第34話 今後の話と勇者の乱入

 ユズキへの想いをうっかり配信にのせてしまったカンナだが「まあやってしまった事は仕方ないか」とすぐに気持ちを切り替えた。別に悪い事をしているわけでは無いし、何より悩んでいても取り消せるわけでも無い。


「べ、別に世界中の人たちが見ていたってわけでも無いしね!」


 自分に言い聞かせるカンナ。


「まあ、せいぜい3万人くらいね」


「さんまっ……!?」


 思ったより多かった。


「ゲリラ的に始まった配信だしいつもは土日に配信してるところを今回は平日だったから、まだ見てる人は少なかったかな。配信時間も小一時間だったし」


 配信動画視聴アプリをスマホやPCにインストールしていると、お気に入りのチャンネルの配信が始まった時に通知がくるようになる。見てくれた3万人はそんな通知に気が付いてすぐに配信をチェックしたというわけだ。


 視聴者の中には昨夏の札幌ダンジョンでの緊急生配信、エルダートレント討伐の時のことを思い出した者も少なくない。奇しくも同じ札幌ダンジョンが舞台で、探索者による襲撃、暗殺未遂というよりショッキングな映像になってしまったのだが。


「ちなみに動画に容疑者の顔が映ってるって理由で捜査に配慮してアーカイブ化はしてないから、一応リアルタイム視聴していた人にしか動画は見られてない、はず……?」


 ユズキが希望的観測を述べるが、イヨは小さく首を振る。


「残念ながら視聴者が録画してた動画があるかな。切り抜き動画も上がり始めてるし。……まあ配信者同士が付き合ってるだなんだなんて良くある話だし、世の中にはそれを売りにしてるカップル配信者なんてものもいるくらいだし気にしすぎない方がいいって事だと思うよ。そもそもユズキさんとカンナさんがラブラブなのって半分公認な雰囲気あったし」


「そんな雰囲気あったっけ!?」


「高原が前から個人名義で「ユズ×カンてぇてぇ」って切り抜き動画を上げていたのもこういう事態に備えてって事だったんだね」


 マフユがうんうんと頷くが、イヨは「そ、それは全くの私の趣味で……」とあたふたしていた。


「まあそんなことより『広域化』でスキル習得が出来るって事が広まっちゃってる事の方が問題だし、どうしようって話なんだけど」


「あ、それも広まっちゃってるんだ……」


 もう驚き疲れて、一番大変な情報が漏れている事に対してオーバーなリアクションが取れなくなっているカンナであった。


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 翌日、無事に退院したカンナはユズキ達と共に探索者協会札幌支部に向かった。今回の襲撃を防げなかった事に対する謝罪や賠償などは既にユズキと札幌支部長の間で合意しているが、支部長がカンナに直接謝罪したいという事で直接面会する事になった。


 会議室に入ると目の下に大きな隈を作った札幌支部長が待っていた。


「やあ、元気そうで本当に良かった」


「おかげさまで、この通り」


 カンナはグッと拳を握ってみせる。支部長に促され着席する。


「まずはこの度、我々の警備体制が甘かった事で君達を危険に晒したことを謝罪したい」


 支部長が頭を下げる。


「でも監視自体はきちんとしていたんですよね? 襲撃犯達が周到だったって聞いてますけど……」


「確かに奴らは手練ではあったが、そもそもあのプレハブ小屋に監視の目をすり抜けて到達出来るルートがあった事自体が我々のミスだ。たとえ並の探索者では辿り着けないような道筋であったとしても、そこを警戒しなくて良い理由にはならなかったと痛感させられたよ」


 そういってケルベロスの侵入経路を地図上に記した紙を見せられる。なるほど、こんなルートがあったのかと感心すら覚える進入経路だった。というかダンジョン内の川を200mほど潜水して来ているのでそこまで想定しろと言って札幌支部の監視体制を責めるのは酷というものだろう。


「あ、そうだ。プレハブ小屋に置いて来ちゃった私達の荷物ってどうなりました?」


「全て回収してある。多少汚れや破損があったがな」


 カンナのカバンはひととおり汚れを落として保管しておいてくれたようで、せっかく終わらせた夏休みの宿題が台無しにされたらという心配は杞憂に終わった。一方でイヨのパソコンは襲撃のどさくさで壊れてしまったようでデータが消えたと悲しそうにしていた。


「バックアップは無かったの?」


「配信用の動画素材とか、パーティ運営関連の書類は全部クラウドにあげてあるから大丈夫なんだけど、趣味の諸々がね……」


「ああ、この間言ってた仕事効率化アプリってやつだね」


「そ、そうそう。それがね」

 

 片手間で作った仕事効率化アプリなんかより、半年以上かけて作って来たカンナとユズキがモデルのキャラがてぇてぇする百合ゲーが本命であったが。


「データについてはどうしようもないが、パソコンについては協会で弁償しよう。希望のものを伝えておいてくれ」


「ありがとうございます」


 もちろん今回の入院費やその間のユズキ達の札幌の滞在費は協会持ちとなり、さらに数百万円の――今の柚子缶にとってはそれほど高い額では無いが――見舞金も受け取って札幌支部の責任については手打ちとなった。もとよりユズキ達は協会側に対して恨みは無い。むしろ協会の顔を立てるために、向こうから申し出て来た謝罪を素直に受け取った形だ。

 


「さて、今回の事件を受けて、スキルの習得に『広域化』が関わっている……つまり真実に限りなく近い情報が出回ってしまっている。協会にも問い合わせが集中しているよ」


「それって協会から情報が漏れたってことでは無いんですよね?」


 失礼な質問だと思いつつ、確認せざるを得ないユズキ。札幌支部長も協会の情報セキュリティの脆さに苦笑しつつ答える。


「今回の件はうちの情報が漏れたというよりは様々な状況から推測されてしまった形だな。D3の会議の音声データは警察に提出した。そこではスキル習得は『広域化』によるものだと確定したものとして議論されていたからね」


「あの音声データ、マスコミに流れたんですかね?」


「今回の事件……D3レベルの大企業幹部を軒並み逮捕するとなれば、その証拠となる音声データは報道陣に公開せざるを得ないんじゃないかな」


「まあ、仕方ないのか」


「どこまで情報を開示するかは報道陣の良識に頼るしか無いが、いかんせん「スキルの任意習得」「探索者暗殺」「大企業の陰謀」と1つでも大ニュースになる要素が重なり過ぎている」


 協会がスキル習得訓練を一般募集した段階では「ダンジョンコアを利用した全く新しい装置」によるものだと発表していたので、全ての報道陣はその装置の詳細情報を得ようと協会に問い合わせをして来たし、ニュースなどもコアの活用方法などについて専門家が意見を述べるものが大半であった。また少しでも情報を得るために、実際に習得訓練に参加した探索者に接触して訓練の様子やその内容を聞き出そうと画策していた。

 つまり『広域化カンナ』の情報はブロック出来ていたのである。

 

 だがD3が『広域化』がスキル習得の要であると断定し、さらに排除しようと動いた事で世間の目は『広域化』に向いてしまった。例の会議の音声データはおそらく報道陣の手に渡っている。切っ掛けさえあればそこから『広域化』とスキル習得の可能性を紐付ける事は難しく無い。


・カンナの『広域化』は『剣術』などのスキルを他人が使えるようになる。

・スキル習得訓練では一時的に『剣術』スキルを使えるようにして身体に動きを覚えさせる。

・柚子缶の北海道滞在時期と春の協会所属探索者がスキルを覚えた時期が一致する。

・7月には柚子缶が探索者協会とパートナーシップ契約を結んでいる。

・今回もスキル習得訓練開始直前から柚子缶が北海道に滞在している。


「うん、ちょっと考えればカンナに辿り着くわ」


「いずれはバレるかなって思ってたけど、思ったより早かったね」


 もともとこういった事態……つまり『広域化』の事が公になった時のため、この数ヶ月奔走して来たのでさほど慌てることでは無いとカンナ達は考えていた。ただ誤算だったのはD3の逮捕と合わせてあまりに大きく報道されてしまっていることだろうか。


 既にテレビでも連日、情報番組で柚子缶の特集が組まれるほど世間の関心が『広域化』に向いてしまっている。


 皮肉な事にこれが理由で柚子缶の配信チャンネルの登録者数はここ数日でほぼ倍増。80万人を超えて、なんと日本で一番登録者数が多い「光の螺旋」に迫ろうとしていた。


「報道陣はどこもこぞって情報を得ようと必死なはずだ。柚子缶君たちのところに取材はきていないかね?」


 札幌支部長が訊ねる。


「泊まってるホテルに押しかけて来ましたよ。肝心のカンナが居ないって事でそこまで強引なインタビューじゃなかったけど」


「そうなの!?」


「カンナには言ったら心配するかと思って、まだ伝えてなかったのよ。ごめんなさい」


「そうなんだ……。実はお母さんから「家を出たら記者の人にカンナさんはいつ帰ってくるか?」と聞かれたってメッセージが届いてたんだよね」


 カンナが答えると札幌支部長は頭を抱える。


「いきなりホテルに押し掛けて、自宅も割れているか。可能ならご家族共々どこかに避難してもらった方が良いとは思うが」


「お母さん、仕事あるからなあ。自分のペースを乱されるのも嫌うし」


「そうか……強制は出来ないが、必要になったらすぐに相談してくれ。協会としては協力は惜しまない。だが少なくともカンナ君はほとぼりが冷めるまでは自宅に戻らない方が良いだろう。協会から借り上げている事務所でしばらく寝泊まりは出来るかね?」


「それは大丈夫です」


「とはいえ、いつになったら落ち着くかも分からないよね」


「いっそこのままユズキさんと一緒に住んじゃえば?」


「それってまるで根本的な解決になってないわよね」


「今は協会側も対応が決まっておらず報道陣も好き勝手に動いている状況だが、体制が固まれば協会を通して情報を公開するという形に出来るとは思う。そうなれば報道陣が詰め掛ける状況はある程度解決すると思うが……」


 それでもゼロにはならないかも知れない。いずれにせよこれまでと全く同じ生活とはいかないだろう。


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 長い話し合いも終わり、取り急ぎ今後の方針も決まったのでそのまま会議室でお茶を飲みつつ団欒する一行。札幌支部が用意してくれた高級なお茶と北海道銘菓に舌鼓を打つ。


「東京には明日帰るのかな?」


「その予定です。今回は襲撃のバタバタがなければスキル習得訓練が終わったら帰る予定でしたし」


「先ほども言ったが、くれぐれも気を付けてくれ。協会も出来るだけ早く沈静化するよう努める」


「ありがとうございます」


 さて、そろそろお開きかというタイミングで、急に会議室の扉が開いた。何事かとそちらに目を向けると、そこには1組の男女が立っていた。


「ちょっと! 困ります!」


 遅れて事務員が追いかけてくる。


「何事かね?」


「あ、支部長。申し訳ございません! こちらの方々が柚子缶に会いたいと言って押し掛けて来られまして……」


 男性の方はずんずんと会議室に入ってくると、カンナの隣に立つ。


「君が日出カンナか! ……アリス、どうだ?」


 アリスと呼ばれた女性はカンナを見て頷く。


「うん、間違いない。こっち側」


「そうか。じゃあ決まりだな。カンナ! 俺たちのパーティに入れ!」


 そういってカンナの肩に手を置く男。その強引さにカンナは固まってしまった。


「……光の螺旋?」


 ユズキが乱入した2人の正体に気付く。それは実力、配信チャンネルの登録者数共に日本一のパーティである「光の螺旋」のリーダーであるリュウキと、サブリーダーのアリスであった。


「ああ! この子を俺たちのパーティに勧誘しに来た!」


「はぁ!?」

「ちょっと、どういうつもり!?」


 いきなりの不躾な勧誘に抗議の声を上げるユズキとイヨ。アリスが一歩前に出て来て、改めてカンナを観察する。


「だってこの子、もの。光の螺旋うちのパーティはユニークスキルが覚醒したメンバーの集まりだから、この子にも入って貰わないといけないってわけ」


「いやいや、意味わかんないですって」


「そりゃあ周りは分からないでしょうけど。だけど覚醒してるって本人は分かってるだろうし。そんなわけだからカンナちゃん、これからよろしくね?」


 そういって手を差し出すアリス。一方でカンナは事態が理解できずに完全にフリーズしていた。とりあえずこの手を取ってはいけない事だけは理解できる。


 ユズキはそんなカンナを庇うように前に出た。


「そんな勝手に勧誘されても困るんですけど!」


「ああ、あなたもユニーク持ちね。……残念だけどまだ覚醒してないみたいだからウチにはいらないんだけど、いつか覚醒したら勧誘に来るからこれからも頑張ってね」


「そうじゃなくて! この子は柚子缶うちのメンバーですから! 光の螺旋には入りません!」


「なんであなたが決めるの? 本人の意思は?」


 アリスがカンナに問いかける。


「え? 私の意思? 私も柚子缶を辞めるつもりなんて無いですけど……」


「ええ!?」

「それは困るな!」


 今度はアリスとリュウキが驚いて固まってしまった。そんな場面にさらにもう1人の女性が飛び込んできた。


「こら! 2人とも先に行くなってあんなに言ったのに……どうせまた話をややこしくしてるんでしょ!」

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