第9話 新学期、報道陣への対応は
夏休みが終わり今日から新学期。ユズキに送ってもらい登校したカンナは普段通りに教室に入る。
「おはよう」
「あ、ミサキ。おはよう。……夏休みは一度も会えなくてごめんね」
ミサキとは札幌から帰ったら遊ぶ約束をしていたのだが、札幌遠征での暗殺者との戦いと、その後に自宅と事務所マンションの前に記者が張り込むような事態になって缶詰め生活を余儀なくされた事から夏休みの予定は全て白紙となってしまった。ユズキは「事務所に来てもらう形ならいいんじゃない?」と言ってくれたのでミサキを誘ってみたがそれは遠慮されてしまったのだ。
(2人の愛の巣に入るなんて冗談じゃないわ)
2人の住んでいる部屋に行ったらお揃いのカップとか、洗面所に並んだ歯ブラシとか、そういった恋人同士の同棲を感じさせるものが嫌でも目に入る。未だにカンナへの想いを断ち切る事が出来ていないミサキとしては、そんな場所へ立ち入って冷静でいる自信がなかった。
「あ、これお土産ね」
そんな秘めた想いをおくびにも出さず家族旅行のお土産をカンナに渡すミサキ。
「ありがとう!」
カンナが自分に向けてくれる眩しい笑顔に、幸せを感じるのであった。
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休明け初日は全校朝礼のあとホームルームを実施したら終わりである。ホームルームでは担任による進路指導があった。受験組――探索者一本で生きていく事を決意しているカンナ以外のほぼ全員――はここからの半年間が勝負となる。秋にある文化祭も3年生は出店などせず教室に当たり障りない展示物を並べておしまいだ。
「ミサキは医学部志望だっけ?」
「そう。模試もまだB判定だからここから頑張っていかないと……今日も午後から補習授業」
そう言ってお弁当を取り出すミサキ。進学校だけあって生徒に対するサポートは充実しており、受験レベルに合わせた補講を無料で受ける事が出来る。ミサキや他の受験生、つまりカンナ以外のほぼ全員はこれから数時間しっかり勉強するので「半ドンだし遊びに行こうぜ!」とはならない。
「頑張ってね!」
「うん、がんばる。カンナはもう帰るの?」
「さっきのホームルームで担任の先生に呼ばれちゃったからこのあと職員室に行くよ。そしたらそのまま帰るかな」
「初日から呼び出しとか、休み中に悪いコトした?」
「悪い人たちに襲われたけど、私は悪いコトはしてないはずなんだけどな……」
苦笑いするカンナとミサキ。とはいえ、呼び出された理由は十中八九その件だろう。ミサキと別れて職員室に向かうカンナ。
途中で窓から校門付近を見ると、見慣れた車が数台停まっているのが分かった。言うまでもなく報道陣のものである。
(なんとかしないと学校にも迷惑かけちゃうなぁ……)
流石に一ヶ月経つと報道も下火になってきている。新しい情報が出なくなり、探索者暗殺に加担していたと思しき企業は軒並み上層部がすげ替わった。このまま夏休みが明けたらカンナに対する興味も無くなってくれないかと期待していたが、まだ諦めてはいないようだ。
まあ居るなら居るで仕方がないか。そう結論づけるとカンナは職員室のドアを開けて中に入る。
「失礼しまーす」
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担任を訪ねるとそのまま学年主任、教頭を含めた4者会談となった。内容は夏休みにあった事の事実確認および現時点のカンナの怪我の有無や体調に問題ないかと、ついでに学校の外に陣取る報道陣への心当たりの有無だった。
カンナは正直にあった事を話し、また記者達はおそらく自分に取材をしようとしているだろうという憶測も伝えた。自宅付近を見張っていた見覚えのある者達であるが、まさか学校にまで押しかけて来るとは思わなかったと謝罪した。
担任はカンナが謝罪する必要は無いとフォローしつつも、学校側としては他の生徒に何かあると困る。明日以降も張り込まれるなら報道各社には正式に抗議するつもりだが、その場合は正規のルートでカンナに取材申し込みが来る可能性があると告げた。その場合は応じられるかと問われる。
「……私は別に構いませんけど。でも部活動ならまだしも、学校と無関係な探索者活動での話の取材を受けるんですか?」
「日出さんの言うことも尤もで、学校側があなたの探索者活動をサポートしたわけでも無いから本来学校としては取材を受ける理由が無いんですよね。ただこのままあの人達が居るのは他の生徒のためにならない。学校は関係無いから勝手にやってくれと突っぱねて今の状況が続くよりは今後学校周辺に張り込まない事を条件に取材を受けた方がマシっていう考えもありまして」
丁寧な口調で説明してくれる担任。隣で学年主任も教頭もうなずいているので、学校側としての見解は一致していると言う事だろう。
「分かりました。じゃあそうなった場合は取材を受けるって事で大丈夫です。でも何度も対応するのは大変なので、一度だけってことでお願いしてもいいですか?」
「ありがとう! もちろん一度に限定してもらいます。あとは事前に質問状を貰うようにしますね」
いざとなったらカンナが取材を受けると言ってくれたことで、学校としては強気にクレームをつけられる事になるので助かったようだ。あとはこちらで対応するからと退席を促されたカンナは礼をして職員室を後にした。
(私のせいで先生達の仕事を増やしちゃって、申し訳ない事をしたな……)
学校はああ言ってくれたが、やはり今日中に手を打った方が良さそうだ。
「「予定通り、今日やるね」っと……」
スマホからユズキ達にメッセージを送るとカンナはカバンを持って校門に向かった。
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遡る事数日、柚子缶の事務所にて。
「……ざっとこんなもんかな?」
イヨがノートパソコンを叩く手を止めた。画面はリビングの大型テレビにも出力されており、残りの3人はそれを見ながら腕を組む。そこには「取材陣が聞いて来るであろう想定質問集」が表示されていた。
「多いね」
「実際にはこの半分以下になるとは思うけど、何を聞いて来るかわからない以上は考えうる質問と答えを用意しておかないといけないからね」
そう、新学期からカンナが登校するにあたって今のまま記者から逃げ続けるわけにはいかないだろうと考えた柚子缶はいっそのこと取材に応じてしまおうと考えた。
柚子缶全員で応じても良いけれど、向こうが話を聞きたいのはカンナだけなのでなんだかんだ理由をつけて引き離そうとされる可能性がある。それであれば初めから予めガッツリ準備をした上で、あちら側の要望を満たす環境で取材に応じた方良いだろうと言う事で想定問答集を作る事にしたのだ。
「なんならこれをプリントして配れば良く無い?」
身もふたもない事に気づくマフユ。
「それでも良いんだろうけど、多分マスコミの人が欲しいのってカンナさんがはっきり受け答えしてる映像なんだよね。あとこれ渡したらそこからさらに細かい事を聞いて来るだろうし、やっぱりこれを丸暗記してカンナさんが答えた方がいいよ」
作った想定質問は300個ほど。これを全て丸暗記って出来るかな? 不安になるカンナは急にスパイっぽい事を思いつく。
「ねえねえ、私が耳にこっそりイヤホンをつけて、質問されたら裏からみんなが答えをヒソヒソしてくれるってのはどうかな?」
「何かのアニメを思いだんだんだろけど、それ多分普通にバレるよ」
「バレるかな!?」
「なぜバレないと思ったし」
「ほら、現実逃避してないでしっかり暗記しなさい。頑張るって決めたんでしょ?」
「こういう暗記を頑張るのは想定外だよぉ」
そう言いながらもプリントアウトした質問集をブツブツと読み込むカンナ。
「後でロールプレイもしようか」
「ロールプレイ?」
「私たちが記者役で、カンナちゃんに質問するの。一度やっておくと本番でも落ち着いて対応できるよ」
「じゃあ私カメラマンやる!」
「私は音声さんやるわ。記者はユズキちゃんね」
「カメラマンと音声まで必要?」
「あとはこっちのペースで取材をして貰えるように作戦も考えようか!」
「いいね。取材されながら生配信とかしちゃう?」
「それはこっちにもリスクが高いかなぁ」
なんだか楽しそうにはしゃぎながらも表情だけは真剣にロールプレイの準備を進めるユズキ達を見て、カンナもせっかくだしきちんとやろうと目の前のリストの暗記に精を出した。
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