第7話 エリカとカマクラバクフ
無事に札幌支部とパートナーシップを結ぶ約束が出来た柚子缶。とりあえず次回はカンナの夏休み、7月末以降にスキル習得訓練を実施する事だけ確定し、細かい部分は今後決めていくという事になっている。パートナーシップ契約もそのタイミングで正式に締結、公式発表する方向で調整中だ。
「私が寝てる横でそんな大事な話をしていたんだね。」
「ごめんね。もともと決めていた事とはいえ、本人が居ない場で話すのは心苦しかったんだけど……。」
厳密に言えばその場には居た。寝ていただけであるが。
「ううん、大丈夫。ユズキが私にとって変な契約をするわけないもん。」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あとでちゃんと書類を確認しておいてね。」
「はーい。」
カンナが自分に全幅の信頼を寄せてくれるのは素直に嬉しいが、しかし当事者としての意識も持って欲しい。そんな少しだけ複雑な想いをユズキは抱えて居た。
「さて、そろそろ羽田に到着かな。」
飛行機が着陸体制に入る。カンナとユズキは機内アナウンスに従ってシートベルトを着けた。
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「このあとは鎌倉かしら。」
「ううん、都内。エリカは4月から東京で働くらしいよ。」
「そうなの?」
カマクラバクフが他の探索者からなんて言われているのかを聞こうとエリカとアポイントを取ったマフユ。後日出直すのも面倒なので札幌から東京に帰ったらその足で会う予定で調整していた。当初はマフユも鎌倉に赴くつもりであったが、エリカからは「自分はもう都内に引っ越しているので会うならそっちで」と連絡を受けたのであった。
「それってつまりもうカマクラバクフとしては活動しないって事かしら?」
「どうだろう。まあ聞いてみればわかる事だね。」
エリカから伝えられた最寄り駅の付近を検索して適当な喫茶店を見つけたマフユはそこを集合場所に指定する。そのまま自分達のクルマのナビも設定すると、目的地に向かって車を走らせた。
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柚子缶の4人が到着すると、エリカはもう席についていた。
「お待たせ、久しぶり。」
マフユは声をかけるとさっとエリカの隣に座った。座席が3対3になる6人掛けなので誰かしらエリカの隣に座らないとならなかったので、他の3人よりは話しやすい自分がさっさと隣に座ろうと考えたためだ。ユズキ、カンナ、イヨはマフユの気遣いに感謝しつつ向かい側に座る。
「待った?」
「ううん、さっき来たところ。」
ハイ、とメニューを手渡されたマフユはそのままウェイトレスに4人分の紅茶を注文する。
「それで、聞きたいことって何?」
さっそくエリカが本題に入る。
「うん、詳しくはうちのリーダーから。」
マフユがユズキに水を向ける。ユズキは軽く咳払いをして、エリカに問いかける。
「あれからカマクラバクフって他の探索者パーティからどう言われているのかって聞きたくて。」
「どうって……ああ、コア壊したことで変な逆恨みをされて無いかって事?」
「まあそんなところかな。」
エリカはうーんと考えるとポツリポツリと話し出す。
「もともと私達……カマクラバクフって他のパーティとほとんど交流は無かったのよ。あの日あなた達にバックアップを依頼するってリーダーが言った時にびっくりしたんだもん。だからパーティとして機能しなくなった今になってもどこかから嫌味を言われたりするって事はないわね。」
その代わり、心配してくれるような人もいなかったけどと言ってエリカは自嘲気味に微笑む。
「もともと協会には殆ど素材を売らずに企業相手にしてたからね。配信をしてたわけでもないし。あとは個人探索者の中では鎌倉ダンジョンは不人気ダンジョンだったのよ。」
「そうなんですか?」
「ゴーレムしか出ないダンジョンだから、私達みたいに対ゴーレムに特化したパーティか、あなた達みたいに壊れスキルでセオリーを破壊できるようなパーティでもなければもう片方の鎌倉ダンジョン……頼朝ダンジョンの方が余程安定して稼げるもの。あっちは初心者からベテランにまで人気の激混みダンジョンなんだけどね。」
「じゃあカマクラバクフ以外に消滅した、大仏ダンジョンの方を拠点にしていたパーティってそんなに多くはないんですかね?」
「多くないどころか、個人探索者だとゼロと言い切っていいと思う。だからこそダイヤモンドゴーレムの出現法則とか徘徊ルートなんかも私達が独占出来ていたんだから。」
「ちなみに個人探索者以外……企業所属のパーティとはかち合う事は無かったんですか?」
「それもほとんど無かったかな。たまに浅い層で中小企業の人を見る事があったかなってぐらい。大物はほとんど私達が独占していたし、それを企業に卸していたわ。そうなる前は企業所属の『炎魔法』持ちが定期的に探索していたらしいけど私達が結成してからリーダーが企業と交渉して基本的にウチを通して魔石のやり取りをする様になったって感じ。」
「その企業って複数ですか?」
「ううん、1つだけ……超大手よ。「ダンジョン探索開発株式会社」。名前は知ってるでしょ?」
「当初はだいぶ買い叩かれたけど、10年近く取引してきて最近ではだいぶ良い値段で買い取ってくれるようになってたのよ。例えばあなた達にバックアップして貰って入手したミスリルゴーレムの魔石、あれなんか30億円で買い取って貰ったわ。
まあ高価な魔石はあちらが必要なタイミングでしか買ってもらえないから、基本的にはゴールドゴーレムの魔石を買ってもらって、たまに「明日までにダイヤモンドゴーレムの魔石を取って来てくれ」って依頼がくるから取りに行くって流れだったわ。」
「D3のお抱えパーティみたいな感じだったんですかね?」
「言い方は悪いけどそんな感じかな。私達は一応フリーの探索者だったけど、毎週決まった曜日に魔石を売りに行ってたからね。なんかもう仕事って感じではあったわ。最近では「鎌倉ダンジョンをD3で買い上げてプライベートダンジョンにしようと思ってるから、そうなったらウチに来ないか」って勧誘の話もあったぐらいだし。」
「勧誘までされてたんですか!?」
「そう。この4月からって予定で細かい条件の話を進めようとしていた矢先にこんな事になっちゃったから、全部流れちゃったんだけどね。」
こんな事とは、鎌倉ダンジョンが消失した事と、カマクラバクフの面々が大怪我をしてもうこれまでのように探索活動が出来なくなった事。その両方を指すのだろう。
なんと返せばいいかユズキが困惑していると、そんな様子に気付いたエリカがフォローしてくれる。
「別にあなた達のせいじゃないわ。あの日、リーダーがミスリルゴーレムを狩ろうなんて思わなければ誰も怪我をしなかったし、ダンジョンも消えなかった。多分だけど、リーダーはD3に自分達の有用性を示して少しでもいい条件で雇ってもらう為にミスリルゴーレムの魔石を持ち帰ろうと考えたんじゃないかな。そんな風に欲を出した罰が当たったのかなって思ってるの。だから、その巻き添えにしてしまったあなた達には申し訳ない事をしたわ。」
「ミスリルゴーレムを狩ることを了承したのは、私達も一緒です。あのボスの出現は予想できない事態だったと思ってます。」
「そう言ってくれるのはありがたいわ。もし、私達しか居なかったらカマクラバクフは全員あの場で死んでいた。そう考えると感謝しかしてないのよ、あなた達には。
……そういえばダンジョンコアを破壊した損害賠償金ってどうなったの? そもそもいくら請求されたのかすら部外者扱いされた私達は知らないんだけど。」
「それは、ボスの魔石と素材とかを売ったお金で相殺できました。」
「ボスの魔石と素材……だいたい3〜4000億円ってところかしら。あ、でも協会に売ったとしたらもっと安いのかな?」
大外れでは無いとだけ答えて詳細はボカすユズキ。彼女にとってはもう終わった話だったし、エリカに請求するつもりもなかったのだ。それよりも気になる事を訊く。
「D3との契約が流れたって事は今後はどうするんですか?」
「どうしよう。カマクラバクフは事実上の解散ね。リーダーは今後数年はリハビリって聞いてるし他の2人も最近やっと一般病棟に移ったところだし。少しだけ話したけど、もう探索者業は懲り懲りだって言ってた……あの1発でトラウマになっちゃったみたい。」
命の危機に瀕して探索者を続けられなくなる人は多い。彼らもそうであったと言うだけの話だ。
「エリカさんは?」
「私も怖かったけど二度と戦いたく無いとまでは思わないのよね。多分、あなた達と一緒にボスを倒したって実感があるからだと思う。」
エリカの『炎魔法』が無ければボスを倒す事は出来なかった。あの戦いでは彼女の働きも重要なピースの一つだった。その実感と、ボスを倒したという自信が恐怖を上回っているのだろう。
「……あの、良かったら私達と一緒にやっていきませんか?」
ユズキの発言に目を丸くするエリカ。だが、ゆっくりと首を振った。
「せっかくのお誘いだけど、それに甘えたら私はすごく狡い女になっちゃう。……幸い数年間は働かなくても生きていけるだけの貯えはあるし、ちょっと自分を見つめ直してみようかなって思ってる。春からこっちに来たのも、探索者以外の仕事を探してなのよ。」
「そうですか……。」
「これまで10年近くカマクラバクフってパーティに守られてきたからね。ちょっとだけ1人で頑張ってみるつもり。」
そういうとエリカはグッと手を握ってみせた。
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