第29話 襲撃者達
「
社長直々に聞いてくる。ジュンペイは背筋を伸ばして見せるが、心当たりは……無論ある。しかし何を言っても墓穴を掘りそうなので、あえて柚子缶とは関係無い話をする。
「し、4月より
「そういうの、いらないんだよね」
謝罪を途中でバッサリと切り捨てる社長は、そのまま同期の酒童に映せと命じる。酒童がパソコンを操作するとモニターには企画書が映し出された。
― 『広域化』の活用によるスキル習得計画
ジュンペイが作った企画書だった。まさか酒童のやつ、盗み出したのか!? ジュンペイは自分の企画書を同期が自分のものとして提出したのかと焦る。しかし映された企画書の作成者欄にはジュンペイの名前が書かれていた。
「酒童君がすぐにでも共有するべきと進言してくれてね。企画書、見せてもらったよ。任意のスキルを習得出来るようになる……実現すればまさにスーパーイノベーションじゃあないか」
にっこりと笑う社長。ジュンペイにはその笑顔が死刑宣告にしか見えなかった。
「あ、あのですね、」
「さて、私が聞きたいのはこの企画書を作った5月の連休明けから今までの2ヶ月間、何故提出しなかったのかという点だ。案件の重大さを鑑みれば企画書を作る時間さえ惜しい。こんな丁寧な資料を作る前にまず会社全体でどう対応するべきか考えるべきではなかったかね?」
「そ、それは……」
「さらに、酒童君の話によれば君は個人的に『
ジュンペイはギリっと歯を食いしばった。案件の重大さを考えれば会社全体で動いただと? そんなのは結果論でしかない。
「申し訳……ございません……」
なんとか謝罪の言葉を絞り出す。社長ははぁ、とため息を吐くと腕を組んだ。
「そんな言葉を求めているわけじゃ無いんだよ、八岐君。君のせいで我々はスキル習得を任意にできるようになる機会を失った。そればかりか、探索者協会なんぞに独占されるハメになった」
酒童がパソコンを操作すると、昨晩遅くに探索者協会が開いた緊急記者会見の様子が映し出された。
「この会見は知っているな?」
ジュンペイは頷くしか無い。社長は続けた。
「八岐君は当然知っているだろうが、数週間前に『
「……柚子缶が協会を通して、『広域化』によるスキル習得を売り出しているのかと」
「それが分かっていながら何故なにも手を打たないんだっ!!」
ドンッ! と机を叩きつけて激昂する社長。
「お前がっ! チンタラしているから我々は数千億、数兆円のビジネスチャンスを逃したばかりか協会、ひいては個人探索者共に対して大きなディスアドバンテージを背負う事になったんだっ! わかっているのかっ!?」
強い口調でジュンペイを責める社長。今回の協会の募集は「企業に属していない」いわゆる個人探索者のみが対象とされた。やつらは特定の企業を贔屓しないためと言っているが本音はライバルである企業に対するイヤガラセに決まっている。
一部の例外を除き、基本的に有能な探索者は企業が抱え込んでいる。協会に所属していたり個人で活動しているような探索者はどの企業にも目を向けられない雑魚ばかりだ。しかし一般的に何を以て雑魚としているかと言えばスキルの質と量である。
つまり今は企業に属していないような雑魚探索者であっても『広域化』によってスキルを習得したら力関係が逆転するリスクが生じる。
そして何より懸念されるのは今後、見込みのある若者……それこそD3などの企業が率先してスカウトするような才能の持ち主が、この協会の募集を受けるために企業に属する事を避けるようになるといった事態だ。
つまりこれは、長い期間と金を掛けて作ってきた「大企業」という探索者に対する信頼を一撃で破壊される可能性を孕んでいるのである。
社長はジュンペイを一瞥すると、そのまま会議室内にいる役員達に語りかける。
「さて、諸君。経緯はどうあれ我が社は空前の経営危機に陥ったと言っても良い。どうすれば良いか話し合おうじゃ無いか」
社長に促され、1人の役員が挙手をする。
「どうすれば良いかと言われても、なんとかしてD3に引き抜くしか無いでは? 協会には正面から喧嘩を売ることになるけれど、もはやそんな事を言っている場合でもないでしょう」
するとまた別の役員が発言する。
「しかしD3は一度勧誘に失敗している」
「5000億円で断られたなら1兆でも2兆でも出すしか無いだろう。多少の赤字も経営ダメージも致し方あるまい」
「そもそも金で動くような連中か?」
「ならどうする? 役員席を用意するか?」
「好んで個人探索者なんてやってる変わり者だ。スキル習得を強制したら難色を示すのではないか」
「では手元に抱えてスキル習得はさせないというのか? それこそ何のために引き抜くのか分からないではないか」
「他にスキル習得機会を与えないだけで十分と考えるべきでは」
「だとすればそんな費用は
あーだこーだと好き勝手な事を言う役員達。会議は踊る。そんな中、酒童がスッと手を挙げると不自然なほどに静かになる一同。酒童はコホン、と軽く咳払いをして発言をする。
「みなさん、この事態を引き起こした
そう言ってジュンペイに水を向ける酒童だったが、ジュンペイは困惑する。妙案などあるはずもなく、あるならとっくに実行している。しかし酒童は諭すように続ける。
「なあ八岐、もはや我が社で『広域化』を独占する事は難しいとなった今、一番最悪なシナリオはなんだ?」
「それは、このまま協会の試みが成功して世間に受け入れられてしまう事だろう……協会と企業のパワーバランスが逆転してしまう」
「なるほど。ではそうならないためには企業が発表した今回の試みが失敗すればいい、というわけだな」
「それはそうだが、成功する見込みがあるから協会は企画を立ち上げたんだろう」
「しかし建前上は実験的に募集してみるということだ。つまり今回の結果次第ではこれっきりの機会になる可能性もある、そう言っているわけだな?」
「え? ……ああ、まあそういう考え方もあるな」
酒童は諭すようにジュンペイに語りかける。
「では協会の試みがこれっきりになるための条件とは何だ?」
「そうだな、例えば今回の一般募集で誰一人スキルを習得できなかったとすれば……いや、それじゃあダメだ。やり方を改善すればいい。となるとやはり『
「なるほど! それは良い案だ!」
言い終わる前に被せるように大声を出す酒童。
「つまり八岐、お前は『広域化』を使える人間が
「な!? 俺はそこまでは!」
言っていない。が、確かにスキル習得のカギである『広域化』を使える唯一の人間である日出カンナが居なくなれば、少なくとも今後の損失をゼロには出来る。これまでは彼女を手中に収めるにはどうすればよいかとそればかり考えていたジュンペイは、思わずブルリと身を震わせた。
「ああ、少し言い方が物騒だった。だけど確かにそうだな、個人探索者である彼女が
最後には社長をはじめとした役員達に聞かせるように振る舞う酒童。結局彼は「ジュンペイの意見」という建前で日出カンナをダンジョン内で殺す事を提案した……そして役員達が誰も意を唱えない事から、もともとこの結論に持っていく事はジュンペイが会議室にくる前から決まっていたというわけか。
社長が再びジュンペイに声をかける。
「八岐君。つまり君の言いたい事というのはこう言う事だね? 近いうちに日出カンナはダンジョンで探索中に命を落とすので会社側は何も心配する事はない、と」
「…………」
「では我々は良い報告を待つことにしよう。ああ、酒童君」
「はっ!」
「八岐君のフォローをしてくれたまえ。「ケルベロス」に依頼しても構わない」
「ケルベロス……?」
「ああ、君は知らないか。細かい事は常務から聞いてくれ」
社長に頭を下げる酒童。ジュンペイもそれに倣うしか無かった。
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「久しぶりの依頼だな。自分達の利益のためにこんなかわいい女の子を殺せなんて、企業様は怖いねえ」
「いつだって中途半端な力を持つものは淘汰されるものだ。まあおかげで俺たちは食いっぱぐれないんだが」
「D3サマからの依頼は金払いも良いし、何よりターゲットの情報を細かく寄越して依頼してくるから楽でいいよな」
男達は「ケルベロス」と呼ばれる主に企業が邪魔な個人探索者を始末するときに依頼する暗殺者であった。普段はそれぞれ別のパーティに在籍しており、「ケルベロス」への暗殺依頼があった時のみ顔を合わせる間柄である。彼らは普段の活動ではろくな成果を残していない。暗殺者として目立たないために、敢えて適度に無能な個人探索者を装っていた。しかしその実、これまで二十年以上に渡ってダンジョン内の数十人の個人探索者をダンジョン内で闇に葬ってきてた実力を持つ3人組である。何より恐ろしいのはその痕跡を残さない事だった。
協会側も稀に実力のある探索者が不自然な死を遂げることに違和感を覚えてはいたが、しかし暗殺されているとも確証が持てないためその存在を認識出来ていない。「ケルベロス」は簡単に殺すことができる対象であっても、あくまでダンジョン探索中の事故ととられるように始末する。自分たちのようなものが存在すること自体を悟られないことが暗殺稼業を続けていくためには何より重要だと考えていたからだ。
「今回はどうする?」
リーダー格の男が訊ねると隣にいた男が答えた。
「事前の情報や現地で調べた事をまとめると、3日前から明日までの5日間、一般募集した探索者に札幌ダンジョン一層の特定の区画でスキル習得訓練をしている。……厳密には先週の時点で協会員相手にやってたみたいだがな」
「そこにターゲットもいるのか?」
「ああ。ここ数日、ずっと会場になっている広場を見張っていたが、朝1番にターゲットとそのツレが広場の隅にあるプレハブ小屋に入る。そのまま中から広場の連中にスキルを『広域化』して、訓練の受講者共がスキルを使えるようにする。夕方受講者達が帰ったあとしばらくするとプレハブ小屋を後にする。ずっとこのリズムでやって来たし、今日も朝早くにプレハブに入るのを確認した」
「早速やるか?」
「まてまて、焦って俺たちの事が露見したらこれまで何十年とやって来た事が水の泡だろうが。スキル習得訓練は明日まであるんだ、きちんと作戦を練ろう」
「作戦も何も、拉致って気を失わせたままモンスターの巣に放り込んで喰われるのを確認するのが一番だろうに」
「だがこの札幌ダンジョンは
「多少は不自然でもやるしかねぇけどな。だが強いて言うなら「最終日に無事に仕事が終わって気が抜けていたから帰り道でトレントに襲われた」にするで、良いんじゃないか」
「俺もそれに賛成だ。『広域化』が特別なだけで、大した強さではないんだろう?」
「……ターゲットは最近流行りの配信者だ。今日中にいくつか動画を見ておけ」
「なんだ、強いのか。久しぶりにやりがいがある相手か?」
そして訓練最終日、ケルベロスは札幌ダンジョン内で集合した。もちろんそれぞれ別のタイミングで受付をして3人組である事を悟られないように気を遣っている。
「動画は一通り目を通したが、4人揃っていると厄介だな。その場合は仕切り直した方が良さそうだ」
「昨日までの4日間と今朝の様子を見るに、「訓練が終わってから仲間が迎えに行くまで」に十数分間、ターゲットと精々もう一人しか例のプレハブ小屋に居なくなるタイミングがある。受講者達に鉢合わせないように、全員がダンジョンを出てから迎えに行っているみたいだ」
「協会員の見張りは?」
「プレハブ小屋自体には居ないな。そこに繋がる通路を見張ってる奴は居るが、崖を上り下りする事でプレハブ小屋に行ける別ルートも見つけてある」
「つまりその十数分間の間にプレハブ小屋にいる二人を拐って通り道のトレントに襲わせるって事でいいか」
「そうだな。ターゲットの仲間が2人以上いたら撤退だ」
「オーケー、やろう」
大胆なようで撤退条件をきちんと設けているのが、彼らのプロとしてこれまで成功して来た理由であった。
そして最終日の訓練が終わり探索者達が広場を離れたのを確認してからケルベロスはプレハブ小屋に近づく。
扉を蹴破って中に入る。そこにいたのは
リーダーは用意していたスタングレネードを投げつけた。
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