第10話 カンナの進路
「お夕飯、私が作るからお母さんは座ってて!」
せっかくの機会なので手料理を披露することにするカンナ。今日は簡単なおかずにするつもりだったけどユズキがいるなら話は別だ。何が作れるかな……?
慌てて冷蔵庫の中を確認するカンナを微笑ましく見守るユズキとカンナママ。
「あの子ったら最近料理頑張っちゃってるのよ。誰のためなのかしらね。」
「お母様を労ってるんじゃないですかね?」
「ふふ、そういう事にしておいてあげるわね。」
「できたよー!」
手際良く料理を完成させてテーブルにおかずを並べていくカンナ。時短を優先したためどうしても凝ったおかずは作れなかったが、そこそこおいしくて見栄えの良いメニューにはなったんじゃないだろうか。
「頂きます。」
「どうぞ召し上がれ。」
「……おいしいっ! カンナってこういう「冷蔵庫内にあるもので美味しく作りました」系の料理、得意よね。あ、もちろん褒めてるのよ。」
「えへへ、ありがとう。」
おいしいって言ってもらえるのが何よりのご褒美だ。
「うん。これならいつでもお嫁に行けるわね。」
ニヤニヤしながら茶化すカンナママ。
「ふぇっ!?」
カンナはびっくりして顔を紅くした。そのままこっそりとユズキの様子を窺うもユズキは美味しそうにカンナの作ったご飯を食べてくれていて、特に母の発言を気にした様子はなさそうだ。ホッとした反面、少しだけ残念にも思う。
その後は先日の北海道遠征時の事や、今日から始まったカンナの新しいクラスについての話などをしつつ楽しく食事をした。
食後、3人で紅茶を飲んでいるとカンナママが唐突に切り出す。
「それで、カンナは進路について相談があるんでしょ?」
「あ、うん。……ユズキもいるけどいいの?」
「だってカンナの進路ってユズキちゃんにも関わる事じゃない。一緒にいてもらった方が都合がいいでしょ?」
確かにそうかも。そう納得したカンナは学校で配られたプリントをカンナママに渡す。
「三者面談もあるんだ。ちょっと待ってね。」
手帳を取り出し仕事の予定を確認すると、さらさらと希望日程を第3希望まで書いてそのままはい、とカンナに返した。
「ちゃんと先生に提出してね。」
「うん。ありがとう。」
「それで、こっちの進路希望調査の紙だけど。カンナは卒業したらどうしたいの。」
きちんと姿勢を正して母に向き合うカンナ。隣で見ていたユズキも思わずしゃんとした。
「私、卒業したら進学しないで専業探索者としてやっていこうと思います!」
言ってしまった。心臓をバクバクさせて母の反応を待つ。
「……それだけ?」
「え? あ、うん。具体的には今まで通りユズキ達と一緒にやっていきたいとか、ユズキのマンションに住みたいとか色々あるけど……。」
カンナママはユズキの方も見たが、ユズキも特に何か言うつもりが無いというとわかるとはぁーっとと大きく息を吐く。
「なんだぁ。私、てっきりユズキちゃんとの結婚の話かと思っちゃったわ。」
「はぁっ!?」
「ええっ!?」
声を合わせて驚くカンナとユズキ。
「だって進学するつもりが無いなんてカンナを見てれば今さらだし、改まって話をするっていうからそれなりにすごい話かなって身構えちゃうじゃない?」
カンナにしてみれば進路の話も十分に大事な話だったのだが。そんな思いでカンナママを睨むと罰が悪そうな表情で手を合わせてくる。
「ごめんね、カンナからすれば大事な話だったもんね。……進学しないって事だけど、いいの?」
「うん。」
カンナは自分なりに考えた仮に進学しない理由……仮に進学したとして明確にやりたい事があるわけでもなく、学費と何より4年間という時間がもったいない事や、何より今の柚子缶として日本一の探索者になるという目標に真剣に向き合っていきたいという想いをしっかりとカンナママに伝える。
「しっかり考えてるのね。だったら私が反対する理由は無いわ。それにしても日本一の探索者とは大きく出たわね。目標として掲げたからには達成できるように頑張りなさい。」
「……うんっ! お母さん、ありがとう!」
大きく頷くカンナ。無事に進路を応援して貰えて一安心だ。ふぅと肩の力を抜いたところでカンナママがチクリと一言。
「ただし高校はしっかり卒業すること。探索者業に集中したいから高校を中退するのは許可しないからね。この間みたいに赤点とって進級出来ないかも……みたいなのもう無しだからね!?」
「は、はいっ! 気を付けます……。」
タジタジのカンナに思わず笑ってしまうユズキとカンナママ。
「それで、2人はいつ結婚するの?」
「ぶっ!?」
「お母様っ!」
あははと笑うカンナママと、困ったように眉を寄せるユズキ。そして顔真っ赤にして照れるカンナと三者三様の表情であった。
しばらく団欒した後、ユズキは家に帰る事にした。カンナママからは「泊まっていけばいいのに」と言われたけれど、着替えやお泊まりセットがない事を理由に断った。恋人の実家に泊まるなんてイベントをこんな突発的なタイミングで迎える心の準備が出来ていなかったという本音もある。
家を出るとカンナが見送りに付いてきた。
「寒いでしょ?
「ううん、車まで見送るよ。」
相変わらず可愛い事を言ってくれる彼女である。嬉しくなったユズキがカンナの頭を撫でると、カンナも嬉しそうに目を細めた。
「それじゃあまたね。」
「うん、また明日。ねぇ、ユズキ。」
「なあに?」
「……ううん、やっぱりいいや。」
何か言いたそうにして、言葉を引っ込めてしまったカンナを見てピンときたユズキ。
「えっとね、私だって将来のこと……2人のこれからについて、何も考えてないわけじゃ無いわ。ただそれこそカンナはまだ高校生だし、どんなに早くても卒業してからかなとは思ってる。お母さんと卒業後の話をしたばっかりでしょ。今は柚子缶として活動しつつ、残り1年の学生生活を目一杯楽しんでもらった方が良いかなって思っているんだけど……。」
我ながら、なんとなく結論を先送りにするような物言いになってしまったなとユズキは思ったが、反面カンナは顔がパァっと明るくなった。
「うん! ありがとう!」
そう言ってとびきりの笑顔でユズキを見送るカンナ。ユズキはこれで良かったのかしら? と疑問は抱きつつもカンナがご機嫌になってくれたので改めて手を振って車に乗り込んだ。カンナは車が見えなくなるまで、門戸からテールランプを見守っていた。
自分の部屋に戻ったカンナ。布団にゴロゴロしながらさっきのユズキの言葉を反芻する。
別にユズキはカンナをお嫁に貰ってくれると確約したわけでも、そのつもりがあると言ったわけでもない。それでも「2人の将来の事をユズキなりに考えている」と言われれば期待してしまう。
(お母さんが変なことばっかり言って揶揄うから、ユズキにそんなつもりは無いって言われたらどうしようって焦っちゃったじゃない。)
ユズキに限ってカンナを弄ぶだけ弄んでぽいするような事はしないと信じているが、それでも結婚を意識しているかと言うのはこれまで聞けていなかった。ユズキも言っていたが、まだ未成年(来月には18歳になるが)で高校生なのだ。付き合い始めて1年も経ってないし、まだまだ恋人気分を楽しみたい気持ちは強い。とはいえいつかは……ぐらいには考えている。だからカンナとしてはユズキがハッキリと否定しなかっただけで十分であるし、ユズキなりに考えてくれているという先ほどの回答はカンナにとって100点満点だったのである。
進路の話もできたし、とってもいい日だったなとカンナは今日を振り返った。
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車を走らせながらユズキは先ほどカンナに言った言葉を振り返る。
「結婚か……。」
意識してないわけはない。付き合っている以上はその延長に結婚はあるいうのはユズキの価値観だ。
先ほどのカンナの態度を見る限り、あの子も結婚したいと思ってくれているのは間違いなさそうだ。
「でも結婚ってなると、当人だけで済む話でも無いのよね。」
結婚をする以上、家と家の繋がりであるので親と話をせざるを得ないだろう。
カンナママがもしもカンナとユズキの結婚に反対しているなら、あんな冗談を言ったりしないだろう。つまりカンナママは賛成してくれているという事だ。
「問題はうちの親か……。」
体裁を気にするあの人達が、父親の居ないカンナとの結婚にいい顔をしてくれるとは考えづらかった。それどころかカンナとカンナママに心無い言葉を掛ける可能性が高い気がする。
なまじ立場がある人間なだけに、気に入らない相手に横柄な態度を取るあの人達と関わりたく無くて強引に家を出たユズキとしては結婚に伴う家同士の繋がりは悩ましい問題であった。
「とりあえず1年は時間がある、かな。私もやるべき事をやっていかないといけないわよね。」
気は進まないが、まだ話がしやすい母親には今度久しぶりに電話をしてみようかな……。
自宅でニヤニヤしているカンナとは対照的に、重い気持ちのユズキであった。
第10話 了
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※※作者より※※
女の子同士で結婚とか違和感があるかと思いますが、筆者の恋愛観的にやはり恋人関係の先には結婚があります。
同性婚については、現実でもデリケートな話題なのですが本作においては、登場人物の反応からそれが当たり前に受け入れられた世界観なんだと思って頂ければ。本作の中でその是非についてあえて持論や一般的に言われる問題点などについて語る予定もないつもりです。
結婚したい、でも親の反対がありそうだし…みたいな障害?をラブラブパワーで乗り越えていく展開を深く考えずに楽しんで頂ければ幸いです。
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