第10話 日出カンナへの突撃取材

 校門を出たカンナを見て記者達はざわめく。念のため張り込んでいたものの、この一ヶ月間姿をくらまし続けた相手が、まさかのこのこと正門から出て来るとは思っても見なかったのだ。


「あの! 日出カンナさんですよね!?」


「話を聞かせて下さい!」

「今回の件についてどう思ってますか!?」

「今後も配信を続けるんでしょうか!」

「探索者協会とはどういう関係ですか!?」


 最初の1人を皮切りに、我先にと押し寄せる報道陣。記者達が取り乱しているため、逆にカンナは冷静になってしまい、この光景は想定していなかったなぁとか呑気な事を考える余裕が生まれた。記者達に詰め寄られて押されるように、一度校門の前まで後退ると、頑張って声を張って答える。


「あの! 質問にはお答えしますから、道を開けて貰えますか!? 他の人たちの邪魔になってしまいますので!」


 一度に記者が押し寄せたため、歩道が塞がってしまい他の人がそこを通れなくなってしまっていた。カンナはまず関係ない生徒たち迷惑をかけないようにと呼びかけたのだ。大多数の記者はカンナの意図を汲み取って道を開けた。しかし数人の記者がその空いたスペースに身体をねじ込んでカンナにマイクを向ける。


「それで、襲撃について詳細をっ!」

「何故このタイミングで話をする気になったのですか!?」


「……あなた方にお話しすることは有りません。お引き取り下さい」


「なっ!?」


「私は道を開けて下さいとお願いしたんです。その言葉を聞いてくれた方々が作ってくれたスペースをこれ幸いと使うような勝手な人の質問は受けません」


 毅然とした態度で記者に答えるカンナ。


「そんな横暴な!」

「こっちだって仕事できているんだぞ!」

「そんな偉そうな態度をとるならこちらにも考えがあるからな!?」


 大声で文句を言う割り込み記者たち。カンナはそれ以上言葉を発さず、彼らが喚く様を黙って見ている。


「なんとか言ったらどうなんだ!?」


「私が言うべきことはもう言いました」


「何を生意気なっ!」


 血気盛んな1人がカンナに掴みかからんとするが、それは流石に周りの記者に止められた。


「何をっ……」

「この様子、録画されているぞ」


 そう言われて殴ろうとした男が改めてカンナを見る。するとブラウスの胸ポケットからスマホのレンズ部分がこちらを捉えるように頭を出していた。


「……配信しているのか?」


 呟くように訊ねる男に、カンナは首を振った。


「許可も無く一般の方を配信はしません。あくまで自衛のための撮影です。暴力を振るわれたり、有る事無い事書かれないようにするための。……参考までに私の態度が偉そうだと、どんな考えがあるんでしょうか?」


 小首を傾げて聞いたカンナの質問には答えず、割り込んだ記者たちは悔しそうにその場を後にせざるを得なかった。


 やっと他の生徒が通る道を確保して、残った10人弱の記者たちに改めてカンナが告げる。


「先ほども言いましたが、質問にはお答えます。ただ、長くなると思いますし、ここだと他の人の迷惑なるので……場所を移せますか?」


 顔を見合わせる記者達。


「……弊社の会議室であれば用意できます」


「えっと、どちら様でしょう? 会社はどこになりますか?」


「東京探索新聞社です。事務所は一番近くて渋谷になります」


「……ちょっと遠いですね。あと、この場の全員が入れますか?」


「部外者でも申請すれば入れますが……他の報道機関の方は少し難しいかと思います」

 

「それだとダメですね」


「そこのファミレスではダメですか?」


「他のお客さんの迷惑になるのでダメです」


 記者達の頭には学校の会議室をという案も過ぎったが、朝からここで張り込んでいたし先ほども他の生徒に迷惑をかけてしまったという自覚がある手前、言い出せなかった。


 そんな中、1人の女性記者が手を挙げる。


「南関東テレビの木ノ葉このはと言います。ここから歩いて10分の公民館の貸会議室を押さえておりますので、そこで如何でしょう?」


「公民館の会議室ってすぐに取れるんですか?」


「いえ、こういう可能性もあるかと朝の内に直接行って申請を出しています」


 なんと仕事のできる方がいたことか。そんな公共の場所を予め確保してあると言われれば断る理由がない。


 場所決めでグダグダになった流れの中でカンナから学校の空き教室を借りる事を提案して場所的にも心理的にも優位に立とう大作戦――イヨ発案――は早速崩れてしまった。

 

(ま、まだ作戦はあるからっ)


 必死で平静を装いつつ、カンナは記者達と共に公民館まで移動するのであった。


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 ゾロゾロと公民館に歩いて移動するカンナと記者達。記者達には自分が乗ってきた車がある者も居たが、なんとなく連れ立って歩く事を選択したのだ。


(……気不味い)


 公民館への道を先導する、木ノ葉と名乗った記者の後ろにカンナ、その後ろに記者がずらりと並んで歩く。こんな環境で会話などできるわけもなくひたすら気不味い10分間だった。


 公民館に到着、受付を済ませて会議室に通される。教室のようなレイアウトで教壇に位置する場所に長机と椅子がひとつ。生徒側には机がなく、パイプ椅子が4列に並んでいた。


(芸能人の記者会見みたい)


 先導してきた木ノ葉記者にどうぞ、と教壇側の席を譲られそのまま椅子にかける。記者達は正面側のパイプ椅子に並んで座った。


 もともと学校の空き教室を借りて取材に応じる作戦だったカンナ。慣れた学校であれば場所に対する緊張がいくらか和らぐし、いざとなれば教師に助けを求める事が出来たがここは完全にアウェーだった。記者達はこう言った形に慣れているのか、思い思いの道具……メモ帳やボイスレコーダーを取り出して既に囲み取材モードに入っている。


(このまま雰囲気に流されないようにしないと)


 カンナも学生鞄からカメラとスタンドを取り出すと、記者に向けてテーブルの上に置いた。


「それは……?」


「配信用のカメラです。質問と回答のやりとりは録画させて貰いますね」


「なっ……何のためにっ!?」


 質問した記者が思わず立ち上がる。


「自衛です」


「自衛だと!?」


「はい。質問に素直に答えたとしても、皆さんの媒体でどう報道されるか分からないので。故意に私を陥れるような記事や放送がされた場合はこの動画を公開して反論しようかなって思ってます。そうすれば皆さんも変な事を書かないですよね?」


 カンナは極力涼しい顔をして答える。内心は記者の剣幕にかなりビビってはいるが。


「そんな記事を書くと思っていると言う事か!?」

「失礼だとは思わないのかね!?」

「マスコミを何だと思っているんだ!」

「大手報道機関を信用できないのか!?」


 カンナの物言いに、続々と抗議の声が上がる。


「えっと……逆に何で信用されてると思ってるんですか?」


「なんだとっ!?」


 ますます顔が赤くなる一部の記者。


「だって頼んでも無いのに学校に押しかけてきて、気に入らない事があればこんなふうに恫喝する人、疑ってかかるに決まってるじゃないですか」


 録画が嫌なら出ていってくださいと言わんばかりに出入り口を指差すカンナ。


 そう言われれば反論できないと記者達は黙り込む。シチュエーションは記者会見のようだが、これは正式なアポをとったものではなく一般人に対する突撃取材なのだ。


「正直に言うと迷惑なんです。このままずっと家や学校に来られたら困るので、それであれば一度ちゃんと質問に答えれば皆さん満足ですよね? ……さて、最初に皆さんの名刺を頂いていいですか? どこのどなたの質問に答えたか、私も把握しておきたいので」


 カンナの更なる要求に渋々名刺を差し出していく記者達。これも拒否すれば出て行けと言われる事が目に見えているからだ。


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 手際良く名刺を受け取り目を通していくカンナを、この会議室を予約した記者である木ノ葉アキコは感心して見ていた。

 

(驚いた。気弱な女子高生って雰囲気のくせにしっかり対策してきているじゃない)


 日出カンナから引き出したい情報は多いが本命は探索者協会の武器スキル習得に彼女の『広域化』が関わっている言質をとる事だ。もちろんそこから更に色々と聞いていきたい事はあるが、まずは前提を確定させたい。

 ちなみに大手マスコミの間にはD3の会議の音声データ(※)は出回っているし、柚子缶の北海道滞在記録とも一致しており状況証拠は揃っている。あとは本人からの証言さえあればという状況で、カンナが1ヶ月近く外に出てこなかったからお預けを食らっている状態だ。

(※第3章33話)


 自分を含めたこの場の全員は当然会社からその情報を引き出して来いと言われている。だから周りはライバルであり協力者だった。多くの一般人は、当たり前だがこの手の突撃取材に慣れていない。なので記者に囲まれると勢いに押されて余計な事を言いがちだし、を引き出しやすい。


 学校の前で場所を改めると言われた時点で囲み取材形式からこの記者会見スタイルにシフトする事にした――ちなみにこの会議室はカンナ単独ではなく柚子缶全員が相手になる可能性を考慮して確保したスペースだった。記者会見スタイルでは囲み取材より物理的なプレッシャーを掛けづらくなるので、多少欲しい答えを引き出し辛くなる。とはいえこちらは百戦錬磨の記者の集まり、殆どの者は女子高生1人が相手なら大差はないだろうとタカを括っていた。


 それがどうだ。堂々とした物言いやこちらにカメラを向ける豪胆さ。さらに文句があるなら居なくなってくれて結構という、あくまでと言わんばかりの態度。明らかにこの状況を想定して準備して来ている。


 端の方から順番にどうぞと促され、最前列右側に座っている記者が質問をする。

 

「HHKのヒノモト放送協会佐藤と申します。まず……」

「自己紹介はいらないです。名刺貰ったので」


 この切返しである。通常の記者会見ならあり得ないほど失礼な態度であるが、先程のやり取りでカンナは記者達に対する不信感を露わにしているため遠慮の無い物言いができる。反対に記者達は質問させて頂いている立場なのでそれでも下手に出ざるを得ない。


 この調子ではこちらの質問に対しても想定問答集を用意してきているだろう。つまり言いたく無い事はトコトン答えるつもりは無いというわけだ。


(この場のイニシアチブを取られちゃってるわね)


「まず、今日こういった機会を設けて頂いた意図を教えてください」

「私が機会を設けたつもりは無いです。学校を出たらあなた方が押しかけてきたので仕方なく対応しています。では次の方」


 さらりと流されたHHKの佐藤氏は口をパクパクとしている。その光景に思わず頬が緩みかけるが、すぐに笑い事では無いと気を引き締める。


 頭を切り替えないと、ろくな回答も引き出せないまま帰ることになる。


「探索者協会が実施したスキル習得について、日出さんが協力しているという話があります」

 

「協会の施策については協会に聞いてください」

 

「えっと! スキルの習得には日出さんの『広域化』を使っているという事ですが……」

 

「ですから、協会に聞いて下さい。私のスキルについてはノーコメントです」


「何故?」


「プライベートですので。では次の方」


 ぴしゃりとシャットアウトするカンナ。やはり『広域化』について話すつもりはなさそうだ。さて、自分の番が来る前に何を聞くべきかきちんと考えておかないと……この流れで全員が撃沈したら本当に何も聞けないままで終わってしまう。


 木ノ葉はメモ帳を取り出して頭をフル回転させカンナに拒絶されず、かつ報道に耐えうる質問を考え始めた。

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