第5話 函館ダンジョンの攻略

 変な探索者に絡まれて急遽温泉を楽しんだ柚子缶の一行。翌日と翌々日、札幌ダンジョンを探索してまた同じパーティに出会っても嫌だったので一泊二日で函館に足を伸ばす事にした。


「去年、カンナと2人で函館ダンジョンも探索予定だったのよね。」


「エルダートレントとの戦いで私が足を怪我しちゃって、断念したんだよね。(※)」

(※第1章22話)


「あの時ね。柚子缶ファンとしては残念だったけど、その後無事に復帰してくれてホッとしたわ。あの頃はこんな風に自分が柚子缶に入る事になるなんて思ってもみなかったなぁ。」


 和気藹々と車を走らせて函館に到着、ダンジョンの入り口で受付を済ませるとさっさと入って準備をする。


「今日は変なのは居なさそうね。」


「じゃあ頑張って探索していこう!」


 カメラを構えて探索を始める4人。今日は生配信でなく動画を撮影し、後日イヨが編集してチャンネルにアップロードする予定だ。今は動画編集スキルを持っているのがイヨだけであるが、実は最近、カンナはイヨに習って動画編集の勉強も頑張っている。いつまでもユズキとマフユ、イヨに頼ってばかりではなく自分ができる事を増やしていきたいと思っているのだった。


 函館ダンジョンには獣型のモンスターが数種類出現する。オオカミやヒグマに似たモンスターにも警戒は必要だが、このダンジョンで何より脅威なのはシカを模したモンスターである。頭に生えた大きなツノを縦横無尽に振り回すだけで探索者達はおいそれと近づく事は出来ないし、その攻撃は十分に致命の一撃となり得る。硬い毛皮に覆われた身体は半端な攻撃を通さないうえ、警戒心も強く逃げ足が速い。


 半年前、去年の8月に函館ダンジョンを攻略する計画を立てた時はユズキとカンナの『広域化一点集中身体強化』で高めた身体能力で攻撃を掻い潜り少しずつ体力を削っていこうと目論んでいた。


「今ならそれ使わなくても勝てないかな?」


 マフユが提案する。『広域化一点集中身体強化』は確かに人間離れした動きを実現する。ちなみにイヨとマフユもこれを使いこなせるように訓練をしているが未だにまともに動くことは出来ず、そろりそろりと歩くだけで精一杯である。


「『広域化一点集中身体強化』無しって事?」


「うん。それは確かに強いし柚子缶の代名詞的な技ではあるけど、だからこそここぞという時の切り札として使うようにして使わずに倒せる相手には別のやり方を試した方がいいと思う。

 出来ることを増やしていかないと、いざという時に対応できる幅が広がらないんじゃないかな。」


「でも、ここの巨大角鹿ヒュージディアをそれ無しで倒すのって難しいと思う。」


「なかなか苦戦するだろうけどやりようはあると思う。スキル進化リングも使って出来るだけ挑戦してみよう。本当に危なくなったら『広域化一点集中身体強化』に頼る感じで。」


 マフユの強い勧めで違う倒し方を模索する事になったユズキとカンナであった。


------------------------------

【後日、公開した動画につけられたコメントより】


― 柚子缶、相変わらず壊れてるな

巨大角鹿ヒュージディアを正面からガチンコとか見応えすごい

― いつもの人間辞めた動きじゃなかったよな?

― あれってユズキとカンナしか出来なくてイヨちゃんとマフユタンは出来ないからな

― そうなの?

― 前の動画で言ってた

― 柚子缶と言えばあの動きなのにそれができなきゃ足手纏いじゃね?

― そうはならないって示したのが今回の動画だったな


― 『氷魔法』で辺り一帯の地面を凍らせて相手の機動力を殺すとか思いつきそうで誰もやってないよな

― ウチにも『氷魔法』持ちいるけど、あんな風に広範囲に地面に氷を作っても、踏んだら割れるくらいの強度しか出せないって言ってた

― マフユタンの『氷魔法』も規格外って事か?

― または地面一帯に広げる部分はカンナの『広域化』が担当してるのかも

― なるほど、それならいける……のか?

― わからんけど、どっちにしろそこらのパーティじゃ真似すらできないのは間違いないな


― イヨちゃんがトドメさした時、明らかに死ぬタイミングで鹿の前に躍り出てたけどあの突進なんで目の前で止まったのかわかるやついる?

― ユズキが「障壁!」って言ってる声が入ってるから『障壁』スキルで防いだんだと思う

― 障壁ってすぐにパリンと割れるイメージなんだけど

― ほら、ユズキの場合は『一点集中』でくっそ硬い障壁張れるから

― それにしても限度がないか?

― そもそも『障壁』は物理攻撃には効果がないスキルなんだよな

― 上位の『鉄壁』じゃないと物体は素通しだよな

― どこかのボス倒したタイミングでスキル進化したのかもな

― だとしてもトラックが突っ込んでくるぐらいの衝撃を真正面から受け止めるなんて『鉄壁』だって出来ない筈だし何かタネはあるはず

―いや、タネが有ってもあの突進にあのタイミングで飛び込めるか?

― 『鉄壁』で勢いを殺すって言われても俺は無理

― 同感、あそこで飛び込めるって仲間信じてるってレベルじゃないだろ

― 何気に一番頭のネジ外れてるのがイヨちゃんだった件


― 柚子缶と言えば人間辞めた動きですばしっこく翻弄してちょっとずつ相手の体力削るイメージが強かったけど、それだけじゃ無いって証明して見せたな

― 新メンバー入って幅が広がったんだぞって結果で示してみせた

― 人間辞めた動きも出来ないわけじゃないからな

― 今後、マフユタンとイヨちゃんが人間辞められるようになったらって思うとまだまだ伸び代しかないんだよな

― 日本で2組目のドラゴンスレイヤーになれるんじゃね?

― 流石にそこまでは……ありえるなw

― 炎のブレスはユズキの『障壁』で防げるし、爪や噛み付きは人間辞めた動きで躱せるし、確かに今の時点で負けないもんな

― ドラゴンは熱毒持ってるから『毒耐性』も無いと死ぬぞ

― 妖精譚とコラボした時に殺生石ダンジョン行ってるから敢えて公表してないだけで誰かが『毒耐性』持ってるも可能性高いだろ

― まじか

― ドラゴンも倒せるかもとか、今回の動画で一気に期待値あがったな!

― 初期からのファンとしては嬉しくなってくるな!



「ほら、頑張った甲斐があったでしょ?」


 コメントを読んで、マフユは笑う。


「スキルとかこんなに正確に分かるんだね。『氷魔法』の『広域化』とか、『鉄壁』の『一点集中』とか。」


 カンナは視聴者の考察に舌を巻く。


「まあ当てずっぽうの中に正解が紛れてるって感じよね。的外れな考察の方が全然多いし。」


「私としては頭のネジが外れてるって部分に異を唱えたい! ユズキさんを信じて飛び出しただけなのに!」


「いやぁ、高原は勇敢さはネジ外れてたと思うよ?」


「うん、正直あれはちょっと真似出来ないなと私も思った。」


「フユちゃん先輩!? カンナさんまで!?」


「け、結果的にイヨの一撃で決着がついたわけだし! 私は信じて飛び出してくれて嬉しかったよ!」


「ユ、ユズキさーん!」


 ユズキが慌ててフォローするとイヨはわざとらしくユズキに抱きつく。そしてカンナの方を見てニヤリと笑って見せた。しかしカンナはイヨの事もユズキの事も信用しているので、別にヤキモチを妬いたりしない。仲良しだなあくらいにしか思ってないのでニコニコしながら2人を見ていた。ちょっとしたイタズラで妬かせてやろうとしたのにそんな顔をされては仕方ないと、イヨは悪ふざけを辞めてユズキから離れる。

 ……実は抱きつかれたユズキはどうしたら良いか分からずアワアワと焦っていたのだが、カンナの反応ばかり気にしていたイヨはそれに気付いていなかった。マフユは3人の絶妙な空回りが面白くなってひとりツボにハマっていた。


「まあ高原の勇姿は置いといて、なんか期待値がどんどん上がってるのはどうしたものかね。」


「ドラゴンスレイヤーってやつ?」


「そう。その名の通り龍種を狩った探索者って意味なんだけど、日本で現役の探索者でドラゴンスレイヤーなのは、登録者数も実力も日本一の探索者パーティである「光の螺旋」だけなんだよね。」


「龍種って強いの?」


「訳がわからないくらい強いよ。「光の螺旋」は龍種討伐動画を出してるから見てみるといい。」


「わかった、あとで見てみるね。」


「……私、ハルヒさんと日本一のパーティになるって約束してるのよね。ドラゴンスレイヤーになれば、実力は日本一と言っても過言では無いわよね。」


「お! ユズキさん、やる気だね。」


「やる気ってわけじゃないけど、ハルヒさんとの約束は果たしたいから。実際できるかどうかは分からないけど、チャンネル登録者数100万人と合わせてドラゴンスレイヤーも目標って事にしていいかな?」


「おっけー! その場のノリですごい目標をたてたねー。」


「100万人を目標に決めた時もその場のノリだった気がするし、私達らしくていいんじゃない?」


 そんなこんなでドラゴンスレイヤーを目指すという目標を立てた柚子缶であった。後に「光の螺旋」の龍種討伐動画を見て「こ、こんなの討伐するなんて絶対無理!」とカンナはその場のノリで了承した事を後悔するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る