第18話 病みユズキ
カンナとアリスが仲良くお茶会をしている一方で柚子缶の3人は今日も渋谷ダンジョンで訓練をしていた。
「はっ! せいっ!」
「うりゃうりゃうりゃっ!」
「……っ! ぐぅっ!」
イヨとマフユの連携をひたすら捌くユズキだが、マフユが『氷魔法』でこぶし大の氷の礫を乱射してきた事でそちらに意識が持っていかれ、その隙をイヨに突かれて床に組み伏せられてしまった。
「もう一回、お願い」
「今日は終わりにした方がいいと思うよ。ユズキちゃ、もう疲れてるもん」
朝からずっと訓練をしてきて、この組み手も何十回目か分からない。マフユの言う通り明らかに動きに精彩を欠いてきている。
「でもまだ何も掴んでないしっ!」
「だーめ、これ以上はオーバーワークです。焦る気持ちは分かるけど適度なところで切り上げないと保たないし事故の原因にもなるよ。カンナちゃんを心配させたくは無いでしょ?」
「私もフユちゃん先輩に賛成かな。動き自体はだいぶ良くなって来てるから、怪我する前に切り上げようよ」
イヨもそう言うとさっさと帰り支度を始める。近頃はこうして無理しがちなユズキをお姉さん達が諌めるのが定番となっている。
(今日も覚醒出来なかった)
そもそも覚醒とはなんなのか、したらそれと自覚出来るものなのか、未だにわからない事だらけだ。しかしカンナに追いつくためには一刻も早く覚醒しなければ。相変わらずダンジョンの外でスキルが使えないことを確認したユズキはガックリと肩を落としながら帰路に着く。
「……日に日に病んでいくね」
「とはいえ私達が出来ることもないんだよねえ。こればっかりは本人が乗り越えないと」
暗い雰囲気のユズキを見て、イヨとマフユはどうしたものかと頭を悩ませる。
ユズキはなんとかスキルを覚醒させようと、とりあえずは『広域化』無しで『一点集中』を使いこなせるように試行錯誤しており、その効果は確かに出て来ている。先日の探索での実戦を見る限り、カンナと共にいる時の動きを100点とするならユズキひとりでも70点ぐらいの動きができていたように見える。ここからさらに80、90と練度を上げていこうとするのであればこれまで以上に厳しい訓練を課さなければならず、身体への負担も大きくなるだろう。
だからそこまで自分を追い込む必要も無いだろうとイヨ達は思うのだが、一方で完璧主義で責任感が強いわりに意外と自己評価が低いユズキが焦る気持ちも分かる。
「アドバイスみたいなのもしようが無いからなぁ」
「結局私達が何言っても本人の気持ち次第だもんね。あまりに根を詰めすぎるようなら一度カンナさんからキツく言って貰おうか」
カンナは光の螺旋への移籍を(少なくとも柚子缶に対しては)明確に否定しているし、ユズキと共にいることを望んでいるのは明らかだ。そんなカンナから無理しないようにと言ってもらえれば少しはユズキにも響くだろう。
そう判断したイヨとマフユは、とりあえず未だにブツブツと今日の反省を口にしながら歩くユズキを引っ張ってダンジョンを後にする。
「今日はカンナちゃん来ないんだよね?」
「うん。光の螺旋のアリスさんとお茶しにいくって言ってたやつが今日」
「せっかくの金曜日なのにカンナちゃんが居なくて寂しいね」
「別に……」
そう言って口を尖らせるユズキ。わかりやすい反応にイヨは笑ってしまった。夏休みはずっと事務所件ユズキの自宅に滞在していたカンナだが、学校が始まってからは平日は事務所に通って訓練して夜には自宅に帰宅、金曜日にはお泊まりしてそのまま週末の柚子缶の探索に同行するというルーチンになっていた。
そんなわけで今日は週に一度の
(そうだ、カンナから連絡来てるかしら?)
スマホを取り出してカンナからのメッセージを確認すると、そこにはユズキをさらに凹ませる一文が記されていた。
― 成り行きでアリスちゃんのお家にお泊まりする事になっちゃった。詳しい事はまた後で連絡するね かんな
思わずスマホとを取り落としたユズキの様子に気付いたイヨとマフユが何事かと訊ねる。カンナからのメッセージを見せてもらった2人はあちゃーという表情で顔を見合わせた。
「まあカンナちゃんなりにスキル覚醒について探ってくれようとしてるんだろうね」
「確かに光の螺旋の人達と仲良くなったらそういう話も聞きやすくなるだろうし……カンナさんに限って浮気とかではないでしょう」
「バカ高原! 変な事言うなっ!」
イヨの「浮気」という単語にピクッと反応したユズキ。マフユが慌ててその口を閉じるが既にユズキからはどんよりとしたオーラが漂ってしまっている。
「ユズキちゃん……?」
「あ、ううん、大丈夫よ? そう、だよね。カンナは浮気なんてしないもんね。きっとアリスさんからスキル覚醒についての話を聞くために親睦を深めようとしてるだけだよね……」
自分に言い聞かせるユズキだった。
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自宅に帰ったユズキは座ってスマホが鳴るのを待っていた。カンナから早く連絡が来ないかと思うと何をするつもりにもならなかった。
ユズキだって頭では分かっている。カンナは嫌なら嫌だと言える子だし、まさか無理矢理連れていかれたと言う事は無いだろうならイヨとマフユが言う通りだろう。だけどそれと感情は別である。
(
実はカンナと一緒にいる機会こそ多いけれど、2人きりになる時間はそう多くない。平日の訓練や週末の遠征では柚子缶として行動しているので必然、イヨとマフユも同行する。2人きりで水入らずという機会は意外とこの金曜日の夜から土曜日の朝までぐらいなのだ。
だからこそ毎週金曜日はユズキにとって特別な日だし、それを楽しみに毎日頑張っている。別に「毎週金曜日はお泊まりの日だよ」って約束しているわけじゃないから厳密にはドタキャンでは無いのだけれど、どうしたって心の中はモヤモヤする。
その時、玄関からガチャリと音がした。
「……カンナ?」
「残念、違います」
そう言って現れたのはイヨとマフユであった。
「2人してどうしたの?」
「あー、やっぱりろくにご飯も食べずにウジウジしてる。フユちゃん先輩、準備して」
「はーい」
マフユは手早くテーブルの上にお皿を並べると、真ん中にドンと鍋を置いた。
「え? え?」
「どうせこんな事だろうと思ってみんなで食べようと思って作って来たんだよ」
「おなじマンションに住んでる強みだね」
口を動かしながらも食器を準備する手は止めない2人。あっという間に食事の準備が完了した。
「今日はユズキちゃんを元気付ける会と称して秘蔵のこれを開けるよ」
そう言ってマフユが紙袋から取り出したのは前に新潟に遠征に行った際に買った日本酒であった。
「さあさあ、冷める前に食べちゃおう」
取り皿によそった鍋をユズキの前に置き、さらに秘蔵のお酒を注ぐ。
「ちょ、ちょっと2人とも」
「今日は朝まで付き合うから溜まってるもの全部吐き出しちゃおう」
すっかり2人のペースに巻き込まれるままお酒を飲まされるユズキだった。
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「わたしわぁ、カンナがしゅきなだけなのにぃー!」
数時間後、ユズキはカンナへの想いを叫びながらくだを巻いていた。
「完全に出来上がってるね」
「ユズキさん、酔っ払うと面倒くさいタイプだったんだね。普段は精々コップに1杯しか飲まないから知らなかったわ」
「マフユもイヨも! 聞いてる!?」
「はいはい聞いてるよ」
「わたしわね? カンナがどんどん遠くに行っちゃうのが不安なの!」
「そうだね、不安だよね」
「ねぇ、どうしたらカンナはずっといっしょにいてくれるかなぁ!?」
「ユズキちゃんは今のままでも大丈夫だと思うよ」
「そうかなぁ!? 平気かなぁ!? アリスちゃんに取られちゃわないかなぁ!?」
「取られない取られない。ほら、ちょっとお水飲みなよ」
はい、とイヨからコップを手渡されたユズキ。コクコクと飲み干すとふーっと、息を吐いた。
「いまごろカンナはどうしてるかなぁ……」
「きっとユズキちゃんのために頑張ってくれてるんだと思うよ」
「そうかなあ? わたしのためにがんばってくれてるのかなぁ……」
「うんうん、だからユズキちゃんは一旦そっちのソファでちょっと横になってていいよ。お片付けは私達がしておくから」
「マフユ、ありがとう。だいすき」
「私も大好きだよ。ほら、高原もユズキちゃんをニヤニヤしながら眺めてないで肩貸して」
「ユズキさんがかわいくて、つい」
イヨは笑いながら立つとマフユと共にユズキをソファに寝かせた。ユズキはすぐにすうすうと寝息を立て始める。
「ふぅ。これで少しは気が晴れたなら良いけど」
「カンナさんも知らないであろうユズキさんの可愛いところ、見ちゃったね」
「役得、役得。まだお酒も残ってるしかわいい寝顔をオツマミにもう少し飲もうか」
「ユズキさんの寝顔は可愛いけど、それだけだとお腹は膨れないからなあ。フユちゃん先輩何か作ってよ」
「作るのは面倒だね。冷蔵庫にチーズなかったっけ? あれ開けちゃおうか」
「人のうちの冷蔵庫まで把握してるとか流石」
楽しげにテーブルに戻ったイヨとマフユ。お姉さん達の夜は、まだ長い。
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