第23話 過去編:カナデ(後編)

 カナデは探索者として快進撃を続けた。彼女のスキル『暴風』は『風魔法』スキルの完全な上位互換で、ある程度の強さまでのモンスターならその威力でゴリ押しで出来たのである。


 カナデが探査者デビューする頃には既に世の中はダンジョンとの付き合い方を確立しており、大企業がダンジョンを独占して個人探索者はその隙間を縫って稼ぐというスタイルがおおよそ出来上がっていた。この頃は特にスキル至上主義社会となっていたので『暴風』があればどんな企業にも引っ張りだこだっただろう。


 そんな中でもカナデが個人探索者としての道を選んだのはやはりギンタの意志……探索者としてお金を稼ぐだけでなく、魔物溢れオーバフローによる悲劇を出来るだけ起こさないという想いを受け継いでいたからだ。


 ソロでダンジョンを探索しては大型モンスターの魔石を持ち帰ってくるし、魔物溢れオーバーフローがあると聞けば積極的に救援ボランティアとして参加する。そんなカナデは恵まれた容姿も手伝って探索者界隈ではかなり有名になっていた。そんな彼女に近づく男……特に同業の個人探索者は多かったが、カナデの心を射止めたのは意外にも元協会職員の男であった。彼は当初、カナデが協会に魔石を卸す際の担当であった。


「護国寺さん、今日もソロですか?」


「え? ええ」


「護国寺さんが強いのは分かりますが、ソロだと何かあった時に対応出来ないので……特にこのレベルのモンスターを狩るのであればパーティを組むことを勧めますよ」


「いつもそう言ってくれるけど、私の探索スタイルに合わせられるって人が居なくって」


「まあ魔物溢れオーバーフローが起たらその後の予定を全部キャンセルして1週間は現地ボランティアするなんて中々出来ないですからね」


「伯父から受け継いだ……って私が勝手に思ってるだけなんだけど、光の螺旋としての存在意義が魔物溢れオーバーフローで困ってる人の救済だから。普段の探索はその資金集めでしかないのよ」


「前にも聞きましたが、その志は立派です。実はその事で一度じっくり話したいと思うのですが、今日の夜にでもご飯をご一緒できませんかね?」


「何それ、新しい口説き文句?」


 様々な誘いを断り続けているうちにカナデもすっかり男のあしらい方に慣れてしまった。この人はそういう気配を出さなくて話しやすかったんだけど、残念だな……そう思いつついつも通り断ろうとすると彼は真剣な顔をして小声で答えた。


「それも全く無いと言えば嘘になりますが、本命は仕事の話です。ただ、事情があってここでは出来ない話なので場所を改めたいんです」


「ここでは出来ない話?」


「いかがでしょう?」


 その真剣な顔に、話だけでも聞いてみようと思った。待ち合わせたのは個室のレストラン。これまで数多くの男に誘われてきたが応じたことは一度もなかったカナデは、こんなところに男性と二人で訪れたというだけでひどく緊張した。


「それで、話というのは?」


「ここで話す事は、協会の職員としてではなく私個人の考えになります。まず護国寺さんは魔物溢れオーバーフローが発生した現場で一般人の保護や救出活動を行っているんですよね?」


「そうね。今では魔物溢れオーバーフローが起きた際は最寄りのダンジョンに逃げ込むのが正解とされているけど、多くの人はそこに取り残される形になってしまうのでそういった方の救援が主になってるわ」


 実は人目につかない範囲で溢れたモンスターを倒していたりもするのだが、それはダンジョン外でスキルを使っているため誰にも言った事はない。


「それはそれで素晴らしい活動ですし、事実あなたに救われて助かった命はこれまでに数え切れない。だけどあなたは満足出来てないですよね?」


「……まぁ、全ての命を救えているわけでは無いので」


 理想は悲劇を無くす事だが、カナデ一人の手では限界がある。救えない命を目の当たりにする度に挫けそうになる心をなんとか奮い立たせている。


「そこで提案なんですが、やり方を変えてみてはいかがでしょう?」


「やり方?」


「はい。災害が起こってから現場に駆けつけるのではなく、災害が起こる前に未然に防ぐんです」


「未然に防ぐって、そりゃあそれが出来れば一番いいけど実際そんな事出来ないでしょう?」


「100%完全に防ぐのは無理ですね。魔物溢れオーバーフローが起こっているのは管理されていないダンジョンなので基本的にはいつ溢れるか分からないですから」


「だよね。だから実際に魔物が溢れてからの対処になってるんだもん」


「だけど、溢れの規模がごく小さい内に抑え込めれば、事実上災害は起こらないと思いませんか?」


「……出来るの?」


「はい、私と護国寺さんが組めば理論的には可能だと思ってます」


「詳しく聞かせて貰えるかしら?」


 彼によると、魔物溢れオーバーフローの情報は協会が集約しているがではどうやってその情報を集めているかといえば実は一般市民の通報がほとんどとの事だ。一般人から専用ダイヤルでモンスターを見た! という通報が入る。その情報を集め、本当に魔物溢れオーバーフローが起きているかを見極めて自衛隊に対処を依頼するのだそうだ。


「このやり方には欠点があって、田舎に行くほど対応が遅れがちなところです」


 全ての通報に馬鹿正直に人を派遣するにはリソースが足りない。そこでどうしても優先度をつける。比較的人が多い場所では通報も多く、場所の絞り込みもやり易いが、中にはど田舎の山道でそれらしき影を見たなんて通報が一件だけなんてものもある。そう言った場合は一旦様子見せざるを得ないのが実情だ。


「協会も、現場で闘う人達も足りてないから目撃証言が少なくて曖昧な田舎になるほど対応が後手後手になるってことね」


「はい。そもそもある程度の規模の街であれば最初の数体の段階で溢れたモンスターを殲滅してそのまま未発見ダンジョンとして新たに監理するという流れが出来ているんです。溢れたモンスターは連鎖反応でも起きない限りしばらくの間は殆ど動かないという特性もあるので」


「だからこれまで災害クラスの魔物溢れオーバーフローが起きたところは人口が過疎っている地域ばかりだったのね」


「「最初の災害」のような例外が起こる可能性はありますが、まあそういうことです」


「あなたの提案ってそういう過疎地の通報に対して私を派遣しようって事かしら?」


「有り体に言うとそうなります」


 彼は窓口業務の傍ら、そういった魔物発見の通報を集約して纏め次の対応先を決める仕事を担っていた。その中でどうしても後回しにせざるを得なかった地域で実際に魔物溢れオーバーフローが起きて犠牲者が出る事にひどく心を痛めていたのだ。


「だからそういう優先順位が低い通報情報をこっそり護国寺さんに横流しします。その情報をもとに魔物溢れオーバーフローの早期対応をして頂ければと思うんです」


「言いたい事はわかるけど、それで私が現地で溢れた魔物を倒したところで溢れ元のダンジョンでモンスターを間引かないとまた直ぐに溢れちゃうわよね? ダンジョンを見つけたら協会に連絡すれば対応はして貰えると思うけど、最初のひとつふたつは良くてもその内怪しまれてあなたから情報を貰っている事がバレちゃうと思うんだけど」


「協会に連絡せずにダンジョンを消滅させればバレないですよね?」


「消滅って……まさかコアの破壊!?」


「はい。護国寺さんはそのまま溢れ元のダンジョンを攻略してコアを壊しちゃってくれればいいんです。そうすれば私が情報を流した事は露見しないし、魔物溢れオーバーフローによる被害も未来永劫起こりませんので」


「でも通報があったのよね?」


「優先度が低い場所なので、結果的に何も起きなければ通報者の気のせい、見間違いだったと言う事になります」


「それでいいの!?」


 驚きつつもカナデは考える。確かに彼の提案に乗れば今よりもずっと多くの人を救う事ができる。やっている事が事だけに公は出来ないのであくまで秘密裏に活動する事になるが、そもそもカナデは称賛が欲しくてやってる事じゃ無いので気にしない。


 とりあえず一度やってみようという事になり彼と連絡先を交換することになった。


「ではそれっぽい案件が見つかりましたらこの番号に連絡しますね」


「ええ、あまり家に居ないから電話は出ないかもしれないけど、留守番電話に残してくれればいいから。ところでひとつ、聞いてもいいかしら?」


「なんでしょう?」


「これって私は一応ボスを倒してスキル習得の機会を得るってメリットがあるけれど、あなたにもメリットは何も無いどころか情報漏洩でバレたら懲戒になるリスクしかないわよね? どうしてこんな提案をしてくれたの?」


 ああそういう事ですか、と言って彼は姿勢を正しカナデに向き合った。


「私も地元を魔物溢れオーバーフローで失ってるんですよ。慣れ親しんだ故郷が無くなるのって寂しいものです。だから私みたいな人間をなんとかしたいと思って協会に入った。ダンジョンを管理する組織に所属したら世界を変える事が出来るって思ってたんです。

 だけど現実はそんなことなかった。ダンジョンというものが何なのか未だに分からず、協会も企業もただそこから得られる資源をいかに運用するかにやっきになっている。もちろん現場レベルではそれだけでは無いんですが、少なくとも協会の上層部は拝金主義に染まっていると感じて居ます。

 そんな組織の中で何も出来ずに居た私に、護国寺さんの姿勢はとても輝いて見えたんです。護国寺さんの理想に勝手に自分の夢を重ねているんですよ。それだけです。だからこれは自分で夢を叶える力の無いちっぽけな男の独りよがりだと思って下さい。間違っても護国寺さんに迷惑はかけません。何かあれば私が全部の責任を取りますので」


 そう言って笑った彼の言葉を聞いて、カナデは素直に感心した。この人は自分に力がない事を認めた上で、できない事を諦めるのではなく違うやり方を探した結果としてカナデに協力を持ちかけて来たのだ。弱さを認めた上で進もうとするのは難しい。それを実行した上で、こうして正直に話してくれるこの人は尊敬できる対象だと思った。


「ありがとう。だけどあなただけにリスクを負わせるなんて気に入らないわ。私達は今から共犯者、それでいい?」


 カナデが聞くと、彼は嬉しそうに笑って頷いた。

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