第15話 ただいま

 カンナと光の螺旋がダンジョンに入ったのが金曜日の夜9時過ぎ。そこから実に30時間ということで地上に戻った時には日曜日の朝4時であった。


 駅までハルカに送ってもらい、迎えにきて居たユズキたちと合流する頃になってようやく朝日が東から登り始めた。


「これから寝たいところだけど、ちょうどこれから朝になったか……」


「中途半端に寝たら体内時計がおかしくなるから、頑張って日没までは起きてる事を薦めるけど」


 そういうユズキも目の下に大きな隈を作っている。ダンジョンをでて電話した時にワンコールで電話に出たことから推測するに、彼女も昨日から一睡もせずにスマホの前でカンナからの連絡を待っていたのだろう。


「とりあえず朝ごはん食べようか。ファミレスでいい?」


 珍しく目についた24時間のファミレスを提案するユズキ。こんな早朝では地元の名物店も空いてないだろうし仕方ない。探索で遠征する時はその土地の名物を食べないと勿体無ないという精神でいつも美味しいものを頂いてはいるが、カンナは別にファミレスも好きなので問題無いと頷いた。


「いらっしゃいませー!」


 席に通された柚子缶。実はこのチェーン店は幼い頃家族でよく来ていたので、カンナは懐かしい気持ちになる。


「私、オムライスとハンバーグと、サラダとミネストローネにしようかな」


「そんなに食べられるの?」


「うん! お腹ペコペコだから!」


 自信満々に言い切るカンナ。


「あれ、みんなはドリンクバーだけでいいの?」


「うーん、とりあえずね」


 お腹空いてないのかな? まあまだ朝5時過ぎだしねと勝手に納得してカンナはドリンクバーから紅茶を持って来つつ食事が届くのを待った。


 ……。


 …………。


「お腹がいっぱいになってしまった」


 カンナは絶望していた。あんなに空腹だったのに、届いた料理はまだ半分以上残っている。全部の料理に中途半端に手をつけてしまっているので見た目もよろしくない。


「こうなるだろうと思ってたわよ」


「普段のカンナちゃんの食べる量から、どんなにお腹が空いててもこの量は食べきれないと思った」


「でもこんなに残すのはちょっと予想外かなー」


 そう言いながら小皿を持ってきて少しずつカンナの食べ切れなかった料理を取り分けるユズキ達。初めからこうなることを見越して料理を頼まずに待機していたあたり、さすが柚子缶はカンナの事がよく分かっている。


「……ごめんなさい」


「次からは気を付けてね」


 そう言って優しくカンナを撫でるユズキ。カンナは気持ち良さそうに目を閉じてユズキの方に頭を傾ける。マフユとイヨはもはやこれくらいイチャイチャの内にも入らないと言わんばかりにさして気にする事もなく食事を続けるのだった。


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「じゃあダンジョン内ではほとんど危険はなかったんだ?」


「うん。今回もリュウキさんが電撃でほとんどのモンスターをやっつけてて、あとヨイチさんがこうやってライフルでバンバンと」


 そう言って手を広げて電撃を出す構えと、銃を持ってスコープを除く仕草をするカンナ。


「私は「照明」をひたすら『広域化』してただけだね」


「それでも30時間、歩き続けたわけでしょ?」


「多少は休憩を挟んだけど。ほとんどずっと歩きっぱなしだったかな」


 流石に帰り道は皆疲れており、会話もかなり少なくなっていた。


「その間食事も無し?」


「光の螺旋の人達は羊羹ようかんを持ってきてたからそれを食べてたね。私も分けてもらっちゃった」


「アスリートかよ」


 短い時間で効率的にカロリーと塩分を摂取するために羊羹を食べるというが、探索者がそれをやるのはあまり聞かない話だ。普通はそこまでストイックな探索が必要となる前に切り上げるのである。


「ちなみにカンナさん、長丁場の探索ってトイレどうするの?」


「高原、食事中だよ」


「もう食べ終わってるし、気になったから」

 

「……ガマンシタヨ?」


「カンナ、目が泳いでるわよ」


「あんまり言いたく無い……っていうか他のお客さんも居るし、この話題はやめよう?」


「分かった、じゃあ会計済ませてからじっくり聞こうか」


「なんでそんなにトイレ事情が気になるんだよ……」


 話したがらないカンナと、食い下がるイヨ。マフユとユズキはイヨに呆れながらも確かに気にならないと言えば嘘になるので呆れながらもイヨを止めることは無かった。


 車に移動した一行。長い探索でかいた汗を流したいカンナのために、早朝からやっているスパを検索してそこに向かう。


「それでトイレは?」


「本当に聞くんだ。……はぁ、休憩中にそこらへんで用を足しました」


「それって危なく無い?」


「そうだけど、出さないとそれはそれで危ないっていうか。一応ハルカさんの『土魔法』で地面にそれ用の穴を掘って周りに壁を作ってくれて、簡易トイレっぽくはなってたけどあんまり思い出したくは無いね」


 光の螺旋のメンバーは慣れた様子で交代で用を足していたが、さすがにカンナは恥ずかしくてだいぶ長い事我慢した。誰かが使った簡易トイレに入るのも、自分が入った簡易トイレに後から人が入るのも気持ち的に憚られたのだ。

 そんな様子に気づいたハルカがカンナの為に専用の簡易トイレを作ってくれたが、それはそれで我儘を言っているようで申し訳なかった。


 さらにカンナの戦闘服は全身タイツ型のインナースーツで(※)みんなを待たせないように用を足すのは本当に、本当に大変で神経を遣った。今回の探索で一番大変だったのは間違いなくこのトイレタイムである。

(※第1章 24話)


「なるほどね、日本一のパーティとはいえそのあたりは普通の探索者と一緒か」


柚子缶うちは探索前のトイレを徹底してるし、水分も気を付けてるから数時間の探索でトイレが我慢できなくなった事は無いけど、ほかのパーティってどうしてるの?」


「そりゃ穴掘ってそこにポイだよ。埋めておけばそのあっという間に分解される? らしくて1時間くらいで影も形もなくなるらしいからね」


「もう汚い話はやめようよー!」


「あはは、ごめんごめん。カンナさんを羞恥プレイでいじめるつもりはなかったんだけど、ちょっと気になることがあって」


「気になる事? カンナがインナースーツまで脱いでダンジョン内でスッポンポンになった事じゃなくて?」


「もう、ユズキ! 私怒るよ!」


 声に本気の怒りが混じり始めたのでイヨはこれ以上カンナをからかうのを辞めて、本題に入る。


「うん。光の螺旋って覚醒者が集まってるといいつつダンジョンの基本ルールを壊せるような能力があるわけじゃ無いんだなって思って」


「基本ルール?」


「そう。未発見ダンジョンを初見でボス討伐してコア破壊するってインパクトで見落としてたんだけど、探索自体は至極真っ当にやってるよね。一層から順番に地図を作って少しずつ奥に潜っていくとか、暗闇ダンジョンでは光源に苦労するとか、それこそトイレは穴掘ってポイとか」


「まあそうね。大きなダンジョンでは30時間もかけて攻略する事になったり」


「うん。だからこそ今回のカンナさんの体験談の中にある違和感が際立ってると思って」


「違和感? 何かある?」


 イヨの言葉にユズキは首を傾げる。カンナもわからず首を振った。


「高原、勿体ぶった言い方するね」


「フユちゃん先輩は気付いたか」


「まあね。ヨイチさんのスキルでしょ?」


 正解! とイヨは笑った。


「『狙撃手スナイパー』? 確かにダンジョン内で銃が撃てるのはすごいけど、ユニークスキルだしそんなものじゃないのかな?」


「カンナさん、それは違う。聞いた限りだとダンジョン内で銃が撃てたんでしょ? 普通は絶対に撃てないのよ。ダンジョン内だと火薬に火が点かないから」


 そう、火薬や可燃性ガスにも火が点かないのがダンジョンだ。それはカンナも知っているし、昨日ヨイチと話した時にも同じことを確認した。


「ダンジョンの外ではスキルを使えない、ダンジョンの中では銃火器が使えないって原則があるわけじゃない? これって探索者の常識としてセットで言われるけど実は別物で、覚醒者は前者を無視できるようになるけど後者には縛られたままだと思うのよ」


「そうかな?」


「うん。カンナさんの話だと光の螺旋が持ち込んでたコンロやランタンが電池式って言ってたからね。ガスが使えるなら普通はそっちを使うと思うから、覚醒者なら誰でもダンジョン内で銃火器が使えるってわけじゃ無いんだと思う……念のため今度カンナさんに試してもらおうか」


「そうだとして、ヨイチさんのスキルって凄いねって話で終わる話じゃないの?」


「その凄いを深掘りする事で、私たちがダンジョンの外でもスキルを使える様になる手がかりがあるかもって事ね?」


 ようやくイヨの言いたい事が分かったユズキ。


「そういうこと。これまでみたいにスキルを使い込んで練度を上げるだけじゃなくて、裏技みたいなやり方がもしかしたらあるかもって事」


「裏技……あるのかな?」


「無いかもしれないけど、聞くだけ聞いてみようかって事ね。今のままやってても手詰まり感があるわけだし」


 ユズキも納得した様に頷いた。


「手詰まり感、あるの?」


 何気無い呟きだったが、カンナは不安になって聞いてしまう。ユズキは困った様に眉根を寄せて答えた。


「スキル自体はこれまで以上に使いこなせている感覚はあるんだけど……覚醒ってどういうことかが感覚的にわからないからなんとなくだけどこのままスキルを使い込んでるだけじゃダメな気がしてきたのよね」


「そうなんだ……私が手伝えることってあるかな?」


 カンナの希望はもちろん柚子缶としての活動の継続だ。光の螺旋のやっていること、つまり人知れず魔物溢れオーバーフローしているダンジョンの処理は立派な行動だと思うが彼らに同行しているのはあくまでもお手伝いと、将来的に「柚子缶」として彼らと共に仕事ができる関係を築けたらいいなと思っているからである。


 しかしユズキ達がカンナ同様に覚醒、つまりダンジョンの外でもスキルを使えるようならなければ、光の螺旋と対等な立場で渡り合う事が出来ない。もちろんそれがカンナの光の螺旋への移籍に直接繋がるなるわけでは無いが……。


「でもまだ本格的に訓練して2ヶ月だしね、そういえば3人での探索はどうだった?」


 努めて明るく振舞うカンナ。しかし空気を変えようと振った話題はあまり良い選択では無かったらしい。


「どうだったと言われると」


「カンナちゃんの偉大さを再認識した探索だったよ」


「特に私はすっかりカンナに頼りきってたなって痛感しちゃったわ……」


 イヨ、マフユ、ユズキの3人はますます重い空気を醸し出したのであった。

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