第6話 スキル習得訓練終了

 函館から札幌に戻り、残りの日程で『格闘術』スキルも札幌支部所属の探索者が習得できるように『広域化』する。これまではカンナが自分で覚えている『剣術』と『短剣術』を『広域化』していたが、『格闘術』は柚子缶で覚えているメンバーが居ないので札幌支部長のスキルを『広域化』する事で対応する。


 そしてせっかくなのでユズキとイヨとマフユの3人もプレハブ小屋の中で身体を動かして『格闘術』を覚えさせて貰う事にしていた。カンナはそれに熱中すると『広域化』のオンオフが疎かになるので座って彼女達を見守っている。


「順調かね?」


 『格闘術』の訓練を始めて半日、支部長がプレハブ小屋に入ってきた。


「あ、お疲れ様です。おかげさまで身体の動かし方は大分最適化されてきたなって思うんですが……。」


「外でやってる人たちの方が順調だね。この辺りはやっぱり探索者としての経験値の違いかなぁ。」


 協会所属の10人と柚子缶の3人、それぞれの訓練状況を俯瞰しているカンナの所感だと、柚子缶の中で一番順調なマフユでも協会の一番時間がかかりそうな人より少し遅そうだ。一応支部長の許可は得ているとは言えあくまで協会所属の探索者達のついでで自分達もスキルを覚えようとしている柚子缶としては、そのために期間を延長して貰うわけにもいかない。


「ユズキ達が遅いと言うよりも探索者の人たちが早いんだよね。多分『格闘術』も2日で全員覚えちゃうんじゃないかな。」


「ふむ、探索者として十分経験があり、身体も出来ていれば2日で習得可能という事だな。」


「そういう事なんだと思います。私達は2日だとちょっと厳しい感じかなぁ。」


「では最後の2日は予定に無かったが『槍術』を試してみるか? 秘書の彼女が持つスキルで、折角だから私も習得させて貰おう。」


「……ありがとうございますっ!」


「なに、持ちつ持たれつというやつだ。」


 支部長は笑った。


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 結果的に最後の4日間は前半2日で『格闘術』を、後半2日で『槍術』を、協会所属の探索者達全員が習得できた。その裏でユズキとマフユとイヨは無事に『格闘術』のスキルを習得できたので無事に当初の目的を果たす事が出来たのであった。


「カンナ、大丈夫?」


 最終日の訓練が終わる頃にはカンナは頭をふらふらさせて眠そうにしていた。最後の2日間は『広域化』のオンオフではなく、10分毎に『槍術』と『格闘術』の広域化を切り替えて居たので朝から晩までぶっ続けでスキルを使い続けて居たため魔力が枯渇しかけているのだろう。


「流石に連日『広域化』を使い続けると厳しいって事ね。私は地上に戻ったあと支部長さんと打ち合わせがあるから札幌支部に寄らないといけないけど、カンナは先にホテルに帰って寝てなさいな。」


「うー……。みんなこのあと打ち上げ行くんでしょ……? 私も行きたいよ……。」


 目を擦りながらカンナが応える。今日で無事にスキル習得訓練は終わりなのでイヨが予約した回らない寿司屋で打ち上げをする予定だった。仲間外れになりたく無いカンナである。


「カンナさん、その眠気は寝不足とかじゃなくて脳が休養を求めてるやつだから無理しちゃダメなやつ。かわいそうだけどちゃんと寝てないと。」


「カンナちゃん、お寿司は明日行こうよ。」


「うん……わかった……。」


 イヨとマフユに諭されたカンナはそのまま机に突っ伏して眠ってしまった。そこに札幌支部長と秘書の2人が入ってくる。


「お疲れ。無事に全員が『槍術』も覚える事が出来た。この2週間で10人もの人間が『剣術』、『短剣術』、『格闘術』、『槍術』と4つの武器スキルを習得できた事になる……合計40個のスキルを習得するなんて、全国の協会全体で1年間に新規で習得するスキルが精々片手の指に収まる数である事を考えるとそれだけでも快挙だ。何より10年以上の経験があるベテラン探索者にスキルを与えられたのは大きい。

 ……確かに3000億円分の仕事をして貰った。改めて、感謝する。」


 支部長が手を差し出してくる。立役者であるカンナは眠ってしまっているので、ユズキが代わりに握手をした。


「彼女は?」


「『槍術』と『格闘術』を絶え間無く『広域化』し続けたせいだと思います。」


「なるほど、無理をさせてしまったな。魔力枯渇による睡眠なら暫くは目覚めないな。……では今後の話はこの場でしてしまおうか。」


「いいんですか?」


「構わん。他のものに聞かれる心配が無いという意味では支部の会議室よりも安全かもしれんしな。」


 そう言って机に支部長は机に座る。ユズキ達もその向かいに座った。


「さて、まずは清算についてだな。先ほども触れたが、今回の2週間で鎌倉ダンジョンのコアの破片を買い取るための条件は完遂した。」


「ありがとうございます。」


「こちらこそ。では今後の話だな。正直に言わせて貰えば協会側の意見としてはこれっきりでハイおしまいとは行かない。それは分かるだろう?」


「協会本部から、札幌支部所属の方々に急にスキルが増えた理由を追及されるからですよね。」


「そうだ。内輪の話になるが、毎年4月に所属探索者は全員が保持スキルの申告をする決まりだ。今回の10人や私自身に対してもその義務はある。」


「それって嘘ついてこれまで通りのスキルを申告しちゃいけないんですか?」


「出来る出来ないで言えば、出来る。ただし抜き打ちで『罠感知』持ちの本部の人間が監査に来る事もある。『罠感知』はダンジョン内の罠を感知する能力だとされているが、実は嘘発見能力があるんだ。」


 意外なスキルの使い方だった。どうやら罠イコール自分を陥れようとする行為と拡大解釈され、嘘を看破出来る様になるという理屈らしい。


「そこでバレるリスクがあるって事ですね。……嘘をついているのがバレるとどうなるんですか?」


「探索者法に違反している事になるため、懲戒は免れないな。本人は最悪クビだし、上司も管理責任を問われる。……私としては部下にそんなリスクを負わせられない。」


 つまり4月の時点で今回の10人には『剣術』『短剣術』『格闘術』『槍術』のスキルを持っていると申告させるということだ。


「これまでハズレスキルしかなかった人達が4つも武器スキルを持っているとなったら目立っちゃいません?」


「目立つなんてもんじゃ無いな。元々持っていたハズレスキルも合わせて5つのスキルを持つ事になる。……これは協会全体でみてもぶっちぎりの数だよ。協会所属のほとんどの探索者はスキルが1つか2つ、多くて3つだからな。」


 組織として構成員のスキルを管理している以上、短期間で4つもスキルが増えたら否が応でも目立つだろう。眉を顰めたユズキに対して支部長は悪びれもせずに続ける。


「なぜ習得させるスキルを1つか2つにしなかったのかと思っただろうが、同じ事だ。そもそも「ボスを倒さずにスキルが増える」という時点で異常事態には変わらないのだから、だったらいっそ突き抜けた方が良い。

 それに、この話が札幌支部内で済むとは初めから思ってないだろう?」


「それはまあ、そうですね。」


 札幌支部長はユズキ達の名前が表に出ないように取り計らってくれてはいる。このプレハブ小屋もその一環ではあるだろう。だがこれだけセンセーショナルな事をして、全て秘密裏にできる訳も無いとは思っていた。


「もちろん札幌支部としては君達の名前を表に出すつもりは無いし、何か言われても「検証中だ」で押し通すつもりではいるがそのうち協会本部や他の支部が君達にまで辿り着くだろう。さて、次の一手は考えているのかな?」


 札幌支部長はニヤリとユズキに問いかける。


「協会内で私達の事が明るみに出るのっていつ頃になりますかね?」


「4月に所持スキルを申請しても本部の連中はすぐにその内容を確認したりしないだろう。まあ本部が札幌支部ウチの違和感に気が付くのは7月あたりと言ったところか。そこから何だかんだと言って来て、誤魔化せるのは1ヶ月程度じゃないかな。」


 柚子缶の当面の目標は自分達の実力を伸ばして大企業からの勧誘や妨害に対抗する力をつける事だ。個人探索者が名前を揚げると引退しがちなのは、大企業から勧誘されてそこに収まる事が多いのと、逆に勧誘を断り続けると危険なライバルだと認識されて組織の力で様々な妨害を受けて探索者を続けられなくなるからだというウワサである。


 柚子缶もなんだかんだで有名探索者の端くれであるので、そのうち大企業からの勧誘はあるだろうと思っているが、生憎彼女達にどこかの企業に入る気持ちは無い。自分達のペースで探索を続けて行きたいという思いもあるが、何よりカンナの身の安全の為である。

 

 本来ならボスを倒した際に超低確率でランダムなスキルを得る事が出来るというこれまでの常識は『広域化』によって武器スキルに限り任意のスキルを習得できるようになる。これを企業が知れば何としてもカンナを獲得しようとするだろう。そして少しでも危険のある行動はさせず、今後はひたすら他の探索者にスキルを習得させるために『広域化』を使い続けさせることは目に見えていた。当然そんな状況は許容出来ない。だから大企業相手に正面から渡り合える実力を付ける事は柚子缶にとって必須なのだ。


 とはいえ現実的にはすぐになんとかなる話でも無い。つまり今すぐに必要なのは後ろ盾である。それこそが6000億円の賠償金の捻出にスキル覚醒リングを売却せずに札幌支部にスキル習得訓練を提供した理由であった。


「これはご相談になるんですけど、探索者協会……いえ、札幌支部さんと私達でパートナーシップを結べないですかね?」


「また面白い提案をしてきたな!」


 支部長はパンっと膝を叩いて身を乗り出す。天蔵ユズキは本当に物知りだ。


「正直に言えば私達は企業からのアプローチを躱わすために協会の後ろ盾が欲しいんです。でも単純に私達が協会所属の探索者になると、今後の活動について大きな制限が付く。守って欲しいけど行動は縛られたく無いって言うのが私達の要望なんですよ。」


「ふむふむ、全く自分勝手な要求だ。だからこそのパートナーシップか。」


 支部長は楽しそうに頷く。


「はい。要はお互いに利益を差し出して都合よく利用合いましょうって相談です。」


「なるほどね。君達が差し出すのは定期的なスキルの習得機会だな? 代わりに何を望む? 金銭かい?」


「私達とパートナーシップを結んだという公式な発表、これだけです。強いていうならスキル習得の時期と期間についてこちらに主導権が欲しいですけど。長期休暇以外はこの子の学校もあるので。」


 すやすやと眠るカンナをポンと撫でるユズキ。


「それだけでいいのか?」


「どの企業がどんなアプローチや妨害活動をしてくるか分からないので……。とりあえずは「柚子缶は探索者協会とパートナーシップを結んでいる」と公式声明を出して頂ければそれで十分かと。」


 協会が正式に柚子缶とパートナーシップを結ぶと、企業から柚子缶への勧誘は協会のビジネスパートナーをヘッドハントしている形とイコールになるので、これは協会に正面から喧嘩を売る事になる。探索者協会と喧嘩したい企業など基本的には無いので、それだけでかなりの抑止力になるという事だ。


「つまり探索者協会われわれがバックについているぞと公にすることで企業に牽制するというわけだな。」


「はい。当然これは対企業への牽制にしかならないので、協会内の動きは札幌支部さんの方でコントロールして頂けると助かります。」


 さらりと一番難しい事をついでのように要求されて、支部長は笑ってしまった。さて、どうしたものか……。


 今回10人に4つのスキルを習得出来たからと言って札幌支部としてもう十分と言う話では無い。札幌支部に所属している探索者はまだ大勢いるし、スキルが多ければそれは彼らの安全に直結する。今後も継続的に機会を設けてもらえるなら願っても居ない話である。


 ここで彼女の提案を断った場合は、彼女達はどうする? どこかの企業の勧誘に応じるとは考えづらいので協会の他の支部や本部に話を持っていく可能性はある。そうなると札幌支部が持つアドバンテージをみすみす手放す事になるな。ではそれ以外の可能性は? 天蔵ユズキの実家に頼る可能性もあるが、これはあまり現実的では無いか。他には……。


 しばらく思案した札幌支部長は、顔を上げてユズキにひとつ訊ねる。


「ちなみに『広域化』によるスキルの習得について。魔法スキルは出来ないのかね?」


 ユズキは少し困ったように応える。


「はい。。」


 その答えに支部長は満足気に頷くとユズキに手を出した。


「オーケー、交渉成立だ。詳細な条件はこれから詰める必要があるが、探索者協会札幌支部は柚子缶とパートナーシップを結ぶ事を約束しよう。」

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