第2話 未発見ダンジョンの探索

 広島県の山奥にある未発見ダンジョン。未発見故に適切にモンスターを間引くことが出来ずに魔物溢れオーバーフローを起こしてしまった。ダンジョンの外に溢れたモンスター達は先ほどリュウキ達の手により討伐されたが、このままダンジョンを放置すればまたモンスターが溢れ始めるのは火を見るより明らかである。なので光の螺旋はこのままダンジョンコアを破壊して、魔物溢れオーバーフローの起こる原因であるダンジョン自体を消滅させてしまうのだという。


 ダンジョンの入り口は森の奥で倒れた樹がうまく隠しているようなカタチになっていた。なるほど、これでは発見できなくても仕方がない。


「人ひとりがやっと通れるくらいの大きさですね。これまで見てきたダンジョンとは比べ物にならないくらい小さいな……」


「協会が管理しているダンジョンは人が出入りしやすいように出入り口を工事で拡張しているからね。大体の野良ダンジョンはこんなものよ」


 よっと身をかがめてダンジョンに入って行くリュウキとアリス。どうぞと促されたカンナ達もそれに続いた。


 入り口こそ狭いが、中はいつものダンジョンのようだった。あたりをキョロキョロと見回すカンナに気付いたユズキが声をかける。


「カンナ、どうかしたの?」


「ここってもうダンジョン内って事だよね? なんかいつもと空気が違うと言うか、ダンジョン特有の独特の重い雰囲気がしないような気がするんだよね」


「……私にはいつも通りに感じるけど、イヨとマフユは分かる?」


 首を振るイヨとマフユ。カンナは気のせいかと気持ちを切り替える事にする。後ろからハルカとヨイチ、サクヤも入ってきたので、コアを目指して奥に進む。


「コアの場所って分かるんですか?」


 闇雲に探すわけにもいかないだろうとハルカに問いかけるカンナ。


「コアではなくてボスの場所なら分かるから、そこに向かって行くことになるわね。ただ下の層に行く階段は頑張って探さないといけないから、そこは結構歩く事になるのを覚悟してもらう形になるかな」


「ボスの場所がわかるんですね」


「私のスキルです。『魔物探知』っていうスキルで、ユニークスキルと言いつつできる事は汎用スキルの『気配察知』の効果が強いだけなんですけどね」


「サクヤちゃん、そうやって卑下しないの。効果が強いって言っても半径50km以内にいるモンスターの場所が正確に分かるぐらい凄いスキルなんだから」


「50km!? そんな広範囲が分かるんですか!?」


「だけど戦闘向けのスキルは一個も無いから、ハルカちゃんかヨイチさんに守ってもらわないと最低限の自衛すらままならないんですよね……」


 しゅんとするサクヤ。下手に元気付けようとしてもややこしくなりそうなので、カンナは気になることを質問する。


「半径50kmっていうと付近のダンジョンまで範囲に入っちゃう感じですかね?」


「隣のダンジョンはどんなに近くても探知出来ないんです。多分、入り口は近くてもダンジョンのある場所自体は遠く離れてるのかなって思うんですけど」


「入り口が近いのに場所が離れてる?」


「ダンジョンって物理法則を無視して存在しているじゃ無いですか。都市部の地下にあんな広大な空間があったら地盤が崩れたりしてもおかしくないけどそうはなってなかったり。他にも地下にあるダンジョンが「ここまで広がっているはずだ」って場所にトンネルを通そうとすると普通に開通しちゃったりするらしいですし。だからダンジョンっていうのは地上とは不思議な力で隔絶された空間だっていうのが通説ですね」


「ああ、それは聞いたことあります。普段意識する事はないからあまり気にしてなかったけど……」


「普段は気にするようなことでは無いですね。ただ、私のスキル『魔物探知』の効果もその隔絶された空間を超える事はできないんじゃ無いかって思ってます。覚醒した後は探知範囲がグッと広がったけど、他のダンジョンの状況は相変わらず分からないままでしたし」


「なるほど……もしかして魔物溢れオーバーフローが起きている場所を探すのってサクヤさんがひたすら地上で『魔物探知』してたりするんですか?」


「はい。とは言え一度に探知できる範囲は半径50kmぐらいなので常に日本をぐるぐる回りながら地上を徘徊する気配がないかってローラー作戦で探している状況ですけど」


「それは……大変そうですね」


「ふふ、車で移動しながら日本全土を探知するんです。大体2ヶ月で日本を一周して、1ヶ月ほどおやすみを貰うって感じの3ヶ月周期の生活スタイルですね。かれこれ10年くらいやってるのでもう慣れちゃいました」


 このやり方だと最大で3ヶ月間、魔物溢れを見つけられない事になるが魔物が地上に出てから活発に活動を開始するまでの期間がそのぐらいあるためギリギリで間に合うとのことだ。


「日本を一周すると何ヶ所くらい魔物溢れが見つかるんですか?」


「平均で2、3ヶ所かな。年に10個あるかどうかってくらい」


 ということは10年で100個ほどの魔物溢れに対応してきたということか。なるほど、それだけ経験があればこの余裕も頷ける。


 10年前から魔物溢れの対応をしていたという事は、現時点で未成年のリュウキとアリスは7〜8歳の頃からこんな事をしていたのだろうか? さすがにそれは考えづらいし、先代リーダーの頃かな? ……光の螺旋にも色々と事情はありそうで気になるところではあるけれど、流石に何でもかんでも無遠慮に聞くのも憚られるので、とりあえず今いるダンジョンについて確認する。サクヤによるとこのダンジョンはおそらく五層構成。一層あたりの広さは渋谷ダンジョンとほぼ同じくらいということで下の層への階段がスムーズに見つかれば各層1〜2時間程度で抜けることが出来るという事だ。


「ボスを倒して帰ってきて8時間ちょっとぐらいかな? 朝までには終わりそうで良かったね。下手すると丸一日以上かかることもあるし」


 光の螺旋のメンバーは軽い感じで話しているが、いつも2〜3時間、長くても4時間程の探索をしている柚子缶からすれば8時間かかるというのはそれだけでかなりハードな探索である。それを短くて良かったと言う光の螺旋の規格外さに、改めて舌を巻く柚子缶であった。


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 誰も入ったことが無いダンジョンという事は当然地図も無いわけで、下の層へ進む階段は手探りで探すしか無い。第一層の階段は探索を開始して10分ほどで見つけることが出来た。


「今回は幸先がいいね!」


 嬉しそうにするアリス。しかし階段を降りる事なく回れ右して歩き始めた。


「降りないんですか?」


「ここは一層だからね」


 相変わらず説明不足なアリス。ハテナを浮かべるカンナにハルカがフォローしてくれる。


「特定のフロアのモンスターを間引いておく事でこれ以上の魔物溢れを抑える効果があるの。だから一層では階段を見つけてもある程度モンスターを討伐しているわ。それと一層をきちんとマッピングしておくと二層以降の構造も予想できるから結果的に早く攻略できる事になるの」


「なるほど、そういう事ですか。じゃあせっかくすぐに階段を見つけたけどそんなにラッキーってほどでも無いんですね」


「そうでもないわ。細かく隅々まで見て回るわけじゃ無いからほぼ探索を終えてるのに階段が見つからずにって事態になる事もあるの。早い段階で階段が見つかると精神的に余裕を持って探索できるから有難いわね」


「そういうものですか。協会で管理してないダンジョンを探索するのって大変なんですね」


「まあライバルは居ないしボスとは確実に戦えるし、利点も多いけどね」


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「接敵、6体! 行くぞアリス!」


 戦闘を歩くリュウキが叫んだ。


「――『雷刃らいじん』!」


 モンスターに向けて手を突き出しスキルを発動する。その掌から一筋の光が走った。光はそのまま真っ直ぐにモンスターを貫く。正面から光線を受けたモンスターはその場で動きを止めるとバタリと倒れた。


「『風刃ふうじん』っ!」


 一拍遅れてアリスも両手を突き出した。彼女の手から何も出ていないように見えたが、正面に立っていたモンスターの体が胸から真っ二つに分かれた。


「あのモンスター、結構強いよね?」


 リュウキとアリスの鮮やかな手際に感心しつつ、隣にいたユズキに話しかけるカンナ。ユズキは頷いた。


「私達があれを素早く倒そうとしたらマフユの魔法で体勢を崩して私とカンナで斬りかかって……って感じになるかな。一撃で倒しちゃうなんて流石ね」


「雷刃と風刃って言ってたから、雷と風を発生させるスキルかな?」


「そうね。『雷魔法』も『風魔法』も汎用魔法スキルにあるけど、あのモンスターを一撃で倒せるような威力は出せないと思うから多分二人のユニークスキルなんだと思う」


「あんな威力の攻撃ができちゃうなんてすごいね!」


「そうね、流石は日本一のパーティだわ」


 そう答えつつ、ユズキは本当にすごいのはあの威力のスキルをおそらく連発できるであろう事だった。集中して魔力を込めればマフユでも先ほどのモンスターを一撃で倒す事は出来るかも知れない。しかしリュウキとアリスのように殆ど溜めもなく打ち出すのは不可能だし、おそらく一発撃ったら魔力の大半を消費してしまうだろう。彼らはそれぞれ3体ずつを対象に一発ずつスキルを放っていたし、今のケロリとした様子を見てもそれが負担になっている様子は無い。


「これが日本一との差か……」


 その遠い背中に向けてユズキは小さく呟いた。


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 8時間ほどかけて五層にあるボス部屋に辿り着く。道中100体以上のモンスターと遭遇したが、全てリュウキの『雷刃』とアリスの『風刃』で一撃のもとに屠ってきた。層が進むたびにモンスターは強くなってはいたが、こちらがこれだけ強ければ全く関係なかった。


 そんなリュウキとアリスだが特に疲労した様子もなくピンピンしている。むしろただ後ろから歩いて着いてきただけとの柚子缶のメンバーの方が疲れてきているぐらいだ。


「さて、この調子でボスもリュウキ達に任せても良いんだけど……」


 ボス部屋の前で一度小休止を取った一行。ハルカが改めて全体を見回した。


「ああ、まだまだ余裕だ!」


「この様子ならボスも強めの『風刃』と『雷刃』で倒せると思うよ!」


 意気込むリュウキとアリス。


「まあいつもはこんな感じでボスを討伐してコアを破壊したら来た道を戻るっていうのが私達、光の螺旋の探索の流れ。なんとなく理解してもらえたかしら?」


 ハルカに訊かれて頷くカンナ。


「リュウキさんとアリスさんだけでボスも倒しちゃうんですか?」


「今回のダンジョンではそうなるかな。敵が強かったり数が多い場合は私達が援護に回る事もあるけどね。いつも通りリュウキ達にやって貰ってもいいけど、柚子缶の4人でやってみない? あなた達の実力を直接見せて貰いたいってところもあるし」


 改めてボス討伐をしてみないかと聞いてくるハルカ。だからそういう計画外の事はしないんだと言って改めて断ろうとしたカンナより先にユズキが答えた。


「……せっかくのご提案だし、やってみようかしら」


「ええっ!?」


 驚くカンナ。一方でハルカを含めた光の螺旋の面々はそう来なくっちゃ! と楽しそうに笑った。

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