第28話 柚子缶の反応
翌朝、カンナとユズキを起こしたのはマフユからの電話であった。「みんなでご飯食べようよ。今から行くよ」という連絡を受けて、もうこんな時間!? と慌てて飛び起きた二人。慌ててシャワーを浴びて髪を梳かすだけで精一杯でお化粧をする時間は無かった。今更すっぴんを晒しても何ということは無いのだけれど、さっきまで寝ていた事がバレバレなのはちょっと恥ずかしい。
マフユとイヨは事務所に入ると手に持っていたカゴの中身を手際良くテーブルに置いていく。
デデン! とダイニングテーブルに並べられた皿の上には大きくて分厚い焼きたてのパンケーキが何枚も重ねられている。またその隣のバスケットにはこれまた焼きたてのパンが山になっていた。
そして傍にはバター、ブルーベリーとストロベリーのジャム、ホイップクリームとさらにチョコレートシロップまで並んでいる。
パンケーキとパンから焼きたての匂いが漂って空腹をくすぐる。
「食べていいの?」
「うん、冷めちゃう前にみんなで食べよう」
マフユはささっとパンケーキを切り分けて取り皿に乗せるとはい、とカンナに手渡した。カンナは遠慮なくジャムとホイップクリームをたっぷり乗せた。
ユズキとイヨもそれぞれパンを手に取ると好きなトッピングを乗せて手を合わせる。
「「「いただきまーす」」」
「はい、どうぞ召し上がれ」
日曜日。朝というには少し遅いけど昼というには少し早い時間に、柚子缶のブランチが始まる。
「美味しい!」
ふんわりとしたパンケーキからは仄かに紅茶の香りがして、それがまた食欲を刺激する。甘いジャムとクリームと合わさって口の中に幸せが広がった。
次にパンを手に取る。シンプルな丸パンだけど外はカリッと中はフワッとにしあがっており中に入った胡桃が良いアクセントになっている。これもたっぷりのバターを塗って口に含むと思わず顔が綻ぶ美味しさだった。
次から次におかわりをしてしまい、気がつくとあんなにたくさんあったパンケーキもパンも無くなっていた。
「とっても美味しかった! マフユさん、ごちそうさま」
「喜んで貰えたなら良かった」
「フユちゃん先輩、朝めっちゃ早起きして作ってたもんね」
「そうなの!?」
「……そういう気分だっただけだよ」
そう言って少し照れたように横を向くマフユ。確かにあれだけたくさん焼くには相当な手間と時間をかけたはずだ。きっと、カンナを元気付けようと気を遣ってくれたのだろう。その証拠に並んでいたものは全てカンナの大好物だった。マフユとの付き合いももう1年になる。なんだかんだしっかりと好みを把握しており、ここぞというタイミングでそれを出してくるあたりは流石ある。
「マフユさん、ありがとう!」
カンナは改めてお礼を言った。感謝と喜びを込めて。
「……どういたしまして。元気が出たみたいで良かったよ」
「昨夜はユズキさんがしっかり愛してあげたみたいだからね。好きなものを食べておいしいって思えるなら一安心だ」
「イヨさん! そんな愛して貰ったなんてっ……」
「噛み痕、ついてるぞ」
自分の首筋をトントンと叩くイヨ。カンナは思わず首を隠すが今さらである。はしたない子だと思われた! そのまま顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。その隣ではユズキが、表情はなんとか平静を装っているが見れば耳の先まで真っ赤になっている。
イヨとマユフからすれば今さらだし、真っ昼間から猥談に花を咲かせでもしなければどうぞ好きなだけやって下さいなのだけれども、このカップルは未だにそういう事をしていると思われたり言われたりするのは苦手なようだ。それなりの頻度でやる事やってるクセに。まあ、そんな二人の初々しさが好ましくもあるのだけれど。
「さて、ユズキさんからは身体中を愛されて、フユちゃん先輩なりの愛も伝わってカンナさんも元気が出た事だし、」
「高原からは? 何も無いの?」
「え? 私はユズ×カンがてぇてぇならそれが一番かな」
ブレないイヨに、失笑する一同。
「ほらほら、話題逸さない。カンナさんが元気になったわけだし話して貰わないと」
「話すって……」
「そりゃ勿論、昨日おとといで聞いてきた事だよ。それが原因であんなになってたんでしょ?」
「うっ……」
その通りだけど、まだみんなに話すには心の準備が……。まだ尻込むカンナに、イヨは優しく語りかける。
「カンナさん、私達がカンナさんをどれだけ大事にしてるかは伝わったでしょ? どんな話だろうとカンナさんを拒絶したり嫌いになったりなんでしないから、お姉さん達に話してごらん」
「待て高原。お前は何もしてないだろ」
「フユちゃん先輩! せっかく私がいいこと言ってるんだから水を差すところと違うでしょ!」
ボケたのか本気なのか、とりあえずマフユのツッコミにしっかり反論するイヨと、それを見てアハハと笑うユズキ。その様子に、カンナは皆だったら受けれてれくれるかなって心から思えた。
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「……というわけで、うっかり『広域化』でみんなまで「魔物化」しちゃったらどうしようって思ったら急にスキルを使うのが怖くなっちゃって。これまで通りの『広域化』が出来る自信がなくなっちゃったんだ」
護国寺家で
ギンタが
自分が既に「魔物化」していると言う時は少し声が震えたけれど、ユズキなら……みんなならそれでも自分を受け入れてくれる、そう信じて隠さず全てを話す事にしたのだった。
しかし、話を聞き終わったユズキたち3人の様子はカンナの想像と違ってあっけらかんとしたものだった。
「あれ? みんな?」
「うーん、コアを嘗めるのが覚醒の手段だったとは。というかまさか鎌倉ダンジョンでカンナがコアの欠片を口に入れていたなんて全然知らなかったわ」
「あはは、そういえばハルちゃん達に怒られてたね。……でもそのくらいなら協会とかどこかの研究機関がこれまでに試してそうじゃ無い?」
「ダンジョン内で嘗めないといけないのか、更にコアルーム限定とか場所の条件もあるのかも。カンナちゃんがコアをこっそり口に入れたのも確かコアルームの中だったし」
「なるほどね、場所の条件があるとすればダンジョンから持ち帰ったコアを嘗めても効果がないのか」
「あとはある程度長時間嘗め続けるか、短い場合はそれこそカンナさんみたいにピンチに覚醒! みたいな切っ掛けがいるってことかね」
「うーん、あくまで推測の域を出ないのがなぁ。まあコアをうっかり嘗めるなんてこと、カンナでも無い限りまずやらかさないだろうから今後自然に覚醒者が出る可能性は低いかなぁ」
「万が一どこかのダンジョンでそのタイプの覚醒者が出てきても、私達には結びつかないだろうから大丈夫じゃないかな」
「そうだね」
てっきり「魔物化」している事を色々と訊かれるだろうと身構えていたカンナだったが、ユズキたちはコアを嘗めてスキル覚醒する方法についての方が気になっているかのような雰囲気だ。
「あの……みんな、ちょっといい?」
「ああ、ごめんね、私達だけで盛り上がっちゃって。興味深い話だったからつい」
「ううん、それは全然良いんだけどさ。何というか私の事は気にならないの?」
「『広域化』での覚醒の話も勿論するよ、だけどまずはコアを嘗めて覚醒するやり方の方の可能性とかリスクを話しておかないと、そっちは私達以外のパーティでも実現可能だからね」
イヨの言葉に頷くユズキとマフユ。
「そ、そうじゃなくてさ! 私ってもう「魔物化」しちゃってるらしいんだよ?もう魔力の質がモンスターと同じなんだって! だから「うわっ!」とか「気持ち悪っ!」とか「一緒にいて大丈夫か!?」とかそういうネガティブな感想は無いの?」
微妙に噛み合っていない会話に、思わずカンナは自分から言い出してしまう。ユズキたちはカンナの言葉を聞いてポカンとしか顔をした後、顔を見合わせて笑った。
「へ? へ?」
「アハハ、ごめんごめん。カンナったらそんな事で悩んでたの?」
「え、あ、うん……だってモンスターになっちゃったなんて言われたからどうしようって思ってて……」
ユズキに、みんなに嫌われたら、距離を置かれたらどうしようってそれが何より怖かったのだ。
「勿論カンナがモンスターだとしたも私達がカンナのことを大好きなのは変わらないけど、多分そもそもカンナは私達と一緒よ。ね?」
ユズキに言われて頷くイヨとマフユ。
「え? 私はモンスターじゃないってこと?」
「うーん……その考え方だと、どっちかっていうと私達もモンスターだっていう方が適切かもしれないわね」
「え? だってユズキたちは覚醒してないんだよ?」
話が飲み込めず混乱するカンナ。ユズキは優しく笑ってカンナに話してくれる。
「えっとね、それは多分濃度の差みたいなものだと思うんだけど……じゃあカンナに安心してもらうためにまずはそっちの話からしましょうか」
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