第6話 ユズキの帰省(前編)
ホテルをチェックアウトしたユズキは駅前でレンタカーを借りた。そのまま郊外へ車を30分ほど走らせると、懐かしい景色が目に入る。
「この辺りは変わらないわね……」
高校を卒業してすぐに個人探索者になってもうじき3年半になる。この期間、ユズキは一度も実家に帰っていなかった。
「そう言えばこの道を自分で運転するのは初めてだな」
そんな感想を呟きつつ懐かしい道を走らせる。しばらくすると一際大きい家……天蔵家、つまりユズキの実家に到着した。約束の時間にぴったりである。
来客用の駐車場に車を停めインターフォンを鳴らす。
― はい。
「ユズキです」
― おかえり。すぐに開けるわね。
門を通り玄関に向かうとすぐに扉が開いて母親が姿をみせる。
「ユズキ、久しぶり」
「うん。お母さんも元気そうで」
ユズキは手土産のお菓子を母親に手渡した。玄関に入りながら「二度とこの敷居を跨ぐな」と言われてこの家を飛び出した事を思い出す。まあ今回は言った張本人が呼び出して来ているので特例だろう。
そのままリビングに通されるとそこには兄と父が座っていた。
「お邪魔します」
「ああ、よく来たな」
軽く頭を下げたユズキに、兄が応じた。父は仏頂面でこちらを睨んでいる。機嫌が悪い時の顔だ。
(帰りたい……)
ユズキは早くもうんざりしていた。
「それで、一体何の用?」
さっさと帰りたいが、ここまで来て話をしないわけにもいかない。ユズキは前置きをすっ飛ばして用件を伺う。
「最近、調子が良いみたいだな」
父親が口を開く。ユズキが何のことかと戸惑っていると、横にいた兄が「探索者業のことだよ」とフォローしてくれたのでそういうことかと納得した。
「……おかげさまで」
「どうせ上手くいかずに泣きついてくると思っていたのに、大したものだ」
「あなた方に迷惑はかけないって約束だったので」
そっけなく答えつつ、ユズキはこの家に住んでいた頃の事を思い出した。
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幼い頃のユズキは優しい両親と10歳上の兄から惜しみない愛情を注がれていたし、親が大企業の代表ということもあり娯楽にも教育にも十分な投資をして貰っていた。周りの子より明らかに恵まれた環境にある事を子供ながらに理解しており、それに感謝もしていた。
ユズキが小学生になり漠然と「将来の夢」を考える頃には兄は既に父を助けいずれは後を継ぐべく大学に進学しており、そんな兄を尊敬していたからユズキも自然と自分もそうするべきであると考えていた。
幼いユズキが「お兄ちゃんみたいに、将来はお父さんの会社を助けたい」と言った時には家族一同とても喜んでくれた事を今でも覚えているし、その時の事を思い出すと胸がチクリと痛む。
父から「せっかくなら探索者協会で働いて外側から兄を支えて貰えると助かる」と言われた時は少しだけ疎外感を感じたが、それが必要ならと張り切って勉強した。
探索者協会に入って外から父と兄の会社を支えよう。その思いが揺らぎ始めたのは中学校に上がってからだ。中学校の課外活動のひとつ、職場見学ではユズキはもちろん探索者協会を希望した。平日に2週間ほど希望の職場で仕事を体験するというカリキュラムであったが、既に多くの知識があったユズキは理想と現実の違いを知る。自分が学んできたことが全てではないと頭では分かっていたが、その隔たりは想像以上に大きかった。
ユズキの職場体験先は、付近にいわゆる「美味しい」ダンジョンがなかったため懐事情がカツカツであった。厳密に言えばそれなりの規模のダンジョンはあったのだが、そこは企業が――ユズキの実家のアマクラ興業ではなかったが――半ば独占しているような状況で、個人探索者はそのお溢れに預かっているような形だった。企業は入手した魔石や素材を自分たちで消費するため、協会支部への持ち込みが少ないのである。
それ自体は珍しいことではなかったが、この支部は比較的探索者との距離が近いタイプの支部だったため、職場体験を通して個人探索者に接したユズキは大企業のダンジョンを独占するやり方に少しずつ疑問を持つようになった。
そんなある日、ダンジョン内で企業所属の探索者と個人探索者がトラブルになった。ひどい怪我をして協会に運び込まれたパーティ。比較的軽傷だったメンバーによると、自分達がモンスターを狩っていたところに企業所属のパーティが雪崩れ込んできたとの事だった。彼らはおそらく別の場所でモンスターと戦っていたが、何らかの事情で個人探索者パーティが戦っている場所にモンスターごと移動してきてしまったようだ。突然他のモンスターが乱入してきた事で混乱し、パーティは半壊した。企業探索者達はその混乱に乗じて自分達が連れてきたモンスターと、さらに個人探索者パーティが戦っていたモンスターを討伐。巻き込んだ彼らを介抱しないばかりか、謝ることすらなく両方の素材を持って去って行ったという事だ。
「そんな酷い事があるんですか!?」
憤るユズキに、指導役の協会職員が諭す。
「ここまで酷いのは珍しいけど、ダンジョン内で探索者さんが企業とトラブルのはよくある話よ。こういう場合、基本的には泣き寝入りね。ダンジョン内で起きた事は基本的にやったやってないの水掛け論にしかならないし、そうなると企業側は顧問弁護士とか出てくることになるから……そういうコネが無い探索者さんはもし裁判とかになれば経済的にも時間的にも負担が大きいから、犬に噛まれたとでも思って忘れるのが一番マシなのよ」
今回のケースでも企業側が故意に彼らにモンスターをけしかけたかどうかは分からないし証明しようもない。救護しなかった事も「気付かなかった」と言われれば責めることが出来ないという。
「そんな理不尽っ……」
「せっかく職場体験に来てくれてるのに、なんか業界の裏側みたいなところを見せちゃってごめんね」
優しい指導役の協会員の諦めたような笑顔が酷く印象に残った。
職場体験を終えたユズキはその話を家族にした。兄は「企業側の言い分も聞かないといけないけれど、本当ならばあってはいけないことだね」と言ってくれたが、父の反応は違った。
「こそこそハイエナのような事をしているから怪我をするんだろ。素直に長いものに巻かれておけば安泰なのに」
「ハイエナって、個人探索者が?」
あまりの物言いに驚くユズキ。
「そうだ。個人探索者なんてのは、我々企業が開拓したダンジョンにこそこそ入ってきて勝手に素材を持っていくようなやつらばかりだからな」
「そんな言い方はないじゃない! だって協会に魔石や素材を持ってきてくれるのは個人探索者の人達だよ? そういう人達のおかげで協会は成り立ってるんだし」
「ハイエナから餌を貰わなければやっていけないなら、協会も同じ事だ。やつらは碌な探索者とも契約せずに企業に対して口ばかり出すからな」
その時はたまたま父の機嫌が悪かったのかも知れないし、ちょうど会社で協会や個人探索者絡みのトラブルがあったのかもしれない。今となってはその発言の真意は知りようが無いが、この一連の流れはユズキから「父の会社を手伝いたい」という意欲を大きく削ってしまった。
その後も協会と個人探索者、そして企業の関係について学び続けるうちに、ユズキは徐々に協会を助けたいと思うようになっていく。協会にも問題が無いとは言わないが、それでもダンジョン黎明期から今に至るまでダンジョンを管理し、世間を守ってきた実績がある。ユズキからすれば大企業こそダンジョンの美味しいとこどりしているように見えてしまった。
そして高校生になり、進路を考える時期……このまま家族の期待に応えて探索者協会に入るか、一旦保留して大学に進学するか。そんな風に悩んでいたユズキにもう一つの選択肢――個人探索者になって協会に利益を還元する――を示したのが幼馴染達、のちの「北の誓い」のメンバーであった。
自分が個人探索者になる。それまで全く思っても見なかったが、確かに自分の理想である「協会を助ける」を実行するには組織に入って歯車になるよりも個人探索者の立場の方がやれることが多い気がした。これまで協会の歴史やルールについて勉強してきたからこそ、いち職員に収まってしまうと現場でできる事なんて大して無いと薄々気付いてしまっている。しかし個人探索者として力を付ければ、そして学んできた知識を活かせば、外側から協会を良い方に変えていけるんじゃないだろうか。
この理想は、幼馴染達と一緒に探索者をやりたいという欲も手伝ってとても魅力的に見えた。勿論上手くいく保障など無い。しかし数年間個人探索者をやって芽が出なければ改めて協会に就職するという保険があれば、やってみるのも悪く無いのでは無いか。
こうして真剣に進路と向き合ったユズキは、家族を説得するための資料作りに励んだ。探索者協会を助けたい、個人探索者に魅力を感じているといった想いから始まって、将来的にどうなりたいかという理想と、大学進学する代わりに個人探索者に挑戦するので4年間やってみて結果が出なければ当初の予定通り探索者協会に就職するというプランをひっさげて、ついに両親に説明する時が来た。
「ダメに決まってるだろう」
そう言って父は、ユズキの想いが詰まった資料には一瞥もくれずに放り投げたのだった。
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