第33話 新しい騒動の予感……?

 カンナが目を覚ましたのは見慣れない部屋の中であった。部屋全体から感じる独特の雰囲気から「あ、ここ病室だな」と理解する。


「えっと……、何がどうなったんだっけ?」


「ダンジョン内で襲撃されて、なんとか撃退はしたもののケガと魔力の枯渇で倒れたからそのまま病院送り。ケガは酷いけど一旦命には異常なしと判断されてまずは意識が自然に戻るのを待ちましょうって事になって、今日が5日目ってところかな?」


「……ごめん、もう一度言ってもらっていいかな?」


 身体を起こしつつ呟いたカンナに、スラスラと状況を説明してくれたのはベッドの横で椅子に座って読書していたマフユだった。マフユはニコリと笑って同じセリフを、今度はゆっくり読み聞かせるように言ってくれる。


「状況は理解できたかな?」


「うん、ありがと。……イヨさんは平気?」


「高原はもう退院してるよ。あの子は翌日には目を覚ましたから」


 マフユは話しつつ、枕元のナースコールを押した。すぐに看護師がやってきてカンナの様子を確認する。なんと、そのまま精密検査に直行という流れになった。ストレッチャーに乗せられて検査室に運ばれるカンナを、マフユは手を振って見送った。


 小一時間ほどで一通りの検査が終わったカンナが病室に戻るとユズキとイヨも駆け付けていた。


「ユズキ!」


「カンナ、目が覚めて良かったわ」


「うん、ユズキが助けに来てくれたおかげだよ。ありがとう」


 お互いの無事を喜び合った4人。しばらくすると医師がやってきてカンナの検査結果も特に問題は無かった事を伝えてくれる。経過観察で念のためもう1日入院して明日退院という運びになり、また腕の骨折も明日回復魔法で治してもらう事になった。


「そういえばプレハブを襲ってきた人達ってどうなったの?」


「それ、結構な大ごとになってるのよ」


 ユズキが病室に備え付けのテレビを付けると、ちょうどワイドショーが流れる。


「【衝撃】大企業の闇!! 邪魔な探索者を殺害!? ……これって今回の人たちのこと?」


「それもだけど、裏で操っていた企業が明るみに出た感じかな」


 裏で操っていた……? 疑問を浮かべるカンナに、ユズキは最初から順番に話すね、と言って説明を始めてくれる。


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 話はカンナと羆男の戦闘中にまで遡る。


 カンナが離れた場所にいるユズキの『一点集中身体強化』を無事に『広域化』する事が出来た事はユズキにも伝わった。そのまま意識を集中すると、魔力の流れを通してカンナのいる場所がなんとなく分かる気がした。


 様子を見ていたモニターから顔を上げてダンジョンの奥を見るユズキ。……この方角、数km先にカンナはいる!


「マフユ」


 隣に居るマフユに声を掛けると、彼女は頷いてユズキの背中を押した。


「場所、分かったんでしょ? 私はここで待ってるから行ってきていいよ」


「……ありがとっ!」


 言うが早いかプレハブ小屋を飛び出したユズキはそのままカンナの魔力を辿って彼女の元へ急行する。ダンジョンのひたすら奥へ。数kmの距離をものの数分で駆け抜けた。


 広場に到着する直前、100mほど手前で襲撃部隊最後の男と対峙したユズキ。彼はもともと『気配察知』に優れている斥候タイプで、純粋な戦闘能力では3人の中では劣っていた――それでも探索者全体で言えば上位層に位置する程度には実力はあったが。しかしそんな程度の実力で『広域化一点集中身体強化』発動中のユズキに敵うはずも無く、万が一迷い込んだ一般人だったら後で謝ればいいやと一刻も早くカンナの元に駆け付けたかったユズキの遠慮の無い殴打によって一撃で倒されたのである。


 そして広場でカンナと――ついでにイヨとも――再会したユズキは持ってきた通信機でプレハブに残ったマフユと連絡を取り救援を要請。札幌支部の救援部隊によって無事にダンジョンの脱出に至った。


 またその際、気絶している男達はそのまま縛って回収されて逮捕される事となった。ダンジョン内であれ、人を殺せば殺人罪となる。モンスターによる被害と見分けが付きにくいものの、今回はカンナとイヨの機転により襲撃直後から全てが終わるまで柚子缶のチャンネルで生配信されていた。動かぬ証拠によってケルベロスの3人は即逮捕となった。


 ダンジョン内での殺人(未遂)、そのリアルタイム配信というニュースは世間では大騒ぎになった。警察は彼らの素性を確認した直後に家宅捜索を実施。そこからカンナの殺害はD3からの依頼であると言う事が明るみ出たばかりか、これまでにも他の大企業からの依頼で個人探索者の暗殺を請け負って居た事が判明し、それをマスコミが大きく報道した。


 ケルベロスによる過去の案件の大部分については、企業からの依頼と報酬の振り込み時期、そしてターゲットとなった探索者がダンジョン内で行方不明になったとされる時期が一致するといったところまで、既に捜査が進んでいる。


 ここでその依頼元として名前が挙がったのが日本を代表する大企業ばかりであったため、世間は大混乱となった。対象の企業の株価は下がり、各社会見を開いてはトップが辞任するなどの対応が連日報道されている。


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「意外。そういう会社って知らぬ存ぜぬを突き通すか、部下が勝手にやった事って言いそうなのに」


「最初の2日間はそんな感じだったんだけどね。D3の経営陣が何人も逮捕されたのよ、ケルベロス――カンナを襲った3人の裏での呼び方だったらしいけど、彼らに暗殺を依頼したって動かぬ証拠が出てきたから」


 企業の潔さに疑問を浮かべたカンナに、ユズキは理由を話す。動かぬ証拠? と首を傾げたカンナにユズキはICレコーダーを取り出して見せた。


「これ、ヒカリが渡してくれたの」


「ヒカリさん? あのトラブルメーカーの?」


 カンナの遠慮のない評価に、ユズキは笑ってしまう。そのトラブルメーカーのヒカリよ、と答えて彼女とのやりとりを伝える。


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 ヒカリから連絡があったのは騒動の翌日夕方。すでにテレビやネットニュースなどで企業による探索者暗殺未遂事件がトップニュースとして報じられていたが、当のD3側は関与を否定していた。


 ユズキ達としては、D3への制裁などは考えていなかったが今後も別の襲撃があってはたまらない。責任云々では無く再発防止のために膿を出し切ってほしいとは思いつつも、仮にケルベロスが証言したとしても企業側は担当者をトカゲの尻尾切りするだけになるんだろうなと半ば諦めの気持ちであった。


 そんなユズキにヒカリからメッセージが届く。


― ニュースで話題なってる事で、相談したいんだけど今日会える?


 思わず顔を顰めるユズキ。数ヶ月前に彼女の義理の兄――彼こそ今回の黒幕であるD3の社員だった――と引き合わせたヒカリは、ユズキの中でD3側の人間だったのである。


 無視しようとしたユズキだが、メッセージが既読になった瞬間ヒカリから電話がかかってくる。うんざりしながら電話に出たユズキ。


「今さら何の用? 弁解は聞かないけど」


― そうじゃなくて……今から会えないかな? 渡したいものがあるの。ユズキの力になれると思う。


「渡したいもの? それに今から会いたいって、私たち今札幌にいるんだけど」


― うん、知ってる。だから私も札幌駅に着いたところ。


「はぁっ!?」


― 駅前広場で待ってるね。


 一方的に宣言して電話を切ったヒカリ。困惑するユズキに何事かとマフユが訊ねたので説明した。


「ふーん。じゃあ行ってらっしゃい」


「え? ヒカリだよ?」


 てっきり無視しようと言うと思ったユズキはびっくりして聞き返した。

 

「うん。あのヒカリちゃんでしょ? ユズキちゃんの幼馴染でトラブルメーカーの」


「自分でトラブルメーカーって言ってるじゃん!」


「トラブルメーカーだし個人的に好感は持てないけどさ、根は悪い子じゃ無いんでしょ? ユズキちゃんがもう連絡しないでって言ったら大人しく引き下がってくれるくらいには聞き分けいい子じゃん。そんな子がわざわざ札幌に来て力になれるって言ってるなら話くらいは聞いてあげていいんじゃ無いかって思っただけだよ」


「確かに悪い子じゃあ無いけど……」


「別にここでやる事があるわけでも無いし、ちょっと会うだけなら気分転換にもなるよ」


 未だ目を覚さないカンナを置いていくのは気が引けるが、マフユの言うことも尤もだと思い、ユズキは病院を出て札幌駅に向かった。


 駅前広場に着くとヒカリがユズキに気付いて駆け寄ってくる。


「ユズキ、久しぶり」


「う、うん」


「はい、コレね」


 そう言って小型のICレコーダーをユズキに渡すヒカリ。


「これは?」


「お姉ちゃんって実はかなり心配症でさ、ここ数ヶ月、お義兄さんの帰りが遅いから浮気かもって怪しんでICレコーダーを仕込んでたらしいんだよね。それでたまたま仕事中の会議の会話が録れちゃったらしいんだけど、それ聞いてノイローゼになっちゃって」


「ちょっとちょっと、意味がわからないんだけど?」


「この中に、例の暗殺者にユズキの大事な人を襲わせようって言ってる会議の音声が入ってるの。これを公表すれば、D3の責任を追及できると思う」


「……いいの?」


 それはつまり、ヒカリの家族……姉の夫を告発するという意味になるのでは無いだろうか。


「私、お姉ちゃんにもお義兄さんにも憧れてたんだ。大きな会社で、若いのにすごくバリバリ仕事してて、それでたくさんお金を稼いでて。でもさ、お姉ちゃんたちは好きだけど、悪い事をして欲しく無いんだよ。このICレコーダーはお義兄さんも気付いてなくて、お姉ちゃんは今ひとりで悩んでるんだ。間違いであって欲しいって思ってたところに昨日のニュースでしょ? 本当に会社が、お義兄さんがそんな恐ろしい事をしていたんだって私に相談してきたんだよ」


「これを公表してくれって?」


「うん。お姉ちゃんの望みでもあるの。お義兄さんが悪い事をしたのはショックだけど、きちんと償って欲しいって……だけど自分じゃ動く勇気も無いからって私にこれを託して寝込んじゃった」


「ヒカリがこれを警察に持って行こうとは思わなかったの?」


「それも考えたけど、当事者のユズキ達から持っていくのが一番効果があるかなって考えた。あと、もう一度ユズキに会って謝りたかったの」


「…………」


「私、久しぶりにユズキに会えて嬉しくて。また昔みたいに仲良くなれたらなって思っちゃって。……でもユズキはもう新しい自分の居場所を作ってて、大事な人も居て。それで焦って暴走して、迷惑ばっかり掛けちゃって。そんなつもりは無かったって今さら言っても信じてもらえないかも知れないし、許して貰えない事も分かってる。だけどユズキの中で私が嫌な女だって思われたままなのはどうしても辛くって」


「ヒカリ……」


「だからこれをお姉ちゃんから渡された時に、ユズキに謝れる最後の口実が出来たかもって思った。それもまたズルいって言われそうだけどね」


 そう言って舌を出すヒカリ。ふぅ、と息をつくとユズキから離れて手を振った。


「うん、じゃあこれでおしまい! ユズキ、今まで色々とごめんね。じゃあ、


 ヒカリは踵を返して駅に向かって歩き出す。ユズキはそんなヒカリの背中に声を掛ける。


「ヒカリ! これ、ありがとう! !」


 ヒカリはその声に振り返る事なく、片手をあげて去っていった。その頬には涙が伝っていた。


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「ヒカリさんと仲直り出来たんだね」


「うーん、まあすぐに今まで通りとはいかないだろうけどね」


「それでICレコーダーには何が録音されていたの?」


「D3の会議の音声。ヒカリのお義兄さんがパワハラ気味に責められてたわね。ざっくり言うと「お前のせいでカンナが勧誘出来ずに協会に先を越されたから、責任とって暗殺依頼しろよ」って内容の会議だったわ」


「ひぃっ!」


 そんな会議があって自分は殺されそうになったのか……誰かに恨まれるのも嫌だけど、会議で「こいつ邪魔だから殺そうぜ」って決まるなんてやっぱり大企業って怖いと思ったカンナであった。


「それでデータのコピーを札幌支部長さんに渡して告発してもらったの。ある当事者社員からの情報提供って形でね」


 その後は一気に捜査が進み、例の会議(※)に出ていた全員が殺人教唆の疑いで逮捕された。

(※第3章29話)


 D3の上層部がまとめて逮捕されたということで、無視を決め込もうとしていた疑惑各社も「ウチはそんな依頼してないと思うけど、疑惑が出て社会にご迷惑をかけることになったから責任とって役員は辞任するわ」と言う建前でゾロゾロと代表辞任の連鎖になっていると言う事だ。


「まあ責任を問われる前に逃げの姿勢ってことね。多分D3以外の会社からは逮捕者も出ないんじゃないかしら。だけどこれだけ大きく報道されたし、その動機が協会の発表した「スキル習得訓練」だったという事も公になった。とりあえず今後カンナを殺そうなんて考える不埒な輩は現れないんじゃ無いかしら?」


 もちろん警戒は必要だけどね、付け加えるとユズキは一通り話終わったとお茶を口にする。


「なるほどね。じゃあこれで問題は解決、一件落着って事だね!」


 カンナが笑うと、ユズキは少し複雑そうな顔をした。反対にイヨとマフユはニヤニヤしている。


「……どうしたの? 何かまだ問題ある?」


「うーん、あると言えばあるのかな……」


 歯切れの悪いユズキ。


「カンナちゃん、襲撃されたあと、持っていたカメラを配信モードにして胸ポケットに入れてたよね?」


 マフユの質問にカンナは頷いた。


「私達はそれを見て状況を把握できたし、ユズキちゃんも『身体強化』のアシストが出来たからいい判断だったと思うよ」


「相手の殺人の意思を証明する証拠にもなったしね」


 イヨも隣で頷く。


「あれ、もしかして動画サイトの配信ポリシーに違反してアカウントがBANされちゃったとか……?」


「そう言う事じゃなくて……カンナ、気を失う前に私になんて言ったか覚えてる?」


「えっ!?」


 そりゃあ覚えている。ユズキが魔力を辿って近づいて来てくれている事は感じていたので、戦いの後もギリギリまで魔力を振り絞って居場所を伝えて、期待通り助けに来てくれたユズキに……カンナは愛を伝えたのである。でもそれをこの場で改めて言うのは恥ずかしい。カンナは顔を紅くして俯いた。


「うん、その反応は覚えてるってことね。……あなた、配信してるって完全に忘れてたでしょ? 私も人のこと言えないんだけど……」


「え、うそ!? まさか……」


「あなたの言葉、全世界に発信されていたわよ」


 カンナは頭が真っ白になった。

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