第9話 女子高生カンナの日常
無事に進級して高校3年生になったカンナ。問題なく進級できたのかと言われると実は多いに問題を抱えた進級であった。
遡ること1ヶ月ほど――
「赤点?」
ユズキはカンナから定期テストの結果を聞いて目を丸くした。
「……はい。」
カンナは探索者業で勉学を疎かにする子じゃない。これまでもしっかりテスト勉強をしてきたし、今回もしてきたつもりだった。
「何科目?」
「数学と、物理……。」
カンナは数学と物理がどうしても苦手だった。これまではユズキが先生になってくれて理解を手助けしてくれたし特に苦手な単元は問題集の答えと解き方を丸暗記することで乗り切ってきた。
しかし2学年末の期末テストは色々と悪条件が重なりすぎた。まずテスト範囲がとても広かった。学年末の期末テストは「2年生のうちに学ぶべき単元」を押し込むためにテスト範囲が広くなりがちだ。そこでさらに数学と物理の教科担当が少し進め方を失敗して年明けの授業がかなり駆け足になってしまったのだ。
次に頼みのユズキ先生が、妖精譚の賠償金への対応やイヨとマフユの柚子缶への加入に伴う事務作業などに忙殺されていて勉強を教えてもらう事をカンナが遠慮してしまったのだ。
「それにしても赤点取るなんて、余程難しかったのね……。」
「うぅ……。」
前述の2つの理由以外にもう一つだけ、ユズキに絶対に言えない要因があった。
2月の末から3月上旬のテスト期間に向けた最後の追い込み。このラスト1週間、カンナは勉強しているとき全然集中出来なかったのだ。1人で勉強しているカンナの集中を妨げて居たもの。
(はぁ……、ユズキに会いたいなぁ……。)
有り体に言ってしまえばそれは恋煩い、よりストレートに表現するならずばり性欲であった。ついに身体を重ねたカンナとユズキ。そこまでは良かったが、そのせいでカンナの心の中にはユズキへの「好き」が溢れてしまっていた。勉強をしていてもふと考えてしまうのはユズキの事。そして彼女との初体験を思い出しては顔を赤くする。あの時の事を思い出すと身体が火照るというか、悶々とするというか……。テストが終わったら目一杯いちゃいちゃするんだ! と自分に言い聞かせて机に向かうも一度火照った身体では中々問題に集中できず……。という具合であった。いっそ一度自分を慰めればスッキリしたのだろうが、なんとなくそういった行為はいけない事な気がして踏み切れず、結果的にずーっと悶々として勉強にろくに手が付かないカンナだったのである。
「それで、このままだと単位が取れないの?」
「今週末にある再テストで合格点取れれば大丈夫で、そこでもダメなら春休みに補習を受ければ単位は貰えるんだけど、その期間が札幌に行く予定と被ってるんだよね。」
「あら、大変。」
他の誰が居なくてもカンナが居なければ札幌遠征はお話にならない。つまり何としても再試で合格しなければならないと言う事であった。さすがに補習があるから日程変更してくれて札幌支部に頼む事は出来ない。
「じゃあ気合いを入れて勉強しようか!」
嫌な顔ひとつせずに勉強を教えてくれるユズキ。カンナはありがたく思う反面、こんなことでユズキに負担をかけてしまう自分の不甲斐無さに泣きたい気持ちになるのであった。ユズキとしてはカンナに頼ってもらえてとても嬉しいのであるが。
その後必死の勉強によって無事に再試で合格ラインに達する事が出来たカンナ。ユズキからは良かったねと祝福してもらえたが、母親からは「やるべき事が出来ないなら探索者を続けさせられないわよ」と釘を刺されてしまったのだった。
――そんな一幕もあったが無事に進級、3年生になれたカンナである。
新学期最初のホームルーム。全員が簡単な自己紹介をしたあと担任から手渡されたのは進路希望調査とさっそくの三者面談のお知らせであった。
進路希望調査の用紙を見ながらカンナは思案する。
(お母さんに進学しないで探索者でやっていくって言わないとっ……!)
ただでさえ中々言い出せなかったところ、先日の赤点騒ぎである。より一層「進学しない」とは言い出しづらい雰囲気になっていた。しかし切り出さないわけにもいかない。
「とりあえずお母さんにメッセージ送っておこう……。」
― 進路希望調査と三者面談の日程表を学校から貰いました。進路について相談したいので今日の夜時間ください。かんな
よし、これでOK。プリントをカバンにしまったら新学期1日目はこれで終了だ。
「カンナはお昼はどうする? 良かったら一緒に食べようよ。」
「ミサキ。今日は午前中で終わるからお弁当持ってきてないよ?」
「知ってるよ。どこかに食べに行こうって言ってるの。」
ミサキに強引に連れられて学校を出る。半年ほど前にトモから告白されてごめんなさいをした辺りから、なんとなくミサキともギクシャクしてしまっていた時期があった。ミサキの想いに気付いていなかったカンナは、ミサキはトモの事を元気付けてくれていて、それで自分とは距離を置くことにしているんだろうなとカンナは思っていた。真相はミサキが失恋の痛みから立ち直るのにおよそ半年かかったという事であるが。
ミサキが傷心モードでカンナからユズキとの話を聞くのも辛いと彼女を避けていると、気付けば柚子缶にメンバーが2人も増えていた。元妖精譚のメンバーとその友人だと動画の中で言っており、イヨは快活で明るい雰囲気にショートヘアが似合う美人さんだし、マフユはむしろカンナより幼いと言っても過言ではない容姿で美人というよりカワイイ系ではあるが、振る舞いひとつひとつに大人っぽい落ち着きがあって幼なげな見た目とのギャップが堪らない人には堪らないだろう。2人とも同性のミサキから見ても魅力的な女性であると言わざるを得ない。
そこで気がつく。今後カンナとユズキが別れた時に一番の親友ポジションで居なければ、次はこの2人にカンナを取られてしまうのでは無いかと。
いつまでもクヨクヨしている暇なんて無かった。気持ちを奮い立たせろ。そう決意した翌日、以前と同じように明るく「おはよう!」とカンナに挨拶をする。平然を装っていたが心臓はバクバクと鳴っていた。カンナは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかく笑って「おはよ!」と返してくれて。
やっぱりこの子が大好きだ。ミサキは改めて思いつつ、今は「親友ポジション」に甘んじようと決意した。ここだけは誰にも譲るわけにはいかないのだから。
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「ミサキは進学するの?」
ファストフード店でハンガーガーを食べ終わり、今は2人でポテトをつついている。新しいクラス、新しい担任の事を話題にしていた中で、カンナは何とは無しに訊ねた。
「まあそうなるかな。ついに受験生だね。カンナは?」
「私はこのまま探索者で身を立てていこうかなあと思ってるんだよね。お母さんにはまだ相談してないけど。」
「パーティのみんなとは話してたりするの?」
「うん、なんとなくだけどね。実はみんな大学には行ってないから行った側の意見は聞けてないんだけど。」
「行った側の意見も聞きたいの?」
「みんな高卒で探索者やって成功してるから、大学に行くメリットが思いつかないんだよ。だからメリットとデメリットを比較して選ぶって事が出来なくて。」
「カンナって何か専門的に学びたい! って学問あるの?」
「特に無いよ。」
「だったら進学しなくて良いんじゃない? 大学なんて極論、就職するために行くところだし探索者として既に成功しているなら行っても得られるのは履歴書の卒業大学の1行だけじゃない。その1行すら多くの企業の面接では「探索者を4年間やってました」の方が受けが良いと思うし。」
「そんなもんかなぁ……。」
「あとは不純な動機だけど、ドラマみたいなキラキラのキャンパスライフを送りたいっていうなら進学する意味はあるかもね。」
「そういうのに憧れはあるけど、そのために4年間大学に通うのは違うよねぇ。」
「間違いない。」
ポテトを口に含みながらアハハとミサキは笑った。
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「あ、お母さんからメッセージ返ってきてる。」
― りょーかい。ユズキちゃんは一緒じゃなくていいの? はは
なんで進路の相談でユズキも一緒か確認するんだろう? そりゃあ高校卒業したらそのまま一緒に探索者を続けたいという話はしている。だけどお母さんと話す時まで同席はしないよなぁ。そんな事を考えつつ柚子缶の事務所に向かうカンナ。
渋谷のタワマンに着くと慣れた手つきでオートロックを通り抜けエレベーターに乗って、事務所である25階の角部屋に辿り着く。
「こんにちはー。」
「いらっしゃい。」
「お、久しぶりの制服カンナさん!」
「まあコイツはオヤジみたいな発言を……。」
事務所に入ると柚子缶の3人が出迎えてくれる。ユズキは事務所兼自宅としてこの部屋に住んでいるし、なんとマフユとイヨも同じマンションの別のフロアでルームシェアしている。さすがにこの事務所より少しグレードは低い部屋だがそれでも家賃は数十万円は下らない。「わざわざ遠くから通うのも面倒だ」との事だが、平日昼間に3人で集まってご飯を食べに行ったりしているのはカンナとしては素直に羨ましい。高校を卒業したらユズキと一緒に住みたいと今から宣言している。
ユズキも仕方ないなあという態度をとりつつ実はカンナと同棲出来るのを楽しみにしている。そんな2人を温かい目で見守るマフユとイヨ。これが新しい柚子缶の日常であった。
「さて、今日もトレーニング行きますか!」
ということで4人は渋谷ダンジョンに向かう。人もゴブリンも来ない一層の端でスキルを使ったコンビネーションや新しい連携技、そしてマフユとイヨは『広域化一点集中身体強化』で人間離れした動きに対応出来るようにと様々な訓練を行う。
今日はカンナの学校が午前中で終わったため、たっぷり数時間訓練する事が出来た。ちなみに夕方まで授業がある日は1、2時間が良いところである。
その後は事務所に戻り、順番にシャワーを浴びてさっぱりしてティータイムを過ごしたていたら、もう外は暗くなっていた。
「カンナ、送るわね。」
ユズキが立ち上がり、車のキーを取り出す。
「じゃあ私達は退散しましょうか。」
「うん。2人ともまた明日。」
イヨとマフユも自分たちの部屋に帰って行く。ユズキとカンナは地下駐車場で車に乗り込むと、カンナの家に向かう。この辺りの流れも既にルーティーン化して来ていた。
「私、来月には18歳になるから免許取れるんだよね。もうじきユズキの代わりに運転してあげられるよ。」
「あら嬉しいわ、期待してるね。……でも高校って在学中の免許取得はNGなところ多くない?」
「え、そうなの? うちの高校はどうだったかな。」
進学校だし多分ダメだろうなと思いつつユズキは車を走らせた。40分ほどでカンナの家に到着する。
「ユズキ、今日もありがとう。」
「どういたしまして。」
車を降りる前にキスをするカンナとユズキ。名残惜しそうに手を振りながら助手席の扉を開けると、
「あら、カンナ。おかえり。」
なんと目の前にカンナママが居た。
「お、お母さんっ!? なんで!?」
「なんでってここは私達の家なんだけど。私も今仕事から帰ってきたところ。あら、ユズキちゃん久しぶり。」
「お久しぶりです。いつもお世話になってます。」
「そうだ、良かったらお夕飯食べて行かない? カンナが進路の相談したいって言ってるし、ユズキちゃんも聞いておいたほうが良いんじゃない?」
そう言って駐車場に手招きするカンナママ。ユズキは苦笑しながらもお誘いを受けることにした。
一方でカンナは「さっき車の中でキスしたの、お母さんに見られてないよねっ!?」と心の中が修羅場であった。
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