第3話 未発見ダンジョンのボス

「ちょっとユズキ、どういうつもり!?」


 ボス部屋の前、光の螺旋から少し離れて対策会議を行う柚子缶の4人。道中のモンスターからボスの輪郭を想定して、どう対処するか話し合う……という建前での作戦会議だったが、カンナは開口一番ユズキに食ってかかった。


「そんな大きな声を出したら向こう光の螺旋に聞こえちゃうわよ」


「ユズキが急にボスと戦うなんて言い出すからでしょ!?」


「急にって言っても、私はこうなる可能性を少なからず考慮してきたわよ。ね?」


 マフユとイヨに同意を求めるユズキ。二人は頷いた。


「螺旋のメンバーは私達の戦い方を動画でしか見たことがないからね。カンナちゃんもここまでリュウキとアリスの戦い方を見て「動画より凄い」って思ったでしょ? やっぱり直に見ると色々と気付きがあるんだよ。向こうはカンナちゃんを勧誘しているんだから実際に『広域化』を使って強敵と戦うところを確認したいんだよ」


「フユちゃん先輩の言うとおりで、まあ螺旋側の立場からしたらどこかで私達の戦い方を見たいって言ってくるかなとは思ってたけど。まさかぶっつけでボスを当ててくるとはたまげたなぁ……まあカンナさんをむざむざ殺させたりしないだろうから、いざとなったら助けてはくれるんじゃないかとは思うけど」


「やれるって言っておいて助けてもらうような事態になったら悔しいから全力でやるけどね。……というわけであちらの言う「見学」を言葉通りに捉えていたのはカンナだけって事よ」


「ふえぇ……」


 なんだか自分だけが能天気だったと言われているようで気落ちするカンナ。そんな彼女の頭をユズキは優しくポンポンと叩く。


「カンナのその素直なところは長所でもあるんだから気を落とさないの。そこをこうやってフォローし合うのがパーティでしょ? そんな意気消沈してたら勝てる戦いも負けちゃうわよ」


「私達も暗黙の了解だったのはよくなかったかも。ごめんね」


「ううん、気付かなかった私が悪いから。……よしっ! 切り替えていこう!」


 自分の顔をパンっと叩き気合いを入れたカンナ。既に頭の中は「どうやってボスを倒そうか」にシフトしている。この切り替えの速さもまたカンナの長所だとユズキは思っている。既にやる気に満ちたカンナの様子に笑みをこぼしつつ、作戦――と言えるほど立派なものでもないが――を伝える。


「道中のモンスターはリュウキとアリスが一撃で倒してきちゃったから強さは予測でしかないんだけど、獣型のモンスターだと思う。物理攻撃が通る分、以前鎌倉で戦った(※)ミスリルナイトよりは戦いやすいんじゃないかなと思うわ」

(※第2章)


「大きさや速さはどのくらいかな?」


「それは残念ながら出たところ勝負になるわね。そこで基本的にはマフユの『氷魔法』で牽制と、獣型なら温度を下げれば動きも鈍るはずだし弱体化にも期待。私とカンナが全力の『広域化一点集中身体強化』で押し切りましょう」


「私は見学かな?」


「何言ってるの、イヨには一番重要な役をやって貰うわよ。それこそミスリルナイトと戦った時のように、苦戦している時に私達の戦いから勝ち筋を見つけ出せるのはイヨだけなんだから」


 ミスリルナイトとの戦いで起死回生の作戦を立案したのはイヨであった。極限状態で冷静な判断を下せるイヨの頭脳をユズキはとても高く評価している。


「あんな奇策に頼らずとも地力で勝てる相手だとありがたいんだけど」


「それは同感。あとこっちもよろしくね」


 ハイっと背負っていたカバンをイヨに渡すユズキ。中には動画撮影用の機材一式が入っていた。


「……これって一応非公式の探索だし録画したら光の螺旋にいい顔されないんじゃない?」


「そう思ったからここまでは遠慮してきたじゃない? でも私達って配信者なのよね。ボス討伐動画を録画する事に文句を言われる筋合いは無いし、また戦い始めたら横から口を出すような事はしないでしょ」


「さすがユズキさん、抜け目がない」


「いやいや、イヨさんには敵いませんよ」


 ヘヘッと悪い顔をするイヨとユズキ。カンナとマフユも釣られて笑った。


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「さてさてお手並み拝見だね」


「ああ、『広域化』をこの目で見られるのは楽しみだな!」


「4人はボスに勝てるかな?」


「どうだろうな。いざとなったら助けるつもりではあるけれど、光の螺旋に入るならある程度の実力は見せてもらいたいものだが」


 楽しそうに語るリュウキとアリス。カンナとしては別に光の螺旋に入りたいと思っているわけで無いのでここで実力を認めてもらう必要は無いのだが、そのあたりの前提は二人の頭から抜けているようだった。ハルカはそんな二人にやれやれと思いつつ、ヨイチとサクヤに話しかける。


「サクヤちゃんはどう思う?」


「うーん……ボスの強さは柚子缶さんが配信してる動画で戦ってる敵とは段違いなのは間違いないと思うけど、彼女達も配信の時はある程度余力を持って戦ってるみたいだし……でも正直厳しいんじゃないかな。リュウキやアリスみたいな圧倒的な瞬間火力を出せるスキルが足りないと思う」


「なるほど……私も大体似た意見かな。ヨイチさん、彼女たちが危なくなったらヘルプに入れるようにお願いします」


「ああ」


 ヨイチは武器を取り出して軽く構える。


「ところで彼女達、配信するつもりなのか? 一人、後ろでカメラを構えているぞ」


「え? あ、本当だ! 確かにボス討伐って撮れ高は高いだろうけど流石に未発見ダンジョンで撮りましたって言って配信されると困っちゃうわね。それは辞めてもらうように言えば大丈夫かな……?」


「まあここで口出しして調子を崩されても困るな。戦いが終わったあとに話せばいいだろう」


「準備、できたみたい」


 柚子缶の4人が光の螺旋の方を見てOKサインを出した。ハルカがマルを返すと、4人は頷いてボス部屋の扉を開く。


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 扉の先に居たのはここまでの道中でリュウキとアリスが屠ってきた獣型のモンスターを二回りほど大きくしたようなボスであった。


「獰猛な猿のような顔に虎模様の脚、尾の部分は蛇かな? こういうのってなんていうんだっけ……キメラ?」


合成獣キメラでも間違いじゃないけど、この場合はぬえでいいんじゃないかしら」


 パッと名前が出てこないカンナにユズキが補足した。


「道中は色んな獣型モンスターが出て来たからボスはどれが来るかなと思ってたけど、まさかの全部ごちゃ混ぜにしたのが来たね」


「私は予想してたよ。鵺って頭が猿、体が狸、四肢が虎、尾が蛇の生き物らしいからここまでで倒して来たモンスターの種類から合体パターンあるかもなって」


「さすが高原、オタクだね」


「一般教養の部類じゃない!?」


 鵺という生き物の特徴には諸説あるが、それが一般教養かオタク知識かは難しいところである。ユズキはむかし本で見た鵺のイメージに重なったのでそう呼んだが、具体的に身体のどこがどの動物なのかまでは覚えていなかったし、道中で「これは鵺が来るかも」とは流石に思いつかなかった。同意を求める目を向けるイヨには申し訳ないが、話題を逸らして目の前のボスに集中することにした。


「さあ、あちらも私たちを観察しているのかまだ襲って来ないけど、いつ飛びかかってくるかわからないし。みんなの準備が良ければ早速始めましょう!」


「うん!」

「オッケーだよ」

「録画も回してる!」


 3人から威勢の良い返事を受けとったユズキ。剣を構えてスキルを発動する。


「――『身体強化』!」

「『広域化』」


 ほぼ同時にカンナが対象を4人に広げる。イヨとマフユも攻撃に転ずる事はできなくても『広域化一点集中身体強化』走ることぐらいは出来るようになったので、ボスの攻撃から身をかわすために身体強化の対象に含める。


「始めましょう!」


 ユズキとカンナは鵺に向かって駆け出した。

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