第16話 カンナの居ない柚子缶の探索

 カンナが光の螺旋と共に暗闇ダンジョンを探索している頃、柚子缶の3人は長野県内の別のダンジョンに挑んでいた。


「さて、私たちも頑張りましょうか」


「おー!」


 このダンジョンでは獣型のモンスターが多く出てくる。野犬や狼、熊に似たモンスター達の動きは速く牙や爪による攻撃はまともに貰えば十分に致命傷となるが、既に探索者全体の中でも上位の実力を持つ柚子缶にとってはまるで恐るような相手ではなかった。……相手が一体ならば。


「きゃあっ!」

「高原!」


 飛びかかる狼の牙を剣で受け止めるイヨ。しかし勢いを殺しきれずに武器ごと身体が後ろに押されてバランスを崩す。咄嗟にマフユが飛ばした氷の礫が狼を吹き飛ばした。


「2人とも、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄るユズキ。その傍には既に物言わぬ屍と化した狼が数体転がって居た。


「なんとかね」


「フユちゃん先輩、ナイスカバー」


「ごめん、ちょっと取りこぼしが多かったわね」

 

 カンナが居ないと柚子缶の代名詞でもある『広域化一点集中身体強化』が使えない。とはいえイヨとマフユはやっと最近実戦レベルで動けるようになってきたところだしこれの影響を一番受けるのはユズキである。『広域化』無しでも戦えるように最近は訓練しているつもりだったが、いざ探索してみると思った以上に苦戦を強いられた。


「どうしても次はこうしないとって考えちゃうみたい」


「あー、分かる。私も雑に『氷魔法』を撃ち込めばカンナちゃんが『広域化』してくれる感覚が染みいちゃってたみたいでスキルを使う時にを考えるだけで一瞬対応が遅れてる自覚ある」


「私は自前の武器スキルを使うだけだからほぼいつも通りだけど。『上級剣術』の飛ばす斬撃とかの『広域化』が出来ないけど、あれは普段から滅多に使わないから」


 イヨの場合はもともと『広域化』したスキルを使う事が少なく、またマフユの場合も『氷魔法』を使う時に広さの指定を追加するだけなので口では対応が遅れていると言いつつもそこまで致命的なロスでは無い。


 しかしユズキについては普段と比べて動きが悪くなっているのは側から見ても明らかだ。


「ユズキさんはもともと『一点集中』に引っ張られて『身体強化』が上手く使えなかったんでしょ? 前のパーティもそれで追放されたわけだし(※)」

(※第1章 2話)


「まあそうなんだけど……カンナが『広域化』で自然に全身の強化をしてくれるようになってから2年間、ずっとそのアシストに頼ってきた結果がこの有様かぁ」


 ユズキは反省する。『一点集中身体強化』により強化された部位でのパンチやキックの攻撃力は高かったが、逆にそこ以外は全く強化されないため、高火力の一撃を確実に当てるために前のパーティでは周りのサポートが必要だった。


 カンナと組んでからは全身が強化されるようになったため自分ひとりでモンスターを倒す事ができるようになったがと、実際はカンナの『広域化』ありきである。これまではそれでもいいと思っていた。ユズキは今後もカンナと一緒に探索者を続けていくつもりだし、もしもカンナが探索者を辞める時は自分も辞めるだろうと思っていたから『広域化』して貰えない環境で探索することは無いだろうと無意識に決めつけていた。


 それではダメだと思うようになったのはカンナの『広域化』が覚醒して光の螺旋にスカウトされてからだ。ずっと一緒に歩いていたと思っていたカンナは、いつの間にか日本一のパーティからスカウトされるようになってしまった。

 

 カンナは「たまたまスキルが便利だっただけだよ」と言うが、それだけでは無い事をユズキは知っている。協会とのやりとりや事務手続き、または車の運転といった裏方作業が出来ないカンナはせめて自分にできる事を精一杯やろうと努力を怠らなかった。『広域化』だって単純にスキルの範囲を広げて満足するのではなく、適用するスキルのスムーズな切り替えや範囲の拡大を図り常に試行錯誤していたのを、ユズキはこの2年間間近で見続けてきたのだ。

 

 彼女の『広域化スキル』が覚醒した直接の切欠こそ、先日の暗殺者襲撃に対応するためギリギリの状況で成功させた離れ業であったが、土壇場でそれを成功させるのことができたのは日頃から弛まぬ努力を惜しまなかったからに違いない。


 それに引き換え自分はどうだ。カンナとずっと一緒に居られれば良いと、その環境を作る事にばかり苦心していて肝心のスキルについては2年前から碌に成長していない。出来るようになったのは、せいぜいが意識と無意識の『一点集中』を合わせる事による超火力攻撃だけど、それだってカンナが『広域化』してくれている事が前提で、自分1人で出来るわけじゃない。この体たらくでは幾ら願っても覚醒など出来るわけが無いと自分で納得できてしまう。姿勢だけで言えば汎用スキルの『氷魔法』を使いこなそうと試行錯誤するマフユの方が余程ストイックだ。


 そんな焦りを覚えたユズキはこの2ヶ月ほどで、やっと自分のスキルと向き合うようになった。『広域化』無しでの『一点集中身体強化』でもこれまでと同じような動きができるように、強化される箇所を調整する訓練……例えば走る時は右足と左足の強化を瞬時に切り替え続けて交互に強化出来れば理論的には全身が強化されている時と同じ動きが可能な筈だし、攻撃にしたってパンチの瞬間右手を強化すれば十分だ。そう言った基本的なスキルの使い方を突き詰めた上で、限界を超えて始めて覚醒するのでは無いかと考えていた。


 とはいえそんな瞬時の切り替えが上手くいくかと言えば容易なことでは無い。走るのだって右足で強く蹴り出したは良いが左足への切り替えが間に合わなければ踏ん張りが効かずにそのまま前に倒れ込む。パンチも攻撃が当たる瞬間は手を強化するが、次の瞬間には軸足を強化しなければ反動で自分も後方に吹き飛ぶ。試行錯誤の末、やっとそれなりのカタチになったつもりで今日、ついにダンジョンで実践してみたわけだが……。

 

「そんな暗い顔しなくても、ユズキちゃんも十分戦えてたよ?」


「ありがとう。でも、ううん、これじゃあ全然ダメだわ。常に考えながら足を動かしたり、攻撃したり……結局半分以上マフユとイヨの方に行っちゃったじゃない。『広域化』があればこんなモンスターぐらい私1人で全部倒せたもの」


 ユズキは予め身体に覚えさせた動きに合わせて強化箇所を切り替える練習をしてきた。『一点集中身体強化』で「走る」動作をする時はこうやって足を動かしてその時強化はこうやって右左右左と切り替えて……を強化部位の切り替えも含めて身体に覚えさせる。同様に右パンチ、左パンチ、右キック、左キック……と出来るだけ多くの動作パターンをひたすら反復して身体に覚えさせてきた。


「確かにユズキさんの動きの継ぎ目が固くてロボットみたいではあったけど、それでもそれなりに動けてたと思うけど。これまで『広域化』ありきでやってきた訳だし、一人での討伐と考えれば充分上出来じゃない?」 


「結局このやり方だと「次はこのパターンで」って考えながら動くしか出来ないから柔軟性も無いし、常にワンテンポ遅れて動く事になるしで、カンナに『広域化』して貰った時とはどうしても差が出ちゃう。やっぱりもっと自然にスキルを使えた方がいいんだけど……」


 瞬時に適切な場所を強化するのが難しいから予め動きのパターンを身体に覚えさせたけれどこれではいくら頑張っても70点の動きしかできないなというのが実戦をやってみたユズキの感想だった。


「そこまでして1人で戦えるようになる必要あるかな? なんだかんだカンナさんは光の螺旋には行かないで柚子缶……ユズキさんと一緒に居てくれると思うよ」


「私もそれは疑って無いけど、でもカンナに甘えて守ってもらうような形になるのは嫌なのよ。胸を張ってあの子の隣に立って一緒に探索したいの」


「愛だねぇ……」

「側から見るとちょっと重いけどね」


 カンナへの想いをポロッと漏らしたユズキを温かい目で見るイヨとマフユお姉さん方に、ユズキは照れ隠しするように軽く咳払いをした。


「さて、こんなところで立ち止まってられないわね! 今日はこのダンジョンのボス部屋の手前まで行くのが目標だし、頑張っていきましょう!」


「「はーい」」


 予め覚えた動きの再現では目指すレベルに辿り着けないとはいえ、今は訓練でやってきたことを繰り返す他にない。多少無理してでもモンスターとの実戦経験を積むために、3人はさらにダンジョンの奥を目指した。


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 数時間後。


「ここまでかな」


 目標としたボス部屋はあと1階層下、ここは当初予定の7割程度まで進んだところだったが、イヨがこれ以上の探索は無理だと宣言した。


「……ごめんなさい」


「ユズキちゃんが謝るようなことじゃ無いよ。気付かなかった私たちにも責任はある」


 ユズキは怪我をした腕を庇って座り込んだ。ここまでは順調といえる程では無いにしてもなんとかやって来れたが、先ほどの戦いで遂にユズキがモンスターの攻撃を受けてしまった。相手の動きを見てどう動くか考え、予め覚えた動きを再現するという無理のある戦い方によって想像以上に魔力を消費してしまっていたため土壇場で魔力の消耗によるスキルの不発を起こしてしまったのだ。慌ててマフユがカバーしたことで怪我自体は大したこと無さそうだが、これ以上の探索は不可能なのは明らかである。


「……悔しい」


「うん、そうだね」


 唇を噛み締めるユズキの腕の怪我を確認するマフユ。テキパキと救急セットで応急処置をする。


「これで良し。ダンジョンを出たら併設の診療所で回復魔法をかけてもらおう」


「ユズキさんはこれ以上の戦闘は禁止ね」


 イヨに厳命されるユズキ。無理をして戦えばさらに怪我をする可能性が高いため素直に頷くしか無い。幸い、帰りの道中でモンスターに襲われたのは1回だけだったがその襲撃に対してはマフユが遠慮なく広範囲の『氷結』を叩き込んで一掃した。マフユ曰く、魔力の温存を度外視すればある程度の範囲攻撃は出来るもののやはりカンナの『広域化』がある時に比べれば威力も精度も落ちているらしい。


(だけどモンスターの群れを一撃で倒すぐらいの威力は出せているのよね……)


 なんだかんだカンナがいる時と変わらない成果を出しているマフユと、碌に戦えずに怪我までしてしまった自分をどうしても比較してしまうユズキ。イヨもマフユもそんなユズキを慮ってか下手に慰めを口にするような事はない。そんな二人の気遣いを有り難く受け止めつつ、ユズキはこれまで以上に必死に努力しなければと改めて決意を固めた。


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 無事にダンジョンを出た一行はユズキの腕を治してもらい、魔石を換金。イヨは一応撮影した動画の編集に入る。光の螺旋に同行しているカンナからの連絡を待つ事になったわけだが、この時点で光の螺旋が暗闇ダンジョンに入ってから10時間ほど。カンナから帰還の連絡が来るのはさらに20時間後になるのだが、この時点ではユズキは知る由も無い。ただでさえ探索が上手くいかずに心が不安定になっているユズキにとってカンナの連絡を待ち続けるだけの20時間はまるで拷問のような精神的な苦痛だった。


 そんな事情もあり、カンナから連絡を受けた時にユズキは安堵から泣いてしまい、電話越しのカンナをひどく困惑させることとなった。

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