第19話 アリスの家にて

「はい、着いたよ」


 アリスに案内されて着いたのは郊外のごく普通の一軒家であった。周囲にも同じような外装の家が並んでおりザ・住宅街といった中の一軒である。


 光の螺旋は親子3世代からの探索者ということで勝手にお金持ち認定していたカンナは、メイドさんがいるような豪邸に連れて行かれたらどうしようと内心かなりビビっていたのだけれどわりと庶民的な雰囲気でほっとする。


(考えてみればそんなお金持ちならアリスちゃんにはリムジンでお迎えとか来るだろうし、電車に乗って移動とかはしないか)


 偏ったお金持ちの知識に引っ張られているカンナだが、実は護国寺家は普通にお金持ちだ。カンナが想像している様な旧家のお金持ちとは根本的に性質が違って、探索者業といういつ何があるか分からない仕事をしているため不測の事態に対する備えにお金を使っているというだけである。


「ただいまー!」


「お、お邪魔します」


 アリスに手を引かれて家に入るカンナ。奥からアリスに似たきれいな女性が出迎えてくれる。


「おかえりなさい」


「ただいま。ママ、この子がカンナちゃんだよ」


「初めまして。日出カンナと言います」


「初めまして、アリスの母です。上がってちょうだい」


 ニコリと笑ってカンナを歓迎してくれるアリスママ。急な訪問で迷惑ではないかとちょっと不安だったけれど表面上は気にしている様子は無さそうでひとまず安心する。


「お夕飯はもうちょっと掛かるけど、先に二人でお風呂に入ってきちゃえば?」


「そうしちゃおうかな。カンナちゃん、一緒に入ろう!」


「え、ええっ……」


 そのままアリスの自室に通される。


「お洋服はこの部屋着でいいかな。下着はまだ開けてないこれで大丈夫?」


「いいの?」


「うん、気にしないで!」


 ブラは流石にサイズが合わないのでショーツだけありがたく頂戴する。お風呂はカンナの家より広く、アリスと二人で入っても余裕があった。


「カンナちゃん、おっぱい大きいね」


「お、おう……」


 セクハラというよりは純粋な感想に対して反応に困るカンナ。


「ユズキさんに揉んでもらってるの?」


「ノーコメントで」


 やはりセクハラだった。


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 お風呂を出たら丁度ご飯の準備ができたところであった。食卓には4人分の準備がしてあり、既にリュウキが食卓についていた。


「あ、リュウキさん。こんばんは」


「ああ、こんばんは!」


 アリスとリュウキの父親は光の螺旋の遠征に同行しているらしく、この場には不在だった。


「毎回同行してるんですか? 私、会った事ないんですが……」


「ダンジョンまでは行かなくて、ホテルで待機してるからね。パパは裏方さんだから」


「父さんこの家にいるのは光の螺旋が全国を回っていないタイミングの時だな。次は12月ぐらいになる予定だ」


「会ってみたい? 次にカンナちゃんが探索に同行する時に顔出してもらおうか?」


「えっと、どっちでもいい、かな……」


「ほらほら、冷める前に頂きましょう」


 アリスママに促されて、ご飯をいただいた一同。カンナママとは違うけど、やっぱり「お母さんの手料理の味」がするなとカンナは思った。とても美味しかった。


 食事が終わり、リビングでお茶を頂く。


「アリスからは聞いていたけど……カンナさん、本当にスキル覚醒してるのね」


「分かるんですか?」


「ええ。魔力の質がになってるもの」


「前にアリスちゃんにもそっち側だって言われた事ありますけど、どう言う意味ですか?」


 確かにアリスがカンナを見て覚醒者だと断定した時にも使った言い回しだったと思い出して訊ねる。


「覚醒者は魔力の質が変わるのよ。えーっと、どこまで話したらいいのかな」


「ママ、カンナちゃんはスキル覚醒のやり方について知りたいんだって。同じパーティのみんなにも覚醒してほしいらしいの」


 アリスの言葉に目を丸くするアリスママ。


「お! 柚子缶の全員で光の螺旋に入ってくれるって事かい!?」


「あ、そう言う意味じゃなくて、柚子缶として光の螺旋のお手伝いが出来たらいいかなって……」


 嬉しそうに聞いてきたリュウキに慌てて否定するカンナ。アリスはカンナの希望を知っているが、リュウキは未だにカンナが光の螺旋に移籍するのが一番現実的だと考えている。まぁ、よく考えて決めてくれと言ってカンナに続きを促した。


「えっと、今言ったように柚子缶私たちはあくまで今のパーティで光の螺旋と協力して魔物溢れオーバーフローしたダンジョンの対応が出来ればいいなって考えてるんです。だけどスキルが覚醒しないとダンジョンの外でスキルが使えないし、ダンジョンの攻略だってスキルが覚醒していればもうちょっと簡単にボスを倒せる様になるかなって考えてて」


 カンナの『広域化』は覚醒以降その使い勝手が大幅に増した。これまでみたいに単純に使える人を増やしたりスキルを広い範囲に放つだけでなく、先日暗闇ダンジョンで「照明」の魔法を蜘蛛の巣状に広げたような細かい調整ができるようになったのだ。ユズキの『一点集中』はある意味ではカンナの真逆の性質をもつユニークスキルだがこれが覚醒すれば他のスキルを使うと強制的にどこかに集中してしまうと言うデメリットを解消できたり、さらに応用的な使い方も出来るかもしれないと考えている。


「あと汎用スキル持ちの2人も覚醒させようと頑張ってるんだよね?」


「うん、みんなダンジョンの外でもスキルが使える様になれば便利だなって思ってて。汎用スキルが覚醒できるのかは分からないけど、やってみないとわからないって事で最近はみんなすごく頑張って訓練してて……」


 だがそもそもスキル覚醒とはなんなのか? カンナ自身よく分かっていないため完全に手探りで、がむしゃらにスキルを使い続けてその扱いに長けようとしているのが今の柚子缶だ。だからアリスママからスキル覚醒とは何か? どうしたら覚醒に至れるのか? その切っ掛けになるようなヒントでも貰えればと期待してしまう。


 しかしアリスママは難しい顔で考え込んでいる。


「協力……『広域化』……協会とのパートナーシップ……スキル習得……」


 何やらブツブツと呟いている。その内容から、アリスママは協会のスキル習得はカンナの『広域化』を使っている事を知っているのだろう。マスコミの取材は落ち着いたが、一時期騒がれて報道された内容の中には真実に迫るものもあったので分かる人には分かるのだろうか。


「あ、ごめんなさいね。ちょっと考え込んじゃった」


「大丈夫です」


 パッとカンナに向き直ったアリスママはうーんと首を傾げつつ言葉紡ぐ。


「スキル覚醒についてよね。カンナさんはパーティの皆がダンジョンの外でもスキルを使える様になってほしいからそのために全員を覚醒させたいと考えてるって事で間違いない?」


「そうですね。あとはユズキ……うちのリーダーはユニークスキルを持ってるんですが、ちょっとデメリットもあるスキルだから覚醒してそれが解消しないかなっていうのもあります」


「なるほどね。うーん……ちょっと難しいなぁ」


「やっぱりスキル覚醒ってそうそう出来ないんですかね?」


「そうじゃなくてね。あなた達、ダンジョンの外でスキルが使えるって事の意味をどう捉えてるのかしら?」


 真剣な顔でカンナに問いかけるアリスママ。


「前にパーティで話したけど、それは吹聴しない方が良いということにはなりました。だから私が覚醒してて、ダンジョンの外でもスキルが使えるって知ってるのは柚子缶のメンバーと、光の螺旋の方々だけです。もちろん、光の螺旋の皆さんがそうだと言うことも言いふらしていません」


「その理由は?」


「今の日本はスキルがダンジョン内でしか使えない前提の仕組みになってるからです。外でもスキルが使える様になるとそれこそスキルによる暴力が世の中を支配してしまうリスクがある。だから覚醒という事象自体を公にするべきじゃ無いって考えました」


 これはカンナが覚醒してすぐに柚子缶で話し合った事だ。今のカンナはダンジョン外でも『広域化』やそれ以外の汎用スキルが使える。特に『格闘術』は護身術として心強いスキルで、これのおかげで仮に『広域化』を狙った者がカンナに手荒な真似をしようとしても向こうが拳銃でも持ち出さなければカンナ1人で制圧出来てしまう。


 だが逆に言えば相手方……つまり悪意を持った人間がスキル覚醒していた場合は恐ろしいことになる。数ヶ月前のダンジョン内での暗殺。あれが日常的に起こり得る事になってしまうというわけだ。それどころか一握りの覚醒者がダンジョン外でもスキルを使えるというアドバンテージで好き勝手に振る舞う世の中になりかねない。


 幸いスキルを使える暗殺者がまだ襲ってこない事から、柚子缶としては光の螺旋以外にスキルが覚醒している探索者はいないだろうという前提で動く事にしている。


「そこまで考えてるなら話しても平気かな……私たち以外で覚醒したのが『広域化』カンナさんだっていうのも運命かもしれないし、潮時なのかもね」


 カンナの答えにアリスママは頷く。そして自分に言い聞かせると改めて顔を上げた。


「多分私はカンナさんの悩みにある種の答えを示せると思う。だけどそこには大きなリスクと責任がつきまとう事になるわ。それとアリス、リュウキ」


 その場にいたアリス達の方にも声を掛ける。


「「はい!」」


 アリスママの真剣な雰囲気を感じ取ったのか、2人は背筋をピシッと伸ばして返事をした。


「2人には成人するタイミングで話そうってお父さんと相談してたんだけど、良い機会だからここで話しちゃうわ。カンナさんと一緒に聴きなさい」


「聴くって、何を?」


「おばあちゃんとお母さんの話……スキルの覚醒とは何か、なぜ光の螺旋がこんな風にこっそりと魔物溢れオーバーフローしたダンジョンを潰して回っているのか。そういう話はこれまでなんとなくしかして来なかったでしょ? それをきちんと話します」


 その前にお茶を淹れ直すわね、と立ち上がるとアリスママ。


「長い話になるからね。……カンナさんには少し退屈な話になるかもしれないけど、その中で覚醒については分かってもらえると思う。その後どうするか、あなた達ならキチンと考えて答えを出せると思うから、聞いてもらえるかしら?」


「は、はい! 喜んで!」


 思わずちょっとトンチンカンな返事をしたカンナに、アリスママはふふっと微笑んで返す。温かい紅茶をカップに注ぐとソファに座りカンナ達の方に向き直った。


「じゃあ聞いてね。今から話すのはおよそ半世紀前、ダンジョンが初めてこの世界に現れた頃から今に至るまでの光の螺旋の物語」


 そして、子供に昔話を読み聞かせる様な優しい口調で語り始める。

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