだけ悲しそうに、かなり小さな声で呟くように言うと、カンナは慌ててユズキの手を握る。


「し、信じてる! 私もユズキのこと大好きだもん! そうだよね、真実がどうであれユズキが私が魔物化してても気にしないって言ってくれてるんだから大丈夫だよね! 他の誰にそう思われてもユズキが居てくれたら平気だもん!」


「本当? 嬉しい……」


 そう言ってユズキはカンナに抱きついた。


「うん! ユズキ、ありがとう」


 目の前で繰り広げられる三文芝居。何を見せられているのだろうと思いつつも、これでカンナの事を完璧にコントロールしきっているユズキを見てイヨとマフユは戦慄した。

 

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 ほっといたらそのまま唇を重ねて寝室まで雪崩れ込みそうな雰囲気の二人に何と声を掛けて良いか分からず無言でお茶を啜って居たイヨとマフユだったが、1分ほどでそんな二人の事を思い出したのかカンナとユズキはパッと離れる。


「ごちそうさまでした」


 マフユが慇懃に頭を下げるとカンナは顔を赤くして手を振った。


「お、お粗末さまです!」


「カンナ、それはなんか違う……」


「まあ私も高原も、ユズキちゃんと同じ意見だよ。カンナちゃんが魔物化してるなんて思ってないし、仮に魔物化って定義があるとしたらスキルを獲得した時点で私達もそうなっているんだと思う」


「魔物化なんて剣呑な言い回しをするからいけないんだよ。今後ダンジョンが侵蝕してくる未来を考えれば、スキル覚醒っていうのは適応とか進化って言葉の方がしっくりくるんだよね」


 イヨもうんうんと頷く。


「ダンジョンが侵蝕? そんな事になるの?」


 さらっと恐ろしい事を言うイヨに、カンナはまた不安を覚える。


「こら、イヨ。それこそ根拠のない話だからいたずらにカンナを怖がらせないで」


「えー、でもこの前ユズキさんもノリノリで議論したじやゃない」


「そりゃしたけど、あくまで可能性のひとつでしょ」


「どういう話? 聞かせてほしいな」


「えーっとね……イヨ、バトンタッチ」


 ユズキが手を掲げるとイヨはそれをパンッと叩いた。


「任された! じゃあ話すね。その前にカンナさん、これって半分オカルトみたいなものだからそう言う説もあるかーくらいの感覚で聞いてね」


「うん、わかった」


「まずダンジョンが世界に出現した理由ってなんだろうってところからなのよ。魔石によってエネルギー問題が一気に解決した事から神からの世界に対する施しだって真剣に信じて崇拝している人も居れば、魔物溢れオーバーフローによる被害を根拠に異世界のモンスターやそれを統べる者による侵略だって主張する人もいる。それぞれの説を信じている人にとってはそれが真実で、それこそさっきの信じたい説を信じるべきに近いものがあるんだけどね」


「イヨさんは異世界からの侵略を信じてるの? さっきダンジョンが侵蝕してくるって言ってたし」


「侵略じゃなくて侵蝕ね。これも数あるオカルトのひとつでしかないんだけど、説得力はあるかなってぐらいだよ。どのくらい信じてるかって言われればトイレの花子さんが実在するかもぐらいには信じてるかな」


 それってほとんど信じてないじゃんという顔をするカンナ。しかしイヨは「いやいや、全国的にこんなに有名になった以上はなにかしらルーツとなる花子さんがいたんじゃないかって真剣に研究してる人も居るんだよ?」と冗談めかして笑う。


「それで、ダンジョン侵蝕論ってどういう事?」


魔物溢れオーバーフローしたあとモンスターを処理しきれないと、外に出たモンスター達はそこを住処としてまるでダンジョン内であるかのように跋扈するようになるよね。世界中を見れば上手く対処しきれなくてそうなってる地域って決して少なくない(※)」

(※第3章 3話)


「日本はそうならないために協会が間引きをしているんだよね」


「そう。あとカンナさんが聞いてきた光の螺旋が人知れず努力してきたって話も国土を守る事に繋がっているね。そんな感じで幸い日本はまだモンスターが支配した地域っていうのは無いんだけど実はそんな国って島国で先進国の日本とイギリスくらいで、世界全体で見ると少しずつモンスターの生息域は広がってる。100年後には人が集中する都市部以外には全てモンスターが蔓延るようになるなんていう試算もあるんだよ」


「ダンジョンが世界を侵蝕するってそういう事?」


 カンナが訊ねるとイヨは首を振った。


「これはただの事実。魔物溢れオーバーフローしたダンジョンから出てきたモンスターが地上に住み着いて生息域を広げてる。これをモンスターを使った侵略者によるのだっていうのが侵略論で、あくまで自然現象だとするのが侵蝕論。似てるけど決定的な違いとしては何者かの意思によるものかそうで無いかだね。

 仮にこれが異世界からの侵略だとするとそもそもやり方が遠回りすぎる事や、一番の障害になり得る人間にスキルっていうモンスターに抵抗する力を与えてしまっている事、魔石というエネルギー資源まで供給したあげく半世紀もかけて侵略出来たのは人里離れた僻地ばかりという事からちょっとお粗末すぎる。

 だとすれば同じ異世界からの干渉だとしても侵蝕……あくまでモンスターが住んで暮らしている世界とこの世界が偶然重なって、少しずつひとつになろうとしているんじゃ無いかって説の方があり得るかなっていうのが侵蝕論」


「あー、なるほどね。あくまでたまたま他の世界と繋がっちゃってるってことか」


「まあこれもそもそも「異世界」なんてトンデモ設定が前提だからね。花子さんとどっちが現実味があるかってところで、結局私達がやることは変わらないわけよ」


「日々の探索でモンスターを間引いて魔物溢れオーバーフローが起こらないようにすることと、光の螺旋みたいに起こっても人に被害を出さずにその原因を取り除くって事だね」


「そういうこと。でも同じやるなら気持ちよくやりたいじゃん? だから魔物化なんて物騒な言葉は使わずに将来の侵蝕に対する適応、またはそれに対応した進化、みたいな捉え方の方が良いよねって言いたいわけ」


 ね? とウインクするイヨ。カンナはそれもそうかと納得した。


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 午後からは当初の探索予定を取りやめて渋谷ダンジョンに向かう。カンナはやはり『広域化』を使う事に躊躇するが、ユズキが優しく「もしも『広域化』で私が覚醒したら、それはそれでやっとカンナとお揃いになれるから嬉しいわ」と言ったことで肩の力が抜ける。


 もともと変に意識してガチガチになっていただけなので、落ち着いていれば問題無くスキルは発動できるのだ。軽い気持ちでえいっとやってみたら、驚くほどあっけなくこれまで通り『広域化』を使う事ができた。


 こうしてカンナのスランプはあっさり解消したのであった。



第29 話 了


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※※作者より※※

設定開示回のお代わりでした。


ダンジョン論についてはカナデアリスママに語らせるか悩んだのですが、柚子缶側でひとつの説を推しているという事で(少なくとも4章では)これ以上あれこれ語る予定は無いです。


設定の垂れ流しをしたせいで4章は長くなってしまっていますが、ここからクライマックスに向けて物語が動いていきますので引き続きお付き合い頂けると幸いです笑

 

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