第4章 未来へ続く私達の物語

第4章 プロローグ

 札幌から東京に戻ってきて2週間。相変わらずテレビでは大企業の不祥事――これまで秘密裏に行ってきた個人探索者の暗殺についてを報じている。D3以外の企業は基本的に上層部が辞任して逃げつつ企業としては知らなかったを通す姿勢で、そこに続々と警察の捜査の手が入っているといったカタチだ。


 一方でカンナの『広域化』について、こちらは一時的にかなり報道があったものの、協会がこの件についてはきちんと情報をガードしていることと当の柚子缶としては沈黙を貫いており、また直接カンナに接触できた記者が1人もいないことから少しだけ落ち着いてきたといった印象だ。


「とはいえ、事務所ここから出たら下で待ち構えてるマスコミに囲まれるだろうし、そもそもネット上では相変わらず盛り上がってるどころか、考察動画が山ほど上がってるわけなんだけど」


 パソコンを見ながらユズキはため息を吐く。


 札幌から帰ってきてカンナと共にタワーマンションの事務所兼自宅に直行したまでは良かったが、マンションの周りに記者がたくさんいることから迂闊に外出も出来なくなってしまったのだ。


 騒ぎを起こすとマンションの住人に迷惑もかかるので中に入ってくる不届者までは居ないのが救いといえば救いか。


「せっかくの夏休みなのに探索に行けないし、ユズキとデートも出来ないね」


 そう言ってカンナが台所から料理を持ってきた。


 自宅にも記者が張り込んでいるため、札幌から戻ってきて以来カンナは事務所に泊まり込んでいる。買い物にも行くのも危険という事で食材はネットスーパーで注文して、完全に籠城する事になってしまっていた。


「マンション内にジムがあるおかげで身体は鈍らないけど、そろそろランニングマシンじゃなくて外に走りに行きたいな」


「渋谷ダンジョンにも行けてないから訓練も出来てないしね」


「スキルも、色々と試したいことはあるのになぁ」


 カンナお手製の昼食を食べ終わり、しばらくすると事務所にイヨとマフユがやってきた。


「来たよー」


「お邪魔します」


「ここは2人にとっての事務所なんだからそんな遠慮がちに入って来なくてもいいのに」


 夏休み前はもっと当たり前のように事務所にやって来ていた2人に、ユズキは声をかける。


「いやあ、そうも行かないよねぇ?」


「ユズキちゃんとカンナちゃんの2人きりの時間を奪うわけだし」


 そういって意地悪に笑うイヨとマフユ。カンナとユズキは顔を紅くする。


「コホン、それで外はどうだった?」


 ユズキが聞くと、マフユは肩をすくめた。


「まだまだ張り込んでる人は減ってないね。このマンションに柚子缶の事務所があるって事はバレてるからカンナちゃんが痺れを切らして出てくるのを待ってるんじゃないかな?」


「私達は何か聞かれても無視するから、最近は声を掛けられなくなったよ。ジロジロ見られはするけど」


「別に私にだってマイクを向けても何も答えないけどね……」


「そういうものでもないんだよ、ああいうのは。日出カンナがここにいる! って確定させるだけで記事になるんだから」


 迷惑な話である。


「でも実際問題、夏休みが終わる前には一度家に帰らないといけないし、学校が始まったら外に出ざるを得ないんだよね」


「夏休みは……残り10日ね。それまでに落ち着く気もしないけどね。」


「カンナちゃん、この状況で学校に行くつもりなあたり流石だわ」


「分かる。私やフユちゃん先輩だったらこれ幸いとサボっちゃうよね」


「ええっ!?」


 学校をサボるという発想がそもそも無かった真面目なカンナである。


「ただでさえ考える事が多いっていうのに、記者の対応までするのは本当に面倒ね……」


「考える事か。「光の螺旋」からはまだ連絡無いんだよね?」


「うん。一旦は連絡待ちかな」


 そう言ってカンナは先日の騒動を思い返した。


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 札幌支部に乱入してきた2人……リュウキとアリスは、3人目の女性に引き摺られるようにして会議室を出ていった。


 しかしそれで終わるわけもなく、札幌支部を出た柚子缶の4人に、彼女達は改めて接触してきたというわけだ。


「改めまして柚子缶の皆さん、こんにちは。さっきはごめんね。私達は光の螺旋って名前で探索者パーティをやってるんだけど、ちょっと話をさせてもらっていいかな?」


 リュウキとアリスを引っ張って行った女性が丁寧に頭を下げる。ユズキ達は顔を見合わせた。無視したところで引き下がってくれそうに無いしなあと判断し、とりあえず話だけならと了承する。


 じゃあこっちでマイクロバスに乗せられ、15分ほど移動した後に案内されたのは高級ホテルの最上階の一室であった。部屋と言いつつ、玄関とリビングルームがあり柚子缶の4人+光の螺旋の3人が余裕を持って座る事ができるテーブルもある。あちらの扉は寝室なのだろう。


「この部屋は?」


「私達が今滞在している部屋。周りに話を聞かれたく無いから」


「うむ! カンナがうちに来るって話だな!」

「でもこの子、今のパーティを辞めるつもりは無いって、」

「2人はとりあえず黙ってて!」


 またマイペースに話し出すリュウキとアリスを諌めると、彼女ははぁと小さくため息を吐いてカンナに謝る。


「事情も話さずウチの2人が暴走してごめんね。探索では優秀なんだけど、こうと決めたらちょっと周りが目に入らなくて」


「はぁ……」


 勝手にこうと決めないで欲しいんだけど。


「改めまして、私は光の螺旋で事務をやってる因幡いなばハルカと言います。こちらはウチのリーダーをやってる護国寺ごこくじリュウキと、こっちはサブリーダーの護国寺アリス」


 ハルカが頭を下げると、リュウキとアリスもそれに続く。ユズキ達もそれに倣って頭を下げた。


「それで私達の目的はこの2人がさっきから言ってる通りカンナさんにうちのパーティに入って欲しいって事なんだけど、多分、きっと、何の説明も無しに勧誘したと思うんだ」


 頷くカンナ。


「だよね。こういう人達だから基本的に私が同行してるんだけど……、さっきは札幌支部の受付で手続きしてるうちにズンズン進んじゃってて、ごめんなさい」


 三度謝罪するハルカ。リュウキとアリスに振り回されて苦労してるんだろうなぁ。


「べ、別に説明をされたとしても私は柚子缶を辞めるつもりは無いんですけど」


「うん、まあそうなるよね。だから今日のところは私達の話だけでも聞いて貰いたいなって。カンナさんにとっても悪い話じゃ無いと思うし」


 そう言うとハルカは改めて説明を始める。


「まず前提として、光の螺旋は全員がユニークスキルの覚醒者です。といってもここからついて来れて無いと思うんだけど、カンナさんは自分のスキル……『広域化』が覚醒ステージに入ったっていう自覚はある?」


「いや、無いですけど……」


「そっか。一口に覚醒って言っても色んなパターンがあるからね。この2人みたいに明らかにスキルの質が変わることもあるけど、私はそれまでとの違いが分かりにくいパターンだったからカンナさんもこっちのタイプなのかも。ただ、ユニークスキルが覚醒した人間に共通してる事が一点あって。

 カンナさん、使


 カンナはびっくりして固まる。隣でユズキも目を丸くしていた。


「ユニークスキルが覚醒すると、ダンジョンの外でもスキルを使えるようになる。これはスキル自体の性能が変わったと言うよりも覚醒したことによって魔力のチャンネルがこの世界に深く馴染んだことによる副次的な作用だと私達は考えてるんだけど……いずれにせよダンジョン内でしか使えないはずのスキルをどこでも発動できるようになっているというのが覚醒者の特徴なの」


 こんな風にね、と指先から火を出すハルカ。


「これは、『炎魔法』?」

 

「うん。慣れればこんな感じでユニークだけじゃなくて汎用スキルも使えるようになるの。じゃあダンジョンの外でスキルが使える私達が集まって何をやっているかって話なんだけど……」


「世界を守っている!」

「私達にしか出来ない事だからね」


 胸を張るリュウキとアリス。


「世界を守る?」


「……もしかして、魔物溢れオーバーフロー!?」


 ユズキが思い至る。ハルカは頷いた。


「そう。ダンジョンはモンスターを生み出し続けるから、中のモンスターを適切に間引かないと魔物溢れオーバーフローを起こしてダンジョンの外にモンスターが出て来てしまうわ。(※)」

(※第3章4話)


「でもそれって協会が溢れないように管理してるんだよね?」


「確かに協会が把握しているダンジョンについては管理しているけど、逆に言えば把握していないダンジョンの管理なんてしようが無いのよ」


「管理できていないダンジョン?」


 ピンと来ないカンナ。


「協会が管理できているダンジョンは全てのダンジョンの半分もないんじゃ無いかなって思ってる。ダンジョンの入り口がそれと分かれば中に入って探索できるけど、例えば人が滅多に立ち入れない場所にダンジョンの入り口があって、そこを管理する人が見落としていたら? 他にも崖に出来た小指一本分程度の亀裂がダンジョンの入り口だとしたら? ……いずれも、実際に魔物溢れオーバーフローが起きて私達が対処したケースよ」


「対処ってどうするの?」


「うちには魔物溢れオーバーフローを感知する専門家がいるから、その子に探知して貰って現場に赴く。あとは外に出たモンスターを間引いて、基本的にはそのままダンジョンに入ってコアを破壊するわ」


「それって協会は知ってるの?」


「一部の部署と本当に限られた人だけね。協会のバックアップなんてたかが知れてるし、情報を公に共有する事のデメリットの方が大きいって思ってるから。そもそもそんな日常的に魔物溢れオーバーフローが起きてるなんて世間が知ったらパニックになるでしょ? だって覚醒者以外には溢れたモンスターを間引くなんてほとんど出来ないんだし」


「陰ながら世界を守っていると言うことだな!」

「正義は見返りを求めないんだよね」


「まあ、溢れたモンスターとダンジョン内で拾った魔石ぐらいは買い取って貰ってるけど」


 偉そうにするリュウキとアリスに冷静に突っ込むハルカ。


「でも正直それだけだと大した金額にならないから、通常の探索もやってますよっていうのが私達の活動。配信してるのは通常の探索の方ね」


「それで、私を勧誘する理由ってなんなんですか?」


「さっきも言ったけどダンジョンの外でスキルを使えるのは覚醒者だけだから、単純にうちの戦力になって欲しいってこと。まあカンナさんの場合応用が効きそうなスキルだし、裏方作業……魔物溢れオーバーフローの感知を手伝ってもらえたら担当の子の負担も減るかなって考えてるんだけど。代わりにこちらはカンナさんに安全を提供できるかな? 一応全国に拠点があるから変なのに追い回される事も無いし、何より日本一強いパーティが全員どこでもスキルが使えるから実力行使されても返り討ちにできるわよ」


 ニッと笑って見せるハルカ。


「……私は柚子缶が、この4人で探索するのが好きなんです。4人で叶えたい夢もあるし。光の螺旋に入らずにお手伝いするって形じゃダメなんですか?」


「そうきたか。 ダメっていうか、正直行動を別にするロスが大きいし、何よりユズキさん達はダンジョン内でしかスキルが使えないんだから危険が大きいわ」


 ハルカは困ったように眉を寄せる。カンナとしても、ユズキ達と一緒に居たいけどそれで危険な目に合わせるのは嫌だった。とはいえ「魔物溢れオーバーフローなんて知らないからそっちで勝手にやってくれ」と言って突き放す気にもなれない。積極的に慈善事業を手伝うつもりは無いけれど、光の螺旋と関われば得るものは多そうだと感じる。


「うーん、まあカンナさんの気持ちを無視して強引に勧誘するのも本意では無いのよね。じゃあとりあえず今日はこれで解散して、一度私達の活動に同行して貰うっていうのはどうかしら」


「同行ですか?」


「そう。実際に魔物溢れオーバーフローに対応するところを見て貰えば、具体的にやることや危険の度合いなんかも分かりやすいと思うし」


 そうしましょう! と言って手を叩くとハルカはスマホを取り出してカンナと連絡先を交換する。


「じゃあ次に魔物溢れオーバーフローに対応する機会に連絡するから、みんなで観に来てね」


 そういってその場は解散となったのであった。


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「あれから2週間経つけど、まだ連絡来ないね」


「どのくらいの頻度で魔物溢れオーバーフローが起きるのかってところも聞いておけば良かったわね。下手に遠征も出来ないから待機期間がはっきりしないのは困りものだわ」


 その時、カンナのスマホが着信を告げる。ハルカからであった。


「ついに来たわね」


「私が出て良いの?」


「スピーカーモードにしてみんなで聞きましょうか」


 テーブルの中央にスマホを置いて、スピーカーで着信を受ける。


― もしもし、カンナさん?


「そうです。いま事務所でみんな一緒に聞いてますけど、大丈夫ですか?」


― 大丈夫。むしろ都合が良いわね。じゃあ単刀直入に言うけど、明日の20時に広島県安芸高田市に集合で。来れるかしら?


 カンナはユズキの方を向く。ユズキはうん、と頷いた。


「大丈夫です、行けます」


― ありがとう。詳しい場所は後でメッセージ送るわね。待ってるわ。じゃあまた明日。


 電話が切れる。


「広島だって」


「安芸高田市ってどの辺?」


「広島県の北部だったかな? 探索では行ったこと無いわね」


「検索したけど車で10時間だって。明日の朝イチで移動すると体力的にキツイかな」


「じゃあ今から移動しましょうか。日付変わるくらいのタイミングで着けるんじゃない?」


「車中泊だと疲れが取れないから、向かいがてら24時間チェックインできるホテル探して今夜はそこに泊まろうか」


 突然決まった遠征にいそいそと準備を始める一行。


「カンナさん、なんか楽しそうだね?」


「バレちゃった? みんなには負担かけて申し訳ないし大変だとは思ってるけど、こうやって遠征に行くのは久しぶりだしちょっとバタバタした感じもたまには楽しいなって思っちゃった」


「もう、遊びに行くんじゃないのよ?」


「でもそのくらいリラックスしておいた方が良いかもね。日本一の実力者達のところに行くわけだし」


「ガチガチに緊張してるよりマシって事ね。一理あるかも」


 マンションの地下駐車場に移動して、車に乗り込んだ一行は一路広島に向かって出発した。


プロローグ 了


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※※作者より※※


3章は思わせぶりな締め方をして……からの、4章は開幕から大きく話が動きます。


光の螺旋とどう関わっていくのか、柚子缶はどうなっていくのか、楽しんで頂けると嬉しいのですが、ここでしばらく更新をお休みして書き溜めをしようと思います。


面白さもてぇてぇもしっかりパワーアップした第4章をお届けできるように頑張りますので、楽しみに待っていて頂けると幸いです。

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