第17話 女子高生達のお茶会

 護国寺ごごくじアリスは光の螺旋のサブリーダーである。しかしまだ17歳ということで実はカンナと同じく女子高生という肩書きも持っている。パーティの運営は双子の兄であるリュウキが担っており(年長者であるヨイチやハルカのサポートを受けつつではあるが)、実態としては名ばかりサブリーダーという立場だった。この辺りも実務はユズキとイヨが回しているため柚子缶の名ばかりサブリーダーであるカンナとの共通点である。


 現役女子高生であるためアリスは(男子高生のリュウキも)魔物溢れオーバーフロー探しの旅には基本的に同行しておらず、見つけた時に現地で合流するスタイルだということだ。


「つまり私はほとんどカンナちゃんと同じような立場ってことなわけ」


 そう言ってお皿のケーキにフォークを刺して口に運ぶアリス。カフェのオープン席でケーキとコーヒーを嗜んでいるだけなのだが目立つ顔立ち、それもとびきりの美人であるアリスがそれをするとまるでファッション雑誌の切り抜きのようだ。そんな感想を抱きつつカンナは紅茶に口をつけた。


「流石に同じ立場ってことはないと思うけど、まあ高校に通いながら探索者をしてるってところは一緒だね」


「そうなの! クラスの子とかは探索者じゃないから話が合わないじゃない? だからカンナちゃんとはこうしてゆっくり話がしたかったんだよ」


 つい1週間前の暗闇ダンジョンでたっぷり30時間話したが、華の女子高生のおしゃべり欲はその程度では満たされないらしい。思わず「お、おう」と気圧され気味な反応になるカンナ。


 暗闇ダンジョンでの会話の中でカンナとアリス、お互いの高校は電車で1時間の距離にある事が分かった。じゃあ今度学校が終わったら中間地点で落ち合おうよということになりこうしてティータイムを満喫することになったのだ。


「カンナちゃんも3年生なんだよね? 卒業後は探索者になるの?」


「一応その予定。卒業だけはするっていうのがお母さんとの約束だから」


「あはは、うちと一緒だ」


「アリスちゃんはテストとか大丈夫なの?」


 2年生の頃危うく進級できない事態に陥りかけた(※)カンナとしては、学業と探索の両立について語れる数少ない相手だ。

(※第3章 9話)


「んー? まあ私は勉強得意だし」


「なるほど、さすが」


 あまり参考にならない意見だった。カンナは今でもテスト前はヒーヒー言っているというのに。


「そんなことより私、カンナちゃんに聞きたいことがあって!」


「なに?」


 やはり『広域化』についてだろうか。


「恋バナだよ! 恋バナ!」


 違った。思わず紅茶を咽せそうになる。


「同じパーティ内で恋愛なんて、素敵だなって。でも他のメンバーと気まずくなったりしないの?」


「そ、そうだね。みんなといる時はあまりイチャイチャしないようにしてるから平気かなぁ」


 この説明は半分正解で、カンナとユズキ本人たちはイヨとマフユの前では控えているつもりだが側から見たら十分恋人同志の空気を醸し出している。しかしイヨはそういうのを愛でるのが趣味だし、マフユは人の色恋に口を挟まない主義なのでスルーしている内に慣れきったというのが客観的な事実である。


「なるほど、ちゃんとオンオフ切り替えてやってるってことだね」


「アリスちゃんはお付き合いしてる人とか居ないの?」


「居ない居ない。そもそも探索者業に時間取られるからデートとかの時間も取れないし。だから探索がそのままデートになるって理想的だよね」


 そういってカンナを見つめるアリス。そんな風に言われると恥ずかしくなってしまう。


「あ、だからって光の螺旋うちのパーティの中で相手を探すってのはナシだけどね! 生まれた時から知ってる人ばっかりだしもう大家族って感じで今さらそんなロマンスは生まれないんだよね」


「生まれたときからなんだ?」


「うん。正確にはハルカさんやサクヤさんは後からだけど、ヨイチさんはそれこそ私とリュウキが生まれる前からパパとママと一緒に探索者してたからね。親戚のオジサンみたいな感じだよ」


「光の螺旋ってそんなに長く活動してるんだ。歴史があるんだね」


「うん。それこそお婆ちゃんの時代からやってるらしいから」


「親子3代!? それはすごいね……代々みんな覚醒者なの?」


「そうだね。正確にはお婆ちゃんが覚醒して、そのスキルをママと私達って感じで受け継いでる感じ」


「受け継いでる……」


「そんなことよりもっと二人の話を聞かせてよー!」


 アリスは自分の話をするよりもカンナとユズキの恋模様を聞きたいらしい。二人の出会いは? どうしてパーティに? いつから好きになったの? どこが好きなの? 付き合ったきっかけは?


「はぁ……恋っていいねぇ」


 アリスはうっとりとした表情で満足げに笑う。質問攻めにされたカンナはユズキとのこれまでとか、どんなところが好きかとか、すっかり吐いてしまった。とはいえ夜の事とかは流石に恥ずかしいのでノーコメントで通す。するとアリスはしつこく聞く事なく引き下がってくれたので矢継ぎ早な質問とはいえ決して強引に聞いてくるわけでもなかった。それでもこれだけ話してしまったのは、カンナにも心置きなく惚気たいという欲求があったからだ。


 イヨとマフユの前ではあまりイチャイチャしたり惚気たりしないようにしている(とカンナは思っている)し、じゃあ他に話せる相手はといえばミサキ辺りが適任なのだが、彼女はユズキの話をすると何故か少し辛そうな表情をする。だから聞かれない限りミサキにはユズキとの話はしないように心がけている。


 つまりカンナには思い切り恋バナ……大好きなユズキの魅力を語り尽くせる相手というのが居なかった。別にそれを不満に思ったことは無かったけれど、こうして興味津々に聞いてるれる相手がいればそれは饒舌になると言うものだ。


「私も恋したいなぁ」


「アリスちゃんはカワイイからその気になればすぐに良い人が見つかるんじゃないの?」


「いやいや、そもそも出会いがないんだって」


「同級生とか」


「うーん、私より弱い人はちょっと……」


 日本一の探索者パーティのサブリーダーにそれを言われたら殆どの人間は対象から外れてしまうのではないか。


「そ、そっか……いつか良い人が現れるといいね」


「ちなみに私はカンナちゃんならいつでもウェルカムなんだけど?」


「え、ええっ!?」


「ほらほら」


 両手を広げるアリス。カンナは慌てて手を振った。


「だ、ダメだよ! 私にはユズキがいるしっ!」


「ふふふ、そうだったね。じゃあもしもいつかユズキさんと別れる時が来たらって予約しておくよ」


「縁起でもない予約をしないでっ!」


「じゃあずっと一緒にいられるように頑張らないとだね」


「うん、それはそうなんだけど……」


 当然、カンナはユズキとずっと一緒にいたい。ユズキだってそう思ってくれているはずだ。しかしアリスはカンナの声に微妙な自信のなさを感じ取った。


「え? なんか良くない兆候があるの? ご家族の反対とか?」


「良くない兆候って程じゃないんだけど、最近ユズキはちょっと焦ってるっていうか余裕が無さそうに見えて……」


「ああ、そういえばユニークスキルを覚醒させようとしてるんだっけ」


「うん。別に私は焦らなくていいと思ってるんだけど、頑張ってるところを見るとそうも言えなくて」


「まあ頑張ってなんとかなるってものでも無いんだけどねぇ」


「そうなの!?」


 さらりと衝撃的な発言をするアリスに、思わず大きな声で聞き返してしまう。


「え? あ、うん。そもそもスキルの覚醒って言ってるけど厳密には異界ダンジョンとの融和って言い方の方が正しくてスキルの覚醒はその結果でしかないとかそんな話だった気がする」


「ダンジョンとの融和?」


「えーっと、ごめん。私も詳しくは分かってないからちゃんと説明出来ないんだよね」


 すまなさそうに手を合わせるアリス。あっ、そうだと言ってスマホを取り出した。


「ママなら詳しい話が出来るから、良かったら今日うちに来なよ!」


「アリスちゃんのお母さんに? 確かにお話が聞けるなら助かるけど……そんな急に話を聞きに行って大丈夫なの?」


「うん、うちのママは結構ゆるゆるだからきっと大丈夫。そうと決まれば善は急げだね! ……もしもし、ママ? 今からカンナちゃん連れて帰るけど、お夕飯一人増えて大丈夫? うん、そう、そのカンナちゃんだよ! わかった、ありがとう!」


 さっさと電話をかけて、どうやら了承を取り付けてしまったらしい。アリスはニコリと笑って。


「カンナちゃんの親御さんが良いよって言えば大丈夫だって!」


「あ、ホント? 一応聞いてみるけど多分大丈夫だと思う」


「やった! なんならお泊まりもする? 多分ママの話は長くなるだろうし」


「お泊まりまで!? 流石に色々と準備して来てないよ」


「大丈夫、服は貸してあげるし下着も使ってないのがあるはずだから! じゃあ早速行こうか!」


 アリスは元気よく立ち上がるとカンナの手を引いて歩き始めた。

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