第21話 過去編:ハツネ(後編)
最初の災害と呼ばれる
後にも先にも類を見ない連鎖的な
辛うじて生き残ったひと握りの一般人はみなダンジョン内に逃げ込んだ者たちだった。ダンジョンの外に溢れ出たモンスター達はダンジョンに入ろうとしなかったため、その犠牲になることはなかったのである。
ハツネとギンタは鎮圧からさらに数日、魔物溢れから10日ほどたって救出されるまでずっと物置ダンジョンに篭っていた。普段から物置にしていた事が幸いし、保存食があったため辛うじて飢えを凌ぐ事ができた。救出時には軽い脱水症状があったが、それ以外は大きな外傷も無く生還を果たしたのである。
しかし狭いダンジョンの中で恐怖に震えながらも外に出る事が出来ず、日に日に減っていく食糧に怯えて過ごした10日間は肉体以上に二人の精神をすり減らした。カウンセラーによるメンタルケアを終えて無事に日常に戻った頃には数ヶ月が経過していた。
「やっと退院できたけど……とはいえ家族は居なくなったどころか、実家も地元も跡形もなくなったんだよな」
「魔物がダンジョンの外にでた理由が分かるまでは地域一帯封鎖だってね。お父さんとお母さんに会いに行けるのはいつになるかな……遺品くらいは回収したいんだけど」
「まあ今のところはまだ行方不明って扱いだしな。この後落ち着いて調査が入って、それからだな」
幸い堅実な両親のおかげでしばらくの生活に困ることはなかったギンタとハツネ。しかしこれまで通り学校に通うことは出来ず、引越しと転校を余儀なくされた。
「大学って転校できるの?」
「出来ないな。まあ休学届は出したからしばらくは籍だけ置いてもらって落ち着いたら復学って形になるかな」
「お兄ちゃん、内定貰ってた会社は?」
「んー。まあ春までに卒業できないし今回は縁が無かったかなぁ」
「そっか……残念だったね」
「ハツネは俺のことは気にせずにきちんと高校を卒業してくれよな」
「わかった。お兄ちゃん、ありがとう」
もちろん悲しみは大きかったしメンタルケアを受けたとはいえ未だに絶望的な現実に向き合うのは辛い。家族も、仲の良い友人も亡くした兄妹は東京へ行き二人で生きていくことにした。自分達が悲しんで立ち止まっていたら、きっと両親も安心して成仏出来ないだろう。そう考えた二人は無理矢理にでも前を向いて歩くことにしたのだった。
――あっという間に数年が経った。
あの災害の後も
最初の災害は、5つのダンジョンの連鎖によってモンスターの数が多くまたかなり強いモンスターが混じっていたこと、ダンジョン内に逃げ込むという知識が無いため部屋に閉じこもってしまいそれを発見されたり家ごと破壊されたりという自体が多発したこと、何よりそもそも「魔物溢れが起きるとダンジョンの外でもモンスターに遭遇する可能性がある」という知識がないため全員がパニックに陥ったことなどの要因が重なったことで一つの町の住人がほぼ全員亡くなるという悲劇に繋がった。
この数年で
また並行して企業は魔石によるエネルギーや魔物の素材を加工した製品の開発に注力し、時代の流れにうまく乗ったいくつかの会社は飛躍的な成長を遂げたのだった。
最初の災害をやっと過去の事として向き合える様になった頃、ハツネは大学卒業を迎えようとしていた。
「ハツネ、卒業おめでとう」
「お兄ちゃん、今までありがとう」
「それにしても卒業と同時に結婚かぁ……。父さんと母さんもびっくりだな」
「ふふふ、お父さんなら「一度も社会の厳しさを知らないまま結婚なんてけしからん!」って怒るかも?」
「いやあ、父さんはハツネに甘かったからなぁ。天国で喜んでくれていると思うよ」
「そうだといいんだけど。そうだお兄ちゃん、式のスピーチちゃんと考えておいてよね」
「本当に俺で良いのか? 探索者なんて世間ではまだ遊んでるみたいな仕事だと思われてるから、あっちの親御さんにはよく思われてないんじゃないか不安なんだけど」
「お兄ちゃんが「私達みたいに
「そんな立派な志じゃなくて、単純に稼げるからなんだけどな」
「はいはい、照れ隠しね」
「そうだ、このあいだボスを倒してついに新しいスキルを覚えたんだ」
「ああ、ボスを倒すとたまに起こるってやつだっけ。すごいじゃない。なんてスキル?」
「『風魔法』ってスキルだな。ハツネの『そよ風』よりも強い風を起こせるぞ」
当時はまだ探索者という職業がさほど一般的ではなかったが、それでも協会に魔石やモンスターの素材を卸すことで会社員よりも稼ぐ事が出来たし、まだ企業がダンジョンを独占していなかったためそれなりの頻度でボスを倒す事が出来た。
「えー? そんなこと言って。私の『そよ風』は扇風機よりも快適なんだからね」
「確かに夏に冷房を付けっぱなしにしなくて良いから電気代的には助かってたけどさ。でもハツネ、その事は……」
「分かってる、旦那くんにも言ってないよ。
「ああ。探索者を始めてから知ったんだけど、どうも他の人はダンジョンの中でしかスキルが使えないし、それどころか世界中の国がなんとかしてダンジョンの外でもスキルが使えないか研究してるらしい。もしも俺達の事がバレたら、捕まって解剖されたりするかも知れない」
「そんな映画みたいな事、起こるかなぁ?」
「考えてもみろよ。ある日世界中にダンジョンなんてものが出来て、その中では魔法みたいな力が使えるんだぜ? これってもう映画の中の話じゃないか。起こり得るんだよ、映画の中みたいな話は」
「うーん。その理屈はなんだかしっくり来ないけど、でも私たちだって「どうすればダンジョンの外でもスキルが使えるようになるか」は分からないんだよね……あの災害のあと、気付けば使えるようになってたんだから」
「そうそう。教える事が出来ない以上は妬まれるだけだ。そういう意味でも隠しておいた方がいいって事だよ。それに俺たちだけ他の人にはない力があるってカッコいいだろ?」
「お兄ちゃん、最後のが本音でしょ」
「バレたか」
二人は顔を見合わせてあははと笑った。
――さらに数年後。ハツネは2歳の娘を連れてギンタの元に帰ってくる事になった。彼女の夫は大手企業にサラリーマンとして就職したのだが、彼が勤める企業が本格的なダンジョン攻略とその資源の独占に向けての事業に着手し、若手社員であった彼は会社からの指示でダンジョン探索をする事となった。しかしこの時代には企業側にもまだダンジョン探索のノウハウがほとんど無く、無理な探索や不意の事故で不幸な結果を招く事も少なくなかったのである。
ハツネの夫も運悪くそんな悲劇の犠牲者となってしまった。それだけの話であった。
「ほらカナデ、ギンタ伯父さんだよ。ご挨拶してね」
「こんちわ!」
「こんにちは。まだカナデちゃんが赤ちゃんの頃に会った事があるけど、覚えてないかな?」
「……?」
大人の難しい言葉に、カナデは首を傾げる。
「お兄ちゃん、本当にありがとう」
「良いってことよ。それより旦那君の事は、残念だったな」
「うん、正直まだ現実感無くて。この歳で未亡人になるなんてね」
「うちには俺一人しかいないし、この家は一人で住むには広すぎるからな。暫くはカナデちゃんのケアと、何よりハツネ自身がしっかりと立ち直れるまではサポートさせて貰うよ」
「ホント、助かる」
「気にするな、二人きりの兄妹だろ?」
「うん……生活費はきちんと払うから。遺族年金や企業からの見舞金もあるし、暫くの間ならお金は大丈夫だし」
「そういうのいいから。まずは自分とカナデちゃんの事だけを考えろ」
そう言ってギンタは妹と姪を快く迎え入れた。その後ギンタは実の娘の様にカナデを愛してくれたし、ハツネも再び立ち直る事が出来た。しかし数奇な運命はとことんハツネに安寧をもたらすことを良しとしなかったのである。
ハツネとカナデ、それにギンタと過ごして1年ほど過ぎたある日の事。ひらがなの勉強をしていたカナデが紙に一生懸命文字を書いてハツネに見せてきた。
「おかーさん、みて!」
手渡された紙に書かれた文字を読む。
「えーっと、「ぼうふう」って書いたの?」
「うん!」
「ぼうふうってなあに? 絵本に出てきたかしら?」
「そうじゃないよ、かなでの心のちからだよ」
「心の……力?」
「うん! ずっと前から、心のなかにあるちからなの」
「心の中の力……。ぼうふう……防風、暴風? まさかカナデ、それってスキル!?」
「すきるってなぁに?」
「えっと……なんて言ったら良いんだろう……心の中の力をえいって手から出そうとしたら風が出ない? こんな風に」
娘の前で『そよ風』を使って風を起こすハツネ。カナデはパァッと表情を明るくすると、手を目の前にかざしてできるよ!っと言った。
「えいっ!」
ゴウッという音と共に、大きな風が起こる。ハツネの『そよ風』とは比べ物にならない強さの風は、目の前のテーブルを吹き飛ばして壁に叩きつけた。ドンッ! ガシャン! とものすごい音を立ててテーブルは割れ、壁にヒビが入る。
「あわわわわっ! お、おかあさん! ごめんなさい!」
「どうしたっ!?」
咄嗟に謝るカナデとものすごい音に驚いて隣の部屋から飛び込んできたギンタ。ハツネは真っ青な顔でギンタに語りかけた。
「お兄ちゃん。……この子、生まれつきスキルが使えるみたい。それも、ダンジョンの外で……」
「スキル? ま、まさかこれはカナデちゃんが……!?」
ハツネは黙って頷くだけで精一杯だった。
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