第27話 カンナの不調

「カンナ、調子悪いの?」


「え、そんな事ないよ?」


 昨日の夜、光の螺旋のリーダーの双子の家に泊まったカンナ。今日は午後から渋谷ダンジョンで調整して明日は多摩近場のダンジョンで探索をする予定としているので午後から合流したのだが、カンナは事務所に来た時から難しい顔をしていた。明らかに昨夜の話が原因だとは思うがカンナは詳細を話そうとしなかった。どんな話をしたのか気にはなるが、本人が話そうとしないなら無理に聞き出すのも良くないかと考えたユズキはあえてその話題に触れずに今日の調整の準備を進めた。


 とはいえ、渋谷ダンジョンホームグラウンドであってもダンジョンはダンジョン、弱いとは言えモンスターを相手にする以上は精神的に不安定な状態では危険だ。気持ちが乗らないなら今日の訓練は辞めておこうかとも提案したが、カンナが大丈夫と強く主張したため予定通り柚子缶の4人は渋谷ダンジョンに来たのだが……いざ訓練を始めてみればカンナは心ここに在らずといった様子で気が付くと何か考え事をしている。


「明らかに何かあったわね」


「まああの様子をみればユズキさん恋人じゃなくても一目瞭然だけど。どっちに賭ける?」


「そりゃの方でしょ。ダメならあんな顔しないし」


「フユちゃん先輩もそっちかー、じゃあ賭けにならないなぁ」


「2人とも何の話?」


「何って、カンナちゃんが護国寺家で聞いてきた話の内容。ユズキちゃんがスキル覚醒する方法を教えてもらえたかどうかって事だよ」


「ああ、なるほど。2人とも教えて貰えたと思ってるわけね」


「ちなみにユズキさんは?」


「……賭けは不成立で」


 ユズキの答えに、イヨは肩を竦めた。3人ともカンナの様子を見て「おそらくスキル覚醒させるための方法を教わってきたんだろう」とは予想している。そしてその内容をカンナが上手く咀嚼しきれなくて上の空になってるのだろうと。


 しかしカンナの心の中ではユズキ達の想像以上に嵐が吹き荒れていた。理由のほとんどは午前中にカナデアリスママから聞いた話、つまり「魔物化」についてである。


 スキル覚醒をするイコール魔物化するということで、身体に変化は無くとも魔力の質が魔物のそれになる。つまり既にカンナは魔物と化しているという事実によって受けた精神的なショックは、カナデと別れてから柚子缶の事務所に着くまでの間に立ち直れるほどのものでは無かった。


 ユズキ達に心配を掛けたくない一心で平静を装おうとするものの、それが全く出来ていない事で却って心配させている。そんな事にも気付けない程度には今のカンナの頭の中は混乱している。


 そんなカンナをそっとしておいて調整をするユズキ達。しかし3人で訓練は昨日もしているので改めてやるべき事があるわけでもなく……ガッツリ訓練するならまだしも、明日の探索前にコンディションを整える程度であれば尚更で、30分ほどで特にやることも無くなってしまう。


 仕方なく未だ自分の世界で考え事をしているカンナに声を掛けて『広域化』を交えたスキル使用の調整をして、今日は早めに切り上げようという事になった。


「カンナ、私の『身体強化』を『広域化』して貰える? 『広域化一点集中身体強化』で少しカラダを動かしておきたくて」


「えっ!? あ、うん。わかったよ」


 ユズキが『身体強化』を使う。最近ユズキは『広域化』無しでも戦えるようにと訓練をしており、仲間達から見てもかなり板についてきたと思う。本人はまだまだ納得していないのだが(※)既に『広域化』無しでも並の探索者ではまず敵わないぐらいには今のユズキは強い。

(※第4章 18話)


 しかしだからこそ、『広域化』した状態での身体の動かし方もきちんと確認しておかないと咄嗟の場面で最適な動きが出来ないとユズキは考えているため、カンナいる時は『広域化一点集中身体強化』した状態での訓練も欠かさない。実はそのせいで『広域化』の有無での自分の動きの差がはっきり分かり過ぎてしまい「まだまだ自分は至らない」といつ自己評価の低さに繋がっているのだが。


 さて、そんなユズキの『身体強化』と同時にいつも通り『広域化』を発動しようとしたカンナ。しかしここで先のカナデの言葉が彼女の頭を過ぎる。


― 「魔物化」も広域化できちゃうんじゃない?


 ハッとして思わず『広域化』を止める。


「カンナ?」


「ごめん、ちょっと待って、」


 ユズキの『身体強化』を広域化するつもりで、もしも「魔物化」を広域化してしまったら……ユズキはもちろん、『広域化一点集中身体強化』で身体を動かす訓練をしているイヨとマフユまで「魔物化」してしまう。


 これまでだってそうはならなかったんだからと自分に言い聞かせて改めて『身体強化』を『広域化』しようとしたカンナだったが、一度意識してしまった事でこれまで無意識でやっていた事ができなくなった。つまり、ユズキの『身体強化』を『広域化』した時に絶対に「魔物化」はさせない、という自信が無くなってしまった。


「あれ? あれ?」


「カンナ、どうしたの?」


「大丈夫、大丈夫だからちょっとだけ待って」


 焦って『広域化』しようとするが、やはりこれをやって「魔物化」させない確信が持てず、うまくスキルの発動ができない。


「カンナ……」


「違うの! スキルは使えるんだけど、その、ちょっとこれまでどうやってたのかが分からなくなっちゃって、」


 慌てて弁明するカンナ。しかし焦れば焦るほどこれまで当たり前に出来ていた事が出来ない。心配そうに見つめるユズキ達の視線に益々焦るという悪循環な陥っていった。


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「じゃあ私たちは帰るから。カンナちゃんが立ち直ったら教えてね」


「私1人で話を聞くの? マフユ達も居た方が良く無い?」


 結局『広域化』を発動できなかったカンナ。スキルが使えなければ探索どころでは無いということで一行は訓練を切り上げて事務所に戻ってきた。片付けをして交代でシャワーを浴びるとカンナはそのままご飯も食べずに寝室に篭ってしまったのである。


「失敗を拗らせてるからね。年長者が偉そうに話しかけるよりも欲しいのは恋人の温もりだと思うよ。だから話を聞いてあげるよりも、隣にいてあげな。おそらく昨日の夜によっぽどショッキングな話でも聞いてきたんでしょ。」


「ショッキングな話って……マフユはどんな話か分かってるの?」


「まあ、大方は。高原だってなんとなく想像は付いてるでしょ?」


「まあいくつかある可能性のアレかコレかな、くらいにはね」


「2人とも流石ね」


「カンナさんがショックを受けるような話と、そのうえ『広域化』出来なくなったって事を合わせて考えるとこんな理由かな? って思い当たるだけだよ」


「私は分からないんだけど……」


 悔しそうに俯くユズキ。マフユは優しく笑う。

 

「ユズキちゃんはユズキちゃんで今は余裕が無いからね。だからこそ話を聞いて解決策を探ろうとか考えたりしないで、ただ一緒に居てあげてって言ってるの。気持ちに余裕ができたらきっとカンナちゃんからユズキちゃんに話してくれるよ」


 というわけでじゃあね、と言って事務所を後にするマフユ。


「私も行きますね。お邪魔虫がいたら遠慮しちゃうでしょうし」


「色々って……もう!」


 手をわきわきとさせて揶揄うイヨ。ユズキは怒ったポーズをしてみるものの、それは緊張をほぐすためのイヨなりの気遣いだと分かる。


「じゃあ夜は二人でお楽しみに〜」


「……やっぱりタダのセクハラな気もする」


 ユズキは呆れながらも気を遣ってくれる2人に感謝した。


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「カンナ……入るわよ」


 寝室の扉を開けて中に入る。カンナはベッドの上で丸くなって布団を被っていた。こんな風にいじける姿は珍しく、その様子が可愛らしくて思わずユズキの表情が弛む。


「寝てるの?」


 返事はない。ユズキは構わずベッドに横になると、カンナが被っている布団に潜り込んだ。カンナはこちらに背中を向けて横になっていたので、そのまま後ろから抱きしめる。


「お腹空いてない?」


「……ごめんなさい」


「いいのよ、そんな日もあるわ」


 小さく謝ったカンナの頭を後ろから撫でる。カンナはくすぐったそうに身を捩ったが、やはり元気は無いようだ。


「私、このまま『広域化』が使えなくなったらどうしよう……」


 その時は……と答えそうになり、ユズキは口にするのを止めた。多分カンナは答えが欲しいわけじゃ無いと思った。


 後ろからカンナを強く抱きしめる。大丈夫だよ、ずっと一緒だよ。その想いを言葉で無くて身体で伝える。


「ん……」


 後ろからぎゅっと抱きしめたままの姿勢で優しく身体を撫でる。カンナは一瞬、ビクッと身体を震わせたがすぐにユズキに身体を許す。


 しばらくカンナの全身を愛撫していると、徐々に吐息に熱が籠ってきた。


「はぁ……ん……、ユズキのえっち……」


「……イヤ?」


「嫌なわけない……でも私、これでも落ち込んでるんだけど」


「知ってる」


「ユズキに嫌われちゃったらどうしようって不安だったんだよ?」


「私に嫌われるようなこと、したの?」


「してないけど……スキルが使えなかったら私なんて何の取り柄もないし」


「……もしも私がスキルを使えなくなったら、カンナは私のこと嫌いになる?」


「なるわけないよっ!」


「でしょ、私も同じ」


 そう言って笑うとユズキはカンナにキスをする。


「はむ……んっ……あん……」


 気持ち良さそうにユズキのキスを受け入れるカンナ。ユズキはそのままカンナの服を脱がせる。こうしたところで問題が解決するわけでは無い。だけど逃げるように欲に溺れる日が有ってもいいか。


 そんな風に考えながら、ユズキはカンナと身体を重ねた。

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