第14話 光の螺旋とのダンジョン探索
暗闇ダンジョンの最大の敵は「暗い事」である。『光魔法』の「
それ故に光の螺旋にとっても暗闇ダンジョンの探索は困難であったし、過去には一度の探索で攻略しきれずに後日の仕切り直しを余儀なくされた事もある。
「それがこれだけ明るければ普段通り探索できちゃうんだから、カンナちゃん様々だよ」
アリスが楽しげに語りかける。闇に潜んだモンスターの不意打ちを受けるリスクが無ければモンスターの強さは平均よりやや弱い程度のダンジョンな事もあり今回の露払い役はリュウキがメイン、ヨイチがサポートで問題無いと判断された。
アリスはカンナと仲良くなりたい! という想いから、今日は初めから後方でのお喋りを望んでいたのだ。とはいえ暗闇ダンジョンであったらそんな我儘を言うわけにもいかないとガッカリしていたところ、カンナが『広域化』で「照明」を広げたことで周囲一帯と共にアリスの心まで明るく照らしてくれたのでとても上機嫌であった。
「この広がった明かり綺麗……私、『広域化』って単純に他に人がスキルを使えるようになるってスキルかと思ってたけどこんな使い方もできるんだね」
蜘蛛の巣状に微調整した「照明」を見上げながら感心するアリスにカンナは頷く。
「うん、前はこんな風には微調整出来なかったんだけど。最近は色々とできるようになってきたんだよね」
例えばマフユの『氷魔法』を『広域化』する時、以前はただ範囲を広げるだけしかできなかった。しかし例の襲撃後……つまりスキルが覚醒して以降はかなり細かい調整が効くようになった。訓練の中で、モンスターには一瞬で凍らせるほどの冷気を放しつつすぐ隣にいる柚子缶のメンバーには全く冷気を通さないように範囲を指定することも出来るし、更に少し暑いからついでにちょっと涼しい風を送ろうかなんて芸当も出来るようになった。
とはいえ出来ることは増えてもそこまで役に立つケースは多く無いと思っていた。先程の『氷魔法』の範囲指定は実際のモンスター討伐では使う機会は殆どない。細かな範囲指定が必要なほどモンスターと密着した状態で『氷魔法』の大技を使うようなケースがそもそもないからだ。
「だからこういう直接戦闘に関係ないスキルをいい感じに調整出来るっていうのは私からしても新しい発見だったかな」
「そうなんだ。じゃあ練習すればもっと色々出来る可能性はあるってことかな? 私の『風神』って風を操るスキルなんだけど、出力をうまく調整してもらえれば風の力で空を飛んだり出来ないかな?」
「ユニークスキルはまだ『広域化』出来た事がないんだよね。汎用スキルとはなんかスキルの性質が違う感じで上手くいかなくて」
「ああ、前にそう言ってたね……じゃあハルカさんに『風魔法』を使って貰えればいけるってことか!」
「どうだろう? 風で空を飛ぶって理屈がよくわからないから難しい気がするなぁ……」
カンナは『風魔法』で空を飛ぶところを想像してみるが突風で吹っ飛んでいく姿しか想像出来ない。むしろ『浮遊』というその場で数センチだけ浮き上がるスキルがあるのでそれを応用した方が上手くいく気がする。
「アリスはそもそも自分で風を出せるんだからカンナさんの『広域化』に頼らずに自力で調整してみれば良いんじゃないの?」
「それは……前に失敗したからもういいかな……」
ハルカが指摘するとアリスはばつの悪い顔をして小さく呟いた。
「アリスは何年も前に実際に試した事があるのよ。それで思いっきり吹っ飛んで壁に衝突。かなり大怪我してご両親にこっ酷く叱られたの」
サクヤがカンナに裏事情を耳打ちしてくれた。やっぱり吹っ飛んでいくんだ。軽はずみにやってみようとか言わなくて本当に良かった。
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10時間ほど探索を続け、サクヤの『魔物探知』によればおよそ半分程度まで進んだとされたところで一度休憩をする事にした一行。
「ボスまであと10時間、帰りは行きで作った地図をもとに真っ直ぐ進むから3、4時間で戻れるとして、それでも合計24時間か。久しぶりの長丁場になりそうだね」
過去には30時間を超えた事もあるとのことだっだが、光の螺旋の未発見ダンジョンの攻略にかかる時間は平均で12時間程度というなのでかなり長めの探索となる。夜9時過ぎからダンジョンに潜っているため現在朝7時。まだそこまで疲れは無いが、このままあと10時間の探索を強行するとボス直前でガス欠になる恐れがあると判断し比較的安全と判断したこの場所で3時間ほど休憩する事にした。もちろん休憩すれば帰還はさらに遅れるわけだが無理するわけにもいかない。
「カンナちゃんは遅くなって平気?」
「まあ明日の日曜のうちに家に帰れれば学校には行けるから平気かなあ」
ユズキ達は心配するだろうなと思うが外に連絡を取る手段がないので仕方がない。何気なく愛用の配信用カメラを取り出すが、圏外のマークが点灯している。
「あー、それは協会が管理してるダンジョンじゃないと使えないね」
「やっぱりそうなんですか?」
「うん。そもそもダンジョン内で配信できるのって協会が専用の電波発信機と各層に中継機があるからなの。だから私達がいつも探索するような未発見ダンジョンでは通信機が使えないわけ」
「あ、前にユズキがそんな事言ってました。確か元々協会の人達が緊急通信用に設置してて、その通信網を個人探索者が勝手に使って配信をするようになったんですよね?」
「そうそう。協会としては面白くない流れだったけど、配信で個人探索者が増えた事で素材や魔石の産出量が増えたから結果オーライって事で今はその電波を正式に使っていいことになってるのよね。さすがよく勉強してるわね」
ハルカが感心したように頷く。カンナはユズキが褒められたようで嬉しくなった。
その後もカンナはアリスやハルカ、サクヤとの会話を楽しんでいたが、ヨイチから「雑談もいいが、少し寝ておけ。肝心なところで魔力切れを起こすなよ」と注意を受けたので眠る事にした。
周囲の警戒はヨイチがしてくれるとのことで、荷物が入ったリュックを枕にして横になる。床が冷たいのは仕方が無い。カンナは膝を抱えて小さくなり、少しでも体力と魔力を回復するために目を瞑った。
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……タンッ!
…………。
……タンッ!
…………。
甲高い音が響いた気がして、カンナは目を覚ました。
「む。起きたか。あと10分ほどで全員起こそうかと思っていたところだ」
「ヨイチさん。私、どれくらい寝てました?」
「2時間弱だな。……飲むか?」
ステンレスのマグカップに入れた温かい紅茶を受け取る。インスタントとはいえ、肌寒いダンジョン内で冷えた身体には十分ありがたかった。
「ヨイチさんはずっと起きてたんですよね?」
「見張りだからな。ここで寝てない分、ボス戦ではあまり期待しないでくれ」
そう言って笑うヨイチ。ふと真剣な表情にかわると傍に置いてあったライフルを構え闇に向かって引き金をひく。
タンッ! と先ほどと同じく甲高い音が響いた。
「まあここまでは来ないかもしれないが念のため、な」
スコープから目を離すヨイチ。
「モンスターですよね? 全然見えなかったですけど……」
「ああ、俺のスキルは『
事も無げにいうヨイチであったが、数十メートル先の10センチの的に的確に射撃するのは十分神業だし、そもそもそれに気付くのが凄い。なるほど、彼が見張りをすると言えば他のメンバーが安心して眠りこけているのも頷けた。
「ダンジョン内って普通は鉄砲は使えないと思うんですけど、それも『狙撃手』の効果ですか?」
「ああ。ダンジョンの中では作用しなくなる銃火器だがこのスキルを使った場合は問題なく動くようになる」
そう、ダンジョン内では銃が使えない。厳密に言えば火薬に火が付かなくなるのだ。ダンジョンが現れた当初、人々は武器を携えてそこに潜ったが彼らが持っていた銃や爆弾は尽く役に立たなかった。代わりに各々がダンジョンに入った直後に「当たり前に使えるもの」となったスキルが襲いかかるモンスターから身を守る手段となった。
「火自体は起こせるし、着火剤は使えるけれど火薬やガスには何故か上手く火が付かないんですよね」
カセットコンロの火も上手く付かなくなるのでダンジョン内でキャンプをする際は電気式のコンロを持ち込む必要がある。まさにヨイチがカンナに渡した温かい飲み物も電気コンロで沸かした湯で淹れたものだった。
「ああ、どうやらダンジョン内にある空気の成分が火薬をダメにするらいしな。色々と試した事はあるが、俺のスキルを発動している間だけ持っている武器にそのルールが適用されなくなるらしい」
「……不思議ですね」
「まあダンジョンなんてもの自体が不思議の具現化だからな」
そう笑ったヨイチ。さあ、みんなを起こそうかと言って立ち上がる。カンナも女性陣の肩を叩いて起こしてまわった。
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休憩して英気を養った一行。再びハルカが「照明」を使いカンナが『広域化』する。
「さっきまではランタンの小さな明かりでキャンプ感あったけど、やっぱりこっちの明るい「照明」のほうがいいね」
「暗闇に加えてこれだけ広いダンジョンだと、いつもだったら一度の探索じゃ無理だったわね。下手したら3回くらいかけないと攻略出来なかったかも」
「うげー、こんな暗いダンジョンを3回もかけて少しずつ攻略するとか考えただけで地獄なんだけど」
「だからこそ、カンナさんに感謝しないとね」
「そうだね! カンナちゃん、ありがとう!」
「わ、私は「照明」の範囲を広げてるだけなんだけど……」
「それが本当にありがたいんだけどね。私の「照明」の明かりだけだと歩くペースがかなり落ちるからこんな風にサクサク進めないし」
あまり褒められすぎても恥ずかしくなってしまう。とはいえ喜んでくれて良かった。
その後も一行はペースを落とす事なくダンジョンを攻略。およそ10時間後に予定通りボスの元に辿り着いた。今回はカンナにボスの討伐をやってみようかとはならずに、アリスとリュウキの『風神』『雷神』の火力全開であっさりとボスを討伐。無事にコアを破壊してダンジョン攻略となった。
帰りは流石に疲れから歩くペースが落ちて地上に戻ったのはそこから6時間以上かかっての事であった。
最初の休憩まで10時間、休憩3時間、そこからボスまで10時間、帰路に6時間ちょっとと、合計30時間弱の光の螺旋としても過去最高クラスの長い探索となった。
もちろん長くなる可能性はあると話は聞いていたが本当にこんなに長丁場になるとは流石に思っていなかった柚子缶一同。地上に戻ったカンナがユズキに無事に戻ったと連絡をした時、ユズキは心配で泣いていたのは仕方がない事だろう。
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