第20話 過去編:ハツネ(前編)

 1970年頃。後に日本が高度経済成長期と呼ばれるこの時代の終わりに、ダンジョンは突然現れた。


 最初のひとつがどのダンジョンだったのかは未だにわかっていない。なぜなら世界中に数え切れないほどのダンジョンがほぼ同時に発生したからだ。


 その中ではファンタジー小説に描かれるような生物が跋扈しておりこちらを見るや襲ってくる。持ち込んだ銃器は役に立たない代わりにそれぞれがまるで当たり前に使えるようになっていたスキルで応戦できる。


 世界中で、ダンジョンは大ブームとなった。一層から危険で強力なモンスターが出現するダンジョンもあるが、多くのダンジョンはピクニック気分で散策できるようなものだったからだ。特に日本やアメリカなどの先進国において若者達はファッション感覚でダンジョンに入り、スキルという超常現象にのめり込んだ。


 初めてダンジョンに入った際に得られるスキルにランダム性がある事も彼らには魅力的に映ったのだろう。手から火や水を出すことが出来る魔法スキルは大当たりとされて、冴えない男が『火魔法』を使える事で一点、女の子に持て囃される。またその逆も然りでいくら良い車に乗っていてもスキルが『気配察知』の男はモテなくなった。


 そんな風に若者の間では流行したダンジョンだが、一方で各国共にスキルの軍事利用を一番に考えた。冷戦と呼ばれる、いつ火が付いてもおかしくない緊張感のある時代だったこともあり「先にスキルの軍事利用を実現させた国が第三次世界大戦の勝利国となる」とまで言われたほどだ。

 

 彼らはスキルを地上で使うためにおよそ試せることは何でも試した。スキルをひたすら鍛える、死のギリギリまで追い詰められた状態でモンスターと戦い続けるなんてのは当たり前にやっていたし、それこそダンジョン内で暮らしモンスターの肉を食べ続けるなんて事も試された。


 その他ありとあらゆる実験が散々行われた結果、世界中の研究機関が出した結論は「使」だった。……今も諦める事なく研究は続けられてはいるが、一応公式にはそういう事になっている。


 スキルをダンジョン外で使うための研究の傍らで大量に討伐されたモンスター達の核から比較的簡単にエネルギーが取り出せる事が分かるとダンジョンの研究は魔石を使ったクリーンエネルギーの利用にシフトする。何せ素材となるモンスターの核、つまり魔石はダンジョン内から無限に湧いてくるのだからこんなに旨い話は無い。数年後には石油に代わる主要エネルギーとしての地位に収まってしまった。


 となれば次に各国がしたことは、自国の資源……つまりダンジョンを管理して守る事だ。慌てて法律を作り、国際条約を作り、いまの体制の基礎を確立した。ここから協会と企業との確執が生まれて現在まで至っていくのだがその雛形はこの時点、ダンジョンが現れてほんの2年ほどで完成していた。


 さて、利権を求める者はさまざまな思惑でダンジョンに向き合ったがそんなことはどこ吹く風、一般人だってダンジョンに興味津々だった。特にダンジョンに関する法律と探索者法が出来るまでの2年間ほど、野放しになったダンジョンには自己責任のもとでかなりの数の一般人が入り込み、そしてスキルを得ることとなった。


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 護国寺ハツネも、そんな流れの中でダンジョンに触れた一人だった。北関東の田舎町で女子高生をしていた彼女は愛犬の散歩を毎朝の日課としていた。世の中に突然ダンジョンが現れたと報道がされ始めた頃のある日、庭の畑に大きな洞窟ができている事に気付く。


「……これ、最近噂になってるダンジョンってやつ?」


 慌てて家族を呼ぶ。集合した家族4人で様子を伺うが、生憎このダンジョンは最小クラスのものであった。中に入ると直径10m程度の歪なドームのような空間があるだけで、モンスターも居なければどこかに繋がる通路があるわけでも無い。だが、中に入った父がスキルを習得したことから――どんなスキルかは彼は死ぬまで語らなかった事から、ハズレスキルだったのでは無いかと推測されるが――そこがダンジョンである事は間違いなかった。


「しかし何の資源も無しか。せっかく畑にダンジョンが出来たというのに、つまらんな。隣の田中さんのところは山に大きなダンジョンが出来て、大学が研究のために10万円で買い取ってくれたなんて話もあるっていうのに……これじゃ買い取っても貰えないだろう」


 ダンジョンの中でハツネの父は辺りを見回してそう言った。


「お父さーん、私も入ってみたいんだけど」


「危なく無い? ねえお父さん、本当に何も居ないの?」


「何も居ないどころか、何も無い空間だよ。お前達も入ってみると良い」


 父に呼ばれ、中に入るとハツネ。その後ろから母親と、兄のギンタが続く。


「ひろーい……けど、本当に何も無いね」


「本当だ……でも不思議だね。外から見たよりも明らかに大きな空間が広がってる」


「なんだ? 『剣術』……。俺、多分だけど剣を使えるようになるスキルみたいだ!」


 ギンタもスキルを獲得したようで興奮気味に叫ぶ。


「私は『疲労耐性』っていう、疲れにくくなるスキルみたいね。なんかよく分からないわね。ハツネは?」


「えーっと……『そよ風』っていうスキルみたい」


「魔法スキルか!? 使ってみてくれよ!」


「うん!」


 ハツネが『そよ風』を使うと、周囲に少しだけ風が流れた。球状の空間は空気の流れがほとんどないようで中にいると少し不快だったが、そんな不快感を気持ちの良い風が取り払ってくれたようだ。


「もっと大きな風は起こせないのか?」


「うーん、これだけみたい」


「何だそれ。ハズレだな」


「お兄ちゃんだって、剣が無いとどうしようもないじゃない!」


「いやいや、逆に剣が有ればモンスターとも戦えるってことだからな」


「モンスターと戦えても就職は出来ないでしょ?」


「そよ風を起こせても大学には受からないけどな」


「ほら2人とも、くらだらないことで喧嘩しないの! 学校に遅刻するわよ!」


 母に追い出される様にダンジョンから退散するハツネとギンタ。そのまま朝食を食べて学校に向かった。


 その日以降も特にハツネ達の生活自体に変わりはない。これまで通り父は会社に、兄は大学に、ハツネは高校に通った。ただ、庭の畑に出現したダンジョンを物置として利用する様になったぐらいだ。ダンジョン内は光源も特になくてもほんのり明るい。また一年を通じて気温や湿度に変化がなく、適度に涼しく乾燥した環境は保存食や嵩張る荷物などを置いておくのにちょうど良かった。初めは資源の取れないダンジョンに文句を言っていた父だが、期せずして最高の物置が出来たと大層喜んでいる姿に現金なものだとハツネは笑った。


 

 庭の畑にダンジョンが出来て――世界中にダンジョンが発生して――およそ半年が過ぎたある冬の日。


「あら、もうお米がない。ハツネ、ちょっと物置から持ってきてよ」


「えー、お米って重いじゃん。お兄ちゃんに頼もうよ」


「ギンタはまだ帰ってきてないでしょ。ほら、さっさと晩御飯作りたいんだから」


「分かりましたー」


 物置ダンジョンは便利だけど、入り口が庭の畑の隅なので玄関からは20m程ある。冬の夕暮れ時、すでに外は刺す様な寒さなのでハツネはコートを羽織ってブーツを履いた。


「ただいまー。ってハツネ、こんな時間から何処かに行くのか?」


「おかえり。お兄ちゃんちょっとだけ遅いよ。お母さんに頼まれて物置にお米をとりに行くの」


「おっと、それは災難だったな」


「あら、ギンタも帰ってきたの? じゃあお味噌と大根も持ってきて」


 玄関で話す二人の声に気付いた母親から追加オーダーが入る。


「……だって」


「仕方ない、二人で取りに行こう」


 外から帰ってきたばかりのギンタもまだコートを脱いでいない。二人は並んでダンジョンに向かった。


「お兄ちゃんは春から東京かー……」


「なんだ、寂しいのか?」


「ううん、こうしてお米を取りに行くのが私の仕事になるのな辛いなって」


「ははは。じゃあ餞別に台車を買ってやろう。ダンジョンから玄関までの間は楽に運べる様になるぞ」


「絶妙に助かる提案だね。ありがたく受け取っておこうかな」


「期待しておけ」


 そんな会話を交わしつつダンジョンの入り口に差し掛かった時、ドーンとものすごい爆発音がした。


「わわっ!?」


「なんだ!? 地震か!?」


 慌てて辺りを見回す二人の目に飛び込んできたのは、テレビで紹介された「モンスター」と呼ばれる異形の生物達であった。


「え!? 何これ!?」


 グギャギャッ! 二人の目の前に躍り出たのは一体のゴブリン。ゴブリンはさも当然のようにハツネに襲いかかった。


「ハツネッ!」


 その間にギンタが割り込む。咄嗟に畑にあったシャベルを構えてゴブリンから身を守った。しかし年季の入ったシャベルはゴブリンの一撃で柄の部分が真ん中から折れてしまう。


「お兄ちゃん!」


「……っ! そうだ! ダンジョンに逃げろ!」


 ギンタは次の攻撃が来る前にゴブリンに蹴りを入れて距離を取ると、ハツネを抱えてすぐ裏の物置ダンジョンに転がりこんだ。そのまま積み重ねた段ボールの奥に逃げ込む。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「うん、平気……ありがとう」


 咄嗟の機転で窮地を脱した二人だが、外には先程のゴブリンがいるという事だ。


「あれってゴブリン……ダンジョンのモンスターだよね?」


「多分な、テレビで見た様な気がする。だけど何で急に現れたんだ? モンスターはダンジョンの中にしか居ないんじゃなかったのか?」


「中に入ってきたらどうしよう?」


「その時はそこにある新しい方のシャベルで戦うしかないんじゃないかな。……俺は『剣術』ってスキルがあってここでなら使えるみたいだから、何とかなると思う」


「なにそれ。もっと強い武器はないの?」


「俺の部屋に戻れれば修学旅行で買った木刀があるんだけどな」


 話しながらも入口の監視は怠らない。しばらく様子を見ていたがゴブリンは物置ダンジョンの中には入っては来なかった。しかしハツネはある事に気付く。


「ねえお兄ちゃん、このまま私達が戻らなかったらお母さんが心配してダンジョンに様子を見にきちゃわない?」


「確かに……それで母さんがさっきのゴブリンに襲われたら大変だ。仕方ない、ちょっと外の様子を見てみよう」


 そして恐る恐るダンジョンの入り口から顔を出し辺りを見回したギンタとハツネの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


「うそっ……!?」


「家が潰れて、そこら中から火が上がってる!?」


「お母さんっ!」


「駄目だハツネッ! 危ない!」


「だけどお母さんがっ!」


「見ろ! モンスターがまたこっちに来た!」


 瓦礫となった家からこちらに向かって来たのは、先ほどのゴブリンより二回り以上も大きくまた明らかに凶暴な顔をしたモンスターだった。ギンタは強引にハツネの手を引いて再びダンジョンの奥に入る。


「ハツネ、俺が守ってるからな……」


「あれなに? どうして? お母さんは……?」


 状況に理解が追いつかずガタガタと震えるハツネ。ギンタはやそんな妹を庇うように前に立つと新品のシャベルを手にしてモンスターの侵入に備える。


 ――ダンジョンが世界に現れておよそ半年。日本で最初の魔物溢れオーバーフローはこの田舎町で起こった。魔物溢れに対して何の知識も無かったため、全てが後手後手に回ったこの事件は日本て最初にして最大のダンジョン災害と呼ばれる数多くの犠牲者を出すこととなる。



第20話 了


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※※作者より※※

光の螺旋の過去(親子3代)編です笑


カンナやアリスに対しては、19話からの流れでアリスママが語っているという事になります。


過去編は全体で5〜6話ぐらいであまり長くなる予定は無いです(今のところ)ので、辛抱してお付き合い頂けると幸いです。


前半部分の設定は考えてきた世界観をこれでもかと盛り込んだ結果1万字を超える作者の考える最強の設定(苦笑)になったので、最低限必要な部分を残して再びお蔵入りさせました。1章1話執筆時にも同じ事をしたなぁ……笑


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