第28話 訓練最終日

 ピピピ……


 アラームが10分を告げたのでカンナは『広域化』を解除した。それと同時に英語の長文から目を離す。もともとは10分おきに『広域化』をオンオフするためにセットされたアラームであるが、勉強をする際のタイマーとしても活用していた。答えのページを見て正解を確認する。うん、大体正解かな。ここの和訳が間違ってる……そういえばこの構文の時は意味が変わるんだっけ。そんな風に直前の10分で解いた問題の答え合わせと解説に目を通していく。一通り答え合わせが終わったので問題集から顔を上げてタイマーを確認する。次の『広域化』まで、残り5分と表示されていた。


 カンナはうーんと伸びをしてプレハブ小屋の窓から外の広場にいる探索者達を眺める。今外に居るのは15人ほどの探索者であった。


 ……前半の協会所属の探索者へのスキル習得は非常にスムーズで、3日間×2回の期間で50人全員が『剣術』と『格闘術』を習得することが出来た。これは本人の資質というよりも「協会内で前例がある」という事実を知らされていた事で全員が高いモチベーションがあったことと、初日は春にスキルを習得した10人のうち都合がついた4人が同席して今回の受講者にアドバイスをしてくれた。それによって早いものは初日に『剣術』を習得し、そこからは出来たものが周りに教えていくという流れで全員が効率的にスキルを習得できたのだ。


 そして後半の一般募集した探索者達。彼らは「このプレバブ小屋に設置してある「ダンジョンコアを利用した「特定のスキルを一時的に使えるようにする装置」によって身体に『剣術』スキルの動きを覚えさせてスキル無しでも同じ動きが出来るようになると、スキルとして昇華される」という協会の説明に難色を示した。


 中には愚直に素振りをする者もいたが、半数程度は初日2日目あたりは明らかにモチベーションが低かったのだ。旗色が変わったのが3日目、最初のスキル習得者が出てからである。本当にスキルを習得できるという確信が持てて、全員の目の色が変わった。そこから3日目、4日目で25人がスキルを習得できて、本日最終日にはまだ習得に至っていない15人――最初の2日間であまり真面目に剣を振っていなかった者達である――が今日こそはと必死に訓練に取り組んでいる。

 ちなみに協会所属の探索者は2日目にスキル習得した場合でも3日目には講師として参加してくれたので全員の習得がスムーズであったが、一般参加者の場合はそうはいかない。その日は「スキルを習得できた」という喜びもあって積極的に周りに指導をしてくれるが、3日目に習得したものは4日目から、4日目に習得したものは5日目には不参加となっている。そのため協会所属探索者の時より全体の習得に時間がかかっているのである。


「まあ大体の人は今日中に行けそうかな。ひとりふたりは間に合わないかもしれないけど、それは仕方ないよね」


 窓から目を離すと同時にアラームが次の『広域化』開始時間を告げたため、カンナは15人の受講者が『剣術』スキルを使えるように『広域化』した。


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 結果的に最終日になんとか全員が『剣術』を習得できた。カンナが懸念していた数名も、今日の早い時間にスキルを習得した他の者が指導する事で間に合ったという感じだ。


「さすがに1人だけ習得できなかったら可哀想だと思ってたけど、時間内に全員終わってよかったよかった」


 窓から様子を見ていたカンナは胸を撫で下ろす。15人の探索者達は嬉しそうにハイタッチをしたりするなどして語らいあっている。しばらくすると監督役の札幌支部の職員とともに引き上げていった。


「定時まであと1時間くらいかな。ここの施錠もあるし私達は勝手に帰らないほうがいいよね」


 プレハブ小屋に2となり、カンナはイヨに話しかけた。この5日間、ユズキ達とは別行動をしたりしなかったり。


 カンナは後半の5日間が始まるときにプレハブ小屋に来るのは自分1人でいいと主張した。一般募集した探索者に柚子缶が揃っているところを見られたら「コアを利用したスキル習得装置」が実はカンナの『広域化』であると勘付かれてしまう可能性があるから、というのが建前ではあるが本当は他の3人に気を遣ったからだ。朝早くから7時間以上缶詰となるのは想像以上にストレスとなる……10分おきに『広域化』する仕事があるカンナはまだしも、特にやる事が無いという他の3人は尚更だ。ユズキもイヨもマフユも文句を口にはしたりしないが、だからこそカンナは彼女達の同席を遠慮した。それでもカンナ1人に負担を掛けられないという3人との押し問答の末、毎日1人がローテーションで同席するという事になった。


 5日間、ユズキ→イヨ→マフユ→ユズキ→イヨの順で同席することとなり「私だけカンナちゃんと2人きりでいられる時間が短いんだけど」と不満を漏らしたものの、次回のローテーションをマフユから開始するということで話がまとまった次第だ。


「定時は1時間後だけど、ユズキさんとフユちゃん先輩が来るのはさらに30分後くらいかな? まあ気長に待とうよ」


 イヨはノートパソコンを閉じてカンナの方を向いた。パソコンさえあればなんだかんだやることがあるイヨなので、プレハブ生活は特に苦にしていなかった。ちなみにユズキもカンナと一緒に居られれば幸せだし、マフユは読書家なのでどこでも時間を潰せる。そんなわけで全員、カンナが心配するほどこの缶詰を苦にしてはいないのが正直なところではある。


「イヨさん、ずっとパソコン触ってたけどネットも使えないのに何やってたの?」


「新しい切り抜き動画作ったり、これまでの配信動画の整理とかかな。あとはアプリを作ったり」


「アプリ?」


「うん。本格的なプログラムをするというよりは専用のツールが使えるアプリの上で作ってる感じだけどね。趣味みたいなものだよ」


「どんなアプリを作ってるの?」


「……仕事効率化アプリとか?」


 へぇー、すごいと感心するカンナ。イヨは深く追及されなくてホッとする。仕事効率化アプリ作ってはいるが、メインはカンナとユズキをモデルにしたキャラがてぇてぇする百合ゲーだなんていう秘密は墓まで持っていくつもりであった。


 その後雑談を交わしつつ時間を潰すカンナとイヨ。ふと窓の外を見たイヨは、3人組の男達がプレハブ小屋に向かってくるのに気付いた。


「あの人達、協会の職員じゃないよね?」


 イヨに言われてカンナもそちらを伺う。


「多分。今回の受講者でも無いし、一般の探索者かなぁ」


「訓練中は一般の探索者はこっちに来ないようにするって言ってたハズだけど、もう規制解除したのかな。まだここに私たちが居るのはわかってるハズだしそれも無いか……?」


 3人組は真っ直ぐプレハブ小屋に向かってくる。カンナとイヨはその動きに違和感を覚えた。


「イヨさん」


「しっ!」


 声を抑えるように指示するイヨ。あの男の目的はここだ。どこかの企業のスパイが協会が発表した「コアを利用したスキル習得装置」を盗みに来たのか? あり得ない話では無いが、だとしたら3人しかいないというのがおかしい。装置のサイズや重量が分からない以上、本気で盗むつもりならある程度の大人数は必要だと考えるのが自然だろう。では装置の詳細を調べるために事前調査に来たのか? それはそれで今度は3人も要らない。1人で十分だ。


 じゃあ3


「カンナさん、いつでも飛び出せるように構えておいて」


 イヨが小声で警戒を促す。彼らの目的はまさか、カンナの誘拐か? 確かに女の子1人を攫うだけなら3人でも可能である。『広域化』によるスキル習得の可能性に気付いた企業――少なくともD3は分かっているとイヨは考えている――が、今回の協会の発表を聞いて柚子缶カンナがここに居ると考えたのでは無いか。


「そんな強行手段を取ってくるか……?」


 そう言いつつ、3人組を警戒するイヨ。彼らのうち1人がプレハブ小屋の前に立った。ノブに手を掛けるが、内側から鍵をかけているため開かない。このまま立ち去ってくれればというイヨとカンナの希望は、しかし残念ながら叶わなかった。


 男はおもむろに足を上げるとそのままプレハブ小屋の戸に蹴り飛ばした。ドンッ!! という音とともに戸がひしゃげて吹き飛ぶ。


 流石に鍛えてる探索者でもプレバブ小屋の戸を蹴り一発で吹き飛ばすなんて普通は出来ない。おそらく『格闘術』などのスキルだろう。


「スキル!? やっぱり武闘派か!」


 扉を蹴破った男はプレハブに入ってくると、そのままカンナ達に向かって何かを投げつけてきた。


「筒?」

「カンナさん、それ見ちゃダメ!」


 イヨの警告に反応する間も無く、その筒状の物体は空中で炸裂した。


 カッ!と光が小屋の中を真っ白に照らし、同時に凄まじい爆音がカンナとイヨを襲った。

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