第13話 カンナの出張

 あっという間に10月、まだ秋というには少し暑い日が続く。9月初めの取材を機にカンナに対する取材はほぼゼロになった。ひとり、事情を知らない記者が一度突撃してきたが、相手が1人であれば不意打ちであっても対処できる。無視→やめてください→警察呼びますよ! ほコンボで撃退した。


 せっかくカンナが頑張った記者会見? であるがあれをもとに実際カンナの事を報道したのは探索者向けの情報を発信しているウェブ番組ひとつだけだった。

 事件直後であればあの質問と回答でも「暗殺者に襲撃された側の視点」として需要があったが、それから1ヶ月ほど時間が経ち既に探索者暗殺と企業の闇について扱う報道番組はほとんど無くなっていたのだ。

 スキル習得と『広域化』についての意見が引き出せればそれで特集も組めるが、そうでないなら正直今さら……という内容だと各局は判断したというわけだ。尤も、冬に予定してる第2回スキル習得の一般参加者募集が始まればまた報道が加熱する可能性もあるけれど。


 そんなわけでこの1ヶ月ほどはようやく取り戻した日常の中、柚子缶は探索と訓練に励む日々を過ごしていた。


「今週末は光の螺旋に呼ばれてるのよね?」


「うん。長野県だって」


 東京からなら車で3時間程度、先日の広島に比べたらすぐそばである。


「カンナも魔物溢れオーバーフロー対応とコアの破壊に参加するの?」


「とりあえず見学って事になってるけど、私は「見学」に違う意味がある事を前回学んだからね。ある前提で行ってくるよ」


 悔しそうな顔で語るカンナ。広島では急にボス討伐をする事になったが、他の三人はその展開を予想しておりカンナだけが現地で慌てる事になった、その経験が活きている。


「ユズキさん、私達はどうする?」


「カンナを送りつつ、私達は私達でダンジョン攻略しましょうか。たまにはカンナ抜きの配信っていうのも新鮮かもしれないし」


「いけるかな?」


「流石にダンジョンのランクは落とさないと危ないと思うけど、私たち以外のパーティは『広域化』無しで探索してるからね。やってやれないことは無いでしょう」


「みんな、無理しないでね」


「カンナもね」


 未だダンジョン外でのスキル発動には成功していないものの、ユズキ達はスキルの練度がかなり向上してきている。訓練の成果を確認する意味でも、一度カンナ抜きでダンジョン探索をするのはいい機会だと判断した。


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「というわけで、今日はカンナさんがきてくれました!」


 週末、ユズキ達と別れたカンナはハルカに拾われてそのまま光の螺旋に合流した。


「カンナちゃん、久しぶりー!」


 アリスが楽しそうに駆け寄ってくる。どうも彼女は『広域化』云々を抜きにして、カンナの事を好いている雰囲気がある。カンナも笑顔で手を振りかえした。


「あれ、溢れた魔物の処理は終わってるの?」


「ああ。ハルカさんがカンナを迎えに行っている間に俺とアリスが楽しておいた。今回はボス級のモンスターが一体だけだったからな」


「というわけでさっさとダンジョンに行こうよ!」


 ドヤ顔で報告するリュウキと楽しげに手を引いてくるアリスに先導され、未発見ダンジョンに向かう一行。ほどなく入り口を見つけて順番に中に入る。


「真っ暗!」


「ハルカ、頼む」


「はーい。「照明ライト」っと」


 ヨイチに頼まれたハルカが手をかざしてスキルを発動すると、手から数センチ程度の大きさの光の玉が生み出される。光の玉はふよふよと一行の頭上へ浮き上がり、天井付近まで移動した。


「オーケー、私の頭上に常についてくるように固定できたよ」


「ありがとう」


 ハルカが歩き出すと光の玉は彼女と共に移動する。一行は暗闇に取り残されないようそれに続いた。 


「今日はハズレダンジョンだねー」


「そうなんですか?」


 隣を歩くアリスがぼやいたのでカンナは訊ねた。


「うん。だって暗いじゃん? こういう真っ暗なダンジョンって年に1回あるかどうかなんだけど、ハルカさんが照らしてくれないと本当に何も見えないからね」


「確かに。誰もライトとか持ってきてないからどうするのかと思いました」


 アリスの言葉に頷く。協会が管理するダンジョンにも光が無い暗闇ダンジョンはいくつか存在する。当然光源が必要になるため基本的には不人気ダンジョンだ。


「ライトやランタンを持つと片手が塞がるし、ヘッドライトは光が頭の動きに合わせて揺れるせいで視界が安定しないし、あとはどっちも電池が無くなると困るからね。一応サクヤさんが背負ってるリュックにキャンプ用のランタンがあるけどハルカさんの魔力が無くなった時に休憩する時の緊急用かな?」


 確かに電池が尽きる前に切り上げられる通常の探索とは違い最奥まで進みコアを壊す必要のある光の螺旋としては、電池に不安がある照明機器は使いづらいのかもしれない。

 

「うちはハルカさんの『光魔法』があるからね。その代わりこういうダンジョンだとハルカさんは他のスキルが使えなくなっちゃうんだけど」


「ハルカさんのスキルって『光魔法』なんですか?」


「言ってなかったっけ? ハルカさん、カンナちゃんにスキルの詳細教えちゃって大丈夫ですかー?」


 アリスの呼びかけに前を向いたままOKサインを頭上に掲げて了承するハルカ。


「ハルカさんのユニークスキルは『魔法使い』って言って、全部の魔法スキルが使えるって凄いやつ」


「全部ですか!?」


「うん。ただ、個々のスキルの練度はどうしても本職っていうか1つの魔法スキルしか持ってなくてそれを極めてる人には敵わないんだって。この前の柚子缶の討伐を見て『氷魔法』はマフユさんには勝てないって言ってたし」


「それでも魔法スキルが全部使えるって凄いですよ……全部で何個あるんでしたっけ?」


「確か20個くらいかな? でも攻撃魔法はほとんど使わないんだよね。私とリュウキとヨイチさんのスキルで攻撃力は間に合ってるし。だからこういう時の『光魔法』とか、あとは壁や道が崩れてる時に『土魔法』で補強してもらったり、たまに怪我した時に『回復魔法』で治して貰ったりとかかな」


「それってものすごく万能じゃないですか?」


「光の螺旋のキーパーソンだね。変な話、私やリュウキみたいな火力全振りしてるスキルは替えがきくけど、ハルカさんはできる事が多すぎて居なくなったら正直厳しいし」


「アリス、褒めすぎよーっ」


 ベタ褒めされて恥ずかしくなったのか、前方からハルカが否定の声を上げる。そんなやりとりに笑いが溢れるパーティ。前回は柚子缶と光の螺旋という2パーティ合同の形だったのでこういった弛緩した雰囲気は無かったが、光の螺旋のメンバーだけならこんな風に笑い合ったりしてるんだよな、と当たり前の光景がカンナには新鮮に写った。


「……おっと、そこ少し段差になってるから足元気をつけて」


「どこ?」


「そこ」


 リュウキが指差した部分に目を凝らすと絶妙に躓きやすそうな段差があった。


「これだね、ありがとう。ハルカさんが照らしてくれているとはいえ、どうしても足元は見えづらいなぁ」


「こんな小さな灯りだとねぇ」


 真っ暗闇よりは断然マシだし、なるべく高い位置に光の玉を上げてくれてはいるが、それでも光源がひとつだと足元は見えづらい。先頭を歩くハルカの前方はまだしも、後ろの方はパーティの身体が影を作るため視界良好とは言えなかった。


 サクヤは手元を照らす小さなペンライトを駆使して地図を書き込んでいるがだいぶやり辛そうだ。


「……そうだ。ハルカさん、その明かりって『光魔法』なんですよね? 汎用スキルであれば私が『広域化』できると思うので試してみていいですか?」


「出来るの? 私は構わないけど」


「多分ですけど」


 許可を得たのでカンナは光の玉を『広域化』する。いまは数センチの玉だけど、これを前後15mくらいの板型にして天井に貼り付けるイメージで広げれば……。


 ピカーッ!


「うわ! 眩しい!」


「ちょっと目が眩んじゃう!」


「わわ、ごめんなさいっ!」


 明かりは狙い通り広がったものの今度は眩しすぎてしまった。慌てて『広域化』を解除する。


「ふぅ、びっくりした」


「明かりの強さをそのまま『広域化』しちゃいました。ハルカさん、少しだけ暗めにしたりってできますか?」


「ちょっと難しいかな、このサイズと明るさの光球を出す魔法なんだよね」


「じゃあ広げ方を工夫してみます」


 改めて光の玉を『広域化』するカンナ。先ほどは板状に延ばしたせいで明かりが強くなりすぎた。であればただ広げるのでは無くて……。


 カンナが慎重に『広域化』すると、光の玉から直径1センチ程度の棒が伸びてくる。明るさは玉と同じだが、細長いため先ほどよりかなり目に優しい。


「いい感じじゃん!」


 アリスが喜びの声をあげる。


「でもこれだと角を曲がるたびに調整がいるな、もうちょっとこうして……」


 さらに棒を細くしたカンナ。あわせて玉から伸びる光の棒を2本、3本の増やしていく。等間隔に8本の棒を伸ばすと、その縦の同士を繋ぐ棒を糸のように広げていく。5分ほどかけてハルカが出した光の玉を中心に、直径30m程の蜘蛛の巣状の光の網が広がった。


「よし、さっきの板状の広域化から、細い糸で作った網のカタチに変えてみました! これなら明るすぎなくて丁度いいと思うんですかどうですかね?」


 調整には神経を使ったけれど、この感覚は覚えたので次からは10秒もあれば同じように広域化可能だろう。ちょっとこれは上手くいったのではないかと得意げにハルカ達の方を見るカンナ。しかし光の螺旋の面々からはほとんど反応が無い。


「あ、あれ? あんまり良くなかった……ですか?」


 不安になるカンナの肩をアリスががっしりと掴んだ。


「すっ……ごぉーいっ!」

 

「いや、想像を遥かに超えた出来上がりに完全に度肝抜かれてたわ」

「これだけ明るければ普段と同じ感覚で探索できるな」

「地図も問題なく書けます!」


 アリスに続いて続けて感想を述べる一行。しかしリュウキだけは少し難しい顔をして呟く。


「これ、次から暗闇ダンジョンはカンナ無しでは探索出来ない身体になってしまうな……」


「こらリュウキ! せっかく皆んなが盛り上がってるのに水差さないで!」


 とりあえず好評なようで良かった。カンナはほっと胸を撫で下ろす。


「こんな精密にスキルを使って、魔力は保つ?」


「最初に広げるのは少し大変だったけど、これの維持だけなら半日以上は問題なく出来ると思います」


「それは重畳ね。じゃあ有り難く照らして頂きましょうか」


「ハイ!」


 喜んでもらえて良かった。カンナとしてはただついて行くだけのお客さんとしてよりは、何らかの役に立ちたいと思っていたのでこういった形で貢献できたことは素直に嬉しかった。


 ……それが光の螺旋のメンバーに「なんとしてもこの子にウチのパーティに来てもらうぞ!」と改めて決意させてしまう事になったとはつゆほどにも思っていなかった。

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