第8話 カンナの決意
「それで、お父さんと喧嘩して帰ってきたんだ?」
「喧嘩っていうか頭に来てそのまま飛び出してきちゃったっていうか……」
仙台から帰ったユズキ。自宅兼事務所に帰るとカンナはしっかり晩御飯の準備をして待っていてくれた。
「おかえりー! ごはんにする? お風呂にする? それともわ、わ、わた……し?」
可愛らしく定番のヤツをやろうとしたカンナであったが、照れが勝って3つ目は真っ赤になりながら消えそうな声になってしまう。そんなカンナが愛おしくなり、ユズキはそのまま彼女を抱きしめた。
「……カンナにする」
「えっ、えええっ!?」
ギャグのつもりで言ったら本気にされてしまい戸惑うカンナだったがユズキが本気だと分かると優しく受け入れる。そのまま2回戦まで致して、2人でお風呂に入って、遅めの晩御飯となった流れだ。
カンナの手料理を頂きつつ、実家での出来事を話したユズキ。カンナにとっても楽しい話では無いと思っているがそれでも隠し事はしたくなかったからだ。それを聞いたカンナの反応が冒頭のものだった。
「兄さんは父さんに悪気はなかったって言ってたけど……でもカンナを利用しようとするみたいな言い方をされて許せなかったのよ」
「ふふ、ユズキは私の事になるとすぐに熱くなるんだから」
「……それはカンナだって同じでしょう?」
余裕綽々な様子のカンナに少しだけ不貞腐れるユズキ。そんなユズキの様子が可愛くて、カンナは笑う。
「そうかも。それで新幹線の中で冷静になってみて、どう?」
「どうって言われても」
「お父さんの提案、受けるの?」
「まさか! 兄さんが言った通り仮にあの人の言葉が100%善意のものだったとしても、余計なお世話よ。こっちはこっちでやる事が山積みなんだから東北の田舎に引き篭もってなんかいられないでしょ!」
「仙台市は十分都会だと思うけど……でも私もユズキと同じ気持ち。申し出はありがたいけど、私達は光の螺旋を超える日本一のパーティになるんだもんね」
にっと笑うカンナ。もともと日本一のパーティを目指してはいたが、そこに「光の螺旋を超える」という具体的な枕詞がついた。先日の見学ではその壁が想像以上に高いことを実感した。高すぎて頂きは見えてすら居ない。それでも、柚子缶としてこれからもパーティを続けていくためになんとしても追いつき、そして追い越してやると固く決意していた。
「先ずは全員、スキルを覚醒させないとね」
「その覚醒ってのもどうなればした事になるのか、私自身よく分かってないんだけどね……」
先日の暗殺者との戦いで『広域化』の範囲を限界以上に広げることで強引にスキルの成長を促し、結果的に覚醒に至ったと……ということだと思う。たぶん。
「つまり命の危機に瀕した状態まで自分を追い込めば覚醒出来るということね」
「そんな危ないことしなくても、頑張ってスキルの限界を越えようとすればいいんじゃないかなぁ」
「その限界を越えるが平時では難しいのかもね」
「ユズキも前にミスリルナイトと戦った時に、必殺技を編み出したじゃない? あれは覚醒にはならなかったって事だよね」
「
覚醒しているかどうかは普通は見てもわからないが、アリスは覚醒している人物を見るとそれがわかるらしい。理由は「なんとなく」という実に曖昧なものであったが、光の螺旋のメンバーはその感覚を当てにしていたので間違っては居ないのだろう。
「まあ覚醒するとダンジョン外でもスキルが使えるようになるらしいから当面はそれを目標に訓練するしかないわね」
「うーん、イヨさんとマフユさんも同じこと言って昨日も色々と試してたけどダンジョンの外で訓練して意味があるのかな? そもそも2人のスキルはユニークスキルじゃ無いから本当に覚醒するのかどうかもわからないんだよね」
困ったように顔を曇らせるカンナ。みんなが気合を入れてくれるのは嬉しいが、その努力が実る保証は無い。もしかしたら全く無駄な事をしているのでは無いだろうかとも思わないでも無い。
「前例がないからね。光の螺旋の人たちもどうやって覚醒したのかは教えてくれなかったし。だけど何もしなければ成長も無いんだから、出来る事を精一杯やっていこうってイヨもマフユも考えているのよ」
もちろん私もね、と微笑むユズキ。
「わかった。私も出来る限り協力するよ」
カンナもグッと気合を込める。
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夕食後、リビングにヨガマットを敷いて柔軟をしていたユズキは、部屋の隅にカンナの学生鞄が置いてあるのに気付いた。
「これ、どうしたの?」
「今週で夏休みも終わりだしね。休明けはここから学校に行けるようにってお母さんが持ってきてくれたんだ」
「カンナ、学校に行くつもりなの!?」
驚くユズキ。カンナは笑って答える。
「そりゃそうだよ、ちゃんと学校を卒業するのはお母さんとも約束してるわけだし」
「そうだけど……まだ記者の人、居なくなってないし」
「それでも前よりだいぶ少なくなったってイヨさん達も言ってる。このまま待っててもゼロにはならないだろうし、ずっと引き篭もってるわけにもいかないから何処かで外に出ないとならないかなって」
「それもそうか……毎日学校まで送るわね」
先日の広島遠征の際はマンションの地下駐車場から車に乗り込んで外に向かったため記者に囲まれることは無かった。今後も毎日送迎してカンナが外を歩く時間を出来る限り無くせば記者に接触されるリスクは減らす事ができる。そう考えたユズキだったが、カンナは首を振る。
「新学期初日はここから学校に行くから送ってもらえると助かるけど、私は家に帰ろうと思うんだ」
「えっ!?」
「このままずっとユズキと住むのも幸せなんだけどね、それだと結局学校以外は外に出られないって事に変わりないじゃ無い? 夏休みはユズキに甘えちゃったけど、新学期からはまた今まで通り、自宅から学校に行って終わったらここに来てみんなと訓練してっていうスタイルに戻したいなって考えてる」
「でもそうしたら……」
「大丈夫、なんとかなるよ」
笑って見せるカンナに、ユズキは頷くしか出来なかった。
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「ユズキ……怒ってるの?」
夜も更けて、ベッドに横になる2人。一緒に寝る時、いつものようにぎゅっと抱きしめてくれないユズキに、カンナは恐る恐る訊ねる。
「別に怒ってはいないけど」
ユズキは天井を向いたまま答えた。
「……勝手に決めてごめんね」
「うーん、でも相談されたら反対してたと思うから仕方ないかも」
「そうかな? ユズキはいつも私の意思を尊重してくれるから、分かってくれた気がするよ」
「だったら……!」
きちんと相談して欲しかった。そう言おうとしたユズキに、カンナは首を振ってみせた。
「ユズキに優しくされたら私が甘えちゃうと思ったんだ。今の状況は大変だけど、そのおかげでユズキとずっと一緒にいられるし守ってもらえる。だからユズキに相談した時に「もう少しだけ様子を見てからにしよう」とか言われたらせっかく頑張らないとって思った決意がね、揺らいじゃう気がしたの。だから全部決めて準備もしてから、ユズキに話そうって思ったんだ」
「カンナは強いわね……」
「強く無いからこうして自分を追い込んだんだよ。それにいざとなったらユズキや、みんなが助けてくれるって分かってるから、私も頑張れるんだよ」
カンナはそう言って笑うと、ユズキの上に覆いかぶさった。そのまま足を絡めて体重を預ける。
「ちょっと、カンナったら!」
「それでもやっぱり不安はあるからね、勇気付けて欲しいな……なんて。ダメ?」
顔を上げ、ユズキの目を見つめながら言うと、カンナは目を閉じて唇を窄めた。
「ダメじゃないけど、それだけじゃ済まないよ?」
「うん、お願い」
今日はユズキが仙台から帰ってきた時も愛しあったけれど、火がついてしまえば回数なんて関係ない。ユズキは上に乗るカンナの背中に手を回すと強く抱きしめ、そのまま唇を重ねた。
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