第4話 ボス討伐と宣戦布告
鵺は不快な声をあげるとその身体を翻しカンナに飛びかかる。カンナは冷静にその動きを見極めると最小限の動きで振り下ろされた爪を躱した。
「やっ!」
自然な動作で剣を振るう。鵺も攻撃を終えると同時に離脱していたため、カンナの攻撃は軽く傷をつけるに留まった。
鵺の体長は4mほどだろうか、頭の位置は地上2.5mほどにあり、近くでは見上げるほどの高さになる。そんな巨大なボスに対してカンナもユズキも臆することなく斬りかかっていく。
鵺もひらりひらりと攻撃を躱しつつカンナとユズキに反撃を繰り出す。翼も持たない獣だが、まるで空を飛んでいるかのように壁や天井まで縦横無尽にボス部屋を駆け廻りカンナ達に襲い掛かる。
単純な爪や牙による攻撃だけでなく、口からは炎を吐き、尾の先端にあるヘビの顔からは毒霧を吹き出す。さらに腹を不気味に震わせると黒板を爪で引っ掻いたかのような不快な金切音が部屋中に木霊してカンナ達に頭痛を引き起こした。
「毒は避けないと!」
「大丈夫、今の私なら『毒耐性』
ヘビの毒を躱そうと大きく下がったユズキとは反対に、カンナはその紫の霧に飛び込む。霧越しでよく見えないがカンナの「はぁ!」という掛け声と一瞬遅れて鵺の「ギャァ!」という苦しげな声が響く。
そのままダダダダッと鵺の下から駆け抜ける音が聞こえたかと思えばカンナが股下から飛び出して来た。
「カンナ!」
「まだ尻尾を斬っただけ!」
その手にはヘビの身体が握られていた。そのまま走って鵺を距離を取るとヘビ……尻尾の部分をポイっと投げ捨てる。鵺はその様子を見ると怒ったかのように大きく吼え、特大の火炎を吐き出した。火炎はそんなカンナの目の前で見えない壁に阻まれたかのようにピタリと止まる。ユズキが咄嗟に『障壁』を使い、それをカンナが『広域化』で大きく広げ炎を防いだのであった。
「――『氷葬』」
障壁を破らんと炎を吐き続ける鵺にマフユが『上級氷魔法』の『氷葬』を放つ。牽制だなんてとんでもない、まともに喰らえば
ピシィィィッ! とガラスにヒビの入るような音がしたかと思うとマフユの魔力から生み出された氷が空気を凍りつかせた。間一髪その氷を避けた鵺であったが、カンナが『広域化』で凍る範囲を強引に広げる。急に範囲が広がった氷の世界から逃れることができず、鵺は四肢を凍らせてその場で立ち尽くした。
「グルルゥゥゥゥゥアアアアアッ!」
炎を自身に向けて吐き出し、凍りついた身体を溶かそうとする鵺。しかしその動作は致命的な隙となった。
「ユズキ!」
「――『一閃集中』!」
マフユからスキル進化リングを受け取ったユズキは『上級剣術』による斬撃を『一点集中』しながら飛ばす。これはミスリルナイトを倒した時に編み出した無意識と意識の一点集中の併せ技だ。上級剣術の飛ぶ斬撃にこれを乗せると鉄も切り裂く必殺の一撃となる。ちなみに『一閃集中』の技名は
一閃は狙い違わず鵺の首を斬り落とす。しかしユズキは油断することなくさらに二度、三度と一閃集中を放ち鵺の身体を切り刻む。相手がボスである以上、首を落としただけではまだ生きている可能性があると考えて念入りにとどめを刺した。
計3発の一閃によって鵺は首、胸、腰で身体を斬られ、バラバラになってその場に転がった。鵺が完全に沈黙した状態でも構えを解かないユズキ達だったが、その状態で1分ほど経過すると流石に復活は無いと判断しやっと肩の力を抜いた。
「やったね!」
嬉しそうにユズキの元に駆け寄るカンナ。ハイタッチしようと片手を上げたユズキにそのまま抱きつきクルクルと回った。
「ちょっと、カンナ!」
困ったようにカンナを抱きとめるユズキ。そんな2人のもとに楽しげに駆け寄るマフユと、しれっとボスの魔石を回収するイヨであった。
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ハルカは動画を止めて振り返った。
「これが柚子缶……イヨさんから送ってもらったボス討伐時の録画データ。みんな現地で立ち会ってたけど、改めて見ることで気付きがあったと思うし、ここでそれぞれ思った事を共有しようかなと。じゃあリュウキから時計回りでお願い」
「『広域化』、凄いな」
「それだけ?」
「……うーむ、まず『身体強化』なのか? この速さで戦えてるのが凄いな。速さだけなら俺の『雷迅』の方が上だけどあれはこんな風に剣を持って戦うというよりも雷を纏って単純に突っ込んでいくような技だからな」
「技の性質としては私の『風迅』に近いね。でも『風迅』は私1人しか速くならないところ、柚子缶の場合は全員が速くなってるのがすごいなあ。これってどういう理屈なんだっけ?」
「えーっと、ユズキさんの『一点集中』で強化倍率が跳ね上がった『身体強化』を『広域化』で全員に適用しているみたい」
「なるほどね。じゃあ『風迅』も『広域化』してもらえれば同じ事ができるって理屈になるのかな……試してみたいね。あと私は『広域化』する対象をすごくスムーズに切り替えているところに感心したかな。『毒耐性』、『障壁』、『氷魔法』、あたりの流れは戦況が目まぐるしく変わる状況で各々適切なスキルを使いつつそれを完璧なタイミングで『広域化』してる」
「このあたりは普段どれだけきちんと訓練しているかが出るところよね」
うんうんと頷くリュウキとアリス。
「俺はやはり最後の斬撃が大したものだと思ったな。『上級剣術』の飛ぶ斬撃か? だがあれの威力は普通に斬るのと大差ないはずだから何かしら後押しがあるはず」
「あれはユズキさんの『一点集中』で斬撃の範囲を絞る代わりに威力を底上げしてるらしいわ。厳密にはスキルが無意識に『一点集中』して威力を底上げした斬撃を『広域化』で広げたものを意識的に『一点集中』する事で威力をさらに高めているんだって」
「……ややこしいが、ここにも『広域化』のサポートがあるってことか」
ヨイチは感心して腕を組む。
「そうみたいね。サクヤちゃん、感想は?」
「スキルの使い方については大体みんなと同じ意見かな。気になったのは、途中でマフユさんがユズキさんにバングル? みたいなものを投げて渡してたけど、あれって『上級剣術』のスキルリング?」
ハルカが動画の該当箇所を改めて映す。確かにマフユが濃藍色のリングを手首から外してユズキに投げており、ユズキはそれをキャッチして自分の手首に装備していた。その後すぐに『一閃集中』を放っているので、サクヤは『上級剣術』のスキルリングかと思ったのだ。
「これは「スキル進化リング」って言って、付けている間汎用スキルを1段階進化した状態で使えるらしいね。『氷魔法』は『上級氷魔法』に、『剣術』は『上級剣術』になるんだって。外すと使えなくなっちゃうからこうやって使い回してるんだって」
ハルカが伝えると驚く光の螺旋の面々。
「なんだそれ!? 誰も見たことないような超絶レアアイテムじゃないか!」
「特定の汎用スキルが使えるようになるリングはオークションに出た事があるけど……スキルを任意に進化させることができるとかそれこそ世界中の探索者が喉から手が出るほど欲しがるようなアイテムだね!」
「どこで手に入れたんだ?」
「えっと、これは鎌倉ダンジョンのボスを倒したらその残骸に混じって落ちていたらしいわ」
「鎌倉ダンジョン……彼女達がコアを壊して消滅させちゃったんだっけ?」
「ええ。だから同じ方法での入手は二度とできないってことね」
「そっか……でもこんな凄いもの持ってるってバレたらそれこそ色んなところから譲ってくれって依頼が殺到しそうだよね」
「その可能性があるからこれまではリングの存在を秘匿にしてきたし配信では進化させたスキルは使ってこなかったんだって」
「確かにうっかり露見したら欲しがる輩を相手にするだけで面倒な事になりそうだし、中には強引なやり方をするタイプだっているだろうしな。今回はボスの初見攻略だから念のため使ったって事か」
その後も動画を見て気付いた事について意見を交わす光の螺旋。正直、彼らは当初
自分たちがお膳立てして万全の状態で挑む事ができたし、コアを壊す前提があり帰りの心配をしなくても良かったと、ボスアタックするには絶好のシチュエーションだったとは言え彼女達のボスとの戦いは見事だった。高火力スキルでゴリ押しが基本の光の螺旋とは違い、丁寧に相手の戦力を削っていき最後に必殺の一撃でとどめを刺すという戦いの流れを高いレベルで実践しており、ありがちな「弱いモンスターを魅せる戦い方で倒して凄そうに見せる」スタイルの他の人気配信者達とは明らかに一線を画す実力がある事を示してみせたのであった。
一通りの感想が出尽くして『広域化』と柚子缶に対する評価も固まったところでハルカがリュウキに訊ねる。
「それで、柚子缶としてはこの動画を自分たちの配信チャンネルにアップロードしたいらしいわ。どこのダンジョンかは明かさずにね」
「確かにお手本のようなボス討伐動画だし視聴者は食い付くだろうな。俺たちの姿も声も入っていないし、ダンジョンの情報を出さないなら別に構わないんじゃないか?」
リュウキは頷くが、アリスが待ったをかける。
「でもこの動画での戦い方って明らかに彼女達の100%だよね? これまでみたいに安全な敵に余力を残して倒してた配信と違って手の内を完全に晒してる。スキル進化リングのやりとりもしてるし実力がバレちゃってもいいのかな?」
ダンジョン探索の配信では余程の事がない限り全力を出した戦いは投稿しないのが鉄則ではある。何故なら視聴者は同時にライバルでもあり、迂闊に自分たちの全力を見せればそれはある意味で弱点を晒しているのと変わらないからだ。光の螺旋だって配信に乗せる戦いは自分たちのスキルの性質や弱点が出来るだけバレないようにしている。
柚子缶もそれは例外ではなく……というより武器スキルの習得の件で色々と世間から注目されているのでより一層そう言った部分には気を遣うべきである。
「さすがにスキル進化リングのやり取りの部分は編集で見せないようにするとは思う」
「……それでも全力を見せてることには変わらないよね? 目先の再生数やチャンネル登録者数のためにそんな無茶をする子達だとは思わなかったんだけど……」
「それに私もさっきから気になってたんだけど、ハルカちゃんが柚子缶の事情にすごく詳しかったよね? 使ってるスキルとか、スキル進化リングのこととか……それって教えてもらったってこと?」
アリスに続けてサクヤも疑問を口にした。ハルカは頷く。
「うん。気になること聞いたら全部教えてくれたんだよね」
「それってどういう意図なんだろうね」
「どういうも何も、カンナがうちに移籍するにあたって『広域化』で出来ることはきちんと共有しておいてくれているって事じゃないのか? 現にこうやってある程度スキルの全容が見えてきているわけだし」
サクヤの疑問にリュウキは当たり前のように答えた。隣でアリスも嬉しそうに頷く。
「うんうん、直接的な攻撃力が無い代わりに物凄く応用が利くスキルだって事がわかったね。私達の持ってるスキルとはどうやって組み合わせようか」
「リュウキとアリスはもうカンナ君に来てもらうつもり満々だけど、勧誘には応じてもらえるのか?」
ヨイチがハルカに問いかける。ハルカは困ったように首を傾げる。
「それがまだ。っていうかそもそもカンナちゃんに柚子缶を抜けるつもりが無いっぽいんだよね」
「ええっ!?」
「ただ、私達の活動……
「じゃあその中で私達と一緒になりたいって思ってもらえるようにアピールしないとだね」
アリスはぐっと拳を握った。
「でもまだウチに入るつもりじゃないなら、なんでこんなふうに動画を渡してくれたりスキルに対して細かく教えてくれるのかな?」
サクヤが疑問に、ハルカは自分の考えを口にした。
「多分、今回のボス討伐とスキル情報の開示は柚子缶から光の螺旋への宣戦布告だと思う。カンナさんは渡さないぞっていうね」
「……宣戦布告?」
「うん。現時点の100%を見せてボスを討伐したのは「どうせ初見のボスは倒せないだろう」って見下していた光の螺旋に対する意地だと思う。手の内を隠すつもりなら適当なところで私達に助けを求めればいいのに、それをしなかったっていうのはプライドが許さなかったんじゃないかな」
「実際俺たちは勝てると思ってなかったところ、完勝してみせたことで柚子缶というパーティに対しての評価を改めたからな」
「うん。それで、スキル情報を敢えて細かく伝えてきたっていうのは
つまり今の実力を光の螺旋と動画視聴者に晒したところで今後もっと強くなれば問題ないという事だ。
「つまり、
「多分、そういう事だと思う」
ハルカの意見を聞いたリュウキはニヤリと笑う。
「面白い! 是非とも俺たちに並ぶパーティになってほしいな!」
「ちょっと!? そうしたらいつまで経ってもカンナちゃんがウチに来てくれないって事じゃない!」
「違うぞアリス、俺たちも柚子缶と同じ……いや、それ以上の速さで成長していけばいいんだ! それが切磋琢磨というものだろう!」
ドヤっと胸を張るリュウキと、それもそうかと納得するアリス。ハルカ達は久しぶりにやる気を見せる2人を見て火をつけてくれた柚子缶に感謝するとともに、自分達も負けていられないと気合を入れたのであった。
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