第26話 柚子缶、三度目の北海道

 無事に探索者協会とパートナーシップ契約を結んだ柚子缶。7月も後半、カンナの高校の夏休みが始まり、春に札幌支部長と交わした約束を果たすため北海道を訪れる。


 手荷物を受け取って空港を出ると、見知った顔が待っていた。


「やあ、ようこそ北海道へ」


「支部長さん直々に迎えに来て頂いたんですか?」


「まあ無理を言って一本早い便で来てもらったからね。お詫びに昼食をご馳走させてもらおうかと思って」


 そう言ってチャーターしたマイクロバスへの乗車を促す札幌支部長。ユズキ達はそのまま乗り込んだ。



「初めまして。協会本部の技能部統括課で課長をやってる長瀬といいます」


 バスの中には既に1人の男がいた。彼は頭を下げてユズキ達に挨拶をしてくる。


「リコさんに無茶振りされた元上司さん?」


「こら、カンナ! 言い方」


 思わず声に出してしまったカンナを諌めるユズキだったが、長瀬課長は笑って答えた。


「そうそう、その元上司です。沼矛とは仲良く出来ているようで何よりです」



 柚子缶の4人と札幌支部長、長瀬課長の6人を乗せたバスは札幌支部に向かう。ちなみに運転しているのは支部長の秘書だ。


「それで、早く来て貰った理由についてだが、今日の会合の前に我々で認識合わせをしておきたいと思ったからだ」


「協会本部から偉い人が来てるんでしたっけ?」


「会長と副会長、それと技能部部長の3人。彼らの目を盗んで空港に来たってわけだな」


「それ、バレません?」


「さっきから着信が鳴り止まないよ」


 そう言ってスマホをふりふりと振って見せる札幌支部長。笑っているが、この1ヶ月ほどかなり無理して柚子缶を庇ってくれていた事はリコから聞いている。


「ちなみに私が支部長に加担している事は技能部長は気付いてないんですよ。表向きは糾弾する振りをして例の有りもしない「コアを利用したスキル習得装置」の引渡しをするようにと要求し続けてなるべく柚子缶さんの名前が出ないように引き延ばしました」


 グッとサムズアップする長瀬課長。


「私達のためにかなり無理して頂いたみたいで、ありがとうございます」


 ユズキは頭を下げる。


「いやいや、スパイみたいで楽しかったですよね?」


 そういって支部長に笑いかける長瀬課長だが、支部長は苦笑いをするだけであった。



「それで、5日前についに柚子缶の事が協会上層部にバレた。前回のスキル習得訓練時に札幌ダンジョンの1階に設置してたプレハブ小屋が露見して、その設置時期から3月中旬以降に札幌ダンジョンに入った全探索者の履歴まで照合して柚子缶に辿り着いたって流れだ。」


 最早執念じみたものすら感じたよ、と笑う。


「ちなみに柚子缶にたどり着いた技能部長私の上司は「このパーティを勧誘すれば所属探索者全員にスキルを覚えさせ放題だ!」と高らかに宣言しましたよ。パートナーシップ契約を結んでいると気付き、その内容を確認した時の顔は見ものでしたね」


 長瀬課長は笑っているが、パートナーシップ契約が結べていなければユズキ達が懸念していた囲い込み、下手をすれば軟禁や拘束も有り得たと思うとゾッとしない話であった。そんなユズキ達の様子に気付いた札幌支部長はコホンと軽く咳払いをして状況を説明する。


「パートナーシップ契約時に締結した細かい取り決めによって、協会が柚子缶を無理やり勧誘することやスキル習得訓練を強制する事は出来ないというのは上も理解している。それでも協会上層部としては一度会って話をしないわけにはいかない。連絡があっただろう?」


 ユズキは頷いた。5日前に協会会長の秘書を名乗る人物から電話があり本部に来て話したい事があると相談を受けたのだ。


「事前に状況を聞いていたので、昨日までは他のダンジョンの探索予定があって、今日から札幌に2週間滞在するのでそのあとで良ければと回答しましたが」


「うん、そうしたら私のところに「柚子缶が訪問するらしいな!?」と電話が来たから、打ち合わせておいた通り「柚子缶から『スキルの可能性の検証』で相談に乗る事になっている」と伝えたら、急遽会長達が同席する事になったという事だ」


 この辺りはリコとも認識を合わせてあった。


「それで会長、副会長、技能部長、そして無理矢理ついてくる形で私が同行しました。今日は朝から札幌支部で待ち構えてますよ」


「パートナーシップ契約を結んだのも作戦通りだって気付いてますかね?」


「そりゃ気付いてると思いますよ。沼矛も広報部長に呼び出されたって言ってましたし」


「リコさん、大丈夫なんですか!?」


「「部長もノリノリで承認したじゃないですか」って言ったらグヌヌっ顔してたらしいですよ。まあこうなった時に責められないようにコラボとパートナーシップ契約の締結については慎重を期しましたから、沼矛が責任を取らされる事はないはずです」


 長瀬課長の言葉に胸を撫で下ろすカンナ。


「お、そろそろ着きますね」


 支部長が窓の外を見て告げる。


「まずは腹ごしらえしましょう!」


 バスが停まったのは高くて旨いと有名な寿司屋であった。美味しいお寿司を食べて英気を養った一行は、いざ会長達との面会に臨むのであった。


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 …………。


「面会、終わったね」


 会議室を出た柚子缶の4人。このあと明日からのスキル習得訓練についての打ち合わせがあるので別の会議室への移動という事で札幌支部長の秘書に案内されている。


「拍子抜けするくらいあっさりと、だったわね」


 ユズキの言葉にカンナも頷いた。会長と副会長は50歳前後だろうか、強面で威圧感のある男性だった。てっきりその怖い顔で「勝手にパートナーシップ契約なんて結ぶな!」だの「すべての協会所属探索者にスキルを習得させろ!」だの言われたりするのだろうかと身構えていたのだが、そんなユズキ達の予想に反して面会自体は穏やかなものであった。


 スキル習得に関していくつか質問を受けたり、これまでの動きやパートナーシップ契約の内容についての確認をされた後、今後は無理のない範囲で札幌支部長に「協力」して貰えるかと問われ、首を縦に振ると満足そうに笑顔を見せてきた。


 そのまま「このあと札幌支部長と話をするから」と言われ、退室を促されたという流れである。


「まあここでひっくり返されないようにリコさんが準備してきてくれたわけだから、結果は変わらなかっただろうけど。それでもイヤミの一つくらいは言われるのかなと思ってたけどね」


「結果が変わらないならイヤミを言っても協会側に得がないからじゃない? ユズキちゃん、そんな簡単に大人を信じちゃだめだよ」


「フユちゃん先輩の協会嫌いは筋金入りだぁ……」



 会議室に残った会長、副会長、技能部長、そして札幌支部長と長瀬課長の5人。先程の柚子缶達との面会とは打って変わって、重い雰囲気が漂っている。


「さて、弁明はあるか?」


 技能部長が札幌支部長に問い掛ける。


「特に何も。私は彼女達の希望にできる限り寄り添っただけですので」


 はぁーと大きく息をついた技能部長。


「分かっているのか? 任意のスキルを習得させる事が出来るスキルだぞ? 悠長な事を言ってないでまずは協会で確保するのが最優先だっただろうが」


「そういう意味であれば、彼女達と協力関係を結べている今の状況はベストではないでしょうか?」


「どこがベストだ!? 裏でこそこそパートナーシップ契約なんてものを結んでくれたおかげで向こう3年間はせっかくのスキル習得をあちらの都合の良い時にやって貰うというまどろっこしいやり方でしか出来ないじゃないか。

 こちらに有利な条件で契約できれば何千というスキルを習得できたものを……」


 柚子缶は、今回の訪問では夏休みのうち10日間、スキル習得に協力してくれるとの事であった。そして次回は冬休みになりそうだと言っている。結局今年は春、夏、冬に1回ずつしか開催できず、それこそ毎月、毎週、毎日でもスキル習得を進めたい技能部長としては許しがたい程の頻度の少なさである。


 札幌支部長と長瀬課長はやはりこの男に相談しなくて良かったと思った。案の定カンナの都合などお構いなしに如何に効率的にスキルを習得させていくかしか考えていない。


「この条件だからこそ、あちらも快く「協力」してくれるんでしょう。無理に契約で縛ろうとしたらそっぽを向かれてしまいますよ」


「だとしてもだ、」


「もういい、今さら言っても仕方ないだろう」


 なおも食い下がる技能部長を諌めたのは会長であった。


「確かに札幌支部長の言うことも一理ある。実力のある個人探索者を無理やり囲い込もうとして逆に愛想を尽かされるのも協会の良くやってしまうパターンだからな。相手方の要求に応えつつ、本命のスキル習得はご協力という形をとった今回のパターンも悪手では無いだろう。……だが、それにしたってもう少しやりようがあったんじゃないか? 今のままだと数ヶ月に一度の「協力」すら向こう都合次第だ。せめてスキル習得訓練の開催頻度ぐらいは条件に盛り込むぐらいは出来ただろう?」


 支部長の判断は概ね肯定できるが、会長が懸念しているのは柚子缶が「やっぱり辞めた」と言ってしまう事だ。せめて年に3回の開催を確約するなどの担保があれば計画的な人員育成ができると言うのに。


 しかし札幌支部長は首を振って返す。


「そもそも、『広域化』によるスキル習得は協会が……というより特定の組織が独占するべきでは無いと思います。どうせ情報は外に漏れるし、仮にこれを契約として盛り込んだら、多くの企業や個人探索者から糾弾されますよ。政府からも指導という名の強制的な外部開放の指示をしてくるでしょう。

 表向きは主導権は柚子缶が持っていて、我々もコントロールできないという今のカタチがお互いにベストです」


 会長は頭を抱えた。協会内の機密情報が外に漏れる前提で対策しなければならない事実は情け無い話ではあるが、事実大体の情報は漏れるのだから仕方が無い。


「それは分かるが、柚子缶の協力が得られなくなるリスクはどうするんだ?」


「彼女達は、こちらが敬意を持って接すればそれに応えてくれます。現に今回もこうやって北海道まで来てくれているわけですし」


「成程な。互いに信頼関係を構築出来ればビジネスパートナーとしてやっていけると判断したわけか」


 頷く会長。技能部長はまだ不服そうだ。


「支部長の言っている事は分かったが、これは流石にやり過ぎじゃ無いか?」


 ポンっと手元の資料を机に置く。


「さっきも言ったように、『広域化』によるスキル習得は協会が独占するべきじゃない。柚子缶の「協力」を我々だけが受けていれば、先ほど挙げた他からの横槍は回避できないでしょう」


「だからこそ外部の探索者を募る、か」


 机に置かれた資料のタイトルを読み上げる技能部長。


「スキル習得の一般モニター募集……これはこれで荒れると思うがなぁ」

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