第7話 ユズキの帰省(後編)
経営者のユズキの父からしたら、ユズキが精一杯作ったとはいえそのプレゼン資料は拙いものであったし、何よりもよりによって個人探索者になりたいなどと言い出したのは青天の霹靂であった。
またこれが普段の会話の中での相談という形であれば、父としてもう少しユズキの想いに寄り添えたのかもしれない。なまじプレゼン資料という体裁をとってしまっていたからこそ、父として仕事人として、よりバッサリとユズキの要求を跳ね除けてしまった。
「前から言っているだろう。個人探索者なんてろくなもんじゃ無い」
「それはお父さんが企業側の人間だからでしょう?」
「そうだ。それの何が悪い?」
「私は今の探索者協会と大企業の関係は良く無いと思ってる……お父さんの会社も含めて。企業が一方的に協会を利用して管理させて、自分達に都合のいいダンジョンで利益を上げてるじゃない。だけどダンジョンの管理を協会に任せるなら企業側だってもっと協会に協力するべきだよ」
「偉そうな事を言ってくれるな。そもそも探索者法で定められた範囲での協力はしている」
「その探索者法自体、ダンジョン黎明期に突貫で作られた法律じゃない。当時はこんな風に大企業が資源を独占する事は想定していなかったからあくまで個人探索者がダンジョンに挑む時の事を考えた法律じゃない」
「屁理屈を。大体お前だってそうやって稼いだカネでぬくぬくと暮らしているんだろうに」
「それはそうだけど……でも、だからって何も変えようとしないのはイヤなの」
「どうしても探索者をやりたいんだったら、ウチの会社でやればいいだろう」
「そんな企業所属の探索者なんかになったら、それこそ本末転倒じゃない」
「
「別にお父さんの会社の人を蔑んでいるわけじゃないわよ。ただ今の関係性と私がやりたい事が合ってないって言ってるの!」
「生意気な! やりたい事だと!? そんなセリフは一丁前に稼げるようになってから言いなさい!」
「だから! その稼ぐ手段として個人探索者をやるって言っているのよ!」
「お前なんかに出来るわけがないだろう!」
「やってみなくちゃ分からないわよ!」
お互いにヒートアップして今にも殴り出しそうな勢いで怒鳴りあう二人の話し合いは兄と母に止められたが、ここでユズキと父は完全に対立してしまった。お互い冷静になれれば妥協案を探る事も出来たかもしれないが、意地になってしまいお互いに歩み寄ることが出来なかった。その後数回話し合いの機会は設けたものの、意見は平行線を辿る。
そしてついに父はユズキに「勝手にしろ!」とユズキを突き放してしまった。
そのまま2人は和解することなくユズキは高校卒業と同時に家を出た。その背中に二度とこの家の敷居を跨ぐなというセリフを投げつけた父に、誰が帰ってくるもんかと決意したユズキは以降これまでの3年半、一度も帰省をしなかった。
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3年半ぶりに家族4人で顔を合わせる事になる。テーブルの向かいに座る父は相変わらずの仏頂面。その隣の母は困ったような、でもユズキに会えて嬉しそうな顔をしていた。ユズキの隣に座る兄は特に表情を変えていない……この人は昔からあまり感情を顔に出さない人だったなと思い出した。
「……例の個人探索者の暗殺事件についてだが、知っているな?」
父が訪ねてきたのでユズキは頷いた。思い切り巻き込まれているので知っているどころの話では無い。
「まさかアマクラも依頼していたの?」
「馬鹿な事を言うなっ! そんな卑劣な手を使わずとも真っ当に利益を出しているっ!」
「お父さん、落ち着いて!」
ユズキの質問に怒りを露わにして答える父。今にも飛び掛からんとする勢いの父を隣に座る母が押さえている。
「……フンッ! 誓って言うが、会社経営にあたって後ろぐらい事など何一つない」
ユズキは内心胸を撫で下ろした。例の事件の報道で様々な企業の関与が疑われた時に真っ先にアマクラの名前があがっていない事は確認した。もしもそんな事実があったとしたら自分は家を出るまでの間、個人探索者を暗殺する事で得た利益を間接的に享受していたことになるし、家族が個人探索者を暗殺していたとしらユズキ自身も今後ものうのうと探索者を続ける事などできないと考えたからだ。
「だったら何も問題は無いんじゃないの?」
「……風評被害がなければな」
父は苦々しい表情を浮かべると、ユズキに説明する。
アマクラ興業は個人探索者の暗殺など断じて行っていないし、これまでに誰かが会社のためを思って秘密裏にやったといった所謂「秘書が勝手に」といった事例も無かった。しかしライバル企業が過去に東北地方を拠点に活動していた個人探索者を暗殺した疑惑があり、その会社の役員は今回のゴタゴタで辞任して株価も下げている。
本来であれば周りが勝手に自滅しただけの話ですんだのだが、それでめでたしとならないのが世の中である。
ライバル企業が暗殺したとされる個人探索者。彼が生前ホームとしていたダンジョンはなんと、アマクラが実質独占しているダンジョンだった。無論当時のアマクラからすれば鬱陶しい羽虫程度には思っていたがそれは彼を含めた個人探索者全体に対する感情である。それに――絶対にしない前提ではあるが――もしもアマクラが個人探索者を排除するのであれば、もっと優先すべき者がいる。
「だが、加熱する報道競争の中で有る事無い事を記事にする輩がいてな」
ポンっとユズキの前に放り投げられたのは、一冊のローカル雑誌であった。手にとってパラパラとめくる。
「【衝撃! 探索者暗殺の裏にアマクラの陰が!?】……この記事ね」
ざっと目を通すと先ほど父が言った事が事実として並んでおり、そこから間接的にアマクラが大きな利益をあげているとされている。さらに今回失脚した企業をそそのかして自分たちに利があるように誘導したのでは? とまで書かれていた。
「無論、事実無根であると抗議はしている。黙して語らずで真実だと思われても敵わないからな」
「抗議したならそれでいいんじゃないの? 名誉毀損で争うつもりがあるわけでもないんでしょ」
「これ以上しつこく記事を出すならそれも考えるが、今はこれで手打ちだな。しかし世の中には一定数、この手の記事の見出しだけをみてそうだと思い込んでしまう層がいるのものだ」
「そんなゴシップ好きな人のことまで気にしてるの? ほうっておけばいいじゃない」
「……あまりに大きな事件だったからな。社員の中にも家族や親戚から責められているという者がいるんだ」
後ろ暗い事がないなら堂々としていれば良い。それは正論ではあるが、しかし正論だけ世の中が回っているわけでもない。根拠のない記事を信じた人が噂を広げてしまい、さらに尾ひれがついて回る事で社員が傷付いている事に社長であるユズキの父は心を痛めている。
(相変わらず社員に優しいこと)
そもそも父が個人探索者や協会に厳しいのは、社員を守りたいからだ。会社経営を持続的に成長させるためには安定したダンジョン資源の産出が必要で、そのライバルとなる個人探索者やピンハネ組織である探索者協会は翻って自社の社員を危険に陥れる要因になる。それだけの話である。
「会社の状況はわかったけど、私に何を求めているの?」
正直言って時間が解決する話ではあるようだろうが、半ば勘当していたユズキを呼び出したからには何かさせようとする意図があるのだろう。あまり良い予感はしないけれど。
「……悪い噂を払拭する一番の手段は、より良い噂で上書きする事だ。今回の事件で直接被害を被った個人探索者がアマクラと手を組めば、アマクラは探索者殺しをしていないと言う何よりのアピールになる。それが話題の、今一番勢いのあるパーティとなれば大きく報じられるだろうしな尚更だ」
「……帰る」
ユズキは手に持っていたコップを乱暴にテーブルに置くと、そのまま立ち上がる。
「おいっ! ユズキ!」
「ふざけないでっ!」
威圧的に声をかけてくる父に怒りをぶつける。
「私達が……あの子があんな目にあって、ついでに今どんな状況か、分かっているんでしょう!? それを自分たちの都合で手を組むですって!?」
「お前達の状況を考えた上でお互いに利益のある話だ」
「貴方までそんなありきたりな言葉で勧誘をしようとしてくるのね」
もう話す事はないと踵を返しそのまま玄関に向かう。
「待て、最後まで話を聞け!」
「もう貴方と話す事は何もないわ。……さようなら」
そういうと乱暴に玄関の扉を開けて外に出る。そのまま車に乗り込もうとするユズキだったが、追いかけてきた兄が運転席のドアを押さえてユズキを引き止める。
「……どいて」
「仙台駅までだろう? 送るよ」
「いらない」
「そういうな。そんなカッカして運転したら事故を起こすぞ。東京にはユズキを待ってる人がいるんだろ?」
ほら、と手を広げる兄。ユズキは観念して助手席側に回り込み乗車し、運転席に座った彼にキーを渡した。
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駅までは車で30分ほど。しばらくはお互い無言だったが、半分ほど進んだところで兄がポツリポツリと語り出す。
「父さんはあんな態度と物言いだけど、本当にユズキの力になりたいんだよ」
「……」
「追い出すみたいにユズキが出ていって、ずっと心配していたんだ。ああ見えて「北の誓い」の時から「柚子缶」になった今でも、しっかり動画をチェックしてるんだぜ」
「……」
ユズキはブスッとして外を見ているが、兄は構わず続けた。
「だから元気にしてるのも知ってるし、個人探索者として企業と渡り合って、協会とパートナーシップまで結んで……以前語ってた夢物語が少しずつ形になってきている事を実は応援してるんだ。もちろん俺もな」
「……」
「だからこそ今回の件で日出さん……ユズキの大切な人なんだろ? 彼女が大変な事になっているこの状況を父さんなりになんとかしてやりたいと思ったんだよ。ほら、アマクラって東北地方じゃかなり力があるだろ。うちと協力すればこっちにいるうちは守ってやれる。他の企業が寄ってこないように出来るし、マスコミにだって結構強めに出られるからな。
さっきの記事の風評被害だの、良い噂で上書きしたいだのはただの建前だよ。あんな性格だし、喧嘩して追い出した手前、どうしても素直に助けたいって言い出せずにああいう言い方しか出来ないんだよ、あの人は」
「……だから父さんを許せって?」
「そうじゃないし、今から戻ってもう一回話せなんていう気も無い。大体いい年して娘に素直に謝らないってのも父さんの悪いところでさ、ただでさえ喧嘩別れしてるのにさっきの言い方は無いよなぁ。まあ帰ったら俺と母さんから叱っておくよ。
ユズキはユズキなりに考えて行動している事は分かってるし、応援してるからやりたいようにやるといいさ」
車はそろそろ仙台駅だ。
「あ、そこ左に曲がったところがレンタカー屋」
「ああ、じゃあここまでで大丈夫だな」
車を停めると兄は車を出た。ユズキがそのまま運転席に移動する。
「運転ありがと」
「どういたしまして。まあ俺が言いたかったのはひとつだけだよ。なんだかんだ家族みんな、ユズキの事を心配してるし応援もしてるんだ。これからはもうちょっと頻繁に帰って来い。俺もかわいい妹に会いたいからな」
そう言ってドアを閉めた兄は手を振って去っていく。自宅まで帰るのにタクシーでも拾うのだろう。
「……考えておく」
もう聞こえていないだろうその背中に、ユズキは小さく呟いて返した。
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