第22話 過去編:カナデ(前編)

「お兄ちゃん、カナデをダンジョンに連れて行ったことなんて無いわよね?」


「当たり前だろ!? ハツネこそ、うっかりとかは無いか? 散歩中に昔実家にあった物置ダンジョンみたいなところに入ったとか……」


「絶対にないわ。散歩の時も目を離したことは無いし、そもそもあんな小さなダンジョンって今どき無いでしょ」


 以前は庭の畑やら裏の山やらにダンジョンができたものの中に入ってみれば何も無くて……という、ハツネ達の実家にあった物置ダンジョンのようなものもそれなりにあったそうだが、最近はその規模のダンジョンはめっきり減った。というのも、一見害が無さそうだとはいえダンジョンはダンジョンという事で積極的に消滅させるべきという世間の風潮になっているのである。

 超小規模ダンジョンとはいえ、コアを破壊すれば消滅するのは通常のそれと変わらない。協会の調査により、一見何も無い超小規模ダンジョンの場合は中央部に穴を掘っていくとコアが見つかりそれを壊すと消滅させることが出来る事が判明。協会員立ち会いの元でダンジョンを消滅させると10万円ほどの手当が出ることもあって、自分の土地に超小規模ダンジョンがあった人達はこぞって消滅させたのだった。結果、今では物置ダンジョンのような超小規模ダンジョンは殆ど見なくなっている。


 閑話休題、つまりカナデはダンジョンでスキルを習得したわけではないという事は間違いなかった。


「ということは、やっぱり遺伝かな」


「私の娘だからスキルを受け継いだってこと? そんなことあり得るの?」


「分からない。まだ親がスキルを持ってる子供っていう第2世代の探索者は居ないし、スキルやそれこそダンジョンの外で使えるっていう特性が遺伝するかどうかなんて誰も検証出来ていないと思う……」


 実はダンジョンが出来て既に10年近く経っているこの時点で、第2世代への遺伝の研究などは秘密裏に行われているもののそんな事は一介の探索者であるギンタには知る由もなかった。


「お兄ちゃん、隠し子とかいないよね?」


「何を急にっ!?」


「居たらその子にもスキルがあるかもって思っただけ」


「……残念ながら相手が居ないからな」


 そう言うとギンタは寂しそうな顔をした。彼には大学時代に将来を誓った相手が居たのだが、その彼女も最初の災害の犠牲となっている。未だに他の女性と、という気持ちにはならないらしい。


(この純情兄貴が。元彼女さんもそんな事は望んでいないだろうに)


 とはいえ、元夫の事を思うと再婚をする気が微塵も起きないハツネも人のことは言えないのだが。


 つまり、おそらくハツネのスキルが遺伝したと仮定できるものの検証は無理だというわけだ。


「まあいくら話したところで原因は想像の域を出ないわけだ。それより大事なのはこれからのことだな」


「そうね、あの子が外でスキルを使わない様にきちんと言っておかないと」


「それにしてもちょっと使ってみてって言ってあの威力か。探索者としてはすごい才能だな」


「……将来あの子が探索者になるって言うなら止めないけど、危ない事はしないで欲しいわ」


「無理さえしなければ比較的安全に稼げる仕事だよ。俺が何年もやってこれてるんだぜ? じゃあもしカナデちゃんが探索者になるって言った時に俺が引退してなかったら、是非「光の螺旋」に入ってもらおう」


「……その時には光の螺旋がお兄ちゃんのひとりぼっちパーティじゃ無くなってるといいんだけど」


「パーティを組むには信頼関係が無いといけないからな。その点、カナデちゃんなら問題ないだろ」


「カナデに断られないようにしないとね」


「はは、善処するよ」


 ギンタはそう言って笑った。



「カナデ。『暴風』は絶対にお外で使ったらダメよ?」


「どうして?」


「誰かを怪我をさせちゃうかも知れなくて危ないから。あと、カナデがすごい事ができるって他の人が知ったらさらわれちゃうかも知れない」


「えー! かなでさらわれちゃうの!?」


「そうならない為に、お外では使わないこと。お母さんとギンタ伯父さんと、3人だけの秘密。約束できる?」


「うん、わかったよ!」


 カナデは親の言うことをきちんと聞く子だったので、家族だけの秘密と言った方が外で口を滑らせることもないだろうと考えた。そもそも幼い彼女はスキルを使えることが特別だという認識も無かったので、幼稚園の入園を1年遅らせて他の事に興味を持つようにし向けてスキルのことを忘れさせるよう努めたこともあり、ダンジョンの外でスキルを使う事がバレることも無くそれなりに分別のつく年齢になるまで育った。


 

 このまま何事もなく過ごす事が出来ると思っていたが、カナデが中学生のある日の事。ギンタが血相を変えて家に飛び込んできた。


「ギンタ伯父さん、お帰りなさい」


「ああ、カナデちゃん。ハツネは?」


「お母さん? いるよ」


 カナデが奥の部屋にいるハツネに声をかける。


「お兄ちゃん、どうしたの? その子は……?」


 ギンタは抱きかかえていた子供を抱えたまま家に上がると、自分のベッドに寝かせた。


「この子は魔物溢れオーバーフローの生き残りだ。おそらくだけどだ」


「同じって……」


「とにかく時間がないから順を追って話そう」


 リビングに移動したギンタはハツネとカナデに座るように促した。


「先ず言っておくべき事として、俺はもうこの家に帰れない」


「帰れない? どういうこと?」


「……一般人の前でスキルを使っちまった。まだ追手は来ていないがおそらく時間の問題だろう」


 ギンタによれば、彼はこれまでも探索者として活動する傍らで魔物溢れオーバーフローが起きた現場へ赴き巻き込まれた一般人の救助を行なっていたという。『剣術』スキルを持つギンタはダンジョンの外でも戦う事が出来る。もちろん人前で使う事は極力控えていたが、万が一見られても単純に剣の扱いが上手いと言い訳が出来るため場合によっては少し無理をする事もあったらしい。


「とはいえ、これまでは誤魔化しきれていたんだ。剣の扱いが上手い「光の螺旋」こと護国寺ギンタといえば、魔物溢れの現場では少しだけ有名人だったんだ」


 少し得意気な顔をしたギンタだが、すぐに真剣な表情に戻った。


「今回も同じだと思ったんだ。さっきの子供を助けて、安全な場所に連れて行って……だけど今回は溢れた魔物の中に牛鬼ミノタウロスが居たんだ」


 牛鬼ミノタウロスはそれなりの規模のダンジョンの奥に生息する、中級探索者が集まって倒すレベルのモンスターだ。ギンタもダンジョン内で他の探索者と組んで倒した事はあるがまさか魔物溢れオーバーフローしてくる事があるなんて。


 最悪なのは、牛鬼がギンタの前に現れたのは一般人が集まった仮避難所に近い場所だった事だ。このまま逃走すれば牛鬼は避難所に襲いかかるだろう。已む無くその場での討伐を決意した。


「しかしどうしても『剣術』だけじゃ倒しきれなくてな。その時さっきのあの子が言ったんだ。「弱点は右肩だ」って」


「弱点?」


「ああ、半信半疑だったけど右肩に剣を突き立てたら牛鬼が思い切り苦しみ出して……多分、なにかしら弱点を見抜くスキルがあるんじゃないかと思ったんだ」


「それで、牛鬼は無事に倒したの?」


「牛鬼は倒す事ができた。だけど、ヤツは最後の最後に手に持っていた大斧を避難所に向けて投げたんだ。それが避難所の壁に思い切りぶつかって壁と天井が崩れた……中には一般人が大勢いたんだ」


「それで、スキルを使っちゃったって事?」


「ああ。咄嗟に『風魔法』を使って崩れる壁や天井の瓦礫を思い切り遠くに吹き飛ばしたんだ。それを駆けつけた自衛隊や避難所にいた人達に見られちまったんだ」


 やむを得ないシチュエーションだったし、ギンタのおかげで多くの命が救われた。とはいえおそらく世界で初めて確認されたダンジョン外でスキルを使える人間であるギンタはこのままでは協会に呼び出されて事情聴取されるだろう。それだけで済めば良いが、彼が以前懸念した研究や解剖の対象となってしまう可能性もある。


「あの子も災害孤児になるわけだが……スキルが使える事を考えると下手にあの場に置いてくるよりは連れてきた方が良いと思ったんだ。ざっくり事情は説明してあるが、故郷や家族を失って混乱しているだろう。悪いが良くしてやってくれ」


「また相談もなしにそんなこと言って……」


「伯父さん、これからどうするの?」


「俺は身を隠して生きていくしか無いな。ここにも協会の人間が来るだろうけど、何も知らなかったで突き通してくれ」


「もう会えないの?」


 悲しそうに訊ねるカナデに、ギンタは笑って答える。


「そうだな……いつか、世界中の人がスキルをダンジョンの外で使えるようになるになれば、俺を研究する必要も無くなるだろうからその時はまた会えるかも知れないな。だからカナデちゃんが探索者になってその理由を解明してくれればいいんじゃないか?」


「ちょっとお兄ちゃん……」


「……わかった。私、頑張るよ」


「期待してるよ。じゃあ俺は行くから、元気でな!」


「待って、せめて最後に一緒にご飯食べて行ってよ」


 出て行こうとするギンタにハツネが懇願する。しかしギンタは悲しそうな首を振った。


「長居すればここにも追手が来るかも知れない。そうすればお前たちにも危険が及んじまう。だからもう行かないと。じゃあなハツネ。カナデちゃんと、あの子の事を頼んだぞ」


「お兄ちゃん……今までありがとう」


「ああ、こちらこそ。今まで楽しかったよ」


 最後にいつもの優しい笑顔を見せてギンタは去っていった。彼が懸念した通り数時間後には協会の人間がハツネ達の元を訪れ何か知らないかと詰問、さらに強引に家に上がって家探しまでされた。ハツネが何も知らないと言い、ギンタが家に居ないことが分かると協会側は訝しみながらもその場を後にする。


 その後も日を改めては何度も協会の者達はギンタは帰ってきていないかと聞いてきたし、数年間は秘密裏にハツネの家の監視を続けた。ハツネとカナデにとっては、それが逆に未だにギンタを捕まえる事が出来ていない唯一の安心材料だったのだが。



 そんな生活を続けること5年ほど。高校卒業を迎えたカナデはハツネを説得し、探索者となる事を決意する。ギンタとの別れ際の会話……カナデとハツネ、そして彼が連れてきた少年だけがダンジョンの外でスキルを使える理由を解明するという目的ももちろんあったが、何より母や義弟のような魔物溢れオーバーフローによって悲しむ人を出したく無いという想いが強かった。


「それじゃあお母さん、私行くね」


「くれぐれも身体には気を付けてね」


「うん。伯父さんとは違ってたまには帰ってくるから」


「当たり前でしょ、定期的に顔を見せに来ないと許さないんだから」


「カナデ姉さん、5年後には探索者になるから」


「ええ、期待してるわ、ヨイチ。ちゃんと「光の螺旋」の席を開けて待っているから」


 そう言うとカナデは、ギンタの意志とパーティ名を引き継ぎ「光の螺旋」としての活動の第一歩を踏み出した。


 

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