第26話 魔物化

 カナデアリスママから貰ったメモを読んだカンナは指示通り駅の改札前で待つことにした。昨夜の話の続きかな? でもアリスちゃん達に内緒にするような様子だったし……。


 何だか胸騒ぎがする。


 しばらくするとコートを羽織ったカナデがやってきた。


「お待たせ、なんかごめんね」


「いえ、大丈夫です。それで話って何でしょう?」


「とりあえずゆっくり話せる場所に入ろうか」


 カナデがスマホを改札にかざして中に入ったのでカンナも後に続く。そのまま改札内の喫茶店に入ると奥のカウンター席に座った。


「改札内の喫茶店なんて初めて入りました」


「意外と内緒話するには穴場なのよ。喧騒で周りに声が漏れにくいし、この席だと人の流れが見えるから監視してる人が居ても気付けるしね」


「監視されてるんですか!?」


 慌てて周りを見回すカンナ。


「例えばの話よ、今は大丈夫。ただ仮に監視されてた場合はそんな風にキョロキョロしたら相手に気付かれちゃうわよ」


 カナデは笑って答える。


「そっか……あ、例えばアリスちゃんとかが来た場合に気付けるって事ですかね?」


「鋭いわね。これからする話はまだあの子達に聞かせたくないのよ……まあ昨日のコアを食べる話以上に根拠に乏しくて推測の域を出ない話ってこともあるんだけどね」


 届いた紅茶に砂糖とミルクを入れながらカンナは話に備える。


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「改めて、カンナさんはどういう経緯でになったのかってわかる?」


 カンナはうーんと思い出しつつ話す。


「えっと……まずコアを口に入れたのが去年の12月(※)ですね、鎌倉ダンジョンのコアを壊した時です。そのまま暫くは変化がなかったんですけど」

(※第2章 18〜23話)


「本当に何も変化は無かった? スキルの効果が強化されたりとか、発動自体がしやすくなったとか」


「うーん、毎日訓練をしているからその成果かなって思ってたんですけど、いま思うと春に札幌支部でスキル習得した時(※)に思ったより余裕があったのはその影響だったのかも知れません」

(第3章 1〜6話)


「目に見えるような自覚は無し、か。それで例の襲撃だよね?」


「はい。暗殺者集団に襲われた時にその場にいないユズキのスキルを『広域化』しようとしたんです(※)。その時はそれで乗り切ったんですけど、目を覚ました病室にアリスちゃん達が来てユニークスキルが覚醒したって言われてって感じですね」

(※第3章 31話)


「なるほど……やっぱりその襲撃が本格的に変わったタイミングになるのかな。サクヤもそこで気付いたらしいし……」


「サクヤさんが?」


「ああ、ひとりで納得しててごめんね。ちゃんと説明するわ。カンナさんはサクヤのスキルって聞いてる?」


「はい。『魔物探知』っていうスキルで、モンスターの居場所が分かる『気配探知』の効果が強くなったものだって聞きました。半径50kmくらいのモンスターの場所がわかるって」


「まあそれも間違ってないんだけど……あの子、私達の場所もわかるのよ」


「モンスターだけじゃなくて、特定の人の気配も察知できるって事ですかね?」


「ううん。分かるのは「光の螺旋」のメンバー限定。だけど、さっきカンナさんが話した襲撃から生還したタイミングであの子の探知にカンナさんが引っかかったの。丁度札幌付近を遠征していたところだったからね。その話を聞いてアリス達が暴走して病院に押しかけたって流れだったんだけど」


「ということは、モンスターの居場所に加えてスキルが覚醒した人の場所が分かるってことかな……」


「察しが良いわね。でも、あの子のスキルって汎用の『気配察知』なのよ……ダンジョン内でモンスターのいる場所が分かるっていうアレね」


「コアを嘗めてスキルが覚醒して、覚醒者の場所が分かるようになったってことですかね」


「そんな都合の良い能力が追加されるって考えづらいのよね。カンナちゃんは光の螺旋の他の子のスキルって知ってる?」


「ざっくりとですけど」


「じゃあ説明してあげるわね」


 カナデはそういうと光の螺旋全員のスキルをざっくり説明してくれる。


 アリスは『風神』……簡単に言えば『風魔法』スキルの物凄く協力なものだ。出力良し、燃費良し、さらに応用技もいくらでも出せるという凄いスキルだ。カナデの『暴風』も似たようなものだけど、『風神』は威力がさらに上らしい。


 リュウキの『雷神』……これも『雷魔法』の上位互換スキルになるらしい。


「威力や使い勝手は良くても、実際能力的には汎用魔法スキルの延長なのよ。あなたの『広域化』のような特別な性能は無い」


「それでも十分強いと思うんですけど」


「ここで大事なのは強い弱いの話じゃ無くて、あくまで汎用スキルの延長だって言うところね。だから『風神』の力を利用して空気そのものを操って酸素濃度を減らして窒息死させるとか、『雷神』の力で体内の電気信号を擬似的に再現して反射神経だけで動くとか、そういうスキルの幅を超えた事はできないの」


「よく分からないです……」


「まあ自分のスキルじゃないから限界点って分かりづらいわよね。とりあえずあの子達のスキルはそう言う性質って話ね。次はヨイチのスキルだけどあれはそのまま汎用スキルの『心眼』と『狙撃』なのよ。精密さは段違いだけど」


「え? 『狙撃手スナイパー』っていうユニークスキルだって聞きましたけど?」


「アリス達の手前、そういう事にしてるの」


「えっと、じゃあ全部の魔法スキルが使えるっていうハルカさんの『魔法使い』は?」


「あれはユニークスキルっていうのかしらね。火水風土雷光闇の魔法スキルが元々あったから稀有な才能の持ち主なのは間違いないけど、それぞれのスキルは汎用魔法スキルだから微妙なラインね」


「それもアリスちゃん達にユニークだっていう事にしてるんですね」


「うん、そう。話は戻るけどサクヤのスキルもつまりは『気配察知』なの。これもあの子達に説明するために『魔物探知』ってユニークスキルだって言ってるけど。

 だからそのスキルが強化されて探知範囲がものすごく広くなるのは分かるけど、新しい能力……つまり私達を探知する能力が追加されるとは考えにくいかなって」

 

「そうだとしたら、サクヤさんが私達を見つけることができるのってなんでですか?」


 光の螺旋のみんなはユニークスキルだったわけでは無いという告白に混乱しつつ、カンナは気になることを質問した。カナデはサクヤのスキルは『気配察知』だから覚醒者を見つける能力は無いといいつつも実際にそれが出来ているという。


「確かに矛盾してるわよね。一応筋の通った理由をつけることができるわ。それがこうしてカンナさんと2人きりで話をさせて貰った理由になるわけなんだけど」


「……教えてください」


 カンナは自分の心の中の胸騒ぎがどんどん大きくなっているように感じた。だけどここで聞かないわけにもいかない。勇気を出してカナデに先を促す。


「サクヤのスキルはモンスターの場所がわかる。そのスキルを使うと私達の場所が分かる。つまりそういうことだと思うのよ」


「そういうことって言うのは、つまり、その、」


 震える声で確認するカンナの目を真っ直ぐに見据えながら、カナデは結論を告げる。


「私達の方がモンスターだっていうことね」


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「そんなっ!?」


 思わずテーブルに手を付いて立ち上がるカンナ。その様子に周りの客が何事かと注目する。


「カンナさん、落ち着いて」


 カナデが宥めてカンナを座らせた。カンナは席に座ると落ち着くために紅茶を飲もうとするが、手が震えて上手くティーカップを持つことができない。


「私たちが、モンスター?」


「あくまで『気配察知』のスキルがそう判断しているって事よ。サクヤによればモンスターの場所が分かるのと、私達の場所が分かるのって同じ感覚らしいのよ」


「スキルが覚醒するとモンスターになっちゃうって事ですか?」


「そのスキル覚醒なんだけど、それってアリス達に説明するための方便というか……結果的にスキルの性能が上がることを「スキル覚醒」って呼んでるんだけど、私はダンジョンとの融和だと思ってる」


「融和? そう言えばアリスちゃんも異界ダンジョンとの融和って言ってたような……」


「うん、一度口を滑らせちゃったの覚えてたのかな」


「どう言う意味なんですか?」


「あくまで私と夫で状況をもとに検討した推測なんだけどね、」


 コアを体内に取り込むことで身体自体に変化が起こる。それが魔物モンスター化であるというわけだ。魔物化と言っても角や牙や翼が生えるわけではなく、魔力の質がモンスターのそれに近くなると言った方が適切らしい。


 魔物溢れオーバーフローでダンジョンの外に出たモンスターは個体によってはスキルを使う。それはモンスターの魔力がダンジョン外でもスキルを使える性質を持っているのだと考えられるからで、魔物化して魔力の質がそれに近付いているからこそ、カンナ達もダンジョンの外でスキルが使えるようになっているとすれば辻褄が合う。


 一般的に言えばスキルとは元々人間には備わっていない能力である。いくら練度を上げてより効率的に使えるようになると言っても限界はある。しかし身体が魔力の質自体がモンスターに近付きスキルを使う事に最適化されればその効果は高まる。結果的に「スキル覚醒」と呼べるぐらい強力な状態になっているのでは無いだろうか。


「つまりカンナさん達が考えているのとは順序が逆で、身体が魔物化して、それによってダンジョンの外でもスキルが使えるようになり、さらにスキルの効果が強力になっているんじゃないかって私達は考えてる。私は生まれた時からこの状態だったから分からないんだけど、後天的に魔物化したヨイチ達は「ダンジョンに身体が馴染んだ気がする」とも言ってるのよね。そういう自覚はある?」


「自覚……そういえば前はダンジョンに入った時に雰囲気というか空気が重たいような印象を受けていたんですが、最近は外と変わらないなって思ってました(※)……これが馴染んだって事ですかね?」

(※第4章 2話)


「かもしれないわね」


 あまりに衝撃的な話に真っ青になるカンナ。


「そんな死にそうな顔しなくても、ハツネはもうじき70だけどピンピンしてるし一般人との間に子供も産めたわけだから魔物化って言っても身体に悪い影響が出るわけじゃ無いと思うわ。ただ魔力の質がモンスターのそれに近付くってだけ。もしかすると私達が死んだら死体から魔石が取れたりするかもしれないけど」


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 身体を温めるために頼んだおかわりの紅茶を飲み終わる頃にようやくカンナは声を出せるくらいに心を持ち直した。


「……カナデさんは、」


「ん?」


「どうして、こんな大事な話をしてくれたんですか? 光の螺旋のみんなの能力を細かく教えてくれたりとか、私なんて昨日初めて会った他人なのに……」


 カナデはうーんと考える。


「理由はいくつかあるんだけど、まずアリスのお友達って時点で赤の他人では無いかな。まあ光の螺旋のスキルについては魔物化の事を話すのに必要な前置きだったからね。みんな奥の手を持ってるからバレても平気だし、そもそも他の人に言いふらしたりしないでしょ?」


「もちろんしません!」


「ありがとう。他の理由としては、昨日の話でカンナさんは微妙に納得いってなさそうな顔してたからかな。柚子缶に持ち帰って色々と議論していたらこの結論に辿り着いちゃうかも知れなくて、それをアリスとリュウキに話されたら困っちゃうから先に話しておこうと思ったの」


「やっぱりアリスちゃん達は知らないんですね」


「うん。自分達が生まれた時からモンスターに近かったって言われるのはショックかなって思ってて、自分で気が付いて聞かれるまでは話さない事にしようって決めてるの。「スキル覚醒」っていうのも、あの子達がそれで納得してくれるように上手く織り交ぜて話してる中で出てきた言い方なのよ。だからカンナさんもアリス達に話す時には魔物化じゃなくてスキル覚醒でお願いね」


「……分かりました」


「あと最後の理由としてはカンナさんのスキルが『広域化』だからかな」


「私のスキル、ですか」


「うん。動画もいくつかみたし、話も聞いた限りだと『広域化』出来るのってスキルに限らないわよね? 前には斬撃の広域化なんてこともやっていたし(※)」

(※第1章 20話)


「そうですね、そういうことも出来ます」


「だとしたら、「魔物化」も広域化できちゃうんじゃない? もしそうだとしたらわざわざコアを嘗める必要なんて無くなると思うし、うっかり大勢の人を魔物化させたら大変な事になっちゃうじゃない。その辺りは自覚しておいた方がいいかなって思って」



第26 話 了


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※※作者より※※

気が付けばスキル覚醒の設定を開示するのに8話も費やしてました……短くまとめるのが下手くそで申し訳ない汗


ようやく予定していた部分までカンナ(と読者様)に伝える事ができたので、次回以降ヒロイン達がイチャイチャしますよー(多分)笑

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